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マリアーナは運命に逆らう
6.お飾りの王妃になる時
しおりを挟む王宮に着くと、見知らぬ、おそらく服装からして下女だろう少女が、器用に手首についた擦り傷に布を巻いてくれた。
ドレスは皺になっているけれども、自室に戻るのは無理そうだ。扉の内側にも外側にも、将軍配下の兵士たちがいる。
マリアーナは、何としても、自分には利用価値があるのだと彼に思わせて、近く訪れるはずの死を回避しなければならない。
兵士の一人に促されて、そう覚悟を新たにしつつ、見慣れた王宮の廊下を進む。
案内されたのは謁見室だった。いったい何が行われるのだろうか。
あの記憶にないことは何も分からない。
と、その時、謁見室の別の扉から両側から腕をしっかりとつかまれ、大勢の兵士に周囲を囲まれた壮年の男性が姿を現した。
「お父様!」
「マリアーナ……」
マリアーナは父親であるエイノール王国の国王に駆け寄ろうとした。しかし、近くにいた何人もの兵士たちの、鞘に収められたままの長剣に阻まれる。
彼らはこちらには触れられないのか、マリアーナの体の前に剣を伸ばしてきたのだ。
彼らに逆らう気はなかった。何よりも父に危害が及ばないように。
父は悲痛な表情でこちらを見てくる。マリアーナも悔しくて仕方なかった。
マリアーナはあの恐ろしい記憶を思い出してから、父王の執務室に押しかけて人払いをさせ、アルベルトとカンナス伯爵の危険性を父親に訴えた。
しかし「滅多なことは言うな」と、叱られた。家臣を疑えば国が乱れると。
マリアーナは何の証拠も持っていなかった。父からは、マリアーナの言動は国のために尽くしてきた英雄たちを無駄に貶めようとしているだけにしか見えないのだと言われてしまった。
証拠なんて見つかるわけがない。革命の日まで、何の予兆もなかったのだから。もしマリアーナが気づけるくらいなら、父にだって出来るに違いなかった。
それ以来、マリアーナは革命の阻止ではなく、革命が起こっても生き延びる方法を探すようになった。
父はあの時の会話を思い出しているのかもしれない。そして、不思議に思っているだろう。なぜ、この革命が、当時まだ十六歳の、特別政治に聡いわけでもなかったマリアーナに予見できたのか、と。
やがて、紙の束を抱えた官吏らしき男性を連れたカンナス将軍が、圧倒的な存在感を放ちながら入ってきた。
後ろには十人ほどの大貴族たちを引き連れている。今日王宮にいた者たち、つまりは、さほど大きくないエイノール王国の大貴族のほとんど全てだ。
とはいえ、彼らはカンナス将軍の部下らに脅されてそうしているだけに違いなかった。怯えた顔をしていて、逆らう様子はない。
大股で進む彼について行くようにと、父もマリアーナも移動するように促される。
マリアーナが足を止めた時には、将軍とその部下たちの手によって、大きなテーブルの上に書類が広げられていた。
あの記憶の中では起こらなかった出来事だ。
いや、マリアーナが逃げたために、遭遇しなかったというのが正しいのだろう。
まず将軍は、マリアーナと将軍の婚姻に関する書類を、二人から見える場所に置いた。
次に、王位継承権を持つマリアーナとの結婚により、その夫となった将軍に王位を譲渡するための書類が置かれる。
これらにサインをするために、国王である父が連れてこられたわけだ。
「マリアーナには婚約者が……」
父はサインをする前に、この場を支配する男にそう言いかけたけれど、その言葉は続かなかった。
マリアーナに向けられている剣が一本、鞘から抜かれたのだ。
逆らう術はなかった。大貴族らが見守る中、父王は震える手でサインをした。
マリアーナに顔向けできないと思っているのか、こちらを見てはくれなかった。
そうして、マリアーナの結婚と新国王の即位が決まった。
大貴族たちの中には何か考えていそうな者もいたけれど、誰も何も言わなければ、抵抗もしなかった。好機を狙うことにしたのだろう。
当主である自らが捕えられているのだから、今は何もできないはずだ。
国王ではなくなった、肩を落とした父親が連れて行かれるのを、マリアーナは静かに見守った。どうか、早まった真似だけはしないようにと願いながら。
マリアーナは王女ではなく、王妃になった。でも何の実感も湧かない。
何にせよ、家族たちのために新国王に妃として従順に従いつつ、殺されないようにしなければならない。
それから、家族を励ます方法を見つけたい。いつになるか分からないけれど、マリアーナは絶対に父母や妹、そして、まだ幼い弟を助け出そうと決めていた。
それが、マリアーナが今を生きる意味だった。
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