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第7話 もう十分です
雨は、帰宅してからも途切れることなく降り続いていた。
春の終わりに落ちる雨は夏のそれほど激しくはない。けれど粒が細かいぶん、世界の輪郭へ静かに染み込んでいくような降り方をする。庭の白砂はすぐに色を深め、窓辺の低木は葉先に幾粒もの水を抱えた。雨脚が強まれば、それらは枝を伝って滑り落ち、また次の雫がそこへ留まる。音も、どこか遠慮がちだ。窓ガラスを細かく叩き、軒を擦り、石畳を濡らしながら、それでも部屋の中へ踏み込んでくるほど大きくはない。ただ絶えず、絶えず、同じ調子で降りてくる。
ネフェリナは自室の椅子に腰掛けたまま、しばらくその音だけを聞いていた。
帰宅してからどのくらい経ったのだろう。ドレスはまだ着替えていない。背中の留め具も、手袋も、そのままだ。肩のあたりがわずかに重い。けれど脱ぐ気になれなかった。身体へまとわりつく布の感触が鬱陶しいはずなのに、いざ手をかけるとなると、何かが億劫で仕方がない。
サロンでカップを置いた瞬間から、ずっと胸の中にある感覚は変わらなかった。
静かだ。
あまりにも静かだった。
怒りで熱くなるわけでもなく、悲しみで喉が詰まるわけでもなく、ただ、もう戻れない場所へ自分が来てしまったのだと分かっている時の静けさ。長く長く引かれていた糸が切れたあと、耳に残るのは派手な断音ではなく、むしろ何も鳴らないことそのものなのだと、今なら分かる気がした。
窓の外で、ひときわ強い雨粒がまとめて落ちたらしい。ガラスの面を叩く音が一瞬だけ大きくなり、それからまた細かな規則正しさへ戻る。
その時、扉が控えめに叩かれた。
「お嬢様」
ミレナの声だった。
「旦那様が、お戻りでございます」
ネフェリナはゆっくりと顔を上げた。父が帰ってきたのだ。
「……お父様が」
「はい。お着替えの前に、お顔を見たいと仰せでした」
その言い方に、ネフェリナは少しだけ目を閉じた。父は、娘がいつもより早く帰宅したことを知っているのだろう。そして、侍女たちの空気や屋敷の静けさの中に、何か普通ではないものを感じ取ったに違いない。
「叔母様は?」
「ただいまご一緒に書斎へいらっしゃいます」
オルネッタもいる。
それを聞いた時、不思議と少しだけ息がしやすくなった。父一人へ話すより、叔母もいてくれたほうがよい気がした。叔母は言葉を急がせない。感情を無理に名前へしない。今のネフェリナにとって、それはありがたいことだった。
「分かったわ」
立ち上がると、スカートの裾が膝へ絡むように重たく感じた。長く同じ姿勢でいたせいか、足の感覚も少し鈍い。ミレナが近づき、「お肩にショールを」と差し出す。ネフェリナは首を振りかけ、けれど窓辺からの冷えた空気を思って受け取った。薄い羊毛のショールはやわらかく、肩へ乗せると少しだけ身体の輪郭が戻る気がした。
部屋を出る。廊下は夕方の薄暗さを帯び始めていた。まだ本格的な夜ではないが、雨空のせいで早くも影が深くなっている。壁際の燭台に灯りが入り、火の色が床板へやわらかく揺れていた。雨の匂いが屋敷の中にまで少し入り込み、磨かれた木の匂いと混じっている。
書斎へ向かう途中、ネフェリナは自分の足音だけを聞いていた。一定だ。乱れない。こういう時ほど、身体は正確に動く。何年もかけて身につけた「乱れない娘」の歩き方が、いまも何食わぬ顔で自分を支えている。
書斎の扉の前に立つと、一瞬だけ指先が迷った。ノックしようとして、その手が半拍遅れる。
中から父の声がした。
「ネフェリナか。入りなさい」
扉を開ける。
書斎の中は暖かかった。暖炉にはすでに火が入り、湿った夕方の冷えをやわらげている。薪が静かに爆ぜる音。革張りの椅子。机の上に積まれた書類。インクと紙の乾いた匂い。その見慣れた空間に、父ガルディエルと叔母オルネッタがいた。二人とも、ネフェリナが入ってきた瞬間、何かを言いかけるでもなく、ただ彼女の顔をしっかり見た。
その視線が、かえって胸に沁みた。
「座りなさい」
父が言う。声は低く、落ち着いていて、けれどいつもよりわずかに柔らかかった。
ネフェリナは暖炉に近い長椅子へ腰を下ろした。オルネッタがすぐ隣へ来る。叔母のドレスからは、外の雨に少し触れた布の匂いがした。父は机の向こうではなく、自分たちと向かい合うように低い肘掛け椅子へ座った。その位置取りだけで、これは当主としての話ではなく、家族としての話なのだと伝わってくる。
「フェルゼン伯爵家から、予定より早く戻ったそうだな」
父はそう切り出した。
「何があった」
問いは短い。だが声には圧がなかった。答えを急がせる響きもない。ただ、はっきり聞くべきことを聞いているだけだ。
ネフェリナは、すぐには答えられなかった。
何があったのか。
それは簡単に言えば、茶会で母のことを言われた、ということになるのだろう。けれどそれだけでは足りない。今日の一言だけで切れたのではないことを、自分が一番よく知っている。今日の言葉は最後の一押しだっただけだ。そこへ至るまで、十年分の細かな棘がある。
胸の奥にあるものを、どう言葉へするべきか。
逡巡していると、オルネッタがそっと言った。
「ゆっくりでいいのよ」
その一言で、ネフェリナはようやく息を吐いた。
「……茶会で、伯爵夫人に母のことを言われました」
父の目が少しだけ細くなる。
「どういう意味だ」
ネフェリナは膝の上で手を重ねた。手袋の布が指へ沿い、いつもなら安心をくれるその感触が、今日はやけに薄い。
「作法の話をしている流れでした。ナプキンの扱いが少し違うとか、家風の癖が出るとか、そのようなお話から……母はおおらかな人だったのでしょう、と」
父も叔母も黙って聞いている。
「そのあと、母親というものは娘へ最初の癖を与えるものだから、良くも悪くも育ちがにじむ、と」
言葉にしてみると、ますます胸の中の冷たさが輪郭を持った。メルゾアの声音まで蘇る。優しく、整っていて、それなのに逃げ場がない声。
「私は、母の育て方が足りなかったと仰りたいのですかとお聞きしました」
父の片手が肘掛けの上で静かに握られるのが見えた。
「すると、そこまで言ってはいない、ただフェルゼン家の求める細やかさとは少し違うのだと……そういう言い方をなさいました」
暖炉の火が、ぱち、と鳴った。
ほんの小さな音なのに、やけに大きく聞こえた。
父はしばらく何も言わなかった。表情も大きくは変わらない。けれど沈黙の重みが少しずつ増していくのが分かる。オルネッタのほうは、もう隠しきれぬ怒りを目の奥へ沈めていた。叔母は元来、声を荒げる人ではない。だからこそ、その静かな怒りは熱を持たずに鋭い。
「ローディアスは」
父が低く問う。
ネフェリナは、その問いを聞いた瞬間、喉の奥が少し硬くなった。
「……何も」
「何も、とは」
「その場で、何も言いませんでした」
言いながら、胸の奥でまたあの静かな切れ目が開く。
「伯爵夫人、と一度だけ口を開きました。でも、それだけです。そのあと母上が言葉を続けると、もう……」
ネフェリナはそこで少し言葉を探した。
「……沈黙したままでした」
父は目を閉じた。ほんの一拍だけ。深く息を吸い、それを押し殺すように吐く。ガルディエル・ヴァルケインという人は、感情を人前へ投げつける人ではない。だから怒りもまた、決して派手ではない。ただ一度閉じた目と、そのあと椅子の肘掛けへ置かれた手の硬さだけで、彼が何を感じているのかが分かった。
「ネフェリナ」
父は再び娘の名を呼んだ。
「それで、おまえは席を立ったのか」
「はい」
「一人で」
「はい」
「ローディアスは追わなかったのか」
ネフェリナは微かに首を振る。
「送ると言いました。でも……お断りしました」
そこまで話してから、ネフェリナはふと、自分がどこまでも平坦な声で説明していることに気づいた。泣いて訴えるわけでもなく、感情に任せて責めるわけでもなく、ただ起こったことを並べている。まるで誰か別の人の話みたいに。
そのことが、かえって少し怖かった。
オルネッタがそこで、やわらかくもはっきりした声で言った。
「もう、それで十分よ」
ネフェリナは叔母のほうを見た。
「十分?」
「ええ。そこまで聞けば、今日何があったかはもう足りるくらい分かるわ」
叔母の指先が、ネフェリナの重ねた手へそっと触れた。手袋越しでも、掌の温かさは伝わる。
「でも、あなたが今日だけで席を立ったのではないことも、分かる」
その言葉に、ネフェリナは目を伏せた。
そうだ。今日だけではない。耳飾りの夜もあった。理想の伯爵家の嫁と他家の令嬢を褒めそやした夜会もあった。小さな注意も、贈り物への言葉も、教養を半歩下がって見せろという忠告も、その全部があった。十年分の、細く、数えきれない棘。
「……もう、十分なのです」
気づけば、口からその言葉がこぼれていた。
ネフェリナ自身、それを言うと決めていたわけではなかった。けれど一度形になってしまうと、それは驚くほど自然に胸へ落ちた。
「何を、どこまで、努力すればよいのか分からなくなりました」
父も叔母も黙って聞いている。
「服装の色、話し方、贈り物、教養、家の中での立ち位置……ずっと、少しずつ合わせてまいりました。足りないと言われれば、次はそうならないようにと思ってきました」
言葉を重ねるごとに、自分がどれほどそれを当然のように続けてきたのかが、逆に見えてしまう。
「でも、母のことまで言われて、ローディアス様も何も仰らなくて……その時、ああ、もう無理なのだと思いました」
そこで初めて、声の奥にわずかな掠れが混じった。
「もう、十分です」
ネフェリナは顔を上げた。
「婚約を、解消したいのです」
その言葉が書斎の中へ落ちる。
誰もすぐには動かなかった。暖炉の火が静かに揺れ、外では雨が同じ調子で降り続けている。書斎の空気は温かいのに、ネフェリナの胸の奥だけがひどく冷えていた。
父はゆっくりと娘を見た。驚きはあっただろう。長く続いた婚約だ。娘が真正面から解消を望むと言うのは、簡単なことではない。それでも彼は、反射的にたしなめることも、感情に任せて問い返すこともせず、ただネフェリナの顔を見ていた。
「それが、おまえの結論か」
静かな声だった。
ネフェリナは頷いた。
「はい」
「一時の感情ではなく」
「……はい」
その問いを受けた時、ネフェリナは自分の中へ視線を落とすような気持ちになった。一時の怒りで言っているのか。今日だけの屈辱で言っているのか。そう問われれば、きっと以前の自分なら迷っただろう。けれど今は違う。今日のことはきっかけでしかない。ずっと前から、少しずつ削られていたのだと、もう分かっている。
「感情がないわけではありません」
ネフェリナは正直に言った。
「傷つきましたし、悲しいとも思っています。でも、それだけではありません。今日だけのことでもありません」
父の表情がわずかに動く。続きを促すように。
「私はずっと、良い婚約者でいれば、いつか認めていただけるのだと思ってきました。足りないところがあるなら直せばいい、もっと相手の家に合えばいい、そうすれば……と」
言いながら、自分の声の中に、自分でも知らなかった疲れが沈んでいるのが分かった。
「でも、たぶん違うのです。直しても、また別のことを言われる。合わせても、もっと合わせろと言われる。そういう繰り返しの中で、私は少しずつ、自分が何を大事にしていたのか分からなくなってきました」
オルネッタの指先がそっと強くなる。
「母のことを言われたのは、たしかに今日が一番痛かったです。でも、本当に辛かったのは……それを言われて、ローディアス様が何も仰らなかったことです」
ここだけは、言葉にするとやはり痛んだ。胸の奥の柔らかいところを、自分で指先で押してしまうような痛みだ。
「私は、あの方が最後には私のほうを向いてくださるのだと思っていました。だから、今まで耐えられたのです。でも、違いました」
父がそこで、初めて低く言った。
「……そこまでか」
その声音には、娘がどれほど一人で堪えてきたのかを、今ようやく繋げている痛みがあった。
ネフェリナは小さく微笑みかけた。自分でも不思議なほど静かな微笑だった。
「はい。そこまで、でした」
父は深く息を吐いた。そして肘掛けから両手を外し、前へ少し身を乗り出す。
「私は、おまえがこれほど疲れているとは気づけなかった」
その一言に、ネフェリナは目を瞬かせた。父は続ける。
「気づくべきだったのだろう。婚約以来、フェルゼン家から戻るたび、おまえがどこか静かになっていくことを、見ていなかったわけではない。だが……おまえはいつも『大丈夫です』と言ったし、波風も立てなかった。私も、それを信じすぎた」
ネフェリナは何も言えなかった。
父を責めたい気持ちはなかった。父には父の立場がある。婚約は家同士の約束でもある。娘が口にしないものを、当主が先に断じて動くのは容易ではない。分かっている。分かっているのに、父の口から「気づけなかった」と聞いた時、胸の奥のどこかが少しだけ震えた。
「お父様……」
「すまなかった」
父はそう言った。ローディアスの謝罪とは全く違う重さで。
「おまえが、自分で言い出すまで待っていたようなものだ」
オルネッタが静かに首を振る。
「お兄様、それは違うわ。ネフェリナがあまりにも、きちんとしすぎたのよ」
叔母はそう言って、ネフェリナの肩へ手を回した。
「この子は、傷ついてもまず自分のほうを直そうとするの。だから周りは、どこまでが我慢でどこからが限界なのか見誤るのよ」
その言葉に、ネフェリナは目を閉じたくなった。まさにその通りだったからだ。言われたことに傷つくより先に、自分の振る舞いの何が悪かったのかを探してしまう。相手の棘を抜くより先に、自分の持ち方を変えようとしてしまう。それを長く続けすぎた。
父はしばらく黙ってから、はっきりと言った。
「分かった」
ネフェリナが顔を上げる。
「婚約解消の意向は、私が預かる」
その言葉は重く、確かだった。
「すぐに騒ぎ立てるつもりはない。だが、娘がこれ以上疲弊するのを見過ごすつもりもない。おまえがそこまで言うのなら、父として守る」
守る。
その言葉が胸へ落ちた瞬間、ネフェリナの喉の奥がひどく熱くなった。
今日は、何度も「守られない」ことを確認した日のはずだった。なのに今、ようやく別の形で、その言葉が自分のほうへ差し出される。そのことが思いがけず、深く刺さった。
「まずは私からフェルゼン伯爵へ話を入れる」
父は続ける。
「おまえが直接向こうとやり合う必要はない。理由も、必要な範囲で私が伝える」
「でも」
「いい」
父の声は静かだったが、有無を言わせない強さがあった。
「これはおまえ一人で負うことではない。家同士の約束として結ばれた婚約なら、解く時も家として動く」
ネフェリナの目の奥が熱を持つ。涙になるのかと思ったが、まだ落ちない。ただ視界の輪郭がわずかに滲む。
オルネッタが優しく言う。
「よかったわね」
その言葉が合図になったように、ネフェリナは膝の上で組んだ手へ少しだけ力を込めた。すると、今まで止まっていた感情が、ごく静かに動き始めるのが分かった。
悲しいのかもしれない。
悔しいのかもしれない。
疲れているのだろう。
それでも今、一番近いのは安堵だった。
まだ何も終わっていない。婚約解消の話はこれからだ。フェルゼン家がどう出るかも分からない。波風は、むしろこれから立つのかもしれない。それでも、少なくとも今日は、自分がようやく口にした「もう十分です」という言葉を、受け取ってくれる人がいる。
それだけで、胸の奥に長く張りつめていたものが、今度は壊れるのではなく、ゆっくりと緩んでいく気がした。
「……ありがとうございます」
声に出した途端、わずかに掠れた。ネフェリナはそれをごまかそうと小さく笑おうとしたが、上手くいかなかった。
父は立ち上がり、ネフェリナの前まで来た。幼い頃はあれほど近く感じた背が、今は逆に頼もしく遠い。大きな手が、ためらいがちに、けれど確かに娘の頭へ触れる。父がこうして触れることはあまりない。だからこそ、その掌の重みがひどく静かに沁みた。
「今日はもう、何も考えるな」
ガルディエルは言った。
「よく言った」
その一言で、とうとうネフェリナは目を伏せた。涙は一筋だけ、静かに落ちた。声を上げるような泣き方ではない。まるで、これまで自分の中でずっと保留にされていたものが、ようやく許可をもらって表へ出たような、そんな涙だった。
オルネッタは何も言わず、ただそばにいた。父もまた、余計な慰めを重ねない。その静けさがありがたかった。
暖炉の火が揺れる。
外ではまだ雨が降り続いている。けれど、その音はもう、先ほどまでのような冷たさでは聞こえなかった。窓の向こうの庭を濡らす雨が、どこか古いものを洗い流しているように思えた。
しばらくして、ネフェリナは自分で涙を拭った。深く息を吸い、吐く。胸の中にはまだ痛みがある。フェルゼン家で過ごした年月が消えるわけではないし、これから先の面倒もきっと少なくない。けれど一つだけ、はっきりしたことがある。
もう戻らない。
その道を、自分で選んだのだ。
「お父様」
ネフェリナは目元を整えてから、改めて言った。
「どうか……感情的な揉め方には、したくありません」
父は頷いた。
「分かっている。おまえの望まぬ形では動かぬ」
「ありがとうございます」
「ただし」
父の声が少しだけ低くなる。
「相手が礼を失するなら、その時はこちらも娘の父として出る」
その言い方に、オルネッタがかすかに笑った。
「お兄様、それは最初から出る気のお顔よ」
「当たり前だ」
父は珍しく、少しだけ苦い顔をした。
「娘の母のことまで言われて、黙っていられるほど人ができてはいない」
その一言に、ネフェリナはまた胸が熱くなる。今日フェルゼン家で聞けなかった言葉が、ここにはあるのだと分かった。
書斎の空気は変わっていなかった。暖炉の火、紙の匂い、雨音。けれどその中にいる自分だけが、少し前とは違っていた。
ずっと「耐える側」でいた娘が、初めて「もう十分です」と言った日。
それは何かを終わらせる日であると同時に、たぶん、自分を自分で見捨てないと決めた最初の日でもあった。
父は侍女を呼び、温かい飲み物を用意させた。オルネッタは「今夜は私があなたの部屋に行くわ」と言った。ネフェリナはその言葉一つ一つを、ゆっくりと受け取った。過剰な甘やかしではない。ただ、ここにいていい、もう一人で抱えなくていいと伝えるための、静かな手つきのようなものだった。
雨はまだ降っている。
けれどその音はもう、ただ冷たいだけではなかった。
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