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マリアーナは運命に逆らう
5.夫となる人
しおりを挟むマリアーナは馬車に揺られていた。
目の前には、じきに国王になろうとしているアルベルト・カンナス将軍がいる。
先ほどマリアーナが連れ去られそうになっていたところに、彼が自らやってきたのには驚いた。
マリアーナがこの日どこへ外出するかは、報告して許しを得たものだから、すぐに兵士がやってきて捕えられるだろうと思ってはいた。
でもまさか、革命を主導する彼が直接やってくるなんて想像もしていなかった。
あの記憶の中では何日も逃げ続けたから、その時どうだったかは確認のしようがない。
「短剣の使い方は覚えておいでだったようですね? 先ほど部下から聞きましたよ。奴らとしばらく渡り合ったとか。奴らが悪態をついていたそうです」
マリアーナは彼をしっかりと見た。
「ええ……。結局捕まってしまったけれど」
「てっきり、婚約者の元へ逃げると思っておりましたよ。もう、ここにはいまいと」
「それは嫌だったの。家族を置いて逃げるなんて」
「……今後、ご自分がどのような扱いを受けるか分からないのにですか?」
「ええ」
先ほども同じ会話をしたと思いつつ、マリアーナは小さくつぶやくように返事をした。
そして、彼の視線から逃れるように、カーテンで覆われた窓を見る。
本当は知っているのだ。一度体験したことだから。
彼が言ったように、彼が王位に就くために、マリアーナはその妻となる。そして、すぐに殺される。
今回はそうならないで済むようにと、たくさん勉強したし、短剣の扱い方も習った。できるだけの準備はしてきたつもりだ。
とはいえ、革命とやらを止める手立ては何一つ思いつかないまま、この日を迎えてしまった。たいした知識もない年若い王女が国の運命を変えようなんて、とんだ思い上がりだった。
でも、それを悔やんでも無駄だと、マリアーナは自分に言い聞かせた。
ただ、彼から疎まれてはならない。少しでも気に入られて、生き長らえなくてはいけない。
そして、家族を元の通りとはいかなくても、苦労のない生活に戻してあげたい。
あの記憶の中では、皆は牢に入れられていたはずだ。
家族のためならば、恥辱を受けても構わなかった。
でも、やはり恐くて、その気持ちを紛らわせるようにカーテンの隙間からチラチラと見える街の様子を見た。
国王や主だった貴族が捕えられているというのに、街中は混乱しているようには見えない。
もっと大騒ぎになっているのかと思っていたのに。
「静かね……」
「……街の様子がですか?」
「ええ。皆はあなた方を受け入れたということかしら。それとも、何が起こったのか知らないの?」
マリアーナが見つめると、彼と視線が合った。
「ええ。民には預かり知らぬ場所だけで完結させました。念の為、情報の早い商人らには、彼らの生活には影響はないと伝えさせています。今回捕えた貴族たちの領地からの作物などの輸送には影響がないと」
「……そうなのね」
あの記憶の中では、何の事情も知らないまま、ただ自分の身に降りかかる出来事に流されるしかなかった。
彼が何を思って革命なんてものを起こしたのかも知らなかったし、それを知る時間もなかった。
だからこそ、あの日、悲劇的な記憶を思い出してから、マリアーナはそれまで見向きもしなかった、王宮で接する以外の人々を知ろうとした。
ところが、それは立場上ほとんどできなかった。ほんの数回、街中を今のように馬車で通り抜けるのを許されただけだ。
でもマリアーナは諦めなかった。自分の身を守るために、どうしても剣を習いたいと言い張ったのだ。
そして、何か糸口がつかめればと、引退した元カンナス将軍に剣術を教わりたいと父王に頼んだ。
周囲からは王女らしからぬ行動だと言われた。わがままを押し通したのは人生でその時だけだ。
養父である前のカンナス将軍に同行していた彼が護身術の教師になってくれたのは偶然だったけれど、半年ほど、月に数回の頻度で王宮で会えるようになった。
彼とは一度だけ、お茶の時間を一緒に過ごしもした。
そのため、彼とは親しいとまではいかないまでも、何度も会話をした仲にはなった。
今こうして話ができるのも、その時に彼に近づく恐怖を克服したからだ。
とはいえ、その関係は急に終わった。
彼から短剣の使い方を習うのは、婚約が決まったときに禁止されてしまったからだ。
でも、彼から教わった護身術のおさらいは、寝る前に一人になってから毎日欠かさずにしていた。
その努力のおかげで、隣国へ連れて行かれるのを防げたと思う。
彼がやってくるまで、あの場所にとどまれたのだから。
そういえば、あの侍女たちは何としてもマリアーナを隣国のべランク王国へ連れて行こうとしているようだった。
そして、褒美がどうのという言葉がどうしても気になる。マリアーナの婚約者であるべランクのユリウス王子からのものだろうか。
もし、その褒美がもともと約束されていたものならば、彼らはこの国で革命が起こると知っていたことになる。
考えに沈んでいたマリアーナは、目の前に座る男性の耳触りのよい低い声に我に返った。
「他に聞きたいことは? もしくは条件でもいいが」
「条件……? 何に関してかしら」
「結婚のですよ」
そんなことを聞かれるとは思っていなかったマリアーナは、少しの間彼を見つめた。
あの、誰もマリアーナの言葉なんて聞こうともしなかった状況は変えられたのだろうか。
マリアーナは勇気を出して言った。
「家族の無事を約束していただきたいわ」
「側妃は作るなとか、そういう条件のつもりだったが……。あなたの立場を脅かすかもしれない存在ですしね。誇りもおありでしょう」
マリアーナは家族を守るために、どうすべきかを考えた。家族が無事ならば、自分は都合よく扱われてもいい。
どうせ彼が欲しいのは王家の血を受け継ぐ、マリアーナが産むかもしれない子どもだけだろう。
「あなたのお好きにすればいいわ。私に口を出す権利があるとも思えませんから」
彼は無表情にこちらを見ていた。「なるほど」と言うと彼は視線をそらしす。
先ほどマリアーナがしたようにカーテンの隙間から外の様子を見ているようだった。
マリアーナはあの恐ろしい記憶が真実起きた出来事だったのだと、この日の革命発生で確信した。これまでも信じていたとはいえ、絶対の自信はなかった。
でも、本当だった。
何としてもこれから降りかかってくるだろう運命を変えたい。
上手くできるかは分からないけれど、やってみるしかない。
マリアーナは縄で縛られていた時についた手首の傷を、少しの痛みに顔をしかめながら、優しくさすったのだった。
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