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番外編2 花の咲く庭で
朝の庭は、夏に近づくほど早く目を覚ます。
まだ陽が完全には昇りきらぬうちから、南の別邸の花壇には薄い光が落ち始め、夜露を抱いた葉先がその光を受けて小さく震える。湖のほうから来る風は、春の頃よりもやわらかい。冷たさはすでに角を失い、水と若葉と、少しだけ温められた土の匂いを運んでくる。
アイダは、毎朝その匂いで目を覚ますようになっていた。
王都の本邸にいた頃は違った。朝はいつも、誰かの足音や、廊下を行き交う使用人の声を抑えた気配で始まった。音が先で、匂いはあとだった。ここでは逆だ。匂いが先に来る。それから鳥の声が一つ、二つ。最後にようやく、館の中で誰かが静かに動き始める。
リュゼリアが、それを好きだった。
朝の匂いがする、と。
雨の日と晴れの日では違うのだと。
白い花のほうが少しだけ先に目を覚ます日があるのだと。
そういうことを、あのひとは本当にうれしそうに言った。
いなくなってからも、アイダは朝になるたび、その言葉を思い出す。
忘れようとしているわけではない。忘れられるものでもない。ただ、思い出すたびに胸の奥がすぐ痛みに変わる頃は、もう過ぎていた。いまは、少しだけ違う。朝の匂いの中へ、あのひとの声が薄く混ざる。痛くないわけではない。けれど、その痛みは前より静かだった。
その日も、アイダはいつも通り早く目を覚まし、髪をまとめ、まだ人の気配の薄い廊下を歩いて厨房へ向かった。
別邸の厨房は本邸に比べればずっと小さい。窓も低く、朝の光が木の作業台へまっすぐ差す。そこに並ぶ器も、吊るされた銅鍋も、王都の屋敷ほど威圧的ではない。物の数は少ないが、そのぶん使われるものだけが残っている感じがした。
湯を沸かし、茶器を温め、朝の焼き菓子の焼き色を確かめる。
それはもう、別邸に残る者たちの習慣になっていた。
誰が命じたわけでもない。
けれどここでは、朝に茶を用意し、窓辺の花瓶の水を替え、花の丈を整えることが、ごく自然な一日の始まりになっている。
その中心にいたひとは、もういないのに。
「今朝のパン、少しだけ塩を強くしてみたそうです」
ミナが小さな声で言った。
彼女はまだ若いが、以前より落ち着いた顔をするようになった。リュゼリアが生きていた頃は、花瓶を持つ手も、茶を注ぐ指先も、どこか緊張で硬かった。いまは違う。悲しみがそのまま大人にしたのかもしれないと、アイダは時々思う。
「そう」
アイダは頷く。
「では、旦那様のお茶の隣に一つ添えましょう」
言ってから、二人は一瞬だけ目を合わせた。
旦那様。
その呼び方の先にいる男も、また以前とは少し違う。
リュゼリアが亡くなってからも、ヴィルレオはこの別邸を手放さなかった。むしろ王都の本邸にいる時間より、こちらで過ごす時間のほうが長くなった時期すらあった。王城から戻り、数日だけ本邸で書類を片づけると、また別邸へ来る。誰に言われたわけでもなく、朝は窓を少しだけ開け、庭の花壇を見て、茶を飲み、時には書斎ではなく回廊の日だまりへ椅子を運ばせる。
最初のうちは、見ているほうが痛々しかった。
彼は何でもない顔をしていたが、何でもなくあるには痩せすぎていたし、黙る時間が長すぎた。白と青の花壇を見つめる横顔は、まるでそこへ呼吸のすべてを預けているみたいだった。
けれど、少しずつ変わっていった。
庭師に花の名を尋ねるようになった。
焼き菓子の塩気について口にするようになった。
北方へ向かう前の日には、朝の床へ差す光の色が昨日より白いと、誰に言うでもなく呟いたこともある。
リュゼリアの残した“残りの時間の使い方”を書いた紙を、彼が大切にしていることを、アイダは知っていた。見たわけではない。ただ、書斎の机へ広げられたそれを、彼が一度も雑に扱ったことがないと、ミナがぽつりと話していたからだ。
朝の匂いを覚える。
花の名前を増やす。
湖の色を時間で比べる。
本を最後まで読んでもらう。
ひとり分の食卓で好きなものをちゃんと言う。
雨の日は窓を少しだけ開ける。
苦しい日は無理に元気にならない。
あなたの話を聞く。
死を待たない。
この半年が愛だったと忘れない。
アイダは、その紙に何が書かれているのか、だいたい知っていた。リュゼリアが生きているうちに、ぽつりぽつりと話してくれたからだ。花の名前をもっと知りたいとか、湖の近くでもっと水の匂いを嗅いでみたいとか、好きなものをちゃんと好きと言いたいとか。そういう小さな願いたち。
それらはどれも、もう叶わないものと、まだ別の形で残っているものとに分かれてしまった。
それでも、別邸の朝は、あの紙の続きみたいに進んでいる。
◇
茶器の用意を終えた頃、回廊のほうから低い足音が聞こえた。
ヴィルレオだった。
彼はここ最近、朝に必ず一度は庭を見る。王都の本邸にいた頃、朝の書斎にしかいなかった男とは思えない習慣だ。最初はただ、花壇の前に立っているだけだった。いまは少し違う。立ち止まり、白い花のほうを少し見てから、遅れて青も探す。たぶん、彼女がそうしていたのを覚えているのだろう。
「おはようございます」
アイダが一礼すると、ヴィルレオは短く頷いた。
「今朝は風があるな」
彼の視線はもう窓の外にある。
「ええ。けれど、冷たすぎはしません」
「そうか」
そのやりとりが、ずいぶん自然になったと思う。
リュゼリアがいた頃なら、ヴィルレオは朝の風について使用人へ話しかける男ではなかった。必要な指示以外、言葉は最低限。まして風の冷たさや花の状態など、本来なら彼の関心の外にあることだった。
いまは違う。
それが悲しいことなのか、救いなのか、アイダにはまだ時々わからない。
ただ確かなのは、彼がここで生きているということだ。止まっているように見える日もある。けれど、完全には止まっていない。朝の風を感じ、花を見て、茶を飲む。その一つひとつが、かろうじて彼を前へ連れていっているのだと、傍で見ていればわかる。
「パンに塩を少しだけ強くしたそうです」
ミナが茶を差し出しながら言った。
ヴィルレオは一瞬だけ目を向け、皿の上の小さなパンを見る。
「……そうか」
彼はそれを一つ取った。噛む。しばらく、黙って味わう。
「少しだけ、だな」
その言い方に、ミナが思わず少し笑う。
「はい。少しだけ、です」
ヴィルレオはそれ以上何も言わない。だが皿を戻す時、残りのパンへ一度だけ視線を落とした。
その仕草だけで、アイダにはわかる。
彼はちゃんと、それをおいしいと思っている。
素直に“好きだ”と口にするまでにはまだ間があるかもしれない。けれど、昔のように何も感じていないふりまではしなくなった。
それだけでも、大きな違いだった。
◇
午前の終わり、アイダは花瓶の水を替えるため、南向きの回廊へ向かった。
回廊は夏に近づくほど光を深く抱える。木の床へ落ちる日差しは、冬の名残を引きずった白い明るさから、少しずつ金を増し、午後になると飴色に近いあたたかさを帯びる。リュゼリアは、そこへ差す光の色が朝と昼と夕方で違うのだと、何度も楽しそうに言っていた。
アイダ自身は、最初はそんな違いを気にしたこともなかった。だがいまは、回廊へ足を踏み入れた瞬間に、その日の光がどんな色かを見るようになっている。今日は少しだけ白に近い。夏の手前の、まだ軽い色だ。
花瓶を抱えて窓際へ近づくと、すぐ先の長椅子にヴィルレオが座っているのが見えた。
ひとりだ。
膝の上には一冊の本がある。開いてはいるが、読んでいるようには見えない。視線は窓の向こう、花壇とその先の湖へ向いていた。風が吹くたび、白い花が先に揺れ、青が少し遅れて続く。その動きを、彼はとても静かに見ていた。
アイダは一瞬、足を止めた。
邪魔をすべきではない気がしたからだ。
けれど、ヴィルレオはすぐにこちらへ気づいた。
「水を替えるのか」
低い声。
「はい」
「構わない」
アイダは一礼し、窓辺の花瓶を手に取る。白い小花が数本だけ挿されている。それを見た瞬間、彼女はふと思い出す。最初の冬の終わり、リュゼリアが夜の廊下をこのくらい小さな花瓶を抱えて歩いていたことがあると、ヴィルレオがぽつりと話したことがあった。あの時の話を彼が自分からするのは、ひどく珍しいことだった。
「今日は、白が多いですね」
アイダが言うと、ヴィルレオは窓の外を見たまま頷く。
「ああ」
「青は少しだけ遅れております」
「それも、前から言っていた」
“前から”。
誰のことを言っているのか、もう言わなくてもわかる。
アイダは新しい水を注ぎ、少しだけ花の高さを整えた。
「奥様は、白のほうが少しだけ先に目を覚ます日があると仰っていました」
「……知っている」
ヴィルレオの返事は短い。
けれど、その短さの中に、何度も聞いて覚えた人間の響きがある。アイダはそれ以上、何も足さなかった。
花瓶を置き直して、立ち去ろうとした時だった。
「アイダ」
呼び止められて、彼女は足を止める。
「はい」
「ここ最近……」
ヴィルレオは少しだけ言葉を探した。
「お前から見て、俺は前を見ているように見えるか」
その問いに、アイダはすぐには答えられなかった。
あまりにもまっすぐな問いだったからだ。
リュゼリアの最後の願いを、アイダも知っている。あなたは自分ではなく未来を見て生きてほしい、と。あの夜、その願いが部屋の空気の中へ落ちた時の静けさを、アイダはいまも忘れられない。
だからこそ、この問いは軽く返せなかった。
アイダは窓の外の花壇へ目をやる。
白。青。風。湖の光。
そして、長椅子に座る男の横顔を見る。
「まだ、完全には」
静かに答える。
ヴィルレオは何も言わない。
「でも」
アイダは続ける。
「止まってはいらっしゃらないと思います」
その言い方が、自分で思うより少しだけはっきりしていた。
「止まってはいない?」
「ええ」
アイダは頷く。
「雨の日には窓を少しだけ開けていらっしゃるでしょう」
「……」
「パンの焼き方も、前より少しだけ気にしていらっしゃる」
「……」
「花も、白だけでなく青も探すようになりました」
それはすべて、本当に小さなことだ。
けれど、リュゼリアが“残りの時間の使い方”として拾ったものばかりでもある。
「奥様が愛した日常を」
アイダはほんの少しだけ息を置く。
「旦那様は、ちゃんと見ていらっしゃいます」
ヴィルレオはしばらく何も言わなかった。
やがて、ごく低く息を吐く。
「……そうか」
それだけだった。
けれど、その声の響きがほんの少しだけ変わったことに、アイダは気づいた。
安堵というほどではない。むしろ、痛みの中へ少しだけ別のものが混じったような声だった。
◇
午後になると、日差しはさらに深くなる。
回廊の木の床は金色を帯び、窓辺の長椅子の端まであたたかな光が滑ってくる。リュゼリアが好んだのは、だいたいこの時間帯だった。夏ほど強すぎず、冬ほど弱すぎず、体の冷えにも負担が少ない日だまりの時間。
アイダは時々、その長椅子へ目を向けてしまう。
誰も座っていないとわかっているのに、ふと、その細い肩や、毛布へ置かれた手や、窓の外へ向けるやわらかな眼差しの形を探してしまうのだ。
忘れていない。
たぶん、これからも忘れないだろう。
けれど、それはもうただ痛いだけの記憶ではなくなりつつある。そこにあった日常の手触りごと、いまもこの別邸の中へ残っているからだ。
その日の午後、ヴィルレオは珍しく書斎ではなく回廊で書きものをしていた。
机ではない。小さな卓を引き寄せ、その上へ紙を広げている。王城への返書ではなさそうだった。文官へ渡す整った文面ではなく、もっと短い、私的なメモに近い筆跡だ。
アイダが茶を運ぶと、彼は紙を伏せはしなかった。
見てよいという意味でもないだろうが、隠す気もないらしい。
ちらりと見えたそこには、短い言葉がいくつか並んでいた。
朝の光は白い。
青は遅れて揺れる。
雨の日の匂いは重い。
床の色は昼に変わる。
パンは塩のほうが好きだ。
それはまるで、誰かが毎日の中で拾い集めた小さな好きなものを、もう一度自分の手で確かめ直しているようなメモだった。
アイダは胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
ヴィルレオは、本当に前を見ようとしているのかもしれない。
大きくはない。
劇的でもない。
けれど、リュゼリアが愛した日常を、彼もまた自分の言葉で拾い始めている。
「茶です」
アイダが小さく言うと、ヴィルレオは頷いた。
彼はカップを手に取り、一口だけ飲む。すぐには何も言わない。昔なら、それで終わっていた。いまは違う。数秒のあと、彼は視線を花壇へ向けたまま言う。
「今日は少し、濃いな」
アイダは思わず少し笑いそうになる。
「申し訳ございません」
「いや」
ヴィルレオは首を振る。
「悪くはない」
その言い方が、あまりにも昔の彼らしくて、けれど昔とは違っていて、アイダは声を立てずに微笑んだ。
“悪くはない”。
たぶん、それはいまの彼にとって、かなり率直な好意の表現なのだろう。
リュゼリアが生きていれば、きっと「そういうところ、ずるいわ」と少しだけ笑ったに違いない。
そんな想像が自然に浮かぶくらいには、喪失は日常の中へ混ざり始めていた。
◇
夕方、庭へ水をやる庭師の姿が見えた。
日差しはもう低く、白い花は昼よりやわらかく、青は少しだけ色を深めている。湖の向こうの空には、薄い金と灰青が混じり始めていた。春の終わりから夏の入り口へかけての、ほんの短い色だ。
アイダは花瓶を抱え、窓辺の居間へ入る。
そこは、リュゼリアが最後まで好んだ部屋だった。庭と湖が一緒に見えること。朝の匂いが一番先に入ってくること。何より、日が傾く頃の光が柔らかいこと。そういう理由を、彼女は一つずつ丁寧に話してくれた。
花瓶を置き、白い小花を少しだけ整える。
ほんの少し丈をずらすだけで、影の落ち方が変わる。そういうことに気づくようになったのも、彼女と過ごした時間のせいだ。
部屋を出ようとした時、背後で足音が止まる。
ヴィルレオだった。
彼は扉のところで立ち止まり、居間を見渡した。長椅子。窓。花瓶。外の花壇。その視線は、何かを探しているというより、何もないことを何度でも確かめているようにも見える。
けれど今日は、その“何もない”の見つめ方が以前と少し違っていた。
「今日は、白が多い」
彼が言う。
アイダは振り返り、窓の外を見る。
「ええ」
「だが、青もちゃんといる」
その言い方に、アイダは静かに頷いた。
「奥様が喜ばれそうです」
その名前を口にしても、もう空気が凍ることはない。
ヴィルレオもまた、わずかに目を伏せてから、低く答える。
「ああ」
そして、それ以上は何も言わない。
けれど、その一言の中に、彼がいまもどれほど彼女とともに景色を見ているかが滲んでいた。
リュゼリアが愛した静かな日常は、派手なものではなかった。
花の色。
朝の匂い。
雨音で狭くなる屋敷の空気。
木の床へ落ちる光の違い。
少し塩気のあるパン。
そういう、本当に小さなものばかりだった。
けれど、小さいからこそ、いまもこの別邸のあちこちに残っている。
そして残された者たちは、その小さなものたちの中で、彼女のいた時間を毎日少しずつ見つけ直している。
アイダは一礼して部屋を出た。
扉を閉める直前、最後に見えたのは、窓辺の椅子へ腰を下ろし、白と青の花壇をじっと見つめるヴィルレオの横顔だった。
その顔は、もう最初の頃のようにただ壊れているだけではなかった。
痛みは残っている。
後悔も、きっと消えない。
それでも、その痛みの奥に、花の名を一つずつ覚えながら生きていこうとする静かな意志が、たしかに宿り始めている。
それを見て、アイダは胸の中でそっと思う。
奥様。
あなたが愛した静かな日常は、なくなっておりません。
花は今日も咲いております。
朝の匂いも、雨の日の音も、木の床へ落ちる光も、ちゃんとここにあります。
そしてあの方もまた、それを少しずつ見つけながら生きていらっしゃいます。
だからきっと、大丈夫とは言えなくても。
少なくとも、この庭は、もうただ悲しいだけの場所ではないのです。
回廊を抜ける風が、少しだけあたたかかった。
夏はもうすぐそこまで来ている。
白い花が揺れる。
少し遅れて青も揺れる。
その順番が、今日も変わらずそこにあることが、なぜだかひどくやさしく思えた。
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