【完結】死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる

針沢ハリー

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番外編② 君が笑顔でいるように 〜エンシオの幸福〜

番外編②-7 エンシオのとある計画

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 その日、エンシオは休みをとっていた。
 最近はずっと王宮に詰めていた。家で眠れるのも二日に一度だけだった。

 目覚めてから少しの間ぼんやりとしていたが、日の高さに気づき、「しまった……」とつぶやく。

 起きていくと、家の中では取ればいいと言うのに、相変わらず顔に布を巻いたライラがキッチンにいて、「おはようございます」と言ってくれる。
 彼女が朝食か昼食か、どちらとも言い難い食事を出してくれたので、それを食べる。
 弟たちはいつもの通り、朝早くに学校へ行ったそうだ。

 エンシオは、一度部屋に戻って外出着に着替えると、「すぐに帰る」とライラに告げてから玄関を出て、活気と喜びに満ちた街中を歩く。

 昨日、国王夫妻に三人目の子どもが生まれたと発表された。皆それを喜んでいるのだ。

 花屋は、いつもより多くの花を仕入れたようだ。花で溢れる荷車を交差点の近くに止めて、通りがかる人に声をかけている。
 笑顔の人たちが、何本か花を選んで花束にして、それを買っていく。

 その様子を横目に見ながら、エンシオは目的の店にたどり着いた。大通りは混み合っていたので、扉の中に入った時にはほっとした。

「おや、軍団長さん。今日は休みかね」

 店の主人が奥から顔をのぞかせた。

「当たり前だろ。昨日まで、心配症の国王に、ずっと王妃様の部屋の前に立って警護をしろと言われてたんだ」

「ははっ。本当に仲がよくていらっしゃるんだねえ」
 
 エンシオは二人の当初の様子も知っていれば、にぶいあの男が自分の妻に対する愛情らしきものに戸惑っていた頃も知っている。
 今では、当時の緊張状態が馬鹿らしくなるほど、二人はいつもくっついている。主に、あの男が張りついているのだが。

 エンシオは注文の品を受け取り、懐に忍ばせると次の目的地に向かう。
 そこでもひとしきり、店の女主人に捕まって、国王夫妻の恋物語とやらについて聞かされた。
 そんな可愛らしいものではないだろうと言いたくなるのを辛うじてこらえる。

 王宮で司書をしているルスコが企画し、台本を書いた劇は、少し前に王都中のあちこちにある劇場で披露され、その出来はともかく、話題にはなった。
 ルスコが主演をやりたがったのを、寄ってたかって止めたのは、そう前のことではない。
 その頃から、王妃を見る人の目は明らかに変わった。深層の王女様が実は剣の使い手で、夫となった国王を守ったなどという、事実無根の演出をルスコが劇に盛り込んだからだ。

「その話はもういい……。ああ、ああ、そうだよ。国王は王妃を大変に寵愛しているよ。だから、そのケーキをとっとと渡してくれ!」
 
 エンシオは金を多めに置くと、やや強引に女将から箱を奪い、先ほどの花屋にも立ち寄って、ようやく家に戻った。

 エプロンで手を拭いながら顔を出したライラは、花を見て「素敵ですね! 王子様のご誕生のお祝いですか」などと言う。
 とりあえず何も言わずに花瓶に生けてくれるように頼むと、彼女は申し訳なさそうな顔をする。

「ああ。悪い。もうそんなに時間が経っていたか。あちこちで足止めをされて。野菜も肉も?」

「はい。材料は全部切って入れてあります。あとは……」

「分かった」

 エンシオはキッチンに向かって、かまどに火をつけた。
 ライラは、一年と数ヶ月前、危うく炎に巻かれて死ぬところだった。それ以来、火を見ると動けなくなってしまうのだ。
 だから、弟たちがいる時は彼らが、いない時はエンシオがその役目を担っている。
 火が見えない位置にいる彼女が声をかけてきた。これも毎回だ。

「いつもすみません……」

「このくらい何でもないさ。俺は昔、ずっと料理をさせられてたからな、傭兵団で。大変だったぞ。数十人の男たちの腹を満たさなくちゃいけない。いくつもの鍋を同時にかき回してみろ。焦げないようにするので精一杯だ」

 何回もしている話なのに、彼女はクスクスと楽しそうに笑う。

「もう聞き飽きただろ?」

「いいえ、何回聞いても、小さなエンシオ様が、たくさんのお鍋の間を右往左往しながらかき混ぜているのを想像してしまって」

 彼女はそう言うと、また笑った。
 エンシオにとっては辛い時期の話でも、事情を知らない彼女は屈託なく笑う。それで少し救われた気分になる。

「さて、もういいだろう。火は消したぞ。味を見てくれ。俺がしてもいいが」

「いいえ! これ以上はさせられません!」

 彼女は真剣に味見をし、スパイスをひとつまみ、塩を二つまみ入れて、具材の煮え具合いを確かめるように鍋の中身をかき回してから、それに蓋をした。

「ありがとうございます。後は、あの子たちが帰ってから温め直しますから」

「ああ」

 エンシオは、自分がついでに沸かしておいた湯で、彼女がお茶をいれてくれるのを待った。これもいつものことだ。

 彼女は好きな時にお茶も飲めない。とりあえず水を沸かしておけば、それを飲んでいられるだろうと、弟たちは毎朝、鍋に湯を沸かしてから学校へ行く。

 彼女はお茶をいれたカップをまずエンシオの前に置いてから、自分の席にもお茶を運んできて座る。
 そこで、ケーキの存在を思い出したエンシオが箱を渡すと、彼女はそれを綺麗に切り分けて、皿に乗せた。

 いつものように、しばらく話をしてから、エンシオは何でもないことかのように、ライラに言った。

「俺は、あんたを妻に迎えたいと思ってるんだ」

 エンシオは始めに立ち寄った店で受け取った包みを取り出して、彼女の目の前に置く。

「花もあんたに買ってきたんだよ。ライラ」

 ライラが目を見開いて、口まで少し開けたまま固まっているのに、ほんの少し笑ってしまった。


 彼女から好意を持たれているのは知っていた。
 でも、それは命の恩人だとか、雇い主だとか、余計なものがくっついた感情なのだろうと思っていた。
 いつか、彼女はそんなことを考えなくても一緒にいたくなる、剣なんて握らない、いい男を見つけるだろう。そう思っていた。

 だが、マウリたちの結婚を祝った日、部下たちがやけにライラに馴れ馴れしくするのに腹を立てている自分に気づいた。
 手を握ると、ライラもそれに応えてくれた。

 そして、それから数か月、それ以上の進展はなかった。
 二人きりになる時間がそもそも持てなかったのだから仕方がない。

 とはいえ、エンシオはこの間の自分の行動のせいで、アルベルトのあの鬱陶しかった、王妃への思いを口にしなかった時期を笑えなくなってしまったのだけが心残りだった。

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