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第十三話 恋愛相談(監査)という名のデート
神殿前広場での大騒動から数日後。 王都は、嵐が過ぎ去った後のような穏やかな空気に包まれていました。
元凶であるバルタザール司祭は投獄され、レオンハルト王太子殿下とリリア嬢は、王宮の最上階にある塔に『謹慎』という名目で軟禁されています。 私の実家であるレイヴンハート公爵領への祝福供給も無事に再開され、父からは「作物が一晩で伸びた! 奇跡だ!」という興奮気味の手紙が届きました。
すべてが順調。 平和そのものです。
ですが。 王宮契約監査局の一室だけは、奇妙な緊張感に包まれていました。
「……ルシエル嬢」
「はい、ヴァレリウス様。紅茶のおかわりですか?」
「違う。……業務命令だ。これより、私と共に城下町への視察に向かう」
デスクで書類と格闘していたヴァレリウス様が、バッと立ち上がりながら言いました。 彼はいつもの官服ではなく、少しラフなシャツにジャケットという私服姿です。 そして、顔には変装用の伊達メガネ。
これがまた、悔しいほど似合っているのです。 知的な書記官風というか、深窓の令息風というか。
「視察、ですか? 神殿の件は一段落したはずでは?」
「……今回の視察目的は、神殿ではない。君だ」
「私?」
ヴァレリウス様は咳払いをし、真剣な顔で私を指差しました。
「忘れたわけではないだろう。先日宣言した『恋愛監査』だ。君が『次の恋』に求めている条件、および市場における恋愛のトレンドを調査し、君が変な男に騙されないようリスクマネジメントを行う必要がある」
「……」
私はポカンとして、それから思わず吹き出しそうになりました。 恋愛監査。 まだ本気だったのですね。
「つまり、私の好みのタイプを知るために、一緒にお買い物に行こう……ということでよろしいですか?」
「言葉のアヤだが……まあ、広義にはそうだ」
「ふふ、分かりました。では、お着替えしてまいりますわ。……デート、楽しみにしております」
「デ、デートではない! 実地監査だ!」
耳を赤くして否定する彼を置いて、私はウキウキと準備に向かいました。 監査だろうが視察だろうが、二人きりで街を歩けるなら、それは乙女にとって立派なデートですもの!
◇
城下町は、活気に溢れていました。 神殿の横暴が露見し、祝福が正常に戻ったことで、民衆の表情も明るくなっています。
そんな中を、私とヴァレリウス様は並んで歩いていました。 私は動きやすいけれど可愛らしい、パステルブルーのワンピース。 ヴァレリウス様はシックなジャケットスタイル。
すれ違う女性たちが、伊達メガネ越しの彼の美貌に気づき、「あら、素敵な方」「モデルかしら」と振り返ります。 私はなんだか誇らしいような、少し独占欲が湧くような、複雑な気分でした。
「……人が多いな」
ヴァレリウス様が眉をひそめました。
「ええ。今日は市場が開かれていますから。はぐれないようにしないと」
私がそう言うと、彼は「む」と唸り、少し躊躇ってから、私の右手をぎこちなく握りました。
「……えっ?」
「迷子防止だ。……監査対象を見失うわけにはいかないからな」
彼は前を向いたまま、ぶっきらぼうに言います。 でも、その手はとても優しく、そして少しだけ汗ばんでいました。 私の心臓が、早鐘を打ち始めます。 これ、完全にデートですわよね?
私たちは、手を繋いだまま市場を巡りました。 屋台の串焼きを食べたり(彼が「衛生基準は大丈夫か?」と心配しつつも、私が「あーん」をしたら食べてくれました!)、大道芸を見たり。
そして、あるアクセサリーショップの前で、足が止まりました。 色とりどりの宝石やガラス細工が並ぶ、女性に人気のお店です。
「……君は、こういう光る石が好きなのか?」
ヴァレリウス様が、陳列棚を真剣な顔で覗き込んでいます。 まるで、危険物の成分分析をしているような目つきです。
「ええ、好きですよ。女性なら誰でも、キラキラしたものは心惹かれますわ」
「ふむ。……レオンハルト殿下は、君に宝石を贈ったことは?」
「一度もありませんわ。あの方は、自分の服や装飾品にはお金をかけますが、私には『君は地味だから宝石は似合わない』と言って……」
私が苦笑しながら答えると、ヴァレリウス様の眉間に深い皺が刻まれました。 彼は無言で棚に手を伸ばし、一つの髪飾りを手に取りました。 それは、私の瞳と同じ、深い紫のアメジストがあしらわれた、繊細な銀細工のバレッタでした。
「……これを」
「えっ?」
「店主、これを包んでくれ」
彼は流れるような動作で支払いを済ませると、店を出てから、その包みを私に押し付けました。
「ヴァレリウス様? これは……」
「……その、監査の必要経費だ」
彼は視線を泳がせながら、早口で言い訳を並べ立てました。
「君の前髪が風で乱れると、視界が遮られて転倒のリスクがある。これは安全対策のための装備品だ。……決して、君に似合うと思ったとか、殿下への対抗心とか、そういう感情的な理由ではない」
「……」
嘘がお下手です、法務官様。 耳がトマトのように真っ赤ですもの。
私は包みを胸に抱きしめ、こみ上げる愛おしさを抑えきれずに微笑みました。
「ありがとうございます。……大切にします。一生の宝物にしますわ」
「お、大袈裟だ。消耗品として扱え」
「ふふ、無理です」
私たちは、なんだか甘酸っぱい空気に包まれながら、さらに街の奥へと歩を進めました。 監査という名のデートは、予想以上に順調でした。 このまま、カフェで休憩して、夕日を見て……そんな幸せな展開を夢見ていました。
しかし。 市場を抜け、少し寂れた裏通りに差し掛かった時です。
「……ねえ、聞いた? あそこの路地裏の子」 「ああ、可哀想に。祝福が戻ったのに、あの子だけ目が覚めないんだって」
井戸端会議をしていた主婦たちの会話が、ふと耳に入ってきました。
ヴァレリウス様の足がピタリと止まります。 私も、背筋に冷たいものが走るのを感じました。
「……目が覚めない?」
ヴァレリウス様が、鋭い法務官の目に戻って、主婦たちに近づきました。
「失礼。今の話、詳しく聞かせてもらえますか? 私は王宮の者です」
「ひっ、お、お役人様!?」
主婦たちは驚きましたが、ヴァレリウス様の身分証(チラ見せ)を見ると、怯えながらも話し始めました。
「そ、それがですね……この先の貧民街に、孤児院があるんですけど。そこの子供たちが何人か、ずっと眠ったままなんです」
「眠ったまま?」
「はい。神殿様が『祝福を止めた』時は、ただの体調不良かと思ってたんですけど……昨日、空に青い光が戻ったでしょう? 他の病人はみんな元気になったのに、あの子たちだけは、まるで人形みたいに動かないって……」
「……!」
私とヴァレリウス様は、顔を見合わせました。
あの時、私たちは確かに『パイプ』を切断し、奪われた祝福を街に返しました。 けれど、もし。 奪われたものが『祝福』だけではなかったとしたら?
「……ルシエル。デートは中断だ」
「ええ。行きましょう、ヴァレリウス様」
彼は私の手を強く握り直し、走り出しました。 向かう先は、華やかな市場とは真逆の、薄暗い路地裏。
そこで私たちは、この事件の本当の闇――『祝福搾取』の残酷な結末を目撃することになるのです。
元凶であるバルタザール司祭は投獄され、レオンハルト王太子殿下とリリア嬢は、王宮の最上階にある塔に『謹慎』という名目で軟禁されています。 私の実家であるレイヴンハート公爵領への祝福供給も無事に再開され、父からは「作物が一晩で伸びた! 奇跡だ!」という興奮気味の手紙が届きました。
すべてが順調。 平和そのものです。
ですが。 王宮契約監査局の一室だけは、奇妙な緊張感に包まれていました。
「……ルシエル嬢」
「はい、ヴァレリウス様。紅茶のおかわりですか?」
「違う。……業務命令だ。これより、私と共に城下町への視察に向かう」
デスクで書類と格闘していたヴァレリウス様が、バッと立ち上がりながら言いました。 彼はいつもの官服ではなく、少しラフなシャツにジャケットという私服姿です。 そして、顔には変装用の伊達メガネ。
これがまた、悔しいほど似合っているのです。 知的な書記官風というか、深窓の令息風というか。
「視察、ですか? 神殿の件は一段落したはずでは?」
「……今回の視察目的は、神殿ではない。君だ」
「私?」
ヴァレリウス様は咳払いをし、真剣な顔で私を指差しました。
「忘れたわけではないだろう。先日宣言した『恋愛監査』だ。君が『次の恋』に求めている条件、および市場における恋愛のトレンドを調査し、君が変な男に騙されないようリスクマネジメントを行う必要がある」
「……」
私はポカンとして、それから思わず吹き出しそうになりました。 恋愛監査。 まだ本気だったのですね。
「つまり、私の好みのタイプを知るために、一緒にお買い物に行こう……ということでよろしいですか?」
「言葉のアヤだが……まあ、広義にはそうだ」
「ふふ、分かりました。では、お着替えしてまいりますわ。……デート、楽しみにしております」
「デ、デートではない! 実地監査だ!」
耳を赤くして否定する彼を置いて、私はウキウキと準備に向かいました。 監査だろうが視察だろうが、二人きりで街を歩けるなら、それは乙女にとって立派なデートですもの!
◇
城下町は、活気に溢れていました。 神殿の横暴が露見し、祝福が正常に戻ったことで、民衆の表情も明るくなっています。
そんな中を、私とヴァレリウス様は並んで歩いていました。 私は動きやすいけれど可愛らしい、パステルブルーのワンピース。 ヴァレリウス様はシックなジャケットスタイル。
すれ違う女性たちが、伊達メガネ越しの彼の美貌に気づき、「あら、素敵な方」「モデルかしら」と振り返ります。 私はなんだか誇らしいような、少し独占欲が湧くような、複雑な気分でした。
「……人が多いな」
ヴァレリウス様が眉をひそめました。
「ええ。今日は市場が開かれていますから。はぐれないようにしないと」
私がそう言うと、彼は「む」と唸り、少し躊躇ってから、私の右手をぎこちなく握りました。
「……えっ?」
「迷子防止だ。……監査対象を見失うわけにはいかないからな」
彼は前を向いたまま、ぶっきらぼうに言います。 でも、その手はとても優しく、そして少しだけ汗ばんでいました。 私の心臓が、早鐘を打ち始めます。 これ、完全にデートですわよね?
私たちは、手を繋いだまま市場を巡りました。 屋台の串焼きを食べたり(彼が「衛生基準は大丈夫か?」と心配しつつも、私が「あーん」をしたら食べてくれました!)、大道芸を見たり。
そして、あるアクセサリーショップの前で、足が止まりました。 色とりどりの宝石やガラス細工が並ぶ、女性に人気のお店です。
「……君は、こういう光る石が好きなのか?」
ヴァレリウス様が、陳列棚を真剣な顔で覗き込んでいます。 まるで、危険物の成分分析をしているような目つきです。
「ええ、好きですよ。女性なら誰でも、キラキラしたものは心惹かれますわ」
「ふむ。……レオンハルト殿下は、君に宝石を贈ったことは?」
「一度もありませんわ。あの方は、自分の服や装飾品にはお金をかけますが、私には『君は地味だから宝石は似合わない』と言って……」
私が苦笑しながら答えると、ヴァレリウス様の眉間に深い皺が刻まれました。 彼は無言で棚に手を伸ばし、一つの髪飾りを手に取りました。 それは、私の瞳と同じ、深い紫のアメジストがあしらわれた、繊細な銀細工のバレッタでした。
「……これを」
「えっ?」
「店主、これを包んでくれ」
彼は流れるような動作で支払いを済ませると、店を出てから、その包みを私に押し付けました。
「ヴァレリウス様? これは……」
「……その、監査の必要経費だ」
彼は視線を泳がせながら、早口で言い訳を並べ立てました。
「君の前髪が風で乱れると、視界が遮られて転倒のリスクがある。これは安全対策のための装備品だ。……決して、君に似合うと思ったとか、殿下への対抗心とか、そういう感情的な理由ではない」
「……」
嘘がお下手です、法務官様。 耳がトマトのように真っ赤ですもの。
私は包みを胸に抱きしめ、こみ上げる愛おしさを抑えきれずに微笑みました。
「ありがとうございます。……大切にします。一生の宝物にしますわ」
「お、大袈裟だ。消耗品として扱え」
「ふふ、無理です」
私たちは、なんだか甘酸っぱい空気に包まれながら、さらに街の奥へと歩を進めました。 監査という名のデートは、予想以上に順調でした。 このまま、カフェで休憩して、夕日を見て……そんな幸せな展開を夢見ていました。
しかし。 市場を抜け、少し寂れた裏通りに差し掛かった時です。
「……ねえ、聞いた? あそこの路地裏の子」 「ああ、可哀想に。祝福が戻ったのに、あの子だけ目が覚めないんだって」
井戸端会議をしていた主婦たちの会話が、ふと耳に入ってきました。
ヴァレリウス様の足がピタリと止まります。 私も、背筋に冷たいものが走るのを感じました。
「……目が覚めない?」
ヴァレリウス様が、鋭い法務官の目に戻って、主婦たちに近づきました。
「失礼。今の話、詳しく聞かせてもらえますか? 私は王宮の者です」
「ひっ、お、お役人様!?」
主婦たちは驚きましたが、ヴァレリウス様の身分証(チラ見せ)を見ると、怯えながらも話し始めました。
「そ、それがですね……この先の貧民街に、孤児院があるんですけど。そこの子供たちが何人か、ずっと眠ったままなんです」
「眠ったまま?」
「はい。神殿様が『祝福を止めた』時は、ただの体調不良かと思ってたんですけど……昨日、空に青い光が戻ったでしょう? 他の病人はみんな元気になったのに、あの子たちだけは、まるで人形みたいに動かないって……」
「……!」
私とヴァレリウス様は、顔を見合わせました。
あの時、私たちは確かに『パイプ』を切断し、奪われた祝福を街に返しました。 けれど、もし。 奪われたものが『祝福』だけではなかったとしたら?
「……ルシエル。デートは中断だ」
「ええ。行きましょう、ヴァレリウス様」
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