【完結】愛され妻は演技です 〜愛されない公爵夫人は「旦那様溺愛計画」を実行中〜

針沢ハリー

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番外編

夜のお稽古 前編

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この番外編は、32話の最後で触れております、31話の断罪?お茶会の、前の晩のお話となります。
クライドはまだミレニアへの自分の気持ちには気づいていない段階です。
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 私は、クライドに少々がっかりしていた。
 
 彼に声を出してもらったら素晴らしい発声だったから、「これはイケる!」と思ったのも束の間、台詞せりふを言わせたら声は小さくなったし、棒読みに近い。

「クライド様! 今夜は特訓ですよ!」

「何がいけない。私は言われた通りにしている。それに、こんな場所ではな。言われたことは覚えた。明日はきちんとする」

「はあぁぁあ!? どんな場所でも完璧に出来なければ、緊張感漂う舞台で実力なんて出せるわけがありません!!」

 演技を甘く見るなと言いたい。役者は観客を自分の作り出した世界に巻き込まなければならない。そう出来なければ観客は冷めてしまう。

 そんな私の熱い思いに共感出来ないらしいクライドと、お互いに腕を組んで睨み合いに近い視線を交わす。


 私たちは夫婦の寝室にいた。明日はついに断罪の行われる日だ。

 これまで断罪の準備で忙しかったクライドの演技指導は今日まで持ち越されてしまった。
 ようやく彼に練習させられると思ったら、この協力的ではない態度だ。本当に困ってしまう。

「そもそも、なぜ私が演技などというものを……」

「え? 私がするからですよ? 私がいじめられているヒロインを演じるのですから、そこに格好よく登場して助けて下さらないと」

 私が明日のお茶会でいじめられるのは間違いないだろう。
 私は今貴族社会で噂の的だと、ドラスゴー公爵夫人が手紙で教えて下さった。「ファルケン公爵夫人は夫に飽きられたのだ」と吹聴していただいているからだ。

 だから、私にはもう後ろ盾がいないと思っているノルベル侯爵令嬢たちは、これ幸いと私に嫌味を言ってくるはずだ。
 残念ながら、あの人たちがそういう思考の持ち主なのを、私は身をもって知っている。

「そなたが何をしても自由だが、私は普段通り……」

「それは絶対につまらないっ! つまらなすぎます! せっかくお茶会という舞台が整っておりますのに、そんな地味な断罪は見たくないのですよ!」

「……何を言っているのか、よく分からないな」

「いえ、もちろん罪人を処罰するためだけならば普段通りでもよろしいんでしょうけれど、私が夫からどれだけ愛されているかを見せつけるよい機会なのです!」

 クライドは「まあ、確かに」とは言うものの、やはりやる気の無さそうな顔をしている。
 でもそれでは困るのだ。愛され妻の演技にきっちり付き合っていただかなくては。

「さあ、クライド様! 特に長いお芝居ではございません! 練習を続けましょう!」

「…………」
 
 私は前世での売れない女優時代を思い出していた。

 短期間の稽古で舞台を仕上げなければならなかったり、急に配役や脚本が変わって一から台詞を覚え直さなければならなかったりした、過酷だけれども楽しい日々に戻ったような気分になっていたのだ。


 クライドはまず泣いている私を見て、名前を呼び、そして焦って駆けつけてくれなくてはいけない。
 そして、そのまま私を抱きしめて台詞を言う。

 そうだ。名前を呼ぶくらいは、大きな声さえ出してくれれば誤魔化せる。
 それよりも、駆け寄った勢いのまま私をしっかり抱きしめる動きを練習させた方がいいかもしれない。

「やる気がおありでないのは分かりました。でも、もう少しだけですからお付き合い下さい! 次の場面に進みましょう。私に駆け寄って、立ち上がって泣いている私を抱きしめて下さい!」

「この部屋の中で……?」

「もちろん、この部屋はノルベル侯爵家のサロンよりもずっと狭いですけれど、そこは想像力で補えますでしょう? では、私はこのテーブルの近くにおりますから、扉の方へ」

「……分かった」

 そこから私はクライドに何度も、駆け寄って私を抱きしめる動作を繰り返させた。
 彼は真剣にしているのだろうけれど、表情に焦りが足りない。

「私を愛していると思い込んで! 愛する人が泣いているのに、そんなに平静でいられますか!?」

「言われた通りにしている……」

「出来ていないから、申し上げているのですよ! では私がお手本を見せますから、ここで立っていて下さい」

 私は、私がいた場所に彼を立たせると、扉へ歩いて行って深呼吸をし、役に入る。

(私は、愛する人が泣いていて、居ても立っても居られない男。そして、周りには彼女を泣かせた者たちがいる)
 
 そう思い込んだ私は、勢いよく駆け出して『ミレニア!』と叫び、彼を抱きしめる。

『愛するミレニア。いったい何があった?』

 私はそう言って彼の頬を撫でた。泣いていると思い込んで。
 そして私は愛する人を泣かせた者たちを睨みつけるように周囲を見回した。

「はい! こんな感じです。ではやってみて下さい」

「そなたの表情は、なるほど確かに心配そうだった。それを真似すればいいのだな?」

「はい! クライド様なら出来ます! 頑張って!」

 私は精一杯彼を励まして扉の方に押しやると、こちらも本気を出すことにして涙を流す。
 得意技なので簡単に涙が頬を伝う。

「ミレニア!?」

 彼が駆け寄ってきて、しっかりと抱きしめられた。表情はなかなかいい。
 彼は私の涙を指で拭って眉を寄せている。

「どうした? 大丈夫か?」

(ああ、もう! 台詞が違うわ! でも、それは覚えさせればいいから、今は表情を褒めましょう)

 私は涙を引っ込めると、涙で濡れてしまった彼の指を自分のガウンの袖で拭う。
 ここは寝室で、もう寝巻きの上にガウンを羽織っているだけだから、ハンカチは持っていない。

「クライド様。とても素晴らしいお顔でしたよ!」

 私は彼に明るく声をかけた。
 さっきの焦ったお顔はとても新鮮で魅力的だった。それをもう少し磨いていただきたい。
 でも、なぜか彼は不満顔だ。

「……涙は……? 今はなぜ泣いていた?」

「へ? あ、今のは嘘の涙です。自由に流せるので。お顔は素晴らしかったですよ。あとは台詞を覚え直しましょう!」

「……嘘の涙……?」

「はい。お芝居ですから」

 当たり前ではないか。私は稽古が長引いているくらいで泣いたりはしない。
 でも彼はなぜか眉を寄せている。まさか私が本気で泣いていると思ってくれたのだろうか。

 私はさっき彼がしてくれたように、彼の頬を撫でた。むすっとしたようなその表情が可愛らしくて、彼の首を引き寄せて軽くキスをしてしまう。

「もしかして、本当に心配して下さったんですか?」

「そうだったら……?」

「では、表情の感覚はつかみましたね!? それをそのまま明日まで忘れないでください!」

「…………」

「クライド様? 台詞が間違っておりましたから、続きを……、ひゃっ」

 私は気づいたら、なぜかテーブルの上に仰向けに寝ていて、そんな私を片方の眉を上げたクライドが見下ろしている。

「え? こんな場面はありませんよ? 早く間違えていた台詞の確認を……」

「もう練習は終わりだ。私は十回以上同じことをさせられた。もう覚えた」

「いえ、でもさっき台詞が違って……! まだ練習が足りていないのですよ!」

 まだお稽古を続けたい私が起き上がろうとすると、クライドは私の肩を押さえながら冷たく笑った。

(んん? もしかして、怒って……る……?)

「あの、クライド様……?」

「ああ。そうだな。台詞の練習をしなくてはな」

「え、あ、はい……。あの、では、どいてくださいます……?」

「その必要はない」

「え?」

 そこでお尻までテーブルに乗っている私の太ももの内側に硬いものが押し当てられた。
 これは……アレだ……。彼はなんでお芝居の練習をしているだけで興奮しているのだろうか。

「あの、クライド様、いったいこのお芝居のどこにそんな……え、ぁっ、んむっ」

 私は彼に唇をふさがれて、深いキスをされた。
 戸惑いながら首を振ろうとすると、頭の下に手を入れられて動けなくされて、ガウンを脱がされていく。

 これは困った。なぜかは分からないけれど彼はしっかりその気になっているらしい。
 明日は大事な本番だから、体調を整えておかなければならないのに。

 でもそう言おうにも、口の中では彼の舌が動き回っていて話すどころではないし、その気持ちよさに思考もぼやけてくる。

 体をゆっくりと撫でられながらも、唇が解放されたので、私はなんとか意識を保って言う。

「はっ、んっ……。あの、練習は……?」

「ああ……忘れてはいないぞ?」

 彼は、とっても意地悪な微笑みを浮かべていた。

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