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第116話 勇敢

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リブル山でドラゴンとの戦闘は続いている。
左方向には母上、右方向にはユリス、その上空にドラゴンが見える。
そして二方向の中心に俺とガルムが立っている。
母上かユリスのどちらかを俺が選んだ途端にドラゴンは逆を狙う。
恐らくドラゴンは、ガルムを雑魚だと括り、
このまま二手に別れてもガルムは間に合わないと踏んでいる。


「だが、これで状況は変わった…」


隣には、獣王剣で姿を変えたガルムがいる。
その姿は、俺よりも身長が伸びて身体も大きくなった。


「ガルム、準備は良いか?」


俺の言葉にガルムは無言で頷く。
まだ少し戸惑いを隠せない様子だが、
俺を見る表情は覚悟に満ちている。


俺は上空にいるドラゴンを確認して最善策を考えた。
今この状況でブレスが一番危険だが、
俺にも唯一、母上同様の飛び道具がある。


「行くぞ、ガルム!」


俺がそう言葉を発した瞬間に、ガルムは真っ直ぐにユリスに向かって走る。


「ユリス、ガルムに向かって走れ!」


俺が大声で叫ぶと、ユリスも動き出す。
ドラゴンは2人の動きを見た瞬間に、
軽く笑みを浮かべる。


俺は指先に水魔法を集中させて、ドラゴンの頭めがけてバブルショットガンを放つ。
水魔法の強力な弾丸は、龍の口を掠めて流血させる。


「外したか…」


ドラゴンまでの距離があり瞬時のところで回避されてしまったが、2人は無事に合流できた。


「ガルム!」


ユリスは必死にガルムに飛びついた。
更にガルムもユリスを抱え即座に方向転換し、元いた場所まで駆け抜けていく。
ガルムは、元々身体能力が低いわけではなく発育が遅かっただけだ。
その発育を獣王剣で補うことで、獣人の身体能力を発揮している。


「ガルム、お前…
 その姿と力…」


その姿は、今までのガルムとは違う。
泣いて頼ってばかりのガルムではなく、
恐怖や不安を必死に抑えて戦う勇敢な戦士だ。


「ガルム、ドラゴンが何をしてきても、
 決して立ち止まるな!
 そのまま、真っ直ぐ走れ!」


俺がそう指示する通りにガルムは、
ドラゴンを背にひたすら走る。
そして、逃げる2人をドラゴンは爪で攻撃するが、ギリギリで回避に成功している。
ここにきて獣人本来の身体能力が生かされていた。


ドラゴンに水魔法を打ちながら、俺も母上の元までたどり着く。
脈も呼吸も正常のため、軽い脳震盪と判断した。
急いでその頭に回復魔法をかけ続ける。


「……クリス」


「母上!」


何とか意識を取り戻して安堵した。
本当はあまり動かない方が良いが、龍の鎧を打ち破るために母上の光の剣が必要だ。


「母上、大丈夫?」 


「あぁ、ここからなら放てる…」 


それでも母上はあまり動ける状態ではない。
恐らくチヤンスは一度しかないだろう。
ドラゴンに2人の攻撃を当てて、即座にユリスの一撃で倒さなければならない。


俺は全身に全ての身体強化を施して、
ドラゴンの方向へと駆け抜けていく。
更にガルム達とすれ違う時に、
交代するようにユリスを俺が抱える。


「ガルム、母上を頼む!」


ガルムは足を止めずに必死に走り続ける。
その強い意志が感じられる瞳からは、もう戦いの中で涙を流すことはない。


「いくぞ、ユリス!」


ユリスを降ろして龍の元に駆けていく。
2人とも身体強化を最大まで施し剣を手に持つ。
そして俺に対してドラゴンがブレスを放とうとするが、母上の光の剣で攻撃を制限した。


「マリア、俺に力を貸してくれ!」


マリアとは聖剣技で魔力が繋がっている。
俺の想いが伝わり、先程とは桁違いの魔力がマリアから流れてくる。

そして俺が岩場を蹴り上空を駆け上がると、
俺の周りに母上の光の剣が現れた。
その光の剣と共に俺は、聖剣の一撃をドラゴンめがけて放つ。


龍の周りに溢れていた魔力が消え去り、
魔王の加護で作られていた龍の鎧が打ち破られた。


「いけ!おやびん!」


ガルムが大声で叫んだ瞬間、俺が通った岩場を足場にユリスが駆け上がる。
そして、ついに龍にトドメの一撃を繰り出していく。


「レガードの剣を、その身に刻め!」


赤く燃える炎の魔力がユリスの身を包み、
その流れる剣筋はまさに芸術と言っても良い。
美しい所作から繰り出された剣技は、
洗練されており龍の首を切り落とした。


俺はこの世界に来て身震いしている。
それは母上とユリスを守り切ったガルムと、本物の才能を持つ初代剣聖、
ユリス・レガードの剣技を目の当たりにしたからだ。


まだ心臓の鼓動が鳴り止まない…
幼い頃から憧れだった存在、初代剣聖と共に龍を倒した。
その事実が未だに信じられない。


そして、俺達は声を大きく上げて、
龍を倒したことを讃えあった。
ユリスが言うにはルミナスで初めての龍討伐となるそうだ。
その偉業に立ち会うことが出来た事に、
心から喜びを感じてしまう。
きっと父上が聞いたら嫉妬で狂うだろう。


そして俺達は素材を全て回収して、
通ってきた道を帰ろうと歩き始めた。
その時、賢者からの通信が入る。


「クリス、龍退治が落ち着いたから、
 お前達に伝える…」


「賢者?」


俺が賢者と会話を始めたのを母上も気付き、その内容を気にしている。


「落ち着いて聞け…
 ユーリが教皇に攫われた可能性がある…」


「な、何だって!」


賢者からその事実を聞き、驚愕してしまう。
ルミナスにいるはずのユーリが何故教皇に攫われているのか理解出来ない。


「やはり、教皇は敵だった…
 これから私は追跡する
 お前達も早く過去の私に会いにいけ!」


俺は、ユーリの身に何かあったらと思うと、胸が張り裂けそうになる。
そして母上にも伝えなければならないが、
きっと怒り狂うに違いない。
母上にとって、ユーリは我が子同然に愛情を注いで育ててきたのだから…
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