婚約破棄?やったー!悪役令嬢の私は自由になったので全力で恋します!

六角

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第十二話 祝福は盗めない。けど『流せ』はする

「……同調(シンクロ)開始。私の魔力を、君の誓印を中継点(ゲート)としてシステム深部に送り込む」

ヴァレリウス様の冷静な声が、暴風の轟音の中でもはっきりと耳に届きました。 重ね合わせた手から、彼の冷たくも熱い魔力が、私の体を通って左手の薬指へと流れ込んできます。

「っ……! なんだか、くすぐったいですわ!」

「我慢しろ。……今、君の視覚神経に、魔力情報の可視化術式をリンクさせた。……見えるか?」

彼の言葉と共に、私の視界が劇的に変わりました。

今までただの赤い光の嵐だと思っていたものが、無数の『線』と『管』の集合体に見えてきたのです。 それはまるで、王都全体を巡る巨大な血管か、あるいは複雑怪奇な配管工事の図面のようでした。

「こ、これは……?」

「『祝福供給網(レイライン・ネットワーク)』の構造図だ。本来は神殿の秘中の秘だが、暴走のおかげでセキュリティが丸裸になっている」

ヴァレリウス様は私の背中を支えながら、空中に浮かぶ一本の太いパイプラインを指差しました。

「あそこだ。あのドス黒く脈動しているバイパスを見ろ」

彼が示した先には、本来流れるべき青く清らかな光のラインから、無理やり分岐させられた太い管がありました。 その管は、まるで寄生虫のように他の細い管から光を吸い上げ、一点へと集中しています。

そして、その行き先は――。

「……王宮の北、レオンハルト殿下の離宮ですわ!」

私が叫ぶと同時に、広場にいた群衆たちも空を見上げ、ざわめき始めました。 暴走したエネルギーが巨大な幻影となって、その『不正な配管図』を空に映し出していたからです。

「おい見ろよ! あの光、王太子様の離宮に繋がってねえか!?」 「俺たちの畑に行くはずの水(祝福)が、全部あそこに吸い込まれてるぞ!」 「泥棒だ! 神殿と王家がグルになって、俺たちの祝福を盗んでやがったんだ!」

民衆の怒りが爆発します。 壇上のレオンハルト殿下は、空に浮かぶ動かぬ証拠を見上げ、顔面蒼白でへたり込んでいました。 リリア嬢に至っては、状況が理解できずに「ち、違います! あれは幻覚です!」と喚いていますが、誰の耳にも届きません。

「おのれ……! おのれェェェ!」

逆上したバルタザール司祭が、制御を失った杖を振り回しました。

「ならば、全て消し飛べ! 神の怒りを知るがいい!」

「させない!」

ヴァレリウス様が叫びました。

「ルシエル! 君の『契約者権限』で、その不正バイパスを遮断しろ!」

「どうやってですの!? 私、配管工の資格なんて持ってませんわ!」

「イメージだ! 君の家から奪われた契約資産を取り返す、その意志を指輪に込めろ! ……蛇口を閉めろ!」

「蛇口……!」

そうだ、これは契約です。 不当に奪われたものを、正当な持ち主が取り返す。 それは法務官である彼と、被害者である私の、共同作業!

私は左手を天にかざし、強く念じました。 (返しなさいよ! それは私の領民のものですわ!)

キュインッ!

指輪が眩い光を放ちました。 その光は鋭い刃となって、空中のドス黒いパイプをスパッと切断しました。

「ぐあぁぁぁっ!?」

バルタザール司祭が、魔力のバックドラフトを受けて吹き飛びました。 同時に、切断されたパイプから溢れ出した青い光が、本来あるべき無数の細い管へと戻っていきます。

それはまるで、乾いた大地に雨が降るように。 王都の空に、優しい青色の粒子が降り注ぎました。

「……綺麗」

誰かが呟きました。 暴走は収束し、広場には穏やかな風が吹き抜けていました。

私は力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになりました。 それを、ヴァレリウス様がしっかりと抱き留めてくれます。

「……よくやった、ルシエル」

彼の声は優しく、そしてどこか安堵に満ちていました。 見上げると、彼の眼鏡が少しずれていて、それがなんだかとても人間らしくて、私の胸を締め付けました。

「ヴァレリウス様こそ……無茶ばかりして」

「計算通りの無茶だ。……怪我はないか?」

「ええ。心臓が少しうるさいくらいで、他は異常なしです」

私たちが身を寄せ合っていると、広場の空気が一変しました。 先ほどまでの殺伐とした気配は消え、民衆たちは歓声を上げ始めました。

「見ろ! 氷の法務官と悪役令嬢が、暴走を止めたぞ!」 「すげえ! 俺たちの祝福を取り返してくれたんだ!」 「おい、神殿の連中を逃がすな!」

憲兵隊が雪崩れ込み、気絶しているバルタザール司祭を取り押さえました。 レオンハルト殿下とリリア嬢は、ブーイングの嵐の中、小さくなって憲兵に保護(という名の連行)されていきます。

「ま、待て! 私は知らなかったのだ! ゲオルグが勝手に……!」 「嘘よ! 私は聖女候補よ! 私に触らないで!」

二人の見苦しい言い訳は、歓喜の声にかき消されていきました。

こうして、第二の断罪劇は、主催者側の完全敗北で幕を閉じました。

          ◇

数時間後。 私たちは王宮契約監査局の医務室にいました。 大きな怪我はありませんでしたが、魔力枯渇(ガス欠)の検査のためです。

「……異常なし。魔力回路も正常に戻っている」

ヴァレリウス様は私の手首を離し、聴診用の魔道具を置きました。 診察台に座る私は、なんだか居心地が悪くてモジモジしてしまいました。

「あの、ヴァレリウス様」

「なんだ」

「さっきの……同調(シンクロ)のことなんですけど」

「……ああ」

彼は急に視線を逸らし、カルテを整理するふりを始めました。 耳が真っ赤です。

「誓印を通じた魔力同調は、互いの精神領域を一時的にリンクさせる副作用がある。……すまない。君のプライバシーを侵害するつもりはなかった」

「いえ、それはいいのですけど……」

私は頬を赤らめながら、彼の背中に問いかけました。

「その……私の『心の声』、聞こえました?」

「……」

ヴァレリウス様の手がピタリと止まりました。 沈黙が、肯定よりも雄弁に物語っています。

あの時、私は必死でした。 でも、必死さの中に、確実に混じっていたのです。 『ヴァレリウス様、かっこいい』とか『守ってくれて嬉しい』とか、そういう乙女チックな感情の奔流が。

「……断片的には」

彼は絞り出すように答えました。

「君が、私のことを『頼もしい』と感じていたことや……その、今日の髪型が乱れていないか気にしていたことは、把握した」

「うわぁっ! そこまで!?」

私は顔を覆いました。 命懸けの戦闘中に「前髪崩れてないかしら」なんて考えていた自分が恥ずかしいです。

「だが、ルシエル」

彼は振り返り、真剣な眼差しで私を見ました。

「君の心の中に……『恐怖』がほとんどなかったことには驚いた。……君は本当に、強いな」

「強くなんてありません。……隣にあなたがいたからです」

ポロリと、本音がこぼれました。 言った瞬間、ハッとして口を塞ぎましたが、もう手遅れです。 だって、さっきまで同調していた彼には、それがお世辞ではないと分かってしまうのですから。

ヴァレリウス様は目を見開き、それからふわりと、柔らかく微笑みました。 氷が溶けたような、春の日差しのような笑顔。

「……そうか。それは、光栄な評価だ」

ドキリ、と心臓が跳ねました。 反則です。 普段無表情な人が、そんな風に笑うなんて。

「あ、あの! それで、神殿の方はどうなるのですか!?」

私は慌てて話題を変えました。 これ以上甘い空気に浸っていると、私がまた『変な熱』を出してしまいそうです。

ヴァレリウス様は咳払いをし、いつもの法務官の顔に戻りました。

「……バルタザール司祭は『国家転覆罪』および『禁術使用罪』で拘束された。彼の証言から、神殿上層部の腐敗が一気に明るみに出るだろう。レイヴンハート家への祝福停止も、即時解除される」

「よかった……! これで領民も安心ですわ!」

「ああ。だが……問題はまだ残っている」

「問題?」

「今回の件で、神殿の権威は失墜した。だが、それは同時に『祝福システムの管理者』がいなくなることを意味する。……誰かが、混乱する神殿を立て直さなければならない」

ヴァレリウス様は、意味深な視線を窓の外、神殿のある方角に向けました。

「それに、あの『ドス黒いパイプ』……王太子の離宮に集められた大量の祝福が、どう使われていたのか。その解明が終わっていない」

「まだ何かあると?」

「祝福はエネルギーだ。貯め込めば貯め込むほど、強力な魔術の燃料になる。……レオンハルト殿下、いや、彼を操っていた者たちは、そのエネルギーで『何を』しようとしていたのか」

謎はまだ、深い闇の中にありました。 けれど、今の私には不安はありません。

「大丈夫ですわ、ヴァレリウス様。どんな不正も、必ずボロが出ます。……だって、私たちは『契約』という最強の武器を持っていますもの」

「……ふ。違いない」

彼は私を見て、また小さく笑いました。

「君との契約なら……悪くないな」

その言葉が、業務上のパートナーとしての意味なのか、それとも別の意味なのか。 聞く勇気はまだありませんでしたが、私は今日一番の笑顔で頷きました。

「ええ! 最高のパートナーですわ!」

こうして、私たちは一つの大きな勝利を収めました。 しかし、これで終わりではありません。 むしろ、私たちの関係はここからが本番。 なぜなら、ヴァレリウス様が宣言した『恋愛監査』は、まだ解除されていないのですから!

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