【完結】愛され妻は演技です 〜愛されない公爵夫人は「旦那様溺愛計画」を実行中〜

針沢ハリー

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37.本当の意味を知らなかった感情②


 家に帰ると、ミレニアが出迎えてくれた。彼女は湯あみもすませているのに、わざわざ玄関まで来てくれたらしい。

 ガウン姿の彼女が寒くないように、すぐに抱きしめて、いつものように口づける。

「お仕事は、あとどれくらいかかりそうですか?」

「いや、今日は何も持ち帰らなかった。そなたと過ごしたくて」

 夕食も王宮で簡単に食べてきたので、湯あみをしたら寝室に行くと言うと、彼女は「あ、そ、そうなのですか?」と、そばかすの散った頬を赤らめる。
 化粧をしていない彼女が好きだ。飾らない方が、彼女自身を知れるようで胸の奥が温かくなる気がする。

「あら、でも、どうしましょう。まだお仕事をされるかと思って、お菓子を用意してしまいました」

 彼女は上目遣いでこちらを見ながら言う。
 私にはもう分かる。彼女は自分もそれが食べたかったのだ。

「では、寝室で食べよう。小腹が空いたところだったから、ちょうどいい」

「あら。それは大変ですわね! ご用意しておきます! あ、今日のケーキはお酒にも合うと思いますよ」

 ミレニアは嬉しそうに微笑むと、メイドたちと寝室の方へ歩いて行った。

 私は執務室に立ち寄って、持ち帰った書類を引き出しに入れ、湯あみをしてから寝室へ向かった。


 寝室のテーブルには、私の寝酒とミレニアのためのお茶と、食べやすい大きさに切られたケーキが置かれていた。

 ミレニアは私を見るなり、「クライド様、お早く。お腹が空いていらっしゃるでしょう?」などと、自分の腹の空き具合を暴露する発言をした。

 私はソファに座る彼女のすぐ横に腰掛けた。彼女の目はテーブルの上のケーキに釘付けだ。

「どうぞ」

 彼女は私の前に、皿に取り分けたそれを置き、自分の分も皿に取る。
 私は彼女があまりにもケーキばかりを見て、こちらを見ないから、少し意地の悪いことをしたくなってしまった。
 フォークを持つ彼女の手を握りしめたのだ。

「ミレニア、今日ドラスゴー公爵とお会いした。観劇に誘われたんだ。以前、王太子妃殿下と公爵夫人と約束をしたか?」

 彼女はようやくケーキから目を離して、こちらを見る。
 そして、そのハシバミ色の瞳を輝かせると、「はい!」と元気に答える。

「実現するとは思いませんでしたけれど。メレディス様がお芝居を観に行きたがっておられたのです」

「そうか。その様子だと、全員で行くのが気が進まないと言うこともなさそうだな。では、王族用の桟敷席を確保していただこう。王太子殿下に」

「まあ! あの中央の? 素晴らしいわ! あら、でも、男性方もいらっしゃるの?」

「一応そう言うことになっている。殿下が忙しくて来られない可能性はあるが」

 彼女はにこやかに「もしお一人だけ来られなかったらお可哀想だわ」と言ったが、急に顔を引き締めた。

「一つだけお願いがあるのですけれど」

「何だ?」

「なるべく楽しいお芝居を観たいのです。前回のようなものではなくて」

 私はあの日の劇場での記憶はほとんどない。
 そんなに楽しくなかったのだろうか。一番人気のある演目だったはずなのだが。
 首をかしげる私に、彼女は「あの日の演目は悲劇でした。私、悲劇は好きではありませんの」と妙に力強く言った。

「分かった。悲劇ではない演目にして欲しいと伝える」

 私がそう言うと、ミレニアはほっとした顔をして、私の手から強引に自分の手を外すと、ケーキにフォークを近づける。
 だが、私はその手をまた握った。聞きたいことがあったからだ。

「そなたは、あの日、姉上に対する私の気持ちを知った日、嫉妬をしてくれたのか?」

 彼女は何度か瞬きした後、「ええ。とても」とこともなげに言う。

「初めてエリザベス様にお会いして、あなたとあの方がお話ししている時も、劇場であなたがあの方ばかりを見ていらした時にも」

 そして、一度上を見てから、また話し出す。

「観劇に誘ったのも嫌でした。劇場で会ってしまったら、またあなたがあの綺麗な方を見つめるのを、横から見ていなくてはいけませんもの。実際にそうなりましたけど」

 ミレニアのその顔は少し怒っていて、それに安心する。
 彼女は私に嫉妬してくれたのだから、彼女が発する「愛している」という言葉は、私を男として愛していると言っているということだろう。

 私は満足して、自分の目の前にあるケーキを一口分切り分けてフォークに乗せると、彼女の口元に運んだ。

「すまなかった。ほら、これを食べろ。詫びの気持ちだ」

 彼女は、「私がお持ちしたお菓子ですけど!」と不満げに言いながらも、それを口に入れる。

「味はどうだ?」

「おいひいれすっ」

 彼女が自分の皿から食べようとするのを、私が先に彼女の口にそれを押し込むことで阻止をする。
 何度かそれを繰り返すと、彼女は私を睨んだ。

「クライド様! どういうおつもりですか! 私は自分で食べられます!」

 その言葉を皮切りに、彼女の口からは次々に私に対する文句が飛び出てくる。

「そもそも、初夜をすっぽかしたのもどうかと思いますし、新妻に他の想い人の存在を知らせるのもいかがなものかと思いました。それに、執務室までわざわざお菓子を用意して持って来た初々しい健気な新妻を追い出すなんて!」

 彼女はお茶で喉を潤すとまた続けた。

「ご自分のお顔のよさに感謝すべきですわ。他にも何度見逃して差し上げたか」

「そうか」

「そうです!」

 私は怒っていても愛らしい妻に口づけをした。

「すまなかった。反省している。そなたを傷つけているのに気づいていなかった」

「……また……そんなお顔を……。ゆるすしかないではありませんか……」

 私は自分がどんな表情をしているのか分からなかったが、彼女が口づけてくれるのに応えた。
 その口づけは菓子のせいで、いつもよりも甘い。

 だが、その後に、「まあ、楽しかったので、いいのですけど」と彼女はつぶやいた。
 私は内心苦笑しつつも、そんな彼女が好きだと思った。
 この、何事も楽しもうとする妻には、この先もずっと翻弄されそうだ。私は将来が少し楽しみになった。


 やがて話し疲れたのか、彼女は眠そうな顔をした。私は菓子皿に蓋を被せ、彼女を抱き抱える。

 ベッドに下ろして抱き寄せると、ミレニアは私の腕の中でうとうとし始めた。いつものように、私の胸に頬をつけるようにして擦り寄ってくる。

「ミレニア、私のことはクライドと呼んで欲しい。様はいらない」

「はい、ふふ、分かりました」

 ゆるんだ顔で微笑む彼女は半分夢の中にいそうな声で言う。
 明日もう一度、念を押した方がよさそうだ。

 そんな、私に体を寄せているミレニアを見ているうちに、昼間のドラスゴー公爵との会話を思い出す。

 妻が他の男の腕の中にいるのを想像するだけで、胸の奥に怒りが込み上げる。
 ミレニアに対する気持ちが、やはり姉に対する感情とは違うと確信して、私は余計に彼女が愛おしくなる。

 その時、腕の中でミレニアが「お菓子が美味しいのがいけない」とつぶやいた。どうやら夢を見ているらしい。

 私は結婚してからの出来事を思い出して、思わず笑ってしまった。
 愛されなくて構わないだとか、愛している振りをしてみているのだとか、友人になろうだなどと、面と向かって夫に言う人間が他にいるだろうか。

 結婚前、ミレニアについては周囲からも変わり者だと聞いていたし、事実そうだと思う。
 でも、その存在に、言葉に救われてきた。

 彼女と出会わなければ、こんなにも愛おしくて仕方のない存在がいることも、そして、その彼女が欲しくて、衝動が抑えられなくなる感覚があるなどということも知らずにいただろう。

 そして、「愛している」と言える喜びと、それに応えてもらえる幸運も。
 私は、心から彼女に言った。

「愛している。ミレニア、愛しているんだ」

 眠っているから聞こえていないはずなのに、彼女はなぜか微笑んだ。それからすぐに私の胸に頭をつけて、また寝息を立て始める。

 その日、私はとても大切なものを抱きしめながら眠った。

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