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第六話:王宮からの『横槍』
自室に戻り、アルブレヒトが淹(い)れた紅茶を飲んで、ようやく一息ついたところだった。 彼が差し出した「厄介なご報告」とやらの封筒。 その封蝋(ふうろう)を見て、私は眉をひそめた。
(……王家の紋章?)
しかも、これは王妃様の使う意匠(デザイン)だ。 嫌な予感がする。
「王宮から、クレメント侯爵家の処遇について『ご意見』が届いております」
アルブレヒトが、硬い声で繰り返した。
「ご意見ですって? 私の、合法的な契約(ビジネス)の結果に?」
私は封筒を乱暴に開封した。 中には、予想通り、王妃様直筆の非常に丁寧な……しかし、有無を言わせぬ圧力を感じる手紙が入っていた。
内容は、ひどく回りくどいものだった。 要約すると、こうだ。
「クレメント侯爵家への処遇は厳しすぎるのではないか」 「貴族間の過度な争いは、国力を削(そ)ぐことになる」 「ヴィルフレッド様も反省していると聞く。慈悲(じひ)の心を持ってはどうか」
(……はっ。慈悲ですって?)
私が、あの愚かな男に? なぜ、私が?
「馬鹿馬鹿しい。契約違反の対価を支払わせただけ。そこに『厳しすぎる』も『慈悲』もないわ」
私は手紙をテーブルに叩きつけた。 (そもそも、王妃がなぜ、クレメント侯爵家ごときを庇(かば)うの? メリットがないわ)
私の疑問に答えるように、アルブレヒトが静かに口を開いた。
「お嬢様。この『ご意見』の裏には、他の貴族たちの動きがございます」
「他の貴族?」
「はい。ヴィルフレッド様の『ご学友』の皆様……。連帯保証書にサインをさせられた方々の、ご実家です」
(ああ、なるほど)
やっと繋がった。 ヴィルフレッド様は、多くの貴族の息子たちを巻き込んでいた。 彼らの親たちは、当然、自分の息子が負った莫大(ばくだい)な借金を、どうにかして踏み倒させたい。
(だから、クレメント侯爵家への処遇が厳しすぎると、王妃様に泣きついたのね) 自分たちの息子への請求も、取り下げさせようという魂胆(こんたん)だ。
「王妃様の派閥は、我がヴァインベルグ公爵家がこれ以上力を持つことを、快く思っておりません。これは、牽制(けんせい)です」
「牽制……」
(確かに、今回の一件で、我が家は大きな利権を手に入れた。王妃からすれば、面白くないでしょうね)
だが、私からすれば知ったことではない。
(私の合法的な権利行使に、王家が口を出す? 冗談じゃないわ)
この国は、法治国家だ。 王族であっても、正当な契約を覆(くつがえ)すことはできない。……いや、できないはずだ。
「アルブレヒト」 「はい」
「王妃様は、きっと私を呼び出して、公の場で圧力をかけるつもりね」
「その可能性が、極めて高いかと」
「いいわ。受けて立ちましょう」
私は、不敵に笑った。 (クレメント侯爵家を潰(つぶ)した『悪役令嬢』。それが今の私の評判。ならば、その悪役、完璧に演じきってあげる)
「アルブレヒト。王妃様に、ご返事を」
「いかが、お認めに?」
「『ご高説、拝聴(はいちょう)いたしたく存じます』と。皮肉たっぷりにね。場所は、王妃様にお任せすると伝えなさい」
「承知いたしました」
アルブレヒトは、完璧な一礼をして下がっていった。 (さて、どう料理してくれようかしら。王妃様)
私は、手に入れた鉱山利権の開発計画書を眺めながら、次の戦いの算段を始めた。 ヴィルフレッド様のような、感情論で動く愚かな相手より、よほど戦いがいがありそうだ。
(私とアルブレヒトが組んだ『契約(ビジネス)』の完璧さを、王妃様にも教えて差し上げないと)
数日後。 王妃様からの返書が届いた。 予想通り、それは「お茶会」などという生易しいものではなかった。
「……ユリアンナ・フォン・ヴァインベルグ公爵令嬢に、王宮への登城を命ず」
アルブレヒトが読み上げる。
「名目は『クレメント侯爵家との係争に関する事情聴取』。実質的な**『査問会』**でございます」
(……王家の紋章?)
しかも、これは王妃様の使う意匠(デザイン)だ。 嫌な予感がする。
「王宮から、クレメント侯爵家の処遇について『ご意見』が届いております」
アルブレヒトが、硬い声で繰り返した。
「ご意見ですって? 私の、合法的な契約(ビジネス)の結果に?」
私は封筒を乱暴に開封した。 中には、予想通り、王妃様直筆の非常に丁寧な……しかし、有無を言わせぬ圧力を感じる手紙が入っていた。
内容は、ひどく回りくどいものだった。 要約すると、こうだ。
「クレメント侯爵家への処遇は厳しすぎるのではないか」 「貴族間の過度な争いは、国力を削(そ)ぐことになる」 「ヴィルフレッド様も反省していると聞く。慈悲(じひ)の心を持ってはどうか」
(……はっ。慈悲ですって?)
私が、あの愚かな男に? なぜ、私が?
「馬鹿馬鹿しい。契約違反の対価を支払わせただけ。そこに『厳しすぎる』も『慈悲』もないわ」
私は手紙をテーブルに叩きつけた。 (そもそも、王妃がなぜ、クレメント侯爵家ごときを庇(かば)うの? メリットがないわ)
私の疑問に答えるように、アルブレヒトが静かに口を開いた。
「お嬢様。この『ご意見』の裏には、他の貴族たちの動きがございます」
「他の貴族?」
「はい。ヴィルフレッド様の『ご学友』の皆様……。連帯保証書にサインをさせられた方々の、ご実家です」
(ああ、なるほど)
やっと繋がった。 ヴィルフレッド様は、多くの貴族の息子たちを巻き込んでいた。 彼らの親たちは、当然、自分の息子が負った莫大(ばくだい)な借金を、どうにかして踏み倒させたい。
(だから、クレメント侯爵家への処遇が厳しすぎると、王妃様に泣きついたのね) 自分たちの息子への請求も、取り下げさせようという魂胆(こんたん)だ。
「王妃様の派閥は、我がヴァインベルグ公爵家がこれ以上力を持つことを、快く思っておりません。これは、牽制(けんせい)です」
「牽制……」
(確かに、今回の一件で、我が家は大きな利権を手に入れた。王妃からすれば、面白くないでしょうね)
だが、私からすれば知ったことではない。
(私の合法的な権利行使に、王家が口を出す? 冗談じゃないわ)
この国は、法治国家だ。 王族であっても、正当な契約を覆(くつがえ)すことはできない。……いや、できないはずだ。
「アルブレヒト」 「はい」
「王妃様は、きっと私を呼び出して、公の場で圧力をかけるつもりね」
「その可能性が、極めて高いかと」
「いいわ。受けて立ちましょう」
私は、不敵に笑った。 (クレメント侯爵家を潰(つぶ)した『悪役令嬢』。それが今の私の評判。ならば、その悪役、完璧に演じきってあげる)
「アルブレヒト。王妃様に、ご返事を」
「いかが、お認めに?」
「『ご高説、拝聴(はいちょう)いたしたく存じます』と。皮肉たっぷりにね。場所は、王妃様にお任せすると伝えなさい」
「承知いたしました」
アルブレヒトは、完璧な一礼をして下がっていった。 (さて、どう料理してくれようかしら。王妃様)
私は、手に入れた鉱山利権の開発計画書を眺めながら、次の戦いの算段を始めた。 ヴィルフレッド様のような、感情論で動く愚かな相手より、よほど戦いがいがありそうだ。
(私とアルブレヒトが組んだ『契約(ビジネス)』の完璧さを、王妃様にも教えて差し上げないと)
数日後。 王妃様からの返書が届いた。 予想通り、それは「お茶会」などという生易しいものではなかった。
「……ユリアンナ・フォン・ヴァインベルグ公爵令嬢に、王宮への登城を命ず」
アルブレヒトが読み上げる。
「名目は『クレメント侯爵家との係争に関する事情聴取』。実質的な**『査問会』**でございます」
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