婚約破棄?やったー!悪役令嬢の私は自由になったので全力で恋します!

六角

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第二十九話 遅いですわ。私はもう次の恋です

「……本契約、ですか?」

王宮謁見の間。 数多の貴族たち、そして国王陛下が見守る中、私は素っ頓狂な声を上げてしまいました。 隣に立つヴァレリウス様は、私と繋がれた右手をギュッと握りしめたまま、真剣な眼差しで頷きます。

「ああ。……現在の『恋人(仮)』というステータスは、緊急避難的な措置として結ばれたものだ。法的にも曖昧で、契約期間も不明瞭。何より……私の精神衛生上、非常に不安定だ」

彼は眼鏡を外し、少しだけ潤んだ蒼穹の瞳で私を見つめました。

「仮契約のままでは、他の男が君にアプローチしてきても、法的拘束力を持って排除できない。……例えば、そこにいる元婚約者のように」

視線の先には、先ほど私に振られたばかりのレオンハルト殿下が佇んでいます。 殿下は苦笑いをして、小さく肩をすくめました。

「ヴァレリウス。……僕をダシに使わないでくれ。僕はもう、完敗を認めているよ」

「念のためだ。君は学習能力にムラがあるからな」

ヴァレリウス様は容赦なく言い放つと、再び私に向き直りました。 その表情は、いつもの冷静沈着な『氷の法務官』ではありません。 熱を帯び、焦燥に駆られ、まるで初めて恋を知った少年のようです。

「ルシエル。……私は君との『独占的パートナーシップ契約』を希望する。期間は無期限。解除条件なし。……違約金は私の全財産と命だ」

「そ、それって……」

「つまり……結婚を前提とした、正式な交際を申し込みたい」

ドガァァン!

私の脳内で、本日何度目かの祝砲が上がりました。 でも今回は、今までのどんな勝利よりも甘く、そして心臓に悪い一発です。

周囲の貴族たちが「おおぉ……!」とどよめき、女性たちは「なんて情熱的な契約!」と頬を染めています。 陛下に至っては「若い……! 胃が痛いが、見ていて飽きん!」と身を乗り出しています。

私は顔が沸騰しそうで、言葉が出てきません。 嬉しい。嬉しすぎて、どう反応していいか分からないのです。

「……ルシエル? 条件に不服があるのか? ならば修正条項を……」

不安そうに眉を下げる彼を見て、私は慌てて首を横に振りました。

「い、いいえ! 不服なんてありません! ……ただ、あまりにも急展開で、思考回路がショートしていますの!」

「そうか。……なら、返事は後でいい。今はただ、私の意思表示として受け取ってくれ」

彼はそう言うと、繋がれた私の手の甲に、そっと口付けを落としました。 その仕草があまりにも自然で、優雅で。 私はその場にへたり込みそうになるのを、必死で堪えました。

その時です。 一歩下がっていたレオンハルト殿下が、静かに歩み寄ってきました。

「……ルシエル」

「殿下……」

「邪魔をしてすまない。……でも、最後にお別れを言わせてほしい」

殿下の瞳は、かつての傲慢さも、先ほどの未練も消え、澄み渡っていました。 彼は私の目を真っ直ぐに見つめ、穏やかに微笑みました。

「君は、本当にいい顔をするようになったね。……僕といた時は、そんな風に頬を染めることも、心から笑うこともなかった」

「……ええ。あの頃は、笑う練習をしていましたもの。『王太子の婚約者らしく』あろうとして」

「そうだったのか。……気づいてあげられなくて、ごめん」

殿下は自嘲気味に笑い、それからヴァレリウス様を見ました。

「ヴァレリウス。悔しいけど、君には勝てないよ。……法務官としても、男としても」

「……勝負などしていない。私はただ、彼女にとって最善の選択肢でありたいだけだ」

「ははっ、キザだなぁ。でも、それが本心だと分かるから余計に腹が立つよ」

殿下は、私とヴァレリウス様が繋がっている光の鎖を見つめ、少し寂しげに、でも晴れやかに言いました。

「ルシエル。僕も、君の『次の恋』を応援するよ。……今度こそ、君を一番大切にしてくれる人と幸せになってくれ」

「はい。……ありがとうございます、殿下」

「僕も変わるよ。……王位継承権は剥奪されるだろうけど、一人の人間として、また一からやり直す。いつか君に会った時、『マシな男になった』と言われるようにね」

「楽しみにしていますわ。……でも、復縁の申請は受け付けませんからね?」

私が冗談めかして言うと、殿下は「手厳しいな」と笑いました。 その笑顔は、私たちが婚約したばかりの頃、まだ無邪気だった幼い日の彼を思い出させました。 ああ、これで本当に終わりです。 長い長い、私の『悪役令嬢』としての物語が。

「では、陛下。……私は謹慎室に戻ります」

殿下は陛下に一礼し、背筋を伸ばして退出していきました。 その背中は孤独でしたが、もう迷いはありませんでした。 彼は彼なりの『ハッピーエンド(再出発)』を見つけたのでしょう。

殿下がいなくなると、フリードリヒ陛下が玉座から立ち上がりました。

「うむ。……雨降って地固まる、とはこのことか。国も、王家も、そしてそなたたちの関係もな」

陛下は満足げに頷き、私たちに歩み寄りました。

「ヴァレリウス、ルシエル。……そなたらの功績は計り知れん。枢機卿の野望を砕き、国の礎を守った。褒美を取らせたいが……何がよい?」

「褒美ですか?」

ヴァレリウス様が私を見ました。 私はニッコリと笑って答えました。

「陛下。……私たち、もう十分に頂きましたわ」

私は、ヴァレリウス様と繋がれた左手を掲げました。 光の鎖は、まだ消えずに輝いています。

「この『切れない縁』こそが、何よりの褒美ですもの」

「おお、言うではないか! ……だが、それだけでは余の気が済まん。金一封と、あと休暇をやろう。……新婚旅行(ハネムーン)休暇だ」

「し、新婚旅行!?」

「うむ。南の島でも行って、その『国の土台』を盤石なものにしてこい。……ただし」

陛下はニヤリと笑いました。

「帰ってきたら働いてもらうぞ? 神殿は解体され、新たな祝福管理システムを構築せねばならん。……ヴァレリウスには新組織の長官を、ルシエルにはその補佐を任せたい」

「えっ……私が、補佐ですか?」

「当然だ。あの怪物を相手に集団訴訟をぶち上げ、数万人の契約者を束ねた手腕。……そなた以外に適任はおらん」

まさかのキャリアアップです。 悪役令嬢から、王宮契約監査局の臨時職員、そして新組織の幹部へ。 人生、何が起こるか分かりません。

「……承知いたしました。微力ながら、尽力させていただきます」

私が最敬礼をすると、ヴァレリウス様も並んで礼をしました。

「謹んでお受けします。……ただし、彼女との『本契約』の手続きが完了してからですが」

「ふはは! 好きにせよ!」

謁見の間は、温かい笑い声に包まれました。 こうして、長い一日が終わろうとしていました。

          ◇

その日の夕方。 私たちは王宮のバルコニーにいました。 夕日が王都をオレンジ色に染め、修復されたばかりの街並みが輝いています。

手は、まだ繋がれたままです。 でも、もう不自由だとは感じませんでした。

「……ルシエル」

「はい、ヴァレリウス様」

「先ほどの返事を……聞かせてもらえないか」

彼はバルコニーの手すりに寄りかかり、夕日よりも赤い顔をして私を見つめました。 本契約への申し込み。 その答えを。

私は、彼の正面に立ちました。 三十センチの鎖のおかげで、自然と距離が近くなります。

「ヴァレリウス様。……一つだけ、確認させてください」

「な、なんだ? 年収か? 福利厚生か? すべて開示するぞ」

「違いますわ」

私はクスリと笑い、彼の手を両手で包み込みました。

「あなたは……私のことが好きですか?」

「……愚問だ」

彼は即答しました。

「好きだ。……論理的説明が不可能なほどに。君がいない世界など、もはや定義できない」

「……ふふ。私もです」

私は背伸びをして、彼の耳元で囁きました。

「私も、あなた無しの人生なんて考えられません。……あなたが私の『運命』です」

「ルシエル……」

「ですから……答えはイエスです。……遅いですわよ、ヴァレリウス様。私はもうとっくに、あなたに恋をしていましたから」

「……っ!」

彼は感極まったように私を引き寄せ、強く抱きしめました。 鎖がジャラリと鳴り、二人の距離をゼロにします。

「……ありがとう。ルシエル」

「こちらこそ。……これからは、ずっと一緒ですわね」

「ああ。……契約により、死が二人を分かつまで……いや、死んでも離さない」

「重いですわ! でも……嬉しい」

私たちは夕日の中で、初めてのキスを交わしました。 それは、契約書よりも強く、魔法よりも確かな、愛の誓いでした。

「……じゃあ、正式にしてください。ヴァレリウス様」

「ああ。……ただちに手続き(結婚式)に入ろう」

私の『婚約破棄』から始まった物語は、最高の『新規契約』によって、幸せな結末へと書き換えられました。 悪役令嬢はもういません。 ここにいるのは、世界で一番幸せな、恋する乙女だけです。

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