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悪役令嬢の逆襲
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私は今日死ぬ予定だった。
それも自分で望んだ死ではなく、他人によって決められた死だった。
私の名前はエリカ・ファルネーゼ。この国最高位の貴族であるファルネーゼ公爵家の長女であり、またこの国唯一の王位継承者であるレオン王太子殿下の婚約者でもあった。
「でも」あったというのは、今日その立場から陥落したからだ。
「エリカ殿下……」
私の隣に立つメイド長のセシルさんが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「ええ……」
私は無理やり笑顔を作って答える。
「大丈夫ですよ。これからどうなろうとも」
セシルさんは何も言わずに涙ぐむ。
私達が今いる場所は宮殿内部にある礼拝堂だ。
ここでは毎年恒例の神聖祭典が行われており、国民や貴族達が集まって神々へ感謝や祈りを捧げている。
そしてこの神聖祭典の最中に、王太子レオンは突然私に婚約破棄を宣言したのだ。
「私はエリカ殿下との婚約を破棄します」
彼は堂々とそう言った。
「その理由は何ですか?」
私は冷静に尋ねた。
「理由など分かっているはずだ。エリカ殿下はこの国の人々から嫌われている。あなたの高慢で冷酷で残忍な態度は、誰もが知っている。あなたと結婚すれば、私も国民から信頼されなくなる。それに、あなたと結婚する気は最初からありませんでした」
彼はそう言って私を見下した。
「最初から……?」
私は驚いた。
「ええ、最初からです。私があなたと婚約したのは、あくまでも政略上の理由だけです。あなたの父であるファルネーゼ公爵が王位に野心を持っていることを知っていましたからね。それを防ぐために、あなたを手元に置くことにしたのです」
彼はそう言って笑った。
「でも、もう必要ありません。今日ここに来ている方がいます。この国の救世主と呼ばれる方です」
彼はそう言って人混みの中から一人の女性を引っ張り出した。
その女性は金髪碧眼で美しい顔立ちをしており、白いドレスに身を包んでいた。
彼女こそが聖女アリスだった。
聖女アリスという名前を聞いたことがある人は少なくないだろう。
彼女は数ヶ月前に突然現れて、この国に多くの奇跡を起こした人物だった。
飢饉や疫病や戦争に苦しむ人々を救済し、神々から授かった力で土地や水や空気を浄化し、動物や植物や人間と心を通わせることができるという彼女は、まさに神話や伝説に出てくるような存在だった。
「私はこの聖女アリス殿下と婚約します」
王太子レオンはそう言って聖女アリスの手を取った。
「私もレオン殿下と婚約します」
聖女アリスはそう言って微笑んだ。
その微笑みには何か不自然なものがあったが、それに気づく人は少なかった。
国民や貴族達は王太子レオンと聖女アリスの婚約を歓迎し、拍手や歓声を送った。
一方、私はただ呆然と立ち尽くした。
私は信じられなかった。
私は王太子レオンを愛していたのだ。
彼と結婚することが私の夢だったのだ。
彼に高慢で冷酷で残忍だと言われても、それは彼のためになることをしてきただけだと思っていたのだ。
彼が私に求めるような弱くて従順で甘えるような女性ではなかったからこそ、私は彼に対等に立とうと努力してきただけだと思っていたのだ。
でも、それが全て間違いだったというのか?
彼は私を愛していなかったし、私も彼を愛していなかったというのか?
それでは、これまでの私の人生は何だったのか?
「エリカ殿下」
セシルさんがまた声をかけてくる。
「どうぞお帰りください。ここに居続ける必要はありません」
セシルさんはそう言って涙を拭った。
「ええ……」
私は頷いて礼拝堂から出ようとしたが、その時王太子レオンがまた話し始めた。
「ちょっと待ってください。エリカ殿下」
彼はそう言って私に向き直った。
「何ですか?」
私は冷たく尋ねた。
「あなたにはまだ言わなければならないことがあります」
彼はそう言ってにやりと笑った。
「何を言いたいのですか?」
私は不快感を隠せなかった。
「あなたはもう私の婚約者ではありません。ですから、あなたに与えられていたものは全て返してもらいます」
彼はそう言って私の指から婚約指輪を引き抜いた。
それだけではなかった。
彼は私の首から王太子妃候補として与えられていたネックレスや、耳からピアスや、腕からブレスレットや、足首からアンクレットまで全て剥ぎ取った。
それらは全て王室の財産であり、私に贈られていたものではなかったのだ。
「これであなただけが得をすることはありません。あなただけが幸せになることもありません」
彼はそう言って私を見下した。
「それに、あなただけが不幸になることもありません。あなただけが苦しむこともありません」
彼はそう言ってさらに笑った。
「どういう意味ですか?」
私は不安に感じた。
「あなたの父であるファルネーゼ公爵や、母や兄弟達も同じ運命を辿りますよ。彼らはすでに領地から追放されていますし、財産や地位も没収されています。今頃どこかで路頭に迷っていることでしょう」
彼はそう言って冷酷に告げた。
「そんな……」
私は信じられなかった。
私の家族は私にとって大切な存在だった。
彼らは私を愛してくれて、私も彼らを愛していた。
彼らがこんな目に遭うなんて、許せなかった。
「どうしてそんなことをするのですか?」
私は憤りを込めて尋ねた。
「どうしてですか?それはあなたが悪いからですよ。あなたが悪役令嬢として振る舞ってきたからですよ。あなたが国民や貴族達に嫌われるように仕向けてきたからですよ」
彼はそう言って非難した。
「悪役令嬢……?」
私は自分の耳を疑った。
「そんなことありません。私はただ王太子殿下のお傍にいることができるように努力してきただけです。それがどうして悪いことになるのですか?」
私は反論した。
「努力だと?あなたがしたことは努力ではありません。あなたがしたことは暴力や脅迫や陰謀や裏切りです。あなたがしたことは王太子殿下の名声や信頼を落とすことばかりでした」
彼はそう言って列挙した。
「暴力だと?あれは自衛でした。貴族学園で他の生徒達からいじめられていましたから」
私は弁解した。
「脅迫だと?あれは正義でした。不正や汚職を働く貴族達を摘発しましたから」
私は主張した。
「陰謀だと?あれは策略でした。王太子殿下の敵対者や邪魔者を排除しましたから」
私は言い訳した。
「裏切りだと?あれは忠誠でした。王太子殿下に逆らう者や裏切る者を罰しましたから」
私は弁明した。
「あなたは本当に自分が正しいと思っているのですか?」
王太子レオンは呆れたように言った。
「あなたがしたことは全て間違っています。あなたがいじめられていたのは、あなたが他の生徒達に嫌われるように振る舞っていたからです。あなたが摘発した貴族達は、あなたが証拠を捏造したり、罠にかけたりしていたからです。あなたが排除した敵対者や邪魔者は、あなたが私の意思や判断を無視して勝手に行動していたからです。あなたが罰した逆らう者や裏切る者は、あなただけがそう思っていただけで、実際には私に忠実だったり、正しいことを言っていただけだったからです」
彼はそう言って私を責めた。
「そんな……」
私は言葉に詰まった。
「あなたは自分が悪役令嬢だということに気づいていなかったのですか?あなたはこの国の人々に恐れられ、嫌われ、憎まれているのですよ。あなたは私にも恐れられ、嫌われ、憎まれているのですよ」
彼はそう言って私を見つめた。
その瞳には一切の愛情や情けや同情がなかった。
「私はあなたを愛していました」
私は涙を流しながら言った。
「私はあなただけを愛していました。あなただけを見てきました。あなただけを想ってきました。それがどうして悪いことになるのですか?」
私は訴えかけた。
「愛だと?あなたがしたことは愛ではありません。あなたがしたことは執着や依存や支配です。あなたがしたことは私を苦しめることばかりでした」
彼はそう言って冷笑した。
「でも、今日からそれも終わりです。今日から私は聖女アリス殿下と幸せに暮らします。そしてこの国も聖女アリス殿下の力で平和に繁栄します。あなたもこれ以上私達の邪魔をしないでください」
彼はそう言って聖女アリスの手を握った。
「さようなら、エリカ殿下」
彼はそう言って私に背を向けた。
私はその姿を見て絶望した。
私はもう何もかも失ってしまったのだ。
私はもう何のために生きているのだろうか。
私はもうどこへ行けばいいのだろうか。
私はもう誰に頼ればいいのだろうか。
私はそんなことを考えながら礼拝堂から出て行った。
セシルさんや他のメイド達や護衛騎士達がついてきてくれたが、彼らもまた王太子レオンによって解雇されてしまったのだ。
彼らは私に忠実であり続けると言ってくれたが、それでも彼らに迷惑をかけることはできなかった。
私は彼らに感謝と謝罪と別れを告げて、一人で馬車に乗り込んだ。
馬車は宮殿から離れて走り始めたが、その先に何が待っているのか分からなかった。
私はただ窓から外を見つめながら涙を流した。
私が目指した場所は自分の領地だった。
ファルネーゼ公爵家はこの国最高位の貴族であり、広大な土地と豊富な資源と多くの人口を持っていた。
その中でも私が相続する予定だった領地は特に美しく豊かであり、自然や動物や人々と調和して暮らすことができる場所だった。
そこに行けば少しでも安心できると思ったし、そこに住む人々や動物達が私を迎え入れてくれると信じた。
しかし、実際にそこに着いてみると、そこに待っていたのは惨状だった。
私の領地は荒れ果てていた。
土地は乾ききっており、植物は枯れており、動物は死んでおり、人々は消えていた。
私が見たものは全て灰色に染まっていた。
「これは……」
私は言葉を失った。
「エリカ様……」
馬車から降りてきたメイド長のセシルさんが声をかけてくる。
「どうしてこんなことになっているのですか?」
私は彼女に尋ねた。
「わかりません……」
セシルさんも困惑した様子だった。
「でも、これは王太子レオン殿下の仕業に違いありません。彼があなた様と婚約破棄した後に、ここを襲撃したのでしょう」
彼女はそう推測した。
「そんな……」
私は信じられなかった。
王太子レオンが私と婚約破棄しただけならまだしも、私の領地や家族や民をこんな目に遭わせるなんて、どうしてそこまでする必要があったのだろうか。
彼は私を憎んでいるのだろうか。それとも恐れているのだろうか。それともただ単に邪魔だと思っているのだろうか。
どれも納得できなかったし、許せなかった。
私は怒りを覚え始めたが、同時に復讐への思いも芽生え始めた。
私は王太子レオンに復讐することを決意した。
私は彼に全てを奪われたのだから、彼からも全てを奪い返すのだ。
私は彼に幸せになることを許さないのだから、彼からも幸せを奪うのだ。
私は彼に苦しめられたのだから、彼も苦しめるのだ。
私はそう思って馬車に戻った。
「セシルさん」
私はメイド長に呼びかけた。
「はい、エリカ様」
セシルさんが答えた。
「ここにはもう用がありません。帰りましょう」
私はそう言った。
「帰りますか?どこへですか?」
セシルさんが尋ねた。
「宮殿へですよ。王太子レオン殿下と聖女アリス殿下の結婚式に参列するために」
私はそう言って笑った。
私は宮殿に戻った。
私は王太子レオンと聖女アリスの結婚式に参列すると言ったが、それは嘘だった。
私が本当にしたかったことは、彼らの結婚式を台無しにすることだった。
私は彼らの秘密を暴くことで、彼らを失脚させるつもりだった。
その秘密というのは、聖女アリスが本当の聖女ではないということだった。
私はそれを知っていた。
なぜなら、私自身が本当の聖女だからだった。
私は前世の記憶を持っている。
前世では日本で普通の女子高生だったが、ある日交通事故に遭って死んでしまった。
そして気づいたらこの世界に転生していた。
この世界はライトノベルや漫画やアニメやゲームなどでよく見るような異世界ファンタジーだった。
私はその世界における最高の存在である聖女として生まれ変わったのだ。
聖女とは神々から授かった力を持つ者であり、この世界における救世主と呼ばれる者だった。
私はその力を使ってこの世界を幸せにすることができたはずだった。
しかし、私はその力を隠していた。
なぜなら、私は王太子レオンに恋をしていたからだった。
私は彼と結婚することができればそれで十分だと思っていた。
私は彼の婚約者として幸せに暮らすことができればそれで満足だと思っていた。
私は彼のそばにいることができればそれで充分だと思っていた。
だから、私は自分が聖女だということを誰にも言わなかったし、自分の力を使わなかったし、自分の存在を目立たせなかった。
しかし、それが私の運命を変えることになった。
私が自分の力を隠していたことで、別の人物が聖女として現れることになったのだ。
その人物こそが聖女アリスだった。
彼女は私と同じく前世の記憶を持っている異世界転生者だったが、彼女はこの世界におけるライトノベルや漫画やアニメやゲームなどでよく見るような悪役令嬢だった。
彼女は王太子レオンに婚約されていたが、その後に現れる聖女に婚約破棄されて追放されるという運命だった。
しかし、彼女はその運命を回避することに成功した。
彼女は自分が悪役令嬢だということを隠して、偽りの聖女として振る舞うことで王太子レオンや国民や貴族達から信頼や尊敬や愛情を得ることに成功したのだ。
そして私はそのせいで本当の悪役令嬢にされてしまったのだ。
私は王太子レオンから婚約破棄されて追放されるという運命を背負わされたのだ。
私は聖女アリスから全てを奪われたのだ。
それでも私は諦めなかった。
私は自分が本当の聖女であることを証明するつもりだった。
私は王太子レオンと聖女アリスの結婚式に乗り込んで、彼らの秘密を暴露するつもりだった。
私は神々から授かった力を使って、この世界に奇跡を起こすつもりだった。
私は王太子レオンに復讐するつもりだった。
しかし、私の計画は失敗した。
私が宮殿に到着した時には、王太子レオンと聖女アリスの結婚式はすでに終わっていた。
彼らは新婚旅行に出かける直前だった。
私は彼らを見つけて声をかけたが、彼らは私を無視した。
私は彼らに自分が本当の聖女だということを証明しようとしたが、彼らは私を信じなかった。
私は神々から授かった力を使おうとしたが、何故か力が発動しなかった。
私は王太子レオンに復讐しようとしたが、何もできなかった。
私はただ泣き叫ぶことしかできなかった。
「王太子レオン殿下!聖女アリス殿下!待ってください!」
「あなた達は間違っています!あなた達は騙されています!」
「あの女は偽物です!本当の聖女は私です!」
「私を信じてください!私を見てください!」
「私を愛してください……」
数年後
王太子レオンと聖女アリスの結婚式から数年が経った。
彼らはこの国の新しい王と王妃として即位し、国民や貴族達から愛されている。
彼らは幸せに暮らしている。
一方、元公爵令嬢のエリカ・ファルネーゼはどうなったかというと……
彼女は精神病院に入院している。
彼女は王太子レオンや聖女アリスへの執着や復讐心から抜け出せず、自分が本当の聖女だと主張し続けている。
彼女に授かっていた力も失われており、奇跡も起こせなくなっている。
彼女に付き添ってくれる人もいなくなっており、孤独に苦しんでいる。
彼女の人生は悲惨そのものだ。
【完】
この作品を読んでいただき、ありがとうございました。もしも感想や意見がありましたら、お気軽にコメントしていただけると嬉しいです。
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お読み頂きありがとうございました。
それも自分で望んだ死ではなく、他人によって決められた死だった。
私の名前はエリカ・ファルネーゼ。この国最高位の貴族であるファルネーゼ公爵家の長女であり、またこの国唯一の王位継承者であるレオン王太子殿下の婚約者でもあった。
「でも」あったというのは、今日その立場から陥落したからだ。
「エリカ殿下……」
私の隣に立つメイド長のセシルさんが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「ええ……」
私は無理やり笑顔を作って答える。
「大丈夫ですよ。これからどうなろうとも」
セシルさんは何も言わずに涙ぐむ。
私達が今いる場所は宮殿内部にある礼拝堂だ。
ここでは毎年恒例の神聖祭典が行われており、国民や貴族達が集まって神々へ感謝や祈りを捧げている。
そしてこの神聖祭典の最中に、王太子レオンは突然私に婚約破棄を宣言したのだ。
「私はエリカ殿下との婚約を破棄します」
彼は堂々とそう言った。
「その理由は何ですか?」
私は冷静に尋ねた。
「理由など分かっているはずだ。エリカ殿下はこの国の人々から嫌われている。あなたの高慢で冷酷で残忍な態度は、誰もが知っている。あなたと結婚すれば、私も国民から信頼されなくなる。それに、あなたと結婚する気は最初からありませんでした」
彼はそう言って私を見下した。
「最初から……?」
私は驚いた。
「ええ、最初からです。私があなたと婚約したのは、あくまでも政略上の理由だけです。あなたの父であるファルネーゼ公爵が王位に野心を持っていることを知っていましたからね。それを防ぐために、あなたを手元に置くことにしたのです」
彼はそう言って笑った。
「でも、もう必要ありません。今日ここに来ている方がいます。この国の救世主と呼ばれる方です」
彼はそう言って人混みの中から一人の女性を引っ張り出した。
その女性は金髪碧眼で美しい顔立ちをしており、白いドレスに身を包んでいた。
彼女こそが聖女アリスだった。
聖女アリスという名前を聞いたことがある人は少なくないだろう。
彼女は数ヶ月前に突然現れて、この国に多くの奇跡を起こした人物だった。
飢饉や疫病や戦争に苦しむ人々を救済し、神々から授かった力で土地や水や空気を浄化し、動物や植物や人間と心を通わせることができるという彼女は、まさに神話や伝説に出てくるような存在だった。
「私はこの聖女アリス殿下と婚約します」
王太子レオンはそう言って聖女アリスの手を取った。
「私もレオン殿下と婚約します」
聖女アリスはそう言って微笑んだ。
その微笑みには何か不自然なものがあったが、それに気づく人は少なかった。
国民や貴族達は王太子レオンと聖女アリスの婚約を歓迎し、拍手や歓声を送った。
一方、私はただ呆然と立ち尽くした。
私は信じられなかった。
私は王太子レオンを愛していたのだ。
彼と結婚することが私の夢だったのだ。
彼に高慢で冷酷で残忍だと言われても、それは彼のためになることをしてきただけだと思っていたのだ。
彼が私に求めるような弱くて従順で甘えるような女性ではなかったからこそ、私は彼に対等に立とうと努力してきただけだと思っていたのだ。
でも、それが全て間違いだったというのか?
彼は私を愛していなかったし、私も彼を愛していなかったというのか?
それでは、これまでの私の人生は何だったのか?
「エリカ殿下」
セシルさんがまた声をかけてくる。
「どうぞお帰りください。ここに居続ける必要はありません」
セシルさんはそう言って涙を拭った。
「ええ……」
私は頷いて礼拝堂から出ようとしたが、その時王太子レオンがまた話し始めた。
「ちょっと待ってください。エリカ殿下」
彼はそう言って私に向き直った。
「何ですか?」
私は冷たく尋ねた。
「あなたにはまだ言わなければならないことがあります」
彼はそう言ってにやりと笑った。
「何を言いたいのですか?」
私は不快感を隠せなかった。
「あなたはもう私の婚約者ではありません。ですから、あなたに与えられていたものは全て返してもらいます」
彼はそう言って私の指から婚約指輪を引き抜いた。
それだけではなかった。
彼は私の首から王太子妃候補として与えられていたネックレスや、耳からピアスや、腕からブレスレットや、足首からアンクレットまで全て剥ぎ取った。
それらは全て王室の財産であり、私に贈られていたものではなかったのだ。
「これであなただけが得をすることはありません。あなただけが幸せになることもありません」
彼はそう言って私を見下した。
「それに、あなただけが不幸になることもありません。あなただけが苦しむこともありません」
彼はそう言ってさらに笑った。
「どういう意味ですか?」
私は不安に感じた。
「あなたの父であるファルネーゼ公爵や、母や兄弟達も同じ運命を辿りますよ。彼らはすでに領地から追放されていますし、財産や地位も没収されています。今頃どこかで路頭に迷っていることでしょう」
彼はそう言って冷酷に告げた。
「そんな……」
私は信じられなかった。
私の家族は私にとって大切な存在だった。
彼らは私を愛してくれて、私も彼らを愛していた。
彼らがこんな目に遭うなんて、許せなかった。
「どうしてそんなことをするのですか?」
私は憤りを込めて尋ねた。
「どうしてですか?それはあなたが悪いからですよ。あなたが悪役令嬢として振る舞ってきたからですよ。あなたが国民や貴族達に嫌われるように仕向けてきたからですよ」
彼はそう言って非難した。
「悪役令嬢……?」
私は自分の耳を疑った。
「そんなことありません。私はただ王太子殿下のお傍にいることができるように努力してきただけです。それがどうして悪いことになるのですか?」
私は反論した。
「努力だと?あなたがしたことは努力ではありません。あなたがしたことは暴力や脅迫や陰謀や裏切りです。あなたがしたことは王太子殿下の名声や信頼を落とすことばかりでした」
彼はそう言って列挙した。
「暴力だと?あれは自衛でした。貴族学園で他の生徒達からいじめられていましたから」
私は弁解した。
「脅迫だと?あれは正義でした。不正や汚職を働く貴族達を摘発しましたから」
私は主張した。
「陰謀だと?あれは策略でした。王太子殿下の敵対者や邪魔者を排除しましたから」
私は言い訳した。
「裏切りだと?あれは忠誠でした。王太子殿下に逆らう者や裏切る者を罰しましたから」
私は弁明した。
「あなたは本当に自分が正しいと思っているのですか?」
王太子レオンは呆れたように言った。
「あなたがしたことは全て間違っています。あなたがいじめられていたのは、あなたが他の生徒達に嫌われるように振る舞っていたからです。あなたが摘発した貴族達は、あなたが証拠を捏造したり、罠にかけたりしていたからです。あなたが排除した敵対者や邪魔者は、あなたが私の意思や判断を無視して勝手に行動していたからです。あなたが罰した逆らう者や裏切る者は、あなただけがそう思っていただけで、実際には私に忠実だったり、正しいことを言っていただけだったからです」
彼はそう言って私を責めた。
「そんな……」
私は言葉に詰まった。
「あなたは自分が悪役令嬢だということに気づいていなかったのですか?あなたはこの国の人々に恐れられ、嫌われ、憎まれているのですよ。あなたは私にも恐れられ、嫌われ、憎まれているのですよ」
彼はそう言って私を見つめた。
その瞳には一切の愛情や情けや同情がなかった。
「私はあなたを愛していました」
私は涙を流しながら言った。
「私はあなただけを愛していました。あなただけを見てきました。あなただけを想ってきました。それがどうして悪いことになるのですか?」
私は訴えかけた。
「愛だと?あなたがしたことは愛ではありません。あなたがしたことは執着や依存や支配です。あなたがしたことは私を苦しめることばかりでした」
彼はそう言って冷笑した。
「でも、今日からそれも終わりです。今日から私は聖女アリス殿下と幸せに暮らします。そしてこの国も聖女アリス殿下の力で平和に繁栄します。あなたもこれ以上私達の邪魔をしないでください」
彼はそう言って聖女アリスの手を握った。
「さようなら、エリカ殿下」
彼はそう言って私に背を向けた。
私はその姿を見て絶望した。
私はもう何もかも失ってしまったのだ。
私はもう何のために生きているのだろうか。
私はもうどこへ行けばいいのだろうか。
私はもう誰に頼ればいいのだろうか。
私はそんなことを考えながら礼拝堂から出て行った。
セシルさんや他のメイド達や護衛騎士達がついてきてくれたが、彼らもまた王太子レオンによって解雇されてしまったのだ。
彼らは私に忠実であり続けると言ってくれたが、それでも彼らに迷惑をかけることはできなかった。
私は彼らに感謝と謝罪と別れを告げて、一人で馬車に乗り込んだ。
馬車は宮殿から離れて走り始めたが、その先に何が待っているのか分からなかった。
私はただ窓から外を見つめながら涙を流した。
私が目指した場所は自分の領地だった。
ファルネーゼ公爵家はこの国最高位の貴族であり、広大な土地と豊富な資源と多くの人口を持っていた。
その中でも私が相続する予定だった領地は特に美しく豊かであり、自然や動物や人々と調和して暮らすことができる場所だった。
そこに行けば少しでも安心できると思ったし、そこに住む人々や動物達が私を迎え入れてくれると信じた。
しかし、実際にそこに着いてみると、そこに待っていたのは惨状だった。
私の領地は荒れ果てていた。
土地は乾ききっており、植物は枯れており、動物は死んでおり、人々は消えていた。
私が見たものは全て灰色に染まっていた。
「これは……」
私は言葉を失った。
「エリカ様……」
馬車から降りてきたメイド長のセシルさんが声をかけてくる。
「どうしてこんなことになっているのですか?」
私は彼女に尋ねた。
「わかりません……」
セシルさんも困惑した様子だった。
「でも、これは王太子レオン殿下の仕業に違いありません。彼があなた様と婚約破棄した後に、ここを襲撃したのでしょう」
彼女はそう推測した。
「そんな……」
私は信じられなかった。
王太子レオンが私と婚約破棄しただけならまだしも、私の領地や家族や民をこんな目に遭わせるなんて、どうしてそこまでする必要があったのだろうか。
彼は私を憎んでいるのだろうか。それとも恐れているのだろうか。それともただ単に邪魔だと思っているのだろうか。
どれも納得できなかったし、許せなかった。
私は怒りを覚え始めたが、同時に復讐への思いも芽生え始めた。
私は王太子レオンに復讐することを決意した。
私は彼に全てを奪われたのだから、彼からも全てを奪い返すのだ。
私は彼に幸せになることを許さないのだから、彼からも幸せを奪うのだ。
私は彼に苦しめられたのだから、彼も苦しめるのだ。
私はそう思って馬車に戻った。
「セシルさん」
私はメイド長に呼びかけた。
「はい、エリカ様」
セシルさんが答えた。
「ここにはもう用がありません。帰りましょう」
私はそう言った。
「帰りますか?どこへですか?」
セシルさんが尋ねた。
「宮殿へですよ。王太子レオン殿下と聖女アリス殿下の結婚式に参列するために」
私はそう言って笑った。
私は宮殿に戻った。
私は王太子レオンと聖女アリスの結婚式に参列すると言ったが、それは嘘だった。
私が本当にしたかったことは、彼らの結婚式を台無しにすることだった。
私は彼らの秘密を暴くことで、彼らを失脚させるつもりだった。
その秘密というのは、聖女アリスが本当の聖女ではないということだった。
私はそれを知っていた。
なぜなら、私自身が本当の聖女だからだった。
私は前世の記憶を持っている。
前世では日本で普通の女子高生だったが、ある日交通事故に遭って死んでしまった。
そして気づいたらこの世界に転生していた。
この世界はライトノベルや漫画やアニメやゲームなどでよく見るような異世界ファンタジーだった。
私はその世界における最高の存在である聖女として生まれ変わったのだ。
聖女とは神々から授かった力を持つ者であり、この世界における救世主と呼ばれる者だった。
私はその力を使ってこの世界を幸せにすることができたはずだった。
しかし、私はその力を隠していた。
なぜなら、私は王太子レオンに恋をしていたからだった。
私は彼と結婚することができればそれで十分だと思っていた。
私は彼の婚約者として幸せに暮らすことができればそれで満足だと思っていた。
私は彼のそばにいることができればそれで充分だと思っていた。
だから、私は自分が聖女だということを誰にも言わなかったし、自分の力を使わなかったし、自分の存在を目立たせなかった。
しかし、それが私の運命を変えることになった。
私が自分の力を隠していたことで、別の人物が聖女として現れることになったのだ。
その人物こそが聖女アリスだった。
彼女は私と同じく前世の記憶を持っている異世界転生者だったが、彼女はこの世界におけるライトノベルや漫画やアニメやゲームなどでよく見るような悪役令嬢だった。
彼女は王太子レオンに婚約されていたが、その後に現れる聖女に婚約破棄されて追放されるという運命だった。
しかし、彼女はその運命を回避することに成功した。
彼女は自分が悪役令嬢だということを隠して、偽りの聖女として振る舞うことで王太子レオンや国民や貴族達から信頼や尊敬や愛情を得ることに成功したのだ。
そして私はそのせいで本当の悪役令嬢にされてしまったのだ。
私は王太子レオンから婚約破棄されて追放されるという運命を背負わされたのだ。
私は聖女アリスから全てを奪われたのだ。
それでも私は諦めなかった。
私は自分が本当の聖女であることを証明するつもりだった。
私は王太子レオンと聖女アリスの結婚式に乗り込んで、彼らの秘密を暴露するつもりだった。
私は神々から授かった力を使って、この世界に奇跡を起こすつもりだった。
私は王太子レオンに復讐するつもりだった。
しかし、私の計画は失敗した。
私が宮殿に到着した時には、王太子レオンと聖女アリスの結婚式はすでに終わっていた。
彼らは新婚旅行に出かける直前だった。
私は彼らを見つけて声をかけたが、彼らは私を無視した。
私は彼らに自分が本当の聖女だということを証明しようとしたが、彼らは私を信じなかった。
私は神々から授かった力を使おうとしたが、何故か力が発動しなかった。
私は王太子レオンに復讐しようとしたが、何もできなかった。
私はただ泣き叫ぶことしかできなかった。
「王太子レオン殿下!聖女アリス殿下!待ってください!」
「あなた達は間違っています!あなた達は騙されています!」
「あの女は偽物です!本当の聖女は私です!」
「私を信じてください!私を見てください!」
「私を愛してください……」
数年後
王太子レオンと聖女アリスの結婚式から数年が経った。
彼らはこの国の新しい王と王妃として即位し、国民や貴族達から愛されている。
彼らは幸せに暮らしている。
一方、元公爵令嬢のエリカ・ファルネーゼはどうなったかというと……
彼女は精神病院に入院している。
彼女は王太子レオンや聖女アリスへの執着や復讐心から抜け出せず、自分が本当の聖女だと主張し続けている。
彼女に授かっていた力も失われており、奇跡も起こせなくなっている。
彼女に付き添ってくれる人もいなくなっており、孤独に苦しんでいる。
彼女の人生は悲惨そのものだ。
【完】
この作品を読んでいただき、ありがとうございました。もしも感想や意見がありましたら、お気軽にコメントしていただけると嬉しいです。
また、この作品をお気に入りに登録していただけると、私の励みになります。ぜひお願いします!
最後に、他の作品も読んでいただけると嬉しいです。様々なジャンルの作品を投稿していますので、ぜひチェックしてみてください。
お読み頂きありがとうございました。
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