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第四話 まっすぐな手紙は扱いに困る
翌朝、目を覚ましたとき、窓の外はまだ湿っていた。
昨夜の雨は上がっていたが、空は薄い雲に覆われ、朝の光は白くやわらかかった。庭の芝には水気が残り、花壇の縁の石にはまだ黒い濡れ色が張りついている。窓を少し開けると、冷えた空気の中に、濡れた土と若葉の匂いが混じって流れ込んできた。
セラフィーナは寝台の上でしばらく動かなかった。
昨夜は、珍しくまとまった眠りを得た気がする。夢を見なかったわけではない。どこかで冷たい木の感触も、冬の広場の重たい空気も、確かに意識の底へ沈んでいた。けれど目覚めた瞬間、自分がどこにいるのかわからなくなるほどの恐慌にはならなかった。
それが、肩に掛けられたショールの温かさのおかげなのか、ミレイユのあの言葉のおかげなのか、自分でもわからない。
ただ、胸の奥にある緊張の糸が、昨日までより少しだけ緩んでいるのは確かだった。
「おはようございます、お嬢様」
控えめなノックのあと、ミレイユが入ってくる。銀盆の上には湯気の立つ紅茶と、薄く蜂蜜を塗った焼き菓子がひとつ。朝の定番だ。紅茶の葉は今日は少し軽めで、香りの中に淡い花の気配が混じっている。
「おはよう」
寝台から起き上がったセラフィーナは、髪を片手でまとめながら答えた。寝起きの声はまだ少し掠れている。喉の奥には微かな乾きが残っていた。
ミレイユは湯気の立つカップを卓に置くと、その脇に小さな包みをそっと添えた。
「こちら、今朝方届きました」
若草色の細いリボン。白い包み紙。小さく、控えめで、それでいて妙に目を引く品のある形。
セラフィーナの指先が、ほんの少しだけ止まる。
「……誰から」
「差出人は明記されておりませんが、おそらくエヴァンズ令嬢からかと」
やはり、と胸の内で思う。
昨夜、温室で彼女が見せたまっすぐな顔を思い出した。礼を言いたいとき、あの子はきちんと礼を言う。遠慮して曖昧にごまかしたりはしないのだろう。
それが眩しくて、少しだけ怖い。
セラフィーナは包みを手に取った。紙はよいものだった。指先に吸いつくように滑らかで、角がきちんと揃えられている。丁寧に包まれているのがわかる。けれど結び目にはほんのわずかな不格好さがあって、それが妙に本人らしかった。
リボンを解く。
中に入っていたのは、小ぶりなハンカチだった。やわらかな白地に、ごく小さな花の刺繍が端へひかえめに入っている。若草色の糸で縫われた刺繍は、素人の手ほどきで覚えたような素直さがあって、店の既製品にはない温度があった。
その上に、小さく折り畳まれた紙片が載っている。
セラフィーナは紙を開いた。
少しだけ震えるような文字。整えようとして、それでもところどころ筆圧の迷いが見える。
「昨日と今日のお礼です。またお話したいです」
たったそれだけ。
けれど、だからこそ逃げ場がない。
余計な飾りも、社交辞令も、巧みな言い回しもない。
ただ、ありがとう。
また話したい。
その率直さが、朝の白い光の中であまりにまっすぐで、セラフィーナはしばらく息をするのも忘れた。
「……困るわね」
ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
ミレイユはそれを聞いて、ほんの少しだけ口元を和らげる。
「お困りのお顔には見えませんが」
「見えないようにしているの」
「十分お困りに見えます」
容赦がない。
その冷静さに少しだけ救われる。
セラフィーナはハンカチの刺繍へそっと指を滑らせた。糸の盛り上がりが、指の腹に小さく引っかかる。刺繍糸の表面はつるりとしているのに、手仕事特有のわずかな凹凸が残っていて、その不均一さが妙に愛らしかった。
こんなものをもらう筋合いはない。
礼を言われるほどのことをしたつもりもない。
それなのに胸の奥が、ほんの少しだけ、温かい。
「返事をなさいますか」
ミレイユが問いかける。
返事。
その言葉だけで、急に背中がこわばった。
返事を出せば、次が生まれる。
次が生まれれば、関係が育つ。
関係が育てば、きっとどこかで期待が生まれる。
期待は裏切られたとき、刃になる。
セラフィーナはゆっくり紙を折り直した。
「……必要ないわ」
そう言ったあとで、自分の声が少し硬すぎたとわかる。
ミレイユはあからさまに何も言わなかった。ただ、細い眉がほんのわずかだけ上がる。その反応が痛い。
「礼は受け取るだけで十分でしょう」
「そうですか」
短い返答だった。
けれどその二文字の中に、侍女としての従順と、一人の人間としての不服が、きれいに両方入っていた。
セラフィーナは目を伏せた。
返事を書きたくないわけではない。むしろ逆だ。きちんと礼を伝えたいし、また話したいと言われて困っている自分を、少しおかしいとも思う。
ただ、それを書いてしまった瞬間、たぶんもう元には戻れない。
そんな気がした。
「……そのハンカチ、持って行かれますか」
ミレイユが問う。
セラフィーナは少しだけ迷い、やがて頷いた。
「ええ」
返事は書かない。
けれど、持って行く。
それがどれほど半端で、どれほど未練がましい選択なのか、自分でもよくわかっていた。
学園へ向かう馬車の中で、セラフィーナはそのハンカチを膝の上に置いたまま、ずっと眺めていた。
窓の外では昨夜の雨を吸った王都が、朝の淡い光に洗われている。石畳はまだところどころ濡れていて、車輪が通るたびに細かな水が跳ねる。店先の木箱からは青りんごの匂いが漂い、焼きたてのパンを抱えた少年が小走りに路地を横切っていく。空気は冷たいのに、街全体はどこか水気を含んでやわらかかった。
ハンカチは小さく、上質で、若い令嬢が礼として渡すには無難な品だ。
けれど、ただの無難さだけではないものがある。
選んだのか、縫ったのか。おそらく既製品に自分で刺繍を足したのだろう。そうでなければ、こんなにも真面目で不器用な若草色にはならない。
セラフィーナはそっと折り畳み、制服のポケットの内側へしまった。
布が胸に近い位置へおさまる。たったそれだけのことが、妙に落ち着かない。
学園に着くと、空は昨日より明るかった。
雲はまだ多いが、ところどころ薄く切れ、白い日差しが石造りの校舎に柔らかく落ちている。雨上がりの庭はしっとりと匂い、踏みしめられた土からは湿った青さが立ちのぼっていた。
馬車を降りた瞬間から、いくつかの視線が寄ってくるのを感じる。
この二日で、周囲の目は明らかに変わった。
以前のそれは「近寄りがたい婚約者」への観察だった。
今はそこへ、「何かが変わり始めたらしい」という好奇が加わっている。
その好奇は、時に善意よりも厄介だ。
「セラフィーナ様」
回廊へ足を向けたところで、明るい声が追いついた。
振り返るまでもない。
若草色のリボンが朝の光に揺れているのが、視界の端でわかった。
リディアが小走りで近づいてくる。制服の裾が少しだけ乱れていて、どうやら本当に急いできたらしい。頬には歩いてきた熱がうっすら差し、呼吸もわずかに弾んでいる。
「おはようございます」
「おはよう」
セラフィーナが答えると、リディアは一瞬だけ目を伏せ、それから勇気を出すように顔を上げた。
「あの、今朝の……」
言いかけて、彼女の視線がセラフィーナの胸元あたりへ落ちる。
ポケットの内側にしまったハンカチは見えないはずなのに、なぜだか見抜かれた気がして、セラフィーナはわずかに肩をこわばらせた。
「手紙、届きましたか」
まっすぐすぎる問いだった。
「ええ」
答えると、リディアの表情がほっとほどける。
たったそれだけで、こんなにも顔が明るくなるのかと思うほど、あからさまに安堵していた。彼女自身、渡したあとで不安になったのだろう。押しつけがましかったのではないか、無礼だったのではないか、と。
「よかった……」
小さくこぼれた言葉に、セラフィーナは胸がちくりとするのを感じた。
返事を書かなかったことが、急にひどく後ろめたくなる。
「ありがとう」
だから、せめてそれだけは、きちんと言った。
リディアの目が丸くなる。
「ハンカチ、大切にするわ」
その瞬間、リディアの頬がぱっと赤くなった。
そんなに露骨に喜ばれると、本当に困る。
「は、はい……っ」
小さな声が裏返り、彼女は慌てて背筋を伸ばした。
その仕草があまりにぎこちなくて、セラフィーナは思わず少しだけ視線を逸らした。見ていると、自分まで落ち着かなくなる。
「その……本当は、お返事はいらないつもりで渡したんです。でも、もし、お邪魔でなかったら」
「リディア」
名を呼んでしまってから、自分でも少し驚いた。
今までは必ず「エヴァンズ令嬢」と呼んでいたのに。
リディアも同じように息を止めた。若葉色の瞳が、驚きに大きく開く。
「その、包みを受け取った時点で、お礼は伝わっているわ」
セラフィーナは静かに続けた。
これ以上、どこまで歩み寄っていいのかはわからない。
けれど、ここで冷たく切るのも違うと思った。
「だから、そんなに緊張しないで」
言い終えると、リディアはじっとこちらを見つめた。
それから、花がほどけるみたいに、ゆっくり笑った。
「……はい」
その笑顔は、昨日よりもずっと近かった。
周囲の気配がざわりと揺れる。
回廊を行き交う生徒たちのうち、何人かが足を緩めてこちらを見たのがわかる。王太子の婚約者と、例の男爵令嬢。二人が朝から親しげに話している。噂好きな者にとっては、それだけで十分な餌だろう。
セラフィーナはそのざわめきを聞きながら、静かに息を吐いた。
やはりこうなる。
わかっていた。わかっていたのに、ここでリディアを遠ざけることができない。
「お二人とも、朝からずいぶん親しげですね」
柔らかな笑いを含んだ声が横から差し込んだ。
振り向けば、マルグリット・ハーゼンがいた。今日も巻き髪は艶やかで、制服の襟元には小さな真珠のブローチが光っている。扇は持っていないが、その代わりに笑みがいつも以上に綺麗だった。綺麗すぎるものは、ときどき毒を隠す。
「昨日の茶会から、すっかり意気投合なさったのかしら」
「ハーゼン様」
リディアが少しだけ表情を固くする。
その変化をセラフィーナは見逃さなかった。彼女はマルグリットが苦手なのだろう。理由はわからないが、その警戒はかなり素直に顔へ出ている。
マルグリットはそれを見て、なおさら柔らかく笑った。
「まあ、そんなに構えないでくださいまし。わたくし、ただ微笑ましく思っただけですわ。以前はお二人、あまり近い印象がありませんでしたもの」
“以前は”。
つまり、今は違う。
そして、その違いは人の口に載せるには十分おもしろい。
セラフィーナは彼女を見た。
真正面から。
相手の笑みの輪郭が少しだけ強張るのがわかるくらいに、静かに。
「変化は珍しいことではないでしょう」
低く落ちる声は、朝の冷えを含んでいた。
「人でも、関係でも。昨日までと同じである必要はありませんもの」
マルグリットの睫毛が一瞬だけ揺れる。
彼女はすぐに笑みを整えたが、その一拍の遅れが、小さな刺として確かに残った。
「ええ、もちろん」
声は滑らかだった。
「ですから、わたくしも見守っていますわ。皆さまも、きっと」
最後の一言だけ、ほんの少しだけ含みがあった。
皆が見ている。
そう告げることで、こちらの自由をさりげなく狭める話し方だ。
セラフィーナは何も返さなかった。
こういう相手に言葉を重ねると、たいていこちらだけが損をする。
マルグリットはそれ以上踏み込まず、優雅に一礼して去っていった。香水の甘い残り香だけが薄く残る。
彼女の姿が曲がり角へ消えると、リディアが小さく息を吐いた。
「……怖いです」
「どちらが」
「ハーゼン様です」
あまりに素直で、セラフィーナは一瞬だけ虚を突かれた。
リディアは自分が言ったことに気づいたらしく、慌てて首を振る。
「あ、いえ、違うんです。そういう意味ではなくて、その……」
「わかっているわ」
セラフィーナは淡々と返した。
「あなたは正直ね」
「すみません……」
「褒めているの」
そう言うと、リディアはまた少しだけ赤くなった。
反応がいちいち率直すぎて、見ているこちらの調子が狂う。
午前の授業は、古典史と薬草学だった。
古典史の教室は高い窓から薄い日差しが差し込み、昨夜の雨で冷えた空気がまだ少し残っていた。羊皮紙の匂いとインクの匂いが混ざり、教師の低い講義の声が石壁へやわらかく反響する。普段ならこういう静けさは嫌いではない。むしろ好きだ。言葉に混ざる感情の温度が一定で、噂や好奇が入り込む余地が少ないから。
だが今日は、教室へ入った瞬間から、あちこちに見えない糸が張っている気がした。
前方の席に座ったリディアが、時折振り返ってこちらを見ようとしてはやめる。
斜め前ではマルグリットが友人へ何かを囁き、その友人がさりげなく視線だけをこちらへ滑らせる。
後方には、昨日の茶会にいた令嬢たちがいて、紙をめくる手つきがどことなく落ち着かない。
噂が生まれる瞬間には、独特のぬるさがある。
まだ言葉にはなっていないのに、口々のあいだで熱だけが渡されていく感じ。
セラフィーナは昔から、その気配にひどく敏感だった。
教師が古代王朝の系譜を黒板へ書きつけている間、教室のどこかで小さな紙片がひとつ動いた。前の列から後ろへ、後ろからまた斜め前へ。見なくてもわかる。視線の動きでわかる。誰かが何かを書き、回している。
たぶん、自分のことだ。
前世でも何度も見た光景だった。
けれど前世のセラフィーナは、それを見て見ぬふりをするしかなかった。苛立ちを顔へ出せば高慢だと受け取られ、無視すれば図星だと笑われる。
今は。
セラフィーナは静かに立ち上がった。
椅子の脚が床を擦る音は、広く静かな教室では想像以上に響いた。講義の声が止まり、視線が一斉に集まる。教師も驚いた顔で振り向いた。
「エーデルベルク嬢?」
「失礼いたします」
彼女は冷静に一礼したあと、後列のひとつの机へ歩いた。
そこに座っていた令嬢が、目に見えて顔色を変える。細い指の間に、折り畳まれた紙片がまだ挟まっていた。
「それを」
セラフィーナが手を差し出すと、少女は固まった。
「……授業中でしょう」
声は大きくない。
なのに、教室の隅まで届いてしまうほど冷えていた。
少女は唇を震わせ、やがて紙を差し出した。周囲がしんと静まる。教師すら口を挟めない。
セラフィーナは紙を受け取り、その場で開いた。
短い。ひどく軽い字だ。
「氷の公女、今度は聖女ごっこ?」
喉の奥に、乾いた笑いがせり上がりそうになる。
やはりこの程度だ。
やさしさはすぐに芝居に変換される。変わったなら変わったで、別の仮面だと決めつけられる。
前世なら、ここで黙って紙を握りつぶしただろう。
けれど今日は違った。
セラフィーナは紙を閉じ、教師へ歩み寄った。
「これをお預けしてもよろしいでしょうか」
年配の教師は目を見開いたまま、ぎこちなく頷く。
「も、もちろんだが」
「ありがとうございます」
彼女は紙を机上へ置き、もう一度一礼した。
「授業の妨げをいたしました。続けてくださいませ」
席へ戻るまでのあいだ、教室は完全に沈黙していた。
視線の温度が変わっているのがわかる。からかいではなく、戸惑いと緊張へ。
座ると、斜め前のリディアがそっと振り返った。若葉色の瞳には明らかな心配がある。セラフィーナは何も言わず、小さく首を振った。大丈夫だという意味だった。
リディアはそれを見て、少しだけ表情を和らげる。
講義が再開される。
けれど、もう教室の空気は最初とは違っていた。
昼休み。
薬草学の前に少しだけ時間が空く。
中庭へ面した小さな食堂は、昼時らしい賑わいに満ちていた。焼きたてのパンの香り、温かいスープの湯気、ナイフと皿が触れ合う小さな音、人の話し声が幾重にも重なって、校舎の冷たさを忘れさせる。
セラフィーナは本来なら、こういう場所を避ける。
人が多く、音が多く、目も多いからだ。
だが今日は、リディアが「一緒にお昼を」と言ってきた。
断ればよかった。
そう思ったのは事実だ。
けれど、古典史の教室で振り返ったあの目を見たあとでは、どうしても拒みにくかった。
結果、彼女はいま、食堂の隅の席で、リディアと向かい合っていた。
テーブルの上には、薄く切った鶏肉と香草のサンドイッチ、やわらかい白いチーズ、温かい野菜のポタージュ。湯気には玉ねぎの甘さと、黒胡椒のわずかな刺激が混じっている。温かい匂いは胃を落ち着かせるはずなのに、セラフィーナの胸はまだ少し固かった。
「……すみません」
リディアがスプーンを持ったまま小さく言う。
「何が」
「教室のことです。たぶん、私のせいで」
そう言って目を伏せる。
白い指がスプーンの柄をぎゅっと握っていた。
セラフィーナはしばらく彼女を見た。
たぶん、この子は本当にそう思っているのだろう。自分が近づいたから、セラフィーナが噂の的になったのだと。
けれど、それは半分だけ正しくて、半分は違う。
「あなたが原因ではないわ」
セラフィーナは静かに言った。
「誰かを勝手におもしろがる人は、何をしてもしなくても、おもしろがるもの」
リディアが目を上げる。
彼女の瞳には、驚きよりも、少し痛そうな理解が浮かんでいた。
「セラフィーナ様は、ずっとこういうことに慣れていらっしゃるんですか」
問いは静かだった。
哀れみではない。
ただ知りたいだけの声音。
セラフィーナはポタージュの湯気を見た。スープの表面に浮かぶ油が、淡く金色に光っている。
慣れているのか。
慣れている。
けれど、慣れていることと傷つかないことは、同じではない。
「慣れているわ」
それだけ答える。
リディアは少しのあいだ黙っていた。
やがて、スプーンを置いた小さな音がした。
「……私、あまり噂が得意じゃありません」
「そうでしょうね」
「はい。皆さん優しいのに、時々、急に知らない顔になるんです。笑っているのに、誰かのことを細く切るみたいな言い方をする時があって」
彼女の言葉はたどたどしいが、感覚は正確だった。
笑いながら人を傷つける方法を知っている者たちは、大声で悪口を言う者よりずっと厄介だ。自分は悪意を向けていないという顔を最後まで崩さないから。
「あなたは向いていないわ」
セラフィーナが言うと、リディアはなぜか少しだけ笑った。
「よく言われます」
「なら、無理に慣れなくていい」
その一言は、自分でも驚くほど自然に出た。
前世の自分なら言わない。言えない。そんなふうに誰かへ、やわらかい逃げ道を許す言葉は、自分自身に禁じていたから。
リディアはその言葉を、しばらく噛みしめるみたいに黙って受け止めていた。
それから小さく頷く。
「……ありがとうございます」
また礼を言われる。
本当に困る。
困るのに、嫌ではない。
「あなた、礼を言いすぎよ」
「でも、本当にそう思っているので」
「そういうところが」
言いかけて、セラフィーナはやめた。
そういうところが好きだ、とでも言いそうになった自分に気づいたからだ。
好き。
そんな言葉を、自分の中へ入れてはいけない。
「……そういうところが、あなたらしいわ」
言い換えると、リディアはわずかに首を傾げたあと、やわらかく笑った。
「それ、悪い意味じゃないですよね」
「たぶん」
「たぶんなんですね」
小さな笑いが二人のあいだに落ちる。
ほんの一瞬だが、それはとても自然だった。
無理に作ったものでも、誰かへ見せるためのものでもない、ふと零れた温度。
そのとき。
「ここ、空いてますか」
低く、どこか億劫そうな声が横からした。
ノエル・アシュクロフトだった。
片腕には本を数冊抱え、もう片方の手には簡素な昼食の盆。黒パン、薄いハム、薬草を刻んだサラダだけ。相変わらず食事への興味が薄そうな内容だ。
リディアが目を丸くする。
セラフィーナは一瞬だけ沈黙し、それから短く答えた。
「どうぞ」
なぜこうなるのか、と心の底で思う。
誰も愛さず静かに暮らすつもりが、なぜこんなふうに人が寄ってくるのだろう。
ノエルは当然のように腰を下ろした。
その動作が妙に自然で、いっそ腹が立つ。
「……アシュクロフト様も、こちらで?」
リディアが少しだけ緊張した声で尋ねる。
「ええ。今日は食堂の端が静かそうだったので」
そう言いながら、彼の水色の瞳はセラフィーナへ向いていた。
静かそうだった、ではない。たまたま見つけたから来たのだと、目が言っている。
ノエルは卓上へ本を置いた。そのうちの一冊が、セラフィーナの視界に入る。濃緑の装丁。金の箔押し。
薬草相性辞典。
昨日のことを思い出させるには十分だった。
「昨日のおかげで、今日は体調が安定しています」
彼が淡々と言う。
リディアが嬉しそうに「それはよかったです」と頷く。
セラフィーナはスープに視線を落とした。湯気が少し弱くなっている。
「ならよかったわ」
それだけ言うと、ノエルは小さく目を細めた。
彼はたぶん、自分の礼が素っ気なく返されることに少し慣れてきている。
食堂の喧騒の中で、三人の卓だけが奇妙に静かな小島みたいになっていた。
リディアは人の多い場所では少し緊張しがちだが、無理に話そうとせず、代わりに相手の言葉を丁寧に拾う。
ノエルは必要以上に喋らないが、話しかけられればきちんと答える。
セラフィーナはもともと沈黙に慣れている。
不思議と、居心地は悪くなかった。
だが、その穏やかさは長くは続かなかった。
「……見て」
近くの卓で、誰かの囁きが落ちる。
「本当だったのね」
「エヴァンズ様だけじゃなくて、アシュクロフト様まで」
「急にどうしたのかしら」
「王太子殿下はご存じなの?」
囁きは小さい。
けれど食堂のざわめきの中では、逆にそういう声ほど耳へ刺さる。
リディアの指先がぎゅっと縮むのが見えた。ノエルは何も言わないが、パンを持つ手が止まっている。
セラフィーナはナプキンを膝へ置き直し、静かに立ち上がった。
「セラフィーナ様?」
リディアが戸惑う。
ノエルの視線も上がる。
彼女は何も答えず、囁きの聞こえた卓へ歩いた。
三人の令嬢が、明らかに顔色を変える。
「続けて」
セラフィーナは穏やかに言った。
「何をですか、と言うつもりなら、その前におやめなさい」
食堂のざわめきが、目に見えない形で一段静かになる。
周囲がこちらへ意識を向けたのがわかる。
「わたくしのことを話すなら、聞こえるように話して」
低い声だった。
怒鳴ってはいない。
けれど、その静けさがかえって場を凍らせる。
三人のうち一人、ふくよかな頬の令嬢が唇を震わせた。
「わ、私たちはただ……」
「ただ?」
セラフィーナは首を傾げる。
動きはゆっくりで、美しいはずなのに、その一拍のゆとりが相手を追い詰める。
「皆が思っていることを、確認していただけです」
別の令嬢が、半ば意地になって言った。
その瞬間、空気がぴんと張る。
後に引けなくなった顔だ。
「皆が?」
「はい」
セラフィーナはその子を見た。
そして、ほとんど微笑みに近い薄さで、唇を動かした。
「なら、皆の前で確認しましょうか」
令嬢たちの顔から血の気が引く。
「わたくしがエヴァンズ令嬢やアシュクロフト様と話すことが、そんなにおかしい?」
誰も答えない。
食堂全体が、彼女の声の届く範囲に変わっていく。
「おかしいと思う理由があるなら、ここでどうぞ」
沈黙。
誰も言えない。
当然だ。根拠があるわけではない。ただ“変化”がおもしろいからつついていただけなのだから。
セラフィーナはしばらくその沈黙を見下ろし、それから静かに言った。
「思いつきで人を遊ばないで。次は教師の前でやるわ」
言い切って、踵を返す。
食堂の床を踏む靴音は、さっきより硬かった。
自分の席へ戻ると、リディアは完全に固まり、ノエルは半ば呆れたようにこちらを見ていた。
「……あなた、最近本当に変わりましたね」
ノエルが低く言う。
「悪いほうへ?」
「いいえ。前のままなら、こういう場面は無視していたでしょう」
セラフィーナは席についた。
胸が少し速く打っている。怒りではない。緊張と、言い終えたあとの疲労だ。
「無視しても、なくならないもの」
「そうですね」
ノエルは短く同意した。
その声音には、思ったより柔らかなものが混じっている。
リディアはまだ少し青ざめていたが、やがてそっと言った。
「……ありがとうございます」
またその言葉。
セラフィーナは半ば本気でため息をつきたくなる。
「あなたたち、どうしてすぐ礼を言うの」
「言うべきときだからです」
リディアが真面目に返し、ノエルまで小さく頷く。
「そうですね」
二人そろってそんな顔をされると、返す言葉がなくなる。
セラフィーナは視線を落とし、冷めかけたスープへスプーンを差し入れた。ポタージュは少しぬるくなっていたが、そのぬるさがいまは妙にちょうどよかった。
昼休みが終わるころには、噂はまた別の形へ広がっていた。
食堂でセラフィーナが令嬢たちを黙らせたこと。
リディアとノエルと三人で昼食を取っていたこと。
そして、それを王太子が知ればどう思うだろう、という勝手な想像。
午後、薬草学の教室へ向かう途中で、セラフィーナはすれ違いざまにいくつかの視線を受けた。前よりもあからさまなものと、逆に慎重になったもの。人は怖いものを面白がるが、同時に、思ったより鋭い刃を持っていると知ると少し怯える。
その怯えがあるうちは、まだいい。
問題は、怯えが慣れへ変わったあとだ。
薬草学の実習室は、乾いた草葉の匂いに満ちていた。束ねられたハーブ、すり潰した根、乾燥させた花弁、アルコールと油脂の匂い。外の湿った空気とは違う、少し粉っぽい清潔さがある。
各自の机に、今日扱う材料が並んでいた。
乾燥ラベンダー、苦みの強い青葉、香りの鋭い種子。
実習内容は、軽い火傷用の軟膏の調合。
セラフィーナは材料を見た瞬間、わずかに指先が止まった。
火傷。
昨日から続く言葉だ。
教師が手順を説明する声を聞きながら、彼女は視界の端でリディアの机を見た。
少し遠い席だ。
リディアは真剣な顔で、紙へ手順を書き写している。たぶん本当に薬草学が好きなのだろう。睫毛が細かく震え、口元が無意識にきゅっと結ばれている。
その視線を、誰かが追っていた。
マルグリットだった。
彼女は前方の席から、さりげなく、けれど確かにリディアを見ている。視線の先にあるのは憎しみではない。もっと粘ついた何か。
観察。
苛立ち。
そして、小さな競争心。
セラフィーナはそれを見て、心の奥に微かな引っかかりを覚えた。
マルグリットはただ噂好きなだけではないのかもしれない。
少なくとも、リディアに対して何かしらの感情を持っている。羨みか、警戒か、それとも別の何か。
教師の声が止み、実習が始まる。
すり鉢で葉を潰す音、乳棒が器肌を滑るざらついた音、油を注ぐ小さな音が、教室全体へ規則的に広がっていく。
セラフィーナは黙々と手を動かした。
ラベンダーを細かく砕き、油と混ぜ、熱を加え、冷ます。
香りが立ちのぼる。甘く、青く、少しだけ胸の奥を鎮める匂い。
その静かな手仕事の最中、不意に横から低い声が落ちた。
「昨日の小瓶、使いましたか」
ノエルだった。
いつの間にか、自分の隣の机へ移ってきていたらしい。教師が席替えでも指示したのか、気づかなかった。
「使ったわ」
「刺激は」
「少なかった」
「それはよかった」
短い会話。
けれど、それを耳ざとく拾う者は必ずいる。
案の定、少し離れた席で誰かの手が止まる気配がした。
セラフィーナはうんざりしながらも顔へ出さない。
「あなたも、今日の材料の配分を間違えないように」
代わりにそう返すと、ノエルは少しだけ口元を動かした。
「心配してくださるんですか」
「昨日の礼の前払いよ」
「計算高いですね」
「あなたにだけは言われたくないわ」
ぽつぽつとした会話。
それだけなのに、自分の周囲だけ空気が少し違って感じられるのがわかる。
噂は、たぶんまだ止まらない。
むしろこれからもっと増えるだろう。
リディアも、ノエルも、カイルも、レオンハルトも。自分が少し関わっただけで、周囲は勝手に意味を増やしていく。
それでも、もう完全に引き返せるところは過ぎてしまった気がした。
放課後、教室を出るとき、リディアが小さく走ってきた。
「セラフィーナ様」
「なに」
「今日の昼、ありがとうございました」
また礼だ。
セラフィーナは思わず眉を寄せる。
「だから、あなたは礼を言いすぎ」
「でも、何度でも言いたいんです」
「困るわ」
「困らせたいわけではないんですけど……」
しゅんとしそうになるその顔が、少しおかしい。
セラフィーナは小さく息をつき、それから制服のポケットへ手を入れた。
若草色のリボンで結ばれていた、小さな花刺繍のハンカチ。
彼女はそれを取り出し、リディアへ見せた。
「持ってきているから」
それだけ言う。
リディアは、息を止めたみたいに固まった。
若葉色の瞳がみるみる大きくなっていく。頬が赤く染まる。
その反応があまりに無防備で、セラフィーナは急に照れくさくなった。
「……そんな顔をしないで」
「だ、だって……」
「返すつもりなら持ってこないでしょう」
声は平静を装えていたと思う。
けれど、胸の内側ではひどく落ち着かなかった。
リディアは両手を胸の前でぎゅっと握り、何かを言おうとしてはやめ、また言おうとしてはやめた。
その不器用さが、どうにも愛らしい。
「また、渡したいものができたら」
やっとそれだけ言う。
「今度は、押しつけにならないように考えます」
「そういう問題では」
ない、と言いかけて、セラフィーナはやめた。
押しつけではない。
そう言ってしまえば、また彼女を喜ばせてしまう。
それが怖い。
でも、完全に否定するのも違う。
「……考えすぎないで」
結局、そんな曖昧な言葉しか出なかった。
リディアはそれでも、十分すぎるほど嬉しそうに頷いた。
「はい」
その返事のあまりのまっすぐさに、セラフィーナはもうそれ以上何も言えなかった。
帰りの回廊、窓の外ではようやく雲が切れ始めていた。
雨に洗われた空の向こうに、薄い青がのぞいている。庭木の葉先では、遅れて落ちる雫が夕方の光を受けて小さく光った。
セラフィーナは一人きりで歩きながら、胸元に近いポケットの布越しへそっと指を触れた。
ハンカチのやわらかい感触が、制服の内側にある。
やさしくしないで。
そう思うのに。
まっすぐなものは、思ったよりもずっと強く人の中へ入ってくる。
処刑された悪女の二度目の春は、静かに暮らすという決意を、少しずつ、けれど確実にほぐし始めていた。
そしてその夜。
屋敷の自室へ戻ったセラフィーナは、机の前に座り、長いこと白い便箋を見つめることになる。
返事は書かないと決めたはずだった。
なのに、ペン先は何度も紙の上でためらい、結局たった一行だけを残した。
「礼は受け取りました。あなたは本当に、まっすぐね」
書いてしまったその文字を見下ろしながら、彼女は目を閉じた。
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それなのに、便箋を破ることはできなかった。
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