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第13話 双子の初陣「先生の教科書通りだ」
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国王の断罪、そして魔王軍による事実上の王国制圧から数日が経過した。
魔王城の一室にある『特別対策本部』。 私は今日も、モニター越しに王国の復興支援を指揮していた。
「セシル、北区画への食料配給は順調ですか?」
「はい、アリア様。ギル様率いる輸送部隊(という名の魔獣たち)が、驚くべき速さで各家庭にパンとスープを届けております。住民からは『空飛ぶ宅配便』として感謝されています」
「それは良かったです。南区画の瓦礫撤去は?」
「ルウ様の重力魔法により、崩れた建物が一瞬で更地になり、そこにあっという間に仮設住宅が建設されています。『魔法建築カンパニー・ルウ』の設立を望む声が上がっているほどです」
セシルの報告を聞きながら、私は安堵の息をついた。 私の遠隔指示による『人道支援プログラム』は、予想以上の成果を上げている。 荒廃し、無法地帯と化していた王都に、秩序と笑顔が戻りつつあるのだ。
モニターには、魔王軍の兵士(人間に変装中)が、王国の子供たちと遊んだり、お年寄りの荷物を持ってあげたりする微笑ましい光景が映し出されている。 かつては敵対していた人間と魔族が、こうして手を取り合っている。 なんて素晴らしい光景だろう。
「アリア様の手腕には感服いたします」
背後で控えていたヴァルゴ様が、静かにコーヒーを差し出してくれた。
「ただ物資を与えるだけでなく、現地の人間を雇用して復興作業に当たらせることで、彼らに『生きがい』と『対価』を与えている。まさに理想的な統治です」
「統治だなんて大げさです。私はただ、困っている隣人を助けているだけですよ」
私は照れ笑いを浮かべた。 そう、これはあくまで一時的な支援。 王国の人々が自立できるようになったら、私たちは速やかに撤退し、彼らに国を返すつもりだ。
……まあ、なぜか王城の屋根に『魔王軍支部』という巨大な旗が掲げられていたり、広場のアリア像(いつの間に作ったの?)に毎朝市民が礼拝をしていたりする点は気になるけれど。 感謝の気持ちの表れだと思って、深く考えないことにしよう。
「ところで、現地のギル君とルウ君は元気にしていますか?」
「はい。お二人は現在、王都周辺に残る『不衛生なエリア』の清掃活動に精を出しておられます」
「あら、偉いわね。率先して汚れ仕事を引き受けるなんて」
私は目を細めた。 あの子たちは本当に成長した。 人のために働く喜びを知ってくれたのなら、教師としてこれほど嬉しいことはない。
――まさかその『不衛生なエリア』というのが、私に反感を抱く貴族や神殿勢力のアジトのことであり、『清掃活動』が物理的な殲滅作戦のことだとは、夢にも思わずに。
◇
同時刻。王都の地下水路。 そこには、地上の平和な空気とは無縁の、どす黒い殺気が渦巻いていた。
「おのれ……おのれ魔女アリアめ……!」
松明の薄暗い明かりの下、数十名の男たちが集まっていた。 彼らは『聖光神殿騎士団』の残党と、既得権益を奪われた悪徳貴族たちだ。 国王が消え、カイル王子も行方不明となった今、彼らは地下に潜り、反撃の機会を窺っていたのだ。
「認めんぞ! 魔族の手を借りた復興など! これは悪魔の所業だ!」 「民衆は洗脳されているのだ! パンとスープで飼い慣らされ、誇りを失ってしまった!」 「我々が立ち上がらねばならん! 聖女ミナ様の救出と、魔女アリアの処刑を!」
中心に立つ男、神殿騎士団長が声を荒げる。 彼らは本気で信じているのだ。 自分たちこそが正義であり、アリアこそが悪だと。 アリアがもたらした平穏よりも、自分たちの特権が維持される腐敗した体制の方を愛しているのだ。
「作戦は決まった! 今夜、魔王軍の食料庫を焼き討ちにする!」 「おお! 兵糧を断てば、やつらも干上がるはず!」 「さらに、アリアを称える市民たちを『異端者』として粛清し、恐怖を植え付けるのだ!」
なんて卑劣な計画だろう。 自分たちの欲望のために、罪のない市民の生活を破壊しようというのだから。
「さあ、神の名のもとに! 魔女に死を!」
「「「魔女に死を!!」」」
彼らが剣を掲げ、気勢を上げた、その瞬間だった。
パチパチパチ……。 乾いた拍手の音が、地下水路に響き渡った。
「誰だ!?」
騎士団長が振り返る。 入り口の鉄格子の上に、二つの影が座っていた。
「素晴らしい演説だね。……バカすぎて感動したよ」
銀髪の少年――ルウが、魔導書を片手にクスクスと笑う。
「『魔女に死を』だってさ。兄さん、聞いた?」
赤髪の少年――ギルが、巨大な鉄塊のような大剣を肩に担ぎ、飛び降りた。 ドスン! という着地音と共に、地面が揺れる。
「ああ、聞いたぜ。……耳が腐るかと思った」
ギルが獰猛な笑みを浮かべ、騎士団を見回す。
「ここが『不衛生なエリア』か。確かに臭ぇな。カビと、汚物と……腐ったプライドの臭いが充満してやがる」
「貴様ら……あのアリアの配下か!」
騎士団長が剣を抜く。 部下たちも一斉に武器を構え、双子を取り囲む。 人数差は五十対二。 常識的に考えれば、騎士団側の圧勝だ。
だが、彼らは気づいていない。 自分たちが囲んでいるのは、ただの子供ではない。 魔王の血を引き、アリアという劇薬によって覚醒した、この世で最も危険な生命体だということに。
「ふん、ガキが二人で何ができる! 我々は神に選ばれし精鋭だぞ!」
「精鋭? へぇ」
ルウが空中に浮遊し、冷ややかな目で見下ろす。
「先生の教科書、第3章。『集団心理と暴走』」
ルウが朗読するように呟く。
「『人は集団になると気が大きくなり、個人の責任感が希薄になる。特に、狂信的な思想を持つ集団は、論理的な対話が不可能であり、周囲に害をなす病原菌となりうる』……まさに君たちのことだね」
「なっ……我々を病原菌だと!?」
「うん。だから『消毒』が必要なんだ」
ルウが指を弾いた。 カッ! 閃光が走り、最前列にいた騎士たちの剣が、一瞬にして飴細工のように溶け落ちた。
「あ、熱っ!? 剣が!?」 「な、何をした!?」
「分子振動による加熱だよ。君たちの安っぽい鉄屑なんて、僕の計算の前にはバターと同じだ」
ルウが退屈そうにあくびをする。
「さて、次は兄さんの番だよ。……先生の教科書、第5章。『実技演習・不法投棄物の処理』だっけ?」
「おうよ! 任せときな!」
ギルが一歩踏み出す。 その全身から、真っ赤な闘気が噴き上がる。
「先生は言った。『硬いものでも、力の流れを見極めれば簡単に砕ける』ってな!」
ギルが大剣を振るう。 それは剣技ではない。暴風だ。 地下水路の壁ごと、騎士団の陣形を薙ぎ払う一撃。
「ぐわあああ!」 「防げ! 盾を構えろ!」
数人の重装騎士が大盾を構えて防御態勢を取る。 しかし。
ズガンッ!!
ギルの大剣が盾に接触した瞬間、盾はおろか、鎧も、その後ろにあった石柱さえも、粉々に粉砕された。
「嘘だろ……ミスリルの盾だぞ!?」 「紙かよ!」
「へっ、脆い脆い! 先生の作るクッキーの方がよっぽど歯ごたえがあるぜ!」
ギルが笑いながら突進する。 狼が羊の群れに飛び込むようなものだ。 騎士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うが、狭い地下水路では逃げ場がない。
「ひぃぃ! 助けてくれ!」 「神よ! ご慈悲を!」
「神? いないよそんなもん」
ギルが騎士団長の首根っこを掴み、持ち上げる。
「いるのは『魔王』と、俺たちの『先生』だけだ。……お前らが拝むべき相手を間違えた時点で、ゲームオーバーなんだよ」
「ま、待て! 話し合おう! 金か? 地位か? 何でもやる!」
騎士団長が必死に命乞いをする。 だが、ギルの瞳には慈悲の色など一ミリもない。
「先生が悲しむから、殺しはしねぇよ」
「ほ、本当か……?」
「ああ。……ただし」
ギルはニヤリと笑った。
「『二度と人前に出られない姿』にはなってもらうけどな」
ドゴォォォン……! 地下水路に、絶望の悲鳴と破壊音が木霊した。
数分後。 そこには、誰一人として立っている者はいなかった。 全員が手足を複雑に骨折し、あるいは精神崩壊を起こして泡を吹いて倒れていた。 死んではいない。 アリアとの約束通り、命だけは取っていない。 だが、彼らが再び剣を握り、アリアに歯向かうことは、未来永劫ないだろう。
「ふぅ、片付いたな」
ギルが大剣を収め、埃を払う。
「うん。計算通り、所要時間三分二十秒。……先生が淹れてくれた紅茶が冷める前に終わったね」
ルウが懐中時計を確認する。
「よし、帰ろうぜ。先生に『掃除完了』って報告しねぇとな」
「そうだね。……あ、その前に」
ルウが倒れている騎士団長のポケットから、一枚の羊皮紙を抜き取った。 それは彼らが隠し持っていた『反乱計画書』と、協力者のリストだった。
「これも回収しておこう。残りの『ゴミ』の在り処が書いてある」
「へっ、さすがルウ。抜け目がねぇな」
二人はハイタッチを交わし、清々しい顔で地下水路を後にした。 彼らにとって、これは戦闘ですらない。 ただの『衛生管理業務』の一環だった。
◇
数時間後。 魔王城の対策本部。
『先生! ただいま!』 『予定通り、全ての清掃作業が完了したよ』
モニター越しに、二人の笑顔が映し出された。 彼らの背景には、なぜか綺麗に整地された更地(元・反乱軍のアジト)が映っているが、アリアは気づかない。
「おかえりなさい、二人とも。怪我はない?」
『全然! むしろ良い運動になったよ』 『街の人たちも喜んでた。「これで安心して眠れる」って』
嘘ではない。 地下組織が一掃されたことで、街の治安は劇的に改善されたのだから。
「それは良かったわ。……あなたたちが頑張ってくれたおかげね」
私は心から二人を褒めた。 彼らは本当に、私の自慢の生徒だ。 力に溺れず、人のために汗を流すことができる、立派な紳士に育ちつつある。
「そうだ先生、お土産があるんだ」
ルウが画面越しに一枚の書類を見せた。
「掃除中に見つけたんだけど、これ、王国の『裏帳簿』みたいだよ。貴族たちが不正に溜め込んでいた資金の隠し場所が書いてある」
「まあ! そんなものが!」
私は驚いた。 セシルが身を乗り出して画面を凝視する。
「こ、これは……! 財務省でも把握できていなかった秘密資金です! これがあれば、復興予算が倍増します!」
「すごいわ、ルウ君! お手柄よ!」
「えへへ、偶然だよ」
ルウが照れくさそうに笑う。 (実際には、騎士団長を精神魔法で尋問して吐かせたのだが)。
「よし、この資金を使って、さらに復興を加速させましょう。孤児院の修繕と、病院の拡充を最優先に!」
「はい、アリア様!」
セシルが嬉々として手配を始める。 アリアの統治は、双子の「裏工作」によって盤石なものとなりつつあった。 反対派は物理的に排除され、資金は潤沢になり、民衆の支持はうなぎ登り。 まさに死角なしの状態だ。
◇
その日の夜。 王国のとある広場で、ささやかな祝宴が開かれていた。 復興作業の一段落を祝う、市民たちの祭りだ。
広場の中央には、魔法で投影されたアリアの巨大なホログラム映像が浮かび上がっている(ルウの仕業だ)。 人々は酒を飲み、歌い、アリアを称えている。
「アリア様に乾杯!」 「我らが救世主に栄光あれ!」
その喧騒を、城壁の上から双子が見下ろしていた。
「……いい景色だね」
ルウが夜風に髪をなびかせながら呟く。
「ああ。先生が笑ってるなら、それが一番だ」
ギルが林檎をかじりながら同意する。
「でもさ、兄さん。まだ終わりじゃないよね」
「ん?」
「国内のゴミは片付いたけど、まだ『外』がいる。……近隣諸国だよ」
ルウの視線が、国境の彼方へと向けられる。 ルーンバルド王国が崩壊し、魔王軍が介入したという情報は、すでに周辺国に伝わっているはずだ。 隙あらば領土を奪おうとするハイエナたちが、動き出そうとしている。
「あー、そっか。面倒くせぇな」
ギルが首を鳴らす。
「先生の庭に土足で踏み込んでくる奴は、全員斬る。……それだけだろ?」
「うん。でも、ただ斬るだけじゃ能がないよ。……先生の威光を知らしめて、二度と逆らおうと思わないように『教育』してあげないと」
ルウが不敵に笑う。 「次は外交(という名の恫喝)の時間だね」
双子の過保護な戦いは、まだ終わらない。 アリアの平和を守るためなら、彼らは大陸全土を敵に回しても構わないと思っている。 そして実際、彼らにはそれを成し遂げるだけの力が――アリアによって授けられた「知恵」と「愛」という名の最強の武器が、備わっていた。
アリア先生の教科書にはこう書いてある。 『問題が発生した場合は、原因を根本から解決すること』 彼らの解釈では、 『先生を脅かす敵(原因)は、根絶やし(根本解決)にすること』 となる。
このズレが修正される日は、永遠に来ないのかもしれない。
魔王城の一室にある『特別対策本部』。 私は今日も、モニター越しに王国の復興支援を指揮していた。
「セシル、北区画への食料配給は順調ですか?」
「はい、アリア様。ギル様率いる輸送部隊(という名の魔獣たち)が、驚くべき速さで各家庭にパンとスープを届けております。住民からは『空飛ぶ宅配便』として感謝されています」
「それは良かったです。南区画の瓦礫撤去は?」
「ルウ様の重力魔法により、崩れた建物が一瞬で更地になり、そこにあっという間に仮設住宅が建設されています。『魔法建築カンパニー・ルウ』の設立を望む声が上がっているほどです」
セシルの報告を聞きながら、私は安堵の息をついた。 私の遠隔指示による『人道支援プログラム』は、予想以上の成果を上げている。 荒廃し、無法地帯と化していた王都に、秩序と笑顔が戻りつつあるのだ。
モニターには、魔王軍の兵士(人間に変装中)が、王国の子供たちと遊んだり、お年寄りの荷物を持ってあげたりする微笑ましい光景が映し出されている。 かつては敵対していた人間と魔族が、こうして手を取り合っている。 なんて素晴らしい光景だろう。
「アリア様の手腕には感服いたします」
背後で控えていたヴァルゴ様が、静かにコーヒーを差し出してくれた。
「ただ物資を与えるだけでなく、現地の人間を雇用して復興作業に当たらせることで、彼らに『生きがい』と『対価』を与えている。まさに理想的な統治です」
「統治だなんて大げさです。私はただ、困っている隣人を助けているだけですよ」
私は照れ笑いを浮かべた。 そう、これはあくまで一時的な支援。 王国の人々が自立できるようになったら、私たちは速やかに撤退し、彼らに国を返すつもりだ。
……まあ、なぜか王城の屋根に『魔王軍支部』という巨大な旗が掲げられていたり、広場のアリア像(いつの間に作ったの?)に毎朝市民が礼拝をしていたりする点は気になるけれど。 感謝の気持ちの表れだと思って、深く考えないことにしよう。
「ところで、現地のギル君とルウ君は元気にしていますか?」
「はい。お二人は現在、王都周辺に残る『不衛生なエリア』の清掃活動に精を出しておられます」
「あら、偉いわね。率先して汚れ仕事を引き受けるなんて」
私は目を細めた。 あの子たちは本当に成長した。 人のために働く喜びを知ってくれたのなら、教師としてこれほど嬉しいことはない。
――まさかその『不衛生なエリア』というのが、私に反感を抱く貴族や神殿勢力のアジトのことであり、『清掃活動』が物理的な殲滅作戦のことだとは、夢にも思わずに。
◇
同時刻。王都の地下水路。 そこには、地上の平和な空気とは無縁の、どす黒い殺気が渦巻いていた。
「おのれ……おのれ魔女アリアめ……!」
松明の薄暗い明かりの下、数十名の男たちが集まっていた。 彼らは『聖光神殿騎士団』の残党と、既得権益を奪われた悪徳貴族たちだ。 国王が消え、カイル王子も行方不明となった今、彼らは地下に潜り、反撃の機会を窺っていたのだ。
「認めんぞ! 魔族の手を借りた復興など! これは悪魔の所業だ!」 「民衆は洗脳されているのだ! パンとスープで飼い慣らされ、誇りを失ってしまった!」 「我々が立ち上がらねばならん! 聖女ミナ様の救出と、魔女アリアの処刑を!」
中心に立つ男、神殿騎士団長が声を荒げる。 彼らは本気で信じているのだ。 自分たちこそが正義であり、アリアこそが悪だと。 アリアがもたらした平穏よりも、自分たちの特権が維持される腐敗した体制の方を愛しているのだ。
「作戦は決まった! 今夜、魔王軍の食料庫を焼き討ちにする!」 「おお! 兵糧を断てば、やつらも干上がるはず!」 「さらに、アリアを称える市民たちを『異端者』として粛清し、恐怖を植え付けるのだ!」
なんて卑劣な計画だろう。 自分たちの欲望のために、罪のない市民の生活を破壊しようというのだから。
「さあ、神の名のもとに! 魔女に死を!」
「「「魔女に死を!!」」」
彼らが剣を掲げ、気勢を上げた、その瞬間だった。
パチパチパチ……。 乾いた拍手の音が、地下水路に響き渡った。
「誰だ!?」
騎士団長が振り返る。 入り口の鉄格子の上に、二つの影が座っていた。
「素晴らしい演説だね。……バカすぎて感動したよ」
銀髪の少年――ルウが、魔導書を片手にクスクスと笑う。
「『魔女に死を』だってさ。兄さん、聞いた?」
赤髪の少年――ギルが、巨大な鉄塊のような大剣を肩に担ぎ、飛び降りた。 ドスン! という着地音と共に、地面が揺れる。
「ああ、聞いたぜ。……耳が腐るかと思った」
ギルが獰猛な笑みを浮かべ、騎士団を見回す。
「ここが『不衛生なエリア』か。確かに臭ぇな。カビと、汚物と……腐ったプライドの臭いが充満してやがる」
「貴様ら……あのアリアの配下か!」
騎士団長が剣を抜く。 部下たちも一斉に武器を構え、双子を取り囲む。 人数差は五十対二。 常識的に考えれば、騎士団側の圧勝だ。
だが、彼らは気づいていない。 自分たちが囲んでいるのは、ただの子供ではない。 魔王の血を引き、アリアという劇薬によって覚醒した、この世で最も危険な生命体だということに。
「ふん、ガキが二人で何ができる! 我々は神に選ばれし精鋭だぞ!」
「精鋭? へぇ」
ルウが空中に浮遊し、冷ややかな目で見下ろす。
「先生の教科書、第3章。『集団心理と暴走』」
ルウが朗読するように呟く。
「『人は集団になると気が大きくなり、個人の責任感が希薄になる。特に、狂信的な思想を持つ集団は、論理的な対話が不可能であり、周囲に害をなす病原菌となりうる』……まさに君たちのことだね」
「なっ……我々を病原菌だと!?」
「うん。だから『消毒』が必要なんだ」
ルウが指を弾いた。 カッ! 閃光が走り、最前列にいた騎士たちの剣が、一瞬にして飴細工のように溶け落ちた。
「あ、熱っ!? 剣が!?」 「な、何をした!?」
「分子振動による加熱だよ。君たちの安っぽい鉄屑なんて、僕の計算の前にはバターと同じだ」
ルウが退屈そうにあくびをする。
「さて、次は兄さんの番だよ。……先生の教科書、第5章。『実技演習・不法投棄物の処理』だっけ?」
「おうよ! 任せときな!」
ギルが一歩踏み出す。 その全身から、真っ赤な闘気が噴き上がる。
「先生は言った。『硬いものでも、力の流れを見極めれば簡単に砕ける』ってな!」
ギルが大剣を振るう。 それは剣技ではない。暴風だ。 地下水路の壁ごと、騎士団の陣形を薙ぎ払う一撃。
「ぐわあああ!」 「防げ! 盾を構えろ!」
数人の重装騎士が大盾を構えて防御態勢を取る。 しかし。
ズガンッ!!
ギルの大剣が盾に接触した瞬間、盾はおろか、鎧も、その後ろにあった石柱さえも、粉々に粉砕された。
「嘘だろ……ミスリルの盾だぞ!?」 「紙かよ!」
「へっ、脆い脆い! 先生の作るクッキーの方がよっぽど歯ごたえがあるぜ!」
ギルが笑いながら突進する。 狼が羊の群れに飛び込むようなものだ。 騎士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うが、狭い地下水路では逃げ場がない。
「ひぃぃ! 助けてくれ!」 「神よ! ご慈悲を!」
「神? いないよそんなもん」
ギルが騎士団長の首根っこを掴み、持ち上げる。
「いるのは『魔王』と、俺たちの『先生』だけだ。……お前らが拝むべき相手を間違えた時点で、ゲームオーバーなんだよ」
「ま、待て! 話し合おう! 金か? 地位か? 何でもやる!」
騎士団長が必死に命乞いをする。 だが、ギルの瞳には慈悲の色など一ミリもない。
「先生が悲しむから、殺しはしねぇよ」
「ほ、本当か……?」
「ああ。……ただし」
ギルはニヤリと笑った。
「『二度と人前に出られない姿』にはなってもらうけどな」
ドゴォォォン……! 地下水路に、絶望の悲鳴と破壊音が木霊した。
数分後。 そこには、誰一人として立っている者はいなかった。 全員が手足を複雑に骨折し、あるいは精神崩壊を起こして泡を吹いて倒れていた。 死んではいない。 アリアとの約束通り、命だけは取っていない。 だが、彼らが再び剣を握り、アリアに歯向かうことは、未来永劫ないだろう。
「ふぅ、片付いたな」
ギルが大剣を収め、埃を払う。
「うん。計算通り、所要時間三分二十秒。……先生が淹れてくれた紅茶が冷める前に終わったね」
ルウが懐中時計を確認する。
「よし、帰ろうぜ。先生に『掃除完了』って報告しねぇとな」
「そうだね。……あ、その前に」
ルウが倒れている騎士団長のポケットから、一枚の羊皮紙を抜き取った。 それは彼らが隠し持っていた『反乱計画書』と、協力者のリストだった。
「これも回収しておこう。残りの『ゴミ』の在り処が書いてある」
「へっ、さすがルウ。抜け目がねぇな」
二人はハイタッチを交わし、清々しい顔で地下水路を後にした。 彼らにとって、これは戦闘ですらない。 ただの『衛生管理業務』の一環だった。
◇
数時間後。 魔王城の対策本部。
『先生! ただいま!』 『予定通り、全ての清掃作業が完了したよ』
モニター越しに、二人の笑顔が映し出された。 彼らの背景には、なぜか綺麗に整地された更地(元・反乱軍のアジト)が映っているが、アリアは気づかない。
「おかえりなさい、二人とも。怪我はない?」
『全然! むしろ良い運動になったよ』 『街の人たちも喜んでた。「これで安心して眠れる」って』
嘘ではない。 地下組織が一掃されたことで、街の治安は劇的に改善されたのだから。
「それは良かったわ。……あなたたちが頑張ってくれたおかげね」
私は心から二人を褒めた。 彼らは本当に、私の自慢の生徒だ。 力に溺れず、人のために汗を流すことができる、立派な紳士に育ちつつある。
「そうだ先生、お土産があるんだ」
ルウが画面越しに一枚の書類を見せた。
「掃除中に見つけたんだけど、これ、王国の『裏帳簿』みたいだよ。貴族たちが不正に溜め込んでいた資金の隠し場所が書いてある」
「まあ! そんなものが!」
私は驚いた。 セシルが身を乗り出して画面を凝視する。
「こ、これは……! 財務省でも把握できていなかった秘密資金です! これがあれば、復興予算が倍増します!」
「すごいわ、ルウ君! お手柄よ!」
「えへへ、偶然だよ」
ルウが照れくさそうに笑う。 (実際には、騎士団長を精神魔法で尋問して吐かせたのだが)。
「よし、この資金を使って、さらに復興を加速させましょう。孤児院の修繕と、病院の拡充を最優先に!」
「はい、アリア様!」
セシルが嬉々として手配を始める。 アリアの統治は、双子の「裏工作」によって盤石なものとなりつつあった。 反対派は物理的に排除され、資金は潤沢になり、民衆の支持はうなぎ登り。 まさに死角なしの状態だ。
◇
その日の夜。 王国のとある広場で、ささやかな祝宴が開かれていた。 復興作業の一段落を祝う、市民たちの祭りだ。
広場の中央には、魔法で投影されたアリアの巨大なホログラム映像が浮かび上がっている(ルウの仕業だ)。 人々は酒を飲み、歌い、アリアを称えている。
「アリア様に乾杯!」 「我らが救世主に栄光あれ!」
その喧騒を、城壁の上から双子が見下ろしていた。
「……いい景色だね」
ルウが夜風に髪をなびかせながら呟く。
「ああ。先生が笑ってるなら、それが一番だ」
ギルが林檎をかじりながら同意する。
「でもさ、兄さん。まだ終わりじゃないよね」
「ん?」
「国内のゴミは片付いたけど、まだ『外』がいる。……近隣諸国だよ」
ルウの視線が、国境の彼方へと向けられる。 ルーンバルド王国が崩壊し、魔王軍が介入したという情報は、すでに周辺国に伝わっているはずだ。 隙あらば領土を奪おうとするハイエナたちが、動き出そうとしている。
「あー、そっか。面倒くせぇな」
ギルが首を鳴らす。
「先生の庭に土足で踏み込んでくる奴は、全員斬る。……それだけだろ?」
「うん。でも、ただ斬るだけじゃ能がないよ。……先生の威光を知らしめて、二度と逆らおうと思わないように『教育』してあげないと」
ルウが不敵に笑う。 「次は外交(という名の恫喝)の時間だね」
双子の過保護な戦いは、まだ終わらない。 アリアの平和を守るためなら、彼らは大陸全土を敵に回しても構わないと思っている。 そして実際、彼らにはそれを成し遂げるだけの力が――アリアによって授けられた「知恵」と「愛」という名の最強の武器が、備わっていた。
アリア先生の教科書にはこう書いてある。 『問題が発生した場合は、原因を根本から解決すること』 彼らの解釈では、 『先生を脅かす敵(原因)は、根絶やし(根本解決)にすること』 となる。
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