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第十五話 側近、喋る(脅しじゃない。契約です)
王宮の地下深くに位置する憲兵隊本部。 その一角にある『特別取調室』の空気は、石造りの壁と同じくらい冷え切っていました。
鉄格子の向こう側、粗末な椅子に座っているのは、やつれ果てた一人の男。 レオンハルト王太子の筆頭補佐官であり、その頭脳と謳われたゲオルグ・フォン・ベルンシュタイン伯爵です。
彼は虚ろな目で床を見つめ、何を問いかけられても貝のように口を閉ざしていました。 「黙秘します」「殿下の許可がなければ話せません」の一点張り。 優秀な官僚としてのプライドか、あるいは報復への恐怖か。
そこへ、私とヴァレリウス様が入室しました。
「やあ、ゲオルグ補佐官。顔色が悪いですね。地下の空気は肌に合いませんか?」
ヴァレリウス様が、まるで世間話でもするように声をかけました。 しかし、その手には先ほど孤児院で採取した決定的な証拠書類が握られています。
ゲオルグ氏はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げました。
「……統括官殿。それに、ルシエル嬢まで。……何の用ですか。私はこれ以上、話すことはありません」
「おやおや。子供たちの命を削って集めた魔力の使い道についても、ですか?」
ヴァレリウス様が、孤児院で見つけた『強制譲渡契約印』の写しを、鉄格子の隙間からテーブルの上に滑らせました。 それを見た瞬間、ゲオルグ氏の瞳が激しく動揺しました。
「っ……! それは……!」
「君のサインと魔力波形が一致した。……契約詐欺、未成年者略取、および禁術行使の共犯。これだけで終身刑は確定ですが、まだ黙秘を続けますか?」
ヴァレリウス様の冷徹な追及にも、ゲオルグ氏は脂汗を流しながら首を横に振りました。
「……私は、命令に従っただけだ。殿下のために……国家のために……」
「国家のため? 子供を犠牲にすることがですか?」
私が口を挟むと、彼は苦しげに顔を歪めました。 根っからの悪人ではないのでしょう。 ただ、忠誠を誓う相手を間違え、引くに引けなくなった哀れな中間管理職。
私は、あえて同情的な声色で言いました。
「ゲオルグ様。あなたは優秀な方です。王太子殿下の無茶な要望――例えば『もっと人気が欲しい』『派手な魔法を使いたい』といったワガママを、裏で必死に処理してきたことは知っていますわ」
「……ルシエル嬢」
「でも、今回の件は一線を越えています。そして何より……あなたが守ろうとしている主君は、あなたを守る気などさらさらないようですが」
私は、ヴァレリウス様から受け取ったもう一枚の書類――先ほどの王太子殿下の『供述調書』を彼に見せました。 そこには、信じがたい言葉が並んでいました。
『私は知らなかった』 『すべてゲオルグが独断で行ったことだ』 『あいつは私の温情を裏切り、王家の名を汚した大罪人だ』 『厳罰に処してほしい。私は被害者だ』
ゲオルグ氏が、その書類を食い入るように見つめ、やがてわなわなと震え始めました。
「……殿下が、そう仰ったのですか?」
「ええ。ご自身の保身のために、あなたをトカゲの尻尾として切り捨てられました」
残酷な真実を突きつけると、彼は乾いた笑い声を漏らしました。
「は、はは……。そうですか。独断、ですか……。あんなに『よくやった』と褒めてくださったのに。私が泥をかぶって用意した魔力で、英雄気取りだったくせに……!」
彼の目から、忠誠心の光が消え、代わりに絶望と怒りの色が宿りました。 ここが落とし所です。
私は鉄格子に近づき、ニッコリと微笑みました。
「ゲオルグ様。取引をしましょう」
「……取引?」
「ええ。王宮契約監査局との『司法取引契約』です。あなたが知りうる全ての情報を開示し、捜査に全面的に協力するなら……私たちは全力であなたの減刑を嘆願し、ご家族の安全も保障します」
私は懐から、あらかじめ用意していた契約書を取り出しました。
「殿下は『感情』であなたを切り捨てましたが、私たちは『契約』であなたを守ります。……どちらが信用できるか、賢明なあなたならお分かりですよね?」
ゲオルグ氏は、私とヴァレリウス様を交互に見ました。 そして、深いため息をつき、ガクリと項垂れました。
「……契約なら、裏切らない。そうですね?」
「ええ。契約の神に誓って」
「……分かりました。全て話しましょう」
彼は震える手で契約書にサインをし、重い口を開きました。
「殿下と神殿が手を組んだのは、半年前です。……殿下は、ご自身の魔力量が歴代の王に比べて少ないことをコンプレックスに感じておられました」
「なるほど。それで見栄を張るために、外部から魔力を補給しようとしたと?」
「はい。最初は神殿からの『祝福の横流し』だけでした。しかし、それだけでは足りなくなり……バルタザール司祭が『もっと効率的な方法がある』と、あの孤児院を使った禁術を持ちかけてきたのです」
「……やはり、発案は神殿側か」
ヴァレリウス様がメモを取ります。
「それで? 集めた魔力はどこへ? 離宮だけではないはずだ」
ゲオルグ氏は、さらに声を潜めました。
「……王宮の地下。旧王家の宝物庫にある『開かずの扉』をご存知ですか?」
「建国始祖が封印したという、伝説の?」
「はい。殿下は、あの扉を開けようとしています。あの中には、手にするだけで世界を支配できるほどの『王権の指輪』が眠っていると信じて……」
「王権の指輪……」
なんて子供じみた、そして危険な妄想でしょうか。 そのために、現実の子供たちの命を犠牲にするなんて。
「扉の封印を解くには、莫大な魔力と、特殊な『鍵』が必要です。魔力は孤児院から集めました。そして『鍵』となるのが……」
ゲオルグ氏は、私をじっと見つめました。
「レイヴンハート家の『誓印』です」
「私の……指輪?」
「はい。あの指輪はただの婚約指輪ではありません。建国時、王家を守護するために作られた『封印の鍵』の一つなのです。……だから殿下たちは、婚約破棄という形で指輪を回収しようとした。しかし、あなたがなかなか手放さないので、強硬手段に出たのです」
全てのピースがハマりました。 なぜ執拗に指輪を狙ったのか。 なぜ神殿が介入したのか。 なぜ「泣かない私」が邪魔だったのか。
「……呆れましたわ。世界征服のアイテム欲しさに婚約破棄だなんて、三流小説の悪役でもやりませんよ」
私は呆れを通り越して、冷めた怒りを感じていました。
「情報は十分だ。……ゲオルグ、もう一つ聞きたい。バルタザール司祭に禁術を教えたのは誰だ? 彼の魔力痕跡には、彼自身の力量を超えた高度な術式が含まれていた。……黒幕がいるはずだ」
ヴァレリウス様の鋭い質問に、ゲオルグ氏は一瞬躊躇いましたが、観念したように答えました。
「……バルタザール司祭の背後にいるのは、『枢機卿(すうききょう)』と呼ばれる男です。名は……イグナティウス」
「イグナティウス……!?」
ヴァレリウス様の顔色が変わりました。
「知っているのですか?」
「……伝説の異端審問官だ。五十年前に死んだはずの男だが……まさか、生きていたのか?」
死人が黒幕? 話が急にオカルトめいてきました。 しかし、これで敵の正体は見えました。
「ありがとう、ゲオルグ様。あなたの証言は、確かに受け取りました。……約束通り、あなたは『契約』によって守られます」
私が言うと、ゲオルグ氏は憑き物が落ちたような顔で、深々と頭を下げました。
「……ルシエル嬢。あなたに婚約破棄を突きつけた時、私は心の中で嘲笑っていました。愚かな女だと。……ですが、本当に愚かだったのは私たちの方でしたね」
「ええ。次はもっと、良い上司に恵まれますように」
私たちは取調室を出ました。 廊下の空気は相変わらず冷たいけれど、私たちの心には熱い使命感が燃えていました。
「ヴァレリウス様。……王宮の地下へ行きましょう」
「ああ。レオンハルト殿下が『開かずの扉』の前で何をしているか、確認しなくてはならない。……それに、死んだはずの枢機卿の影も」
私たちは急ぎ足で王宮の回廊を歩きました。 敵の狙いは、私の指輪と、地下の封印。 ならば、先回りして彼らの野望を打ち砕くまでです。
その時、前方から慌ただしい足音が近づいてきました。
「統括官! 大変です!」
息を切らせて走ってきたのは、部下のジェイク君でした。
「どうした、騒々しい」
「れ、レオンハルト殿下が! 謹慎中の塔から脱走しました!」
「なんだと!?」
「見張りの兵士が全員、謎の魔法で眠らされていて……! しかも、リリア嬢も一緒です!」
「……逃げたか」
ヴァレリウス様が舌打ちをしました。
「行き先は一つだ。……地下宝物庫」
「ええ。急ぎましょう! あの方、追い詰められると何をするか分かりませんわ!」
私たちは走り出しました。 王太子殿下の暴走。 見え隠れする亡霊のような黒幕。 そして、私の指にある『鍵』。
物語は、いよいよ核心へと突き進んでいきます。 でも、不思議と怖くはありません。 隣で走る彼の手が、私の手をしっかりと握ってくれているから。
「ルシエル、転ぶなよ!」
「ヴァレリウス様こそ、足をもつれさせないでくださいまし!」
私たちは軽口を叩き合いながら、王宮の闇の奥へと飛び込んでいきました。
鉄格子の向こう側、粗末な椅子に座っているのは、やつれ果てた一人の男。 レオンハルト王太子の筆頭補佐官であり、その頭脳と謳われたゲオルグ・フォン・ベルンシュタイン伯爵です。
彼は虚ろな目で床を見つめ、何を問いかけられても貝のように口を閉ざしていました。 「黙秘します」「殿下の許可がなければ話せません」の一点張り。 優秀な官僚としてのプライドか、あるいは報復への恐怖か。
そこへ、私とヴァレリウス様が入室しました。
「やあ、ゲオルグ補佐官。顔色が悪いですね。地下の空気は肌に合いませんか?」
ヴァレリウス様が、まるで世間話でもするように声をかけました。 しかし、その手には先ほど孤児院で採取した決定的な証拠書類が握られています。
ゲオルグ氏はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げました。
「……統括官殿。それに、ルシエル嬢まで。……何の用ですか。私はこれ以上、話すことはありません」
「おやおや。子供たちの命を削って集めた魔力の使い道についても、ですか?」
ヴァレリウス様が、孤児院で見つけた『強制譲渡契約印』の写しを、鉄格子の隙間からテーブルの上に滑らせました。 それを見た瞬間、ゲオルグ氏の瞳が激しく動揺しました。
「っ……! それは……!」
「君のサインと魔力波形が一致した。……契約詐欺、未成年者略取、および禁術行使の共犯。これだけで終身刑は確定ですが、まだ黙秘を続けますか?」
ヴァレリウス様の冷徹な追及にも、ゲオルグ氏は脂汗を流しながら首を横に振りました。
「……私は、命令に従っただけだ。殿下のために……国家のために……」
「国家のため? 子供を犠牲にすることがですか?」
私が口を挟むと、彼は苦しげに顔を歪めました。 根っからの悪人ではないのでしょう。 ただ、忠誠を誓う相手を間違え、引くに引けなくなった哀れな中間管理職。
私は、あえて同情的な声色で言いました。
「ゲオルグ様。あなたは優秀な方です。王太子殿下の無茶な要望――例えば『もっと人気が欲しい』『派手な魔法を使いたい』といったワガママを、裏で必死に処理してきたことは知っていますわ」
「……ルシエル嬢」
「でも、今回の件は一線を越えています。そして何より……あなたが守ろうとしている主君は、あなたを守る気などさらさらないようですが」
私は、ヴァレリウス様から受け取ったもう一枚の書類――先ほどの王太子殿下の『供述調書』を彼に見せました。 そこには、信じがたい言葉が並んでいました。
『私は知らなかった』 『すべてゲオルグが独断で行ったことだ』 『あいつは私の温情を裏切り、王家の名を汚した大罪人だ』 『厳罰に処してほしい。私は被害者だ』
ゲオルグ氏が、その書類を食い入るように見つめ、やがてわなわなと震え始めました。
「……殿下が、そう仰ったのですか?」
「ええ。ご自身の保身のために、あなたをトカゲの尻尾として切り捨てられました」
残酷な真実を突きつけると、彼は乾いた笑い声を漏らしました。
「は、はは……。そうですか。独断、ですか……。あんなに『よくやった』と褒めてくださったのに。私が泥をかぶって用意した魔力で、英雄気取りだったくせに……!」
彼の目から、忠誠心の光が消え、代わりに絶望と怒りの色が宿りました。 ここが落とし所です。
私は鉄格子に近づき、ニッコリと微笑みました。
「ゲオルグ様。取引をしましょう」
「……取引?」
「ええ。王宮契約監査局との『司法取引契約』です。あなたが知りうる全ての情報を開示し、捜査に全面的に協力するなら……私たちは全力であなたの減刑を嘆願し、ご家族の安全も保障します」
私は懐から、あらかじめ用意していた契約書を取り出しました。
「殿下は『感情』であなたを切り捨てましたが、私たちは『契約』であなたを守ります。……どちらが信用できるか、賢明なあなたならお分かりですよね?」
ゲオルグ氏は、私とヴァレリウス様を交互に見ました。 そして、深いため息をつき、ガクリと項垂れました。
「……契約なら、裏切らない。そうですね?」
「ええ。契約の神に誓って」
「……分かりました。全て話しましょう」
彼は震える手で契約書にサインをし、重い口を開きました。
「殿下と神殿が手を組んだのは、半年前です。……殿下は、ご自身の魔力量が歴代の王に比べて少ないことをコンプレックスに感じておられました」
「なるほど。それで見栄を張るために、外部から魔力を補給しようとしたと?」
「はい。最初は神殿からの『祝福の横流し』だけでした。しかし、それだけでは足りなくなり……バルタザール司祭が『もっと効率的な方法がある』と、あの孤児院を使った禁術を持ちかけてきたのです」
「……やはり、発案は神殿側か」
ヴァレリウス様がメモを取ります。
「それで? 集めた魔力はどこへ? 離宮だけではないはずだ」
ゲオルグ氏は、さらに声を潜めました。
「……王宮の地下。旧王家の宝物庫にある『開かずの扉』をご存知ですか?」
「建国始祖が封印したという、伝説の?」
「はい。殿下は、あの扉を開けようとしています。あの中には、手にするだけで世界を支配できるほどの『王権の指輪』が眠っていると信じて……」
「王権の指輪……」
なんて子供じみた、そして危険な妄想でしょうか。 そのために、現実の子供たちの命を犠牲にするなんて。
「扉の封印を解くには、莫大な魔力と、特殊な『鍵』が必要です。魔力は孤児院から集めました。そして『鍵』となるのが……」
ゲオルグ氏は、私をじっと見つめました。
「レイヴンハート家の『誓印』です」
「私の……指輪?」
「はい。あの指輪はただの婚約指輪ではありません。建国時、王家を守護するために作られた『封印の鍵』の一つなのです。……だから殿下たちは、婚約破棄という形で指輪を回収しようとした。しかし、あなたがなかなか手放さないので、強硬手段に出たのです」
全てのピースがハマりました。 なぜ執拗に指輪を狙ったのか。 なぜ神殿が介入したのか。 なぜ「泣かない私」が邪魔だったのか。
「……呆れましたわ。世界征服のアイテム欲しさに婚約破棄だなんて、三流小説の悪役でもやりませんよ」
私は呆れを通り越して、冷めた怒りを感じていました。
「情報は十分だ。……ゲオルグ、もう一つ聞きたい。バルタザール司祭に禁術を教えたのは誰だ? 彼の魔力痕跡には、彼自身の力量を超えた高度な術式が含まれていた。……黒幕がいるはずだ」
ヴァレリウス様の鋭い質問に、ゲオルグ氏は一瞬躊躇いましたが、観念したように答えました。
「……バルタザール司祭の背後にいるのは、『枢機卿(すうききょう)』と呼ばれる男です。名は……イグナティウス」
「イグナティウス……!?」
ヴァレリウス様の顔色が変わりました。
「知っているのですか?」
「……伝説の異端審問官だ。五十年前に死んだはずの男だが……まさか、生きていたのか?」
死人が黒幕? 話が急にオカルトめいてきました。 しかし、これで敵の正体は見えました。
「ありがとう、ゲオルグ様。あなたの証言は、確かに受け取りました。……約束通り、あなたは『契約』によって守られます」
私が言うと、ゲオルグ氏は憑き物が落ちたような顔で、深々と頭を下げました。
「……ルシエル嬢。あなたに婚約破棄を突きつけた時、私は心の中で嘲笑っていました。愚かな女だと。……ですが、本当に愚かだったのは私たちの方でしたね」
「ええ。次はもっと、良い上司に恵まれますように」
私たちは取調室を出ました。 廊下の空気は相変わらず冷たいけれど、私たちの心には熱い使命感が燃えていました。
「ヴァレリウス様。……王宮の地下へ行きましょう」
「ああ。レオンハルト殿下が『開かずの扉』の前で何をしているか、確認しなくてはならない。……それに、死んだはずの枢機卿の影も」
私たちは急ぎ足で王宮の回廊を歩きました。 敵の狙いは、私の指輪と、地下の封印。 ならば、先回りして彼らの野望を打ち砕くまでです。
その時、前方から慌ただしい足音が近づいてきました。
「統括官! 大変です!」
息を切らせて走ってきたのは、部下のジェイク君でした。
「どうした、騒々しい」
「れ、レオンハルト殿下が! 謹慎中の塔から脱走しました!」
「なんだと!?」
「見張りの兵士が全員、謎の魔法で眠らされていて……! しかも、リリア嬢も一緒です!」
「……逃げたか」
ヴァレリウス様が舌打ちをしました。
「行き先は一つだ。……地下宝物庫」
「ええ。急ぎましょう! あの方、追い詰められると何をするか分かりませんわ!」
私たちは走り出しました。 王太子殿下の暴走。 見え隠れする亡霊のような黒幕。 そして、私の指にある『鍵』。
物語は、いよいよ核心へと突き進んでいきます。 でも、不思議と怖くはありません。 隣で走る彼の手が、私の手をしっかりと握ってくれているから。
「ルシエル、転ぶなよ!」
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