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番外編② 君が笑顔でいるように 〜エンシオの幸福〜
番外編②-8(終) あの頃の笑顔
しおりを挟むエンシオが自分の椅子から立ち上がって彼女のそばに立つと、彼女もゆっくりと立ち上がった。
しかし、ライラは下を向いている。
そんな彼女を抱きしめると、背中を抱きしめ返された。
でも、目は合わない。
「私は、火もつけられなくて」
「それは俺ができるし、ヨーナスやイミにもできる」
「顔もこんなで……」
「布をとってくれ」
彼女は目をぎゅっとつぶって、首を振る。
「あのな、俺は治療前のあんたの顔を見てるんだぞ」
「はい……」
嫌がらないのを確認しながらそれを取る。彼女の吸い込まれそうな黒い瞳に自分が映っている。
その引き攣った火傷の跡に口づけると、彼女の体がびくりと揺れる。
「気にならないな。俺は」
「で、でも、腕にも、体、にも……」
彼女はまた下を向く。
エンシオは彼女の腕を軽くにぎって持ち上げ、袖口の紐を解いた。袖をまくって、そこにある跡にも口づける。
今度は彼女は震えなかったし、顔をしっかりと上げた。
「あんたは生き残った。弟たちも守った。勇者の傷跡は勲章らしい。俺にもたくさんあるぞ」
「本当に私でいいんですか? きっと、おかしく思われて……」
おかしく思われるとは何だろうか。
彼女が言う意味は分かるが、それはエンシオが特に重きを置かないものだ。
今日、生きるか死ぬかという世界で生きてきて、人が自分をどう思おうが気にする必要を感じたことがない。
ただ、あの時の後悔をまた味わいたくない。誰かを守れなかった、あの悔しさは、心に重くのしかかる。
三人と一緒に暮らし始めてすぐに、エンシオは昔を思い出して心が穏やかになっている自分に気づいた。
笑顔と笑い声が当たり前のようにあって、温かい食事をテーブルで食べる。
兵舎にずっと住んでいたから、大勢で食事をしてはいたが、それとは全く違った。
そして、何より、エンシオは誰かを幸せにしたかった。
三人を、自分が子どもだったせいで死なせてしまった母と姉の代わりにしているのかもしれない。
でも、だから何だと言うのだろう。
こうしてめぐり合って、一つ屋根の下で暮らして笑い合えるなら、それ以上のことがあるだろうか。
エンシオは勝手な自分を笑った。
そして、これだけは伝えなければいけないと思っていたことを口にした。
「俺が嫌になったら、いい奴を紹介する。知ってるか? あんた、俺の部下連中に評判がいい。顔の跡なんて気にせずに、あんたを好いてくれる男なんて、これからいくらでも現れる」
「私は、エンシオ様がいいです」
ライラは頬を染めながら、小さな声で言った。
「あなた様が……」
「エンシオと。様もいらない」
「あ、え、エンシオが幸せに暮らせるように、私、頑張りますから」
頬を染めて言うライラに胸を鷲づかみにされたようだった。
自分を幸せにしたいと、ライラも思ってくれていた。それを思うと目の辺りが熱くなる。
幸せにしてやろうなんて、とんでもない思い上がりだった。
彼女は自力でも、きっと幸せになれる。他の男とでも幸せになれる。ただ、エンシオが彼女を離したくないだけだ。
「ああ。俺も、頑張るよ。あんたが笑顔でいられるように」
微笑み合って、無念のうちに死んでいった者たちに誓うように、エンシオはライラに口づけた。
まさにその時。
玄関の扉が開き、ヨーナスとイミが家に飛び込んで来た。そして、バタンと大きな音を立てて扉が閉まると、二人は何とも気まずそうな顔をする。
それはそうだろう。姉が男に抱きしめられて頬を染めているのだから。
「えっと。邪魔した?」
「あの、僕は自分の部屋に行くから……」
エンシオは、笑いをこらえる表情でこちらを上目遣いで見てくる二人に大股で近づくと、彼らを両脇に抱える。
二人は歓声を上げた。この一年で、二人はだいぶ重くなったが、これからもまだまだ大きくなる。
姉を目の前で失う辛さを知らないまま、人生を歩む。
二人には、エンシオが、そうであったらよかったのに、と何度も思った人生を送らせてやれる。
エンシオは二人を抱えたままライラの所まで歩き、二人を下ろした。
「お前たちが証人だな」
エンシオは先ほど彼女に渡した包みを机に取りに行くと、その中に畳まれていた、フェルト生地の帽子を彼女に被せた。
顔を覆う布を取っていたから、火傷の跡はあるのだが、その帽子のつばの内側には黒い、蝶や花が編み込まれたレースが飾りのように所々に垂れていて、その跡を隠してくれる。
「これは……」
「普段使いしてくれ。この生地なら、多少乱暴に扱っても壊れない」
「わぁ! 姉さん! すごく似合うよ!」
「綺麗だね~!」
ライラは慌てて、玄関のすぐ横に掛けられていた鏡に自分を映す。
「素敵……」
「いいじゃないか」
実のところ、これは王宮で侍女長を捕まえて、ライラの事情を話し、いい解決策はないか相談して作らせた物だ。
包みにはもう一つ、ブローチが入っている。エンシオはそれを取り出して、彼女の帽子に留めた。
金細工の花の形をしたブローチだ。
「帽子につけてもいいし、服につけてもいいらしい。好きに使ってくれ」
「こんな……。こんなにいただいてしまって……」
ライラは急に涙をこぼし始めた。
「いや、これは少ない方だと思うぞ。結婚を申し込む男が贈るにしては」
ライラの肩を抱きながら、そこまで言って、エンシオは痛いほどの視線に気づいた。
後ろを向くと、弟たちが目と口を大きく開けていた。
「え……。けっ、こん?」
「ね、姉さん、エンシオさんのお嫁さんになるの!?」
二人はそれから何だかんだと喚きながら飛び回る。二人があまりにも興奮しているから、何を言っているのか、さっぱり聞き取れない。
そういう時は無視をするに限る。
「ライラ。俺と結婚してくれるか?」
「はい……。はいっ!」
エンシオは抱きついて来たライラを抱きしめ返した。
その頬を伝う涙を指で拭ってやるが、それは止まる気配がない。
「すごーい!!」
「え、ていうことは、エンシオさんが兄さんになるの?」
エンシオは、ヨーナスとイミも引き寄せた。彼らは、眩しいほどの笑顔を見せている。
彼らにはずっとそんな笑顔が浮かべられる人間でいて欲しい。
ライラは相変わらず涙を流していて、でも、その笑顔は明るく輝いている。
そんなライラに笑いながら顔に触れられて、不思議に思っていると、「素敵ですね」と言われる。何のことか分からない。
首をかしげると、ライラに鏡を見ろと言われる。
その鏡には、何の屈託もなく笑う男の顔が映っていた。
終
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