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落ちぶれ王妃と成り上がり国王
25.落ちぶれ王妃の失敗
しおりを挟むアルベルトや官吏たちが去り、三人だけになると、マリアーナは立ち上がって護衛たちの方を見た。
「護衛はいらないわ。殺されたとしても構わないから」
マリアーナは投げやりな気分でそう吐き捨てた。二人からも嫌な人間だと思われただろう。いや、初めからそう思われていたのだろうから関係ない。
エンシオは無表情でこちらを見ていて口を開かない。
その代わり、いつも自分からはほとんど発言しない若いブラントが、この場にはふさわしくない、穏やかな顔と声で言った。
「護衛はしますよ。あの人に命じられたし、あなたにはまだ務めを果たしてもらわなければいけない。死なれたら困る」
マリアーナは思わず彼を睨みつけてしまった。王家の血だけに価値があるのだと、侮辱の意味でそう言われたと思ったのだ。
でも、ブラントは困ったように笑った。
「あなたを見ていると、母を思い出しますね」
「……どういう意味かしら」
「俺の母親は、ベランクで何かをやらかした、あっちの国の貴族の娘だったらしいんですよ。で、この国に家族と逃げてきた。でも生活は苦しくて。平民だけどまあまあ成功していて、金を援助してくれる男に花嫁として差し出されたわけです」
マリアーナはそれを聞いて、少し頭が冷えた気がした。彼は静かに続けた。
「分かる気はしますよ。別に王女として生まれたのはあなたのせいじゃない。でも、それが原因で衝突を生むのは、うちの王様にとってはいいことじゃない。母親も貴族としての矜持があるとか言って、父親とよく揉めていましたよ。幼い頃は何で二人はこんなに仲が悪いのかと思っていましたが、ある時気づきました。この二人は生まれも、育った場所も、生きてきた環境も、何もかもが違うんだってね。分かり合うのなんて無理なんだろうって」
何も言葉を返せないマリアーナに、彼は「母親のそばは居心地が悪くて、早々に家を出ましたよ」と笑う。
マリアーナはブラントの話を聞いて、ほんの少しでも自分を理解してくれる人がいたと、気を抜いていた。
でも、それまで黙っていたエンシオが話し出すと、部屋の空気が冷たくなった気がした。
「コクリー男爵だって、あんたと同じ人種だ。笑えるね」
エンシオは笑顔だった。でもその顔はいつもとは違った。彼の笑うと隠れてしまう瞳が見えている。
今にも剣を抜いて振り回すのではないかと思うほど、冷ややかな笑顔だった。
「あいつだって知らないだろ? 自分たちの土地が戦場になっちまって、畑を荒らされて飢えに苦しむ農民たちの悲惨さなんて」
彼は淡々と語る。兵士や傭兵たちの略奪にあい、全てを奪われ、犯され、殺された人々のことを。孤児になって、目をぎらつかせて集団で盗みを働く子どもたちのことを。
「俺は傭兵団の奴らに目の前で母親と姉貴を犯されて殺されて。で、働き手にちょうどいいと、そのまま傭兵団で働かされた。まあ、あの時母と姉を殺した奴らは、何年か後に戦いの最中にどさくさに紛れて殺したんだけど。アルベルトも協力してくれたよ。さすがに一人で、敵も相手にしながら何人も殺るのは難しかったから」
マリアーナはたった今聞いたことを咀嚼しきれなかった。でも一つだけ聞きたいことがあった。
「アルベルトも……傭兵だったの……?」
「ああ。あの人に目をつけたカンナス伯爵がただの平民ってことにして、軍籍に入れたけどね。俺も、マウリもそう」
エンシオは話し終わると少し後ろを向いていた。そして気を取り直したように大きく息を吐くと、またいつもの笑顔でこちらを向いた。
「俺たちはそんなふうに生きてきたんだよ、王女様。あんたたちが手を汚さなくていいように。きっと何も分かりはしないだろう。俺たちが踏みにじられたままではいないと、どれほどの覚悟を決めて、ここまできたのかは」
エンシオはマリアーナのすぐ前に立った。
「あんたにあの人の邪魔はさせない。もし、あんたが余計な真似をしたら……」
彼はそこまでしか声に出さなかった。でも、口の形だけで「殺してやる」と言われたと分かった。
マリアーナは彼らに付き従われて部屋に戻る途中で、あの記憶の中でマリアーナを殺した男たちの中にエンシオもいたのかもしれないと気づいてしまった。
そう思うと、もう殺されてもいいと思っていたはずなのに、死への恐怖に襲われる。
無事に部屋に帰り着いて扉を閉めると、一人、床にへたり込んだ。
そんな情けない自分を笑いながらマリアーナは泣いた。涙がドレスや絨毯を濡らしていく。
大勢の前で本音を口にしたのは失敗だった。変えようとした運命を、元に戻してしまったかもしれない。
でも、自分にだって誇りがある。それは無視できなかった。
「ごめんなさい……」
それは、救い出せなくなってしまったかもしれない家族に対しての言葉でもあり、これまで知らずに傷つけてしまっていた人たちへの言葉でもあった。
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