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アーサー
12話 アーサーの胸中
「なんでアーサーはそんなにアダムが嫌いなの?」
運ばれてきた食事を次から次に平らげ、ようやく一息ついたところでエリックは雑談らしきものを開始した。アーサーの胃袋はとっくに満たされており、おかわりを頼むエリックに畏怖の念すら抱いた。
「別に嫌いじゃねえよ。……というより、好きとか嫌いとかじゃないだろ。この歳になると」
「嫌いじゃないのに、いつも怒ってるよね」
「それはあいつが悪いんだろ」
好きとか嫌いとかじゃない。アーサーは確かにアダムを尊敬していたし、今でもその一面は消えていないが、きっかけがあったのも間違いない。アダムがエリックにそうするように、自分が大事にしていた娘を、アダムがあっさり寝取った。
アーサーにも分かっていた。取ったとか、取られたとかどっちがどうであろうとくだらない。自分よりアダムが、その娘にとって魅力的だっただけの話だ。それに、恨むべきは他の男に目移りした娘である。分かっているのに、アーサーの怒りはアダムへ向かった。当たり前だ。誰が相手でもアダムを選ぶ。それほどまでに完璧なのだ、アダム・ワンダーという男は。
だからこそ悔しい。信じていたのに、信頼していたのに。
「あいつが先に俺を裏切った。それだけのことだ」
「アダムも反省してるよ?」
「いいんだよ、別に。許すとか許さないとかじゃねえ。恨んでもねえよ」
じゃあどうして、とエリックの目が訴えていた。
アダムの存在が煩わしいわけではなかった。アダムがいなければならない瞬間は確かにあって、アーサー自身が必要とした場面も一度や二度ではない。それでも口論が絶えないのには、確かな理由があった。
不機嫌そうに歪められた眉が柔和に崩れ、何かを思い出したようにふっと微笑んだ。
「あいつ、俺に負い目があるんだろ。俺の言う事なんか無視しときゃいいのに、わざわざ説明したりなんかしてよ……俺が反論すると、少し困ったような顔すんだよ。それがおかしくってよ」
くつくつと笑うアーサーの顔を、エリックは目を見開いて凝視した。初めて見たのだ、面白そうに笑うアーサーの姿を。
エリックが思うより、アーサーは割り切った考えをしていた。恨んでいないと言っていた。それは本当なのだろう。許すや許さないじゃないと言っていた。それは嘘だろう。エリックから見るに、アーサーはとっくにアダムのことを許しているように思えた。
「わ、わかる……!俺も、わがまま言ったあとちょっと困ってるアダムの顔見るの好き!」
「あいつあんな図体してよ、子犬みてえな目して黙るんだよな。ふっ、……くくっ」
アーサーがその表情を思い出したのか、顔を伏せて吹き出す。エリックもつい昨夜のその様子を思い出して、口を開けて笑ってしまった。そうして一頻り笑ったところで、アーサーの顔色がさっと変わる。
「あーおっかし……どしたの、アーサー?」
「……いや、えっと、……あー……」
歯切れの悪い単語を繰り返し、エリックの背後を指さしているようだった。ふと後ろを振り返れば、話の中心であるアダムがそこに立っていた。無表情で、最愛であるはずのエリックを見下ろしている。ひやりとして一気に気温が下がった気がした。あるいは冷風が吹いていたような、そんな気配だった。
「ア、アダム」
「……」
「待ってえぇ!何か言ってぇえ!」
アダムは無言で踵を返し、食堂を出ていこうとした。エリックはそれを阻止しようと、猿のようにアダムの身体へ飛び乗って巻き付いた。食堂に一人残されたアーサーは呆然としていた。色んな考えが頭を巡り、しなくてもいい想像までしてしまう。ああ、きっとアダムは自分と口論などしなくなるだろう。もしもの時に自分は呼ばれないかもしれない。きっと頼りにもされない。そして何より、あの子犬のような目を見れなくなることに、何故か寂寥感に襲われてしまうアーサーだった。
****
「こ……こんばんは♡」
「帰れ」
「そんなこと言わずに♡」
「おい、勝手に入るな!」
夜、アーサーの部屋に訪れたのは全く懲りた様子のないエリックだった。ご丁寧に自分の枕まで持参して、ここで寝る気満々のようだ。昨夜ならいざ知らず、今夜はアダムがいる。アーサーの元に来る道理がなかった。でなければ、アダムに部屋を追い出されたか。いや、アダムはそんなことはしないだろう。あれは器の大きい男だ。おそらく、とっくにエリックとしっぽり仲直りしているはずだ。アーサーはますます分からなくなった。いったいなぜ、エリックがここに来たのか。
「アーサーが、一人で寝るの寂しいかと思って」
「あーあー要らんお世話だ。おうちに帰んな」
「だって、アダム出ていっちゃったし……」
「は?」
ぎょっとして身を乗り出す。昼間考えていた最悪のパターンの、更に上をいく事件になっていたというのか。冷や汗が出てきた。まさか、アダムがエリックを置いて出ていくなんて。あり得ない。あり得ないが、それほどまでにアダムは拒否反応を起こしてしまったのだろうか。思考がぐるぐると絡まり、果てしない迷路に迷い込む。いったいどれくらいの時間そうやって悩んだのだろう。長い時間のように思えたが、実際は一瞬の出来事だった。言葉を失ったアーサーに気付いたエリックが、慌てて軌道修正した。
「あ、ううん。違うよ。急用だって、ルドガーとミハエルが連れていったんだ。すごいね、アダムってほんとに人気なんだね。いつも引っ張りだこでさ……」
「……あ、ああ……人気っつーか、アダムは元軍人だから、声を掛けられやすいんだろうな。お人好しのあの性格だし、絶対に断らねえし……」
――なんだ、依頼で出ていったのか。
アーサーはあからさまに安堵した。ふう、と大きいため息が漏れ、たった数回往復しただけの会話で精神が疲弊してしまった。尚更、エリックを抱く気にはなれない。
「アイザックに頼めよ。俺ァもう疲れた。寝る」
「ええ~……じゃあ、しなくていいからさぁ……」
エリックがアーサーの服の裾を摘んで、枕ごとすり寄った。
「一緒に寝よぉ……」
――またこれか。
呆れながらも、不安そうな顔をした小動物を振り払えるほど、アーサーは非道にはなれなかった。
...
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