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色付く日常

緊迫

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「というわけです...」



事の一部始終を上手く話せているか不安に思いながらも慣れない長話を完遂した。




恐る恐る周りの表情を見て見るとやはり怪訝そうな顔だ。

その目線も段々と本人の黒田さんに移った。



「彼の言ったことは本当なわけ?」




俯いて聞いていた黒田さんが先生に話を振られてゆっくりと顔を上げた。

俺が話しているときも、ずっと下を向いて髪を少し揺らしているだけで、

説明する羽目になったときのように口を挟むことは無かった。



「ええ、嘘偽り無くそのままであったと...」




静かに言った後こちらをチラッと見た気がした。

それにやはりうっすらと笑って見えるのは俺が長話で疲れたからだろうか




「それに付け加えて言うなら今のことが退学したい理由に追加されたことにもなります」




淡々と語るがその真意までが読めない。

自殺を止められたことが退学したい理由になるわけがない





「...分からないわね、そもそも自殺しようとしたのはイジメでもあったのかしら?

 そこはハッキリ言って貰わないとあなたの行動の意味が知りえないわ」




先生の立場からすると酷だろうが鋭く問い詰めることでしか

気持ちは分からないし手放しに擁護も出来ないのだろう。




さっきまで浮ついていた気持ちが本当に場違いであったことに

心から体の先まで冷えてきた。




「...ええ、そうです私はイジメを受けていたんですよ。

 保健室通いの女が堂々と成績表の上の方に載るのが気に入らなかったんじゃないですか?

 知りませんけど...」




吐き捨てるような言い方が嫌悪感をありありと表していた。



しかし......



大した根拠は無いがそれが適当に見繕った言い訳のように思えた




「そうだったの...で、どのようなイジメを受けたわけ?」




先生もまだ真偽を測りかねているのか質問を飛ばす。



「...それって言わなきゃ駄目ですか?」




...イラついているのか?



急に面倒くさそうに髪をいじりながら答えている。

勝手ながら本当に少ない間しか彼女のことは知らないが、

そんな態度を取るような子じゃなそうな気がするのでその豹変ぶりに

余計驚いた。



本当に勝手に清楚なイメージを持っていただけだから分からないが......。



「こっちは体に傷は負っていなくても心的ストレスを与えられています...

 それに肉体的なストレスを受けなかったのは奴らの情けじゃない、

 証拠になるものを残したくなかっただけですよ...

 それを何ですか?

 この場で言えっていうんですか...?」



目つきも顔つきも綺麗な相貌から怒りを買った猫のように険しい。



その発言から何か腹が押し上げられるような嫌な感覚を覚えた。

『この場』で言う事が憚られるのは、男である自分がいるから、

というほどの仕打ちを受けていたのではないかと独りで気分が悪くなった。




しかしそんな不安とは裏腹に鋭い視線が向いた先は俺かと思いきや、

一瞬先輩を捉えたように感じた。



「...大体、自殺は浬くんが止めてくれましたしたし

 私ももうあんなことをする気は失せました...だからご心配頂かなくて結構です...」




ああ、良かった。死ぬ気は無くなったんだ


そんな呑気な安堵と何気なく名前を呼ばれたことにまた浮ついた心が出た。



だからお前は駄目なんだよ...今緊張した空気なんだぞ、と言い聞かせて

上がる口角を手で隠した。




「ああ、それに...なんだか急に退学なんて馬鹿らしいことをする気も消えました。

 話してるうちに気分が落ち着きましたよ...

 凄いですね先生は。話と気分を引き出させて自己解決させちゃうなんて...」





先ほどから彼女の様子が急激にみるみる目の前で変わっている

様子というよりもむしろ人が変わったような......

そんな気までする。




「そもそも死ねばいいのはあいつ等ですよね...?

 自分が死ぬなんて奴らを喜ばせるだけですし、馬鹿らしいですよね...フフッ」







...ただことではない雰囲気が流れ始めた。
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