【完結】愛され妻は演技です 〜愛されない公爵夫人は「旦那様溺愛計画」を実行中〜

針沢ハリー

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27.意外な同席者


 この日、私は王宮のメレディス様のサロンで、盛大に冷や汗をかいていた。

 約束のお茶会の真っ最中に人払いがされて二人きり。私は平静を装って微笑んでいた。

「ええと。メレディス様。今、何とおっしゃいましたか……?」

「ええ。あの、ですから、その、閨事の本のお礼を……。殿下がファルケン公爵からいただいたと」

 メレディス様は斜め下を見ながら、頬を染めていらっしゃる。私は気が遠くなりかけた。

(まさか、私が実家から持ってきたと言ってしまったのかしら。それはちょっと口止めをしなくてはいけないわ……)

 私がそう思っていたら、クライドはきちんと人から貰った物だと説明してくれていたらしい。

 よかった。実家に顔向け出来なくなるところだった。
 でも、その気遣いが出来るのなら、あの本を贈るときにも言って欲しかった。
 私は帰ったら中途半端に気が利く夫に文句を言おうと決めた。

「お役に立てたのなら何よりです」

 私は余裕のある貴婦人の演技で、軽く頭を下げて言った。

 本当にこの世界の身分のある女性たちは可哀想だ。どうやら、メレディス様もお国ではほとんど何も教えられずに嫁いで来たらしい。

 私は聞きたいことが山ほどあったけれど、さすがに王太子ご夫妻の閨事情を聞くわけにはいかない。
 でも、お互いに誤解し合っていた二人が、あの艶本を囲んであれやこれやするようになったのだったら、もう大丈夫だろう。

 私の出る幕はなくなったようで安心する。ただでさえ社交下手な自分が、王太子ご夫妻の仲を取り持つ助けをするなんて、はっきり言って重荷だった。

 私は肩の荷が下りたうれしさに、ご機嫌でお菓子をつまんだ。
 前回のお茶会でもたくさんのお菓子を用意していただいていたのに、お茶しか飲めずに終わってしまった。

 だから私は、果物のコンポートらしきもので飾られた、一口で食べるのにちょうどいい小さなタルト風のお菓子を口に運んだ。
 ほんのりとスパイスの風味がする。この国では食べたことのない味だ。でも、とても美味しい。

「メレディス様。こちらはお国のお菓子でしょうか。とても美味しいです。よろしければレシピをお教えいただきたいのですが」

「ええ。そうなの。私の国の味よ。今侍女に……」

 彼女が扉の方を向いた時、ちょうどそれが叩かれた。
 突然のことなのに、メレディス様に驚いた様子はない。入ってきた侍女に何事か耳打ちされて、静かにうなずいている。

 そして少し申し訳なさそうに微笑みかけられる。
 彼女は両手の指を胸の前で組んでいる。確か彼女の癖だったはずだ。いったいどんな時にしていただろうか。

「先にお知らせ出来なくてごめんなさい。言わないほうがいいと助言されて……」

 私は口に運びかけていたお菓子を皿に置いた。何やら嫌な予感しかしない。

「あなたに会いたいという方がいるの。この部屋にお招きしてもいいかしら。今到着したと知らせが来て」

 立場上断れるわけもなく、私は「もちろんです」と微笑みを浮かべて答えた。

「メレディス様のご友人ですか?」

「親戚なのだけど、私もきちんとお会いするのは二度目なの」

「はあ……」

 私が気の抜けた返事をした時、サロンの扉が開かれて、落ち着いた色調のドレスに、ふわふわとした金色の髪をまとめた女性が姿を現した。


 思いもしなかった人物の登場に、私は少し胸を弾ませた。でも、不安は倍増した。

「ドラスゴー公爵夫人……」

「あら。ミレニアはお会いになったことがあるのね」

 何も聞かされていなかったらしいメレディス様は、私たちが面識があったことに驚いていた。
 通常は、それくらいは説明しておくものではないだろうか。

 私はドラスゴー公爵夫人の穏やかな顔の向こう側は見ない方がよさそうだと思った。
 そんな私の思いなど知る由もない夫人は、美しい淑女の礼をする。

「王太子妃殿下。ファルケン公爵夫人。ごきげんよう」

「お会いできて嬉しいわ。さあ、どうぞ、おかけになって」

「ありがとうございます。妃殿下。実は先日、ファルケン公爵ご夫妻とは劇場でご挨拶いたしましたの」

 ドラスゴー公爵夫人は微笑みながらそう言って、丸テーブルの、私とメレディス様の間に腰を落ち着けた。どこに座ってもそうなるのではあるけれど。

「お久しぶりでございます」

 私はそう答えながら内心警戒していた。
 ファルケン公爵家とドラスゴー公爵家は政敵だ。

 でも、待てよ、と私は気づいた。この不意打ちのような登場の仕方は、とっても謎めいている。
 私は不安に思いつつも、意味ありげな夫人の行動に、どうしても胸が躍ってしまうのだった。

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