【完結】死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる

針沢ハリー

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番外編② 君が笑顔でいるように 〜エンシオの幸福〜

番外編②-6 ライラの王都生活

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 ライラは人混みの中を歩いていた。フードを目深に被り、買い物用の籠を右手に持っている。
 この日は野菜を買いに市場に向かっていた。

 王都に来てから一年近くが経つけれど、この人の多さには、まだ慣れない。
 弟たちは楽しそうにすり抜ける通りも、あちこちから視線を向けられているようで、ライラは少し下を見ながらでないと歩けない。
 
 それは、生まれ故郷の町が盗賊たちに襲われた時に、顔や体に火傷を負ったからだ。
 ライラは、それから数ヶ月間、町が少しずつ立ち直って行く中で、とにかく途方に暮れていた。
 数年前に病で亡くなっていた母親に続いて、父親まで失って、家族は自分が養っていかないといけないのに、それができそうになかった。

 そんな時、今の雇い主のエンシオが王都の自宅で雇うと言ってくれたから、今の穏やかな生活がある。
 命を助けてくれたばかりか、生活が立ち行かなくなりかけていたライラと弟たちを救ってくれた。

 それなのに、ライラは何でも自分でできるわけではない。火を恐れてしまって、料理も満足に作れない。弟たちにも、主人であるエンシオにも、火をつけて鍋の中の具材を煮込む作業をさせてしまっている。

 きっと、もっと最適な人がいるはずなのに、エンシオは自分たちを雇い続けてくれている。弟たちは学校にまで行かせてもらっているのだ。

 とぼとぼと歩くうちに、市場に着いて、必要な野菜を買い込む。肉はまだある。この前買ったものを塩漬けにしてある。
 でも、明日また肉を買いに来ようと考えながら、ライラは家に帰ろうと、歩く方向を変えた。

 ところが、その途端に人にぶつかってしまった。気をつけているつもりでも、下ばかり見ているので、たまに人にぶつかってしまうのだ。
 いつもは頭を下げて謝ればゆるしてもらえる。
 でも、この日は相手が悪かった。三人組の人相の悪い男性たちが目の前に立ち塞がっていた。

「何のつもりだ、あんた」

「すみません。きちんと前を見ていなくて」

「へえ。あんた、いい生地の服を着てるじゃないか。金持ちの家の手伝いらしい。て、ことは、金も多めに持っているよな」

「いいえ。もう使い切りました」

「嘘ついてんじゃねぇ! 服を全部脱がされたくなきゃ、詫びの金を出せ!」

 フードが引っ張られ、買い物籠が地面に落ちる。顔の火傷の跡を隠している布を、男の一人に「何だこれは」と引っ張られる。
 それだけは嫌だった。

「やめて!」

 ライラが叫ぶと、男たちは楽しいのか、より強く、布を引っ張る。
 泣き出しそうになるのを堪えて、その布を顔に押し付け続けた。
 でも、もうこれ以上は耐えられそうにないと、ライラが地面に伏せてしまおう思った時、「おい、どけ、何事だ!」と言う男性の声が聞こえた。

「おい、何をしている!」

 そう言ったのは、兜で顔はよく見えなかったけれど、国軍の兵士だった。馬から降り立って、男たちをライラから引き剥がしてくれた。

「こっちは、いきなりぶつかられたんだ!」

「何言ってんだ。こんな小柄な娘にぶつかられたところで、あんたらみたいな……あれ? ライラさん? 軍団長のところの」

「あ……」

 その兵士の顔をようやくまともに見られるようになって、ライラは思い出した。以前忘れ物を届けにエンシオの仕事場へ行った時に見た顔だった。
 ライラが兵士と知り合いだと知ると、男たちは急いで逃げて行った。

「ひどい目に遭いましたね。あいつらの顔は覚えておきますから、次に似たようなことをしたら牢屋にぶち込んでやりますよ!」

 彼は朗らかに笑いながら、周囲にいた人たちを追い払うと、せっかくだから、とエンシオの仕事場へ来ないかとライラを誘った。

「私が行っても、ご迷惑になるだけですから」

「いやいや、今日は祝い事があるんですよ。むさ苦しい男たちだけじゃ、あんまりだ。ライラさんもぜひ!」

 ライラは断ろうとしたけれど、彼は人の話を聞いているのかいないのか、あっという間に、ライラを馬の後ろに乗せてしまった。
 そして、そこから降りられるわけもなく、ライラはあれよあれよという間に、王宮のすぐ近くにある、兵舎の食堂だという場所に着いてしまっていた。

 そこは、やや無骨な飾りつけがされている最中で、人の声が飛び交っていた。お祝いというのは、いったい何だろうか。
 王妃様のご懐妊については聞いているけれど、まだ産まれる時期ではないはずだ。

 ライラはどこにいたらいいのか分からなくて、先ほどの騒動で少し中身が減ってしまった買い物籠を抱きしめて立っていた。
 その目の前で、何人もの兵士が、花を花瓶に入れて歩き、紙で作ったらしき、不思議な形の飾りを壁のあちこちに貼り付けて、吊るしている。

「ライラ」

「エンシオ様!」

 やって来たエンシオは、微笑みながら、「悪いな。いきなり連れて来たみたいで」と言いながら、ライラをここまで連れて来た兵士の肩を拳で何度も叩いている。

「無理はしていないか? 人が大勢いる場所は得意じゃないだろう?」

 ライラは、エンシオが少し顔を近づけてそう言ったのに、大きく心臓を跳ねさせた。
 きっとエンシオの方はライラのような十も年下の子どものことは、意識してもいないのだろうけど、ライラは違う。

 彼は恩人で、優しくて、そして、とても綺麗な人だ。薄い茶色の髪と、青い瞳の持ち主で、すっきりと整った顔立ちをしている。すらりとしたその体は、今は軍服に包まれている。
 軍服姿は毎朝見ているのに、なぜか毎回、見とれてしまう。

「い、いえ。助けていただきましたし、何かお祝いだと聞いて……」

 エンシオは真顔なったけれど、少し弾むような声で言う。

「ああ。マウリのやつが……。ああ、マウリは知ってるよな。俺と同じ、軍団長だ。で、その大男が、結婚したんだよ。でもって、その挨拶に、ここまで嫁さんを連れてくるって言うから、この騒ぎが始まってしまったんだ」

 エンシオから、マウリ軍団長と国王陛下と彼は兄弟のようなものだと聞いたことがあった。
 お兄さんのような人が結婚したのだから、それは、とても嬉しいだろう。

「では、夕食は家では食べませんか?」

「いや、いつもの時間には帰るつもりだ。新婚の二人もここに長居はしないさ」

 ライラが頷くと、横から声がかかる。

「ライラさん、帰ろうとしてません?」

「厨房から、焼き菓子やら、果物やら、もちろん酒も届く予定なんですよ。一緒に食べましょう」

「帰りは馬車を出しますから!」

 ライラはそうまで誘ってもらっては断ることもできずに、エンシオの隣の席に座らせてもらった。
 たくさんの机が食堂の真ん中に集められていて、その上に次々と食べ物や飲み物が置かれていく。


 そして、少し経った頃、マウリ軍団長と、ライラよりは年上だろう、清楚なドレスが似合う、可愛らしい女性が連れてこられて、急に食堂全体が踊り出したかのように、賑やかになる。

 ライラは、皆から祝福されている、幸せそうな二人を見ていた。
 そして、そんな二人をただ祝いたいはずなのに、それ以外の感情が芽生えたのに気づいた。

 うらやましかった。

 ライラがあんな風に好きな人と結ばれて、こんなに盛大に祝われる様子なんて、想像もできなかったから。

 ライラは笑っているエンシオを盗み見た。
 彼も、そう遠くないうちに、こんな風に結婚をするのだろう。胸が痛むけれど、こんな醜い自分が、命まで救ってもらった自分なんかが、夢を見ていいわけがない。
 彼に手が届くわけがない。

 ライラはエンシオを見すぎてしまった。不意に目が合って、咄嗟に視線をそらす。
 おかしく思われただろうか。

 すると、膝の上で握りしめていたライラの手が、温かいものに包まれた。
 それはエンシオの手だった。

 驚いて見上げると、そこには、彼の少しはにかんだような微笑みがあった。
 顔が熱くなって、下を向く。
 手をおずおずと握り返すと、彼も握り返してくれた。

 そうして、周りの賑やかさから置いてきぼりになりながら、しばらくの間、ライラはエンシオと手を握り合っていた。

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