『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

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第17話:魔王 vs 眠り姫

気づけば、私は玉座の前に立っていた。

そこは、奇妙な空間だった。 天井はなく、無限に広がる星のない暗黒の空。 床は黒曜石のように磨き上げられ、冷たい冷気を放っている。 壁には無数の時計が飾られているが、その針はすべて止まっている。

音がない。 風もない。 完全なる静止した世界。

そして、目の前の巨大な玉座に、一人の男が座っていた。 漆黒のローブを纏い、顔全体を覆う銀色の仮面をつけている。 先ほど、王都の上空に現れ、私をここへ引きずり込んだ張本人。 時空の管理者にして、この世界のバグを修正しようとするラスボス、「魔王」だ。

「……ようこそ、特異点リリアーナ」

魔王の声は、空間そのものから響くように重厚だった。

「ここは『時の狭間』。過去も未来もなく、ただ永遠の現在だけが存在する場所だ。……気に入ったかな?」

私は、周囲を見渡した。 果てしない闇。 止まった時間。

「……悪くないわね」

私は正直に感想を述べた。

「太陽が昇らないということは、朝が来ないということ。つまり、『起きなさい』という悪魔の言葉(モーニングコール)を聞かなくて済む。……最高じゃない」

「……ほう」

魔王が面白そうに顎を撫でた。

「私の世界を見て、恐怖ではなく安堵を感じた人間は初めてだ。……やはり、君は壊れているな」

「失礼ね。私は正常よ。睡眠欲求に忠実なだけ」

私は腕を組んだ。 パジャマ姿(ネグリジェ・ドレス)だが、ここでは誰も見ていないので恥ずかしくない。

「それで? 私をここに呼んで、どうするつもり? お茶会でもする?」

「フフフ……。お茶会か。それも一興だが、残念ながら違う」

魔王が立ち上がった。 その瞬間、彼から放たれるプレッシャーが膨れ上がり、空間がビリビリと震えた。

「私は君を排除するつもりだった。世界を歪めるバグ要因としてな。……だが、考えが変わった」

彼はゆっくりと階段を降り、私に近づいてきた。

「君を、この世界の『管理補佐』にしてやろう」

「……は?」

「君は強い。あの黒竜を一撃で沈めるほどの力を持ち、時の歪みすら修復してみせた。その力、私のために使え。……そうすれば、報酬としてこの『永遠の夜』を与えよう」

魔王は両手を広げた。

「どうだ? 悪くない取引だろう。君が望む『終わらない睡眠』。それを私が保証する。その代わり、君は私の手足となり、歪んだ歴史を修正するのだ」

なるほど。 ヘッドハンティングか。 条件は「永遠の安眠」。 確かに魅力的だ。 このまま王都に帰れば、また「聖女様バンザイ」の騒音や、王子の重い愛に悩まされる日々が待っている。 それに比べれば、ここでの静寂は捨てがたい。

「……条件を確認させて」

私は冷静に交渉に入った。

「永遠の夜というのは、具体的にどういう状態?」

「言葉通りだ。太陽は昇らず、鳥は鳴かず、人々が活動することもない。ただ静謐な闇が続くだけだ」

「……ふむ。室温は?」

「常に一定だ。腐敗も老化も起きない、絶対の零度に近い」

「……寒いわね。暖房設備は?」

「……ない。ここは精神の世界だ。寒さは心の持ちようでどうにでもなる」

「……」

私は眉をひそめた。 心の持ちよう? そんな根性論、一番嫌いだ。

私はさらに質問を重ねた。

「ベッドは? 最高級のスプリングと羽毛布団はあるの?」

「……ない。肉体という檻から解放されれば、睡眠具など不要だ」

「湿度は? 乾燥してると喉が痛くなるんだけど」

「……ない。ここは無の世界だ」

「お風呂は?」

「……ない」

「美味しい朝食(パンケーキ)は?」

「……ないと言っているだろう!」

魔王が苛立ちを露わにした。

「貴様、何を勘違いしている! ここは楽園ではない! 精神を研ぎ澄まし、世界の理(ことわり)と向き合うための修練場だ! 俗世の快楽など、不純物でしかない!」

「……不合格」

私は即答した。 手でバツ印を作る。

「え?」

「あんた、分かってないわ。睡眠を舐めてる」

私は魔王を指差した。

「いい? 質の良い睡眠というのは、ただ時間が止まればいいってもんじゃないの。適切な温度、湿度、寝具の質感、そして安心感。それらが完璧に調和して初めて、魂の休息が得られるのよ」

私は床を足でコツコツと叩いた。

「この床、硬すぎ。こんなところで寝たら背中が痛くなるわ。それに寒すぎる。絶対零度? 凍死させる気? 精神の世界だろうが何だろうが、不快なものは不快なのよ」

「……き、貴様……」

「それに、『永遠の闇』って言ったけど……これ、ただの『無』じゃない。面白みがないのよ。星空の揺らぎとか、虫の声とか、そういう『1/fゆらぎ』がないと、逆にリラックスできないの。無音室に閉じ込められた人間が発狂するのと一緒よ」

私は、魔王の提案を完膚なきまでにダメ出しした。

「やり直し。もっとマシな環境を整えてから出直して」

魔王が震えていた。 仮面の奥の瞳が、怒りで燃え上がっているのが分かる。 時空の管理者たる自分が、たかだか人間の小娘に、しかも「寝心地」という謎の基準で説教されているのだ。 プライドが許すはずがない。

「……調子に乗るなよ、人間」

魔王の声が低くなった。 空気が重くなる。 先ほどまでの勧誘モードは消え失せ、純粋な殺気が満ちてくる。

「私が優しく接してやれば、つけ上がりおって……。いいだろう。快適な眠りなど与えん。私が貴様に与えるのは……『永遠の悪夢』だ!」

魔王が仮面を外した。 その素顔が露わになる。

意外にも、それは美しい青年の顔だった。 青白い肌。 血の色の瞳。 そして、目の下には……。

「……うわ」

私は思わず声を漏らした。

「何だその反応は! 恐れおののけ! これぞ魔王の真の姿……」

「……クマ、ひどくない?」

「……は?」

私は魔王の顔を指差した。 彼の目の下には、どす黒いクマが刻まれていた。 肌もカサカサだ。 唇も荒れている。

「あんた……寝てないでしょ」

「……」

「いつから寝てないの? 100年? 1000年?」

図星だったらしい。 魔王が言葉を詰まらせた。

「……愚問だ。私は管理者だ。眠る必要などない。常に世界を監視し、修正し続けるのが私の使命……」

「嘘ね」

私は断言した。 元・引きこもりプロフェッショナルとして、そして睡眠愛好家として、彼の状態は見過ごせない。

「その充血した目。イライラした態度。そして、思考の柔軟性の欠如。……典型的な『慢性睡眠不足』の症状よ」

「黙れ! 私は神に近い存在だ! 生理現象など超越して……」

「超越してないから、そんなに顔色が悪いんでしょ」

私は一歩踏み出した。

「あんた、本当は寝たいんでしょ?」

「……ッ!」

「世界を管理する重圧。終わらない孤独。誰にも頼れない責任感。……疲れてるんじゃない?」

魔王が後ずさりした。 私の言葉が、彼の精神的ガード(ATフィールド的なもの)を貫通したようだ。 物理攻撃よりも、精神分析攻撃の方が効いている。

「違う……私は……」

「『永遠の夜』なんて作ったのも、本当は自分が休みたいからじゃないの? 誰もいない世界で、誰にも邪魔されずに、ただ横になりたい……。それが本音でしょ?」

「やめろ……! 私の心を覗くな!」

魔王が叫んだ。 同時に、周囲の闇が暴れ出す。 黒い触手のような影が、四方八方から私に襲いかかる。

「否定するなら、力づくで黙らせてやる! 永遠の悪夢の中で、己の無力さを嘆くがいい!」

襲い来る影。 それは、魔王の心の闇そのものだ。 恐怖、不安、孤独、焦燥。 それらが具現化し、精神を汚染しようとしてくる。

普通なら、恐怖で発狂するだろう。 だが。

「……浅い」

私は、あくびをした。

「そんなレベルの悪夢、二度寝の時に見る『トイレに行きたいけど起きたくない葛藤』に比べれば、児戯にも等しいわ」

私は、影の触手を手で払いのけた。 魔法ではない。 ただの「拒絶」の意志だ。 私の強固な睡眠欲(メンタル)は、魔王のネガティブキャンペーンごときでは揺らがない。

「な……!? 私の闇を……素手で!?」

「あんたの闇は、質が悪いわ。ジメジメしてて、カビ臭い。……ちゃんと布団干してる?」

「布団の話をするなぁぁぁ!」

魔王が魔法を放つ。 『時空切断(クロノス・ブレイク)』。 時間を切り裂き、対象を過去の彼方へ葬り去る即死魔法。

私は、それを「枕(アリス製)」で受け止めた。 パシィッ。

「……弾いた!?」

「この枕には、アリスの『パン酵母菌』と、ベルタの『騎士道精神』、そしてカイルの『暗殺術』が練り込まれてるの。時空切断くらい、クッション性で吸収できるわ」

(※できません。リリアーナの魔力が異常なだけです)

私は枕を構えた。

「いい? 教えてあげる」

私は魔王に向かって走り出した。 浮遊魔法で加速する。

「本当の『夜』っていうのはね……!」

魔王が迎撃しようとする。 防御障壁を展開する。

しかし、私は止まらない。 障壁を枕で殴り壊し、魔王の懐に飛び込む。

「もっと優しくて! 温かくて! 幸せなものなのよぉぉぉ!」

「ひぃっ!?」

私は魔王の胸ぐらを掴んだ。 そして、至近距離で睨みつけた。

「あんた、最後に『いい夢』見たのいつ?」

「ゆ、夢……? 私は管理者だ、夢など……」

「見てないのね。可哀想に」

私は、魔王を押し倒した。 玉座の上に。 ドサッ。

「な、何をする!?」

「強制睡眠(カウンセリング)よ」

私は、魔王の上に馬乗りになった(誤解を招く体勢だが、本人は真剣だ)。 そして、右手を彼の額にかざした。

「暴れないで。……今から、あんたの凝り固まった脳みそを、ほぐしてあげるから」

「や、やめろ! 貴様の魔力が入ってくる……!?」

私は、全魔力を解放した。 攻撃魔法ではない。 究極の『リラックス魔法』だ。

『強制安眠(エターナル・スリープ)・改』。

私の魔力が、金色の粒子となって魔王の体内に浸透していく。 交感神経を強制シャットダウンし、副交感神経を極限まで活性化させる。 脳内のストレス物質を分解し、セロトニンとメラトニンを大量分泌させる。

「あ……あぁ……」

魔王の抵抗が弱まる。 彼の目から、殺気が消えていく。

「なんだ……これは……。体が……重い……?」

「それが『眠気』よ」

私は優しく言った。

「あんたはずっと気を張ってた。世界を守らなきゃ、修正しなきゃって。……でも、もういいの」

「だめだ……私が眠れば……世界は……」

「世界なんて、少しくらい放っておいても壊れないわよ。私が留守番しててあげるから」

「き、君が……?」

「ええ。……だから、安心して」

私は、魔王の瞼を指で閉じた。

「おやすみ、おじさん」

「……私は……まだ……若……」

魔王の言葉は続かなかった。 数千年の時を経て、初めて訪れた抗いがたい睡魔。 それは、恐怖でも絶望でもなく、ただただ温かい、母の胎内のような安心感だった。

「……ムニャ……」

魔王が、寝息を立て始めた。 あの恐ろしかった魔王が、今はただの疲れた青年のように、無防備な顔で眠っている。

「……ふぅ」

私は額の汗を拭った。 強敵だった。 不眠症のこじらせ具合が半端じゃなかった。

私は玉座から降りた。 魔王は玉座の上で丸まっている。 硬そうだな。

「……サービスしてあげる」

私は魔法で、玉座の硬い石を、ふかふかのソファに変えた。 さらに、虚空から毛布(私の予備)を取り出し、かけてあげた。 温度調整も忘れずに。 適温26度。

「……これでよし」

魔王城が、少しだけ温かい空間になった気がする。

さて。 魔王を寝かしつけたのはいいが、私はどうやって帰ればいいのだろう。 ここ、異空間だし。 出口がわからない。

「……困ったわね」

私は腕を組んだ。 魔王が起きるまで待つか? いや、こいつの熟睡ぶりを見るに、100年は起きそうにない。

その時。

ビリビリビリ……!

空間に亀裂が入った。 今度は、外側からの亀裂だ。

「リリアーナぁぁぁぁ!!」

聞き覚えのある声。 そして、まばゆい光と共に、空間が砕け散った。

現れたのは、ジークフリート王子だった。 彼は、王家の至宝である時空転移装置(国宝級アーティファクト)を強引に起動し、次元を超えて迎えに来たのだ。 後ろには、レオンハルト騎士団長や、カイル、ベルタ、アリスもいる。

「リリアーナ! 無事か!?」

王子が駆け寄ってくる。 私は人差し指を口に当てた。

「……シーッ」

「え?」

私は玉座を指差した。

「今、寝かしつけたところだから。……静かにして」

王子たちが玉座を見る。 そこには、毛布にくるまって幸せそうに寝ている魔王の姿があった。

「……あれは……魔王?」 「寝ている……のか?」 「聖女様が……魔王さえも改心(睡眠)させたというのか……!」

一同が驚愕する。

「改心っていうか、ただの寝不足だったみたい」

私は肩をすくめた。

「さ、帰りましょ。……ここ、やっぱり殺風景で飽きたわ」

「ああ! 帰ろう! 君の居場所へ!」

王子が私を抱き上げた(お姫様抱っこ)。 私は抵抗しなかった。 疲れていたし、歩くのが面倒だったから。

私たちは、次元の裂け目を通って元の世界へ戻った。 後ろで眠る魔王に、「良い夢を」と心の中で祈りながら。

          ◇

王都に帰還した私は、さらなる伝説の人となっていた。 「黒竜を撃退し、魔王を鎮めた救世主」。 もはや、誰も私に逆らえない。

魔王城での一件以来、世界に奇妙な変化が起きていた。 時空の歪みが消え、自然災害が減り、作物が豊作になったのだ。 どうやら、管理者がぐっすり眠ったことで、彼の精神状態が安定し、それが世界に良い影響を与えたらしい。 「寝る子は育つ」ならぬ「寝る管理者は世界を救う」だ。

そして、私の生活もまた、平穏を取り戻しつつあった。

……と、言いたかったのだが。

「リリアーナ様! 起きてください!」

またしても、早朝からアリスの声。

「……何?」

「教会の外に、すごい行列が……!」

「巡礼者なら、追い返して」

「違うんです! 『魔王軍』の方々です!」

「は?」

私は窓から外を見た。 そこには、魔族やモンスターたちの集団が、プラカードを持って並んでいた。

『魔王様を気持ちよく寝かせてくれてありがとう』 『我々も安眠したい』 『不眠症改善セミナー希望』

「……」

どうやら、魔王が眠ったことで、部下たちも「休息の重要性」に目覚めてしまったらしい。 彼らは戦いを放棄し、私に「安眠の教え」を請いに来たのだ。

「……カイル」

「はい」

「……整理券、配って」

「え?」

「セミナーやるわよ。……全員まとめて寝かせてやる」

私は決意した。 世界平和のためには、敵も味方も関係ない。 全員が寝れば、世界は平和になるのだ。

「ベルタ、会場設営! アリス、枕の大量生産!」

「御意!」 「はいっ!」

こうして、私の「聖女」としての活動は、 「世界規模の睡眠指導」へとシフトしていくことになった。

争いはなくなり、剣は枕に持ち替えられ、魔法は空調管理に使われる。 そんな、馬鹿馬鹿しくも平和な世界。

それが、私の目指すゴールなのかもしれない。

          ◇

そして、物語はクライマックスへ。 魔王も黒竜も寝かせた私に、最後に立ちはだかる敵。 それは、「18歳の誕生日」という運命の日。 ループの起点であり、本来なら私が処刑されるはずの日。

その日が、刻一刻と近づいていた。
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