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第一章 五里霧中の異世界転移
第十六話 誓約の女神①
しおりを挟む魔方陣の外にいるはずの、アレクシリスと杜若の会話が、頭上から反響しながら降りそそぐように聞こえてくる。やがて、その響きが徐々に間延びしていき、音の間隔が長くなり、とうとう意味をなさない雑音になって消えていく。
魔方陣はもう消えてしまったが、辺りはぼんやりとした淡い光に包まれている。広さが把握できない空間は、夢の中にいる様な不思議な感覚を香澄に与えていた。
香澄は、そういえば藍白が、魔方陣に飛び込んで来ていたはずだと思い出した。一方、香澄の腰にしがみついた少年は、低い獣の様な唸り声を一点にむけて発している。
唐突に、藍白が横に現れて、香澄に駆け寄り黒い霧の少年を蹴り飛ばそうとした。すぐさま少年は、香澄の腰を抱いたまま、横に跳びそれを避ける。少年に、腹部を圧迫された香澄は、低い呻き声をあげた。
「この野郎! 香澄ちゃんから、離れろ!」
『どいつもこいつも、同じ台詞を!』
「あっ! 二人とも、やめて!」
少年は、香澄から手を離して藍白の脚を掴んで振り払った。藍白は投げ飛ばされたが、空中で回転して、すぐに体勢を立て直し、少年に更に蹴り技を繰り出していく。少年も、攻撃を避けながら黒い霧の鎌を出して、藍白を斬りつけようと横に薙ぎ払った。
アクション映画さながらの、二人は見事な動きだったが、素早過ぎて全ての動きを、香澄は目で追いきれない。
黒い霧の少年が、蘇芳から聞いたように『異界の悪魔族』で、遥か昔より竜族の討伐対象だというのも、藍白と互角に渡り合う姿を見て納得がいった。
それはともかく、香澄は藍白と黒い霧の少年のどちらも傷付いて欲しくない。止めなければと、二人に近づこうとした。
しかし、香澄はグイッと、背後から抱きよせられて、その場から引き離される。何者かの手で口を塞がれ、悲鳴を飲み込まされた恐怖と反対に、背中にフワフワした肉体の感触がする。おまけに、香澄の左右の腕に、ムニッとした柔らかく温かな体温を押し付けられて、ギョッとした。
「だ、誰? え、あ、きゃっ、何をするの?」
『うふふ』
『あら、まあ』
『ふふっ』
香澄は、クスクス微笑を浮かべ、薄いドレスを着た、三人の色っぽい美女に囲まれている。それぞれ香澄の頬にふれたり、指を絡ませてきたり、髪に触れたりしてくる。香澄は、彼女達の色香に、どぎまぎしながら抵抗しようとした。だが、彼女達は楽しげに、ますます身を寄せてくる。
いつの間にか、少年と藍白の姿が何処にも見えなくなっていた。周りも少し薄暗く、香澄達だけ、別の空間に移動したようだ。
「あんた達! いい加減にしなさい!」
怒鳴りつけたのは、香澄ではない。目の前に、スカート丈がひざ下の標準的なセーラー服を着た女子高生が仁王立ちで指図していた。黒髪のショートヘアに、緑がかかった薄い色素の瞳が印象的な、ちょっと痩せぎみな少女だ。
「ほらほら、ちゃんとお客様を、お席にご案内してちょうだい!」
香澄は、壁の三面が鏡張りになった、コの字型に仕切られた場所へ、美女達に囲まれながら連行された。香澄の抵抗空しく、ラグジュアリーな応接セットのソファーに座らされる。
天井から小さめのミラーボールが、控えめに光を反射させている。両サイドにお嬢さん達がぴったり座り、後ろのお嬢さんは、香澄の乱れてしまった髪を勝手に解いて、ブラッシングをはじめた。
香澄は、色とりどりの薄くて露出の多いドレス姿の、ムチムチな美しいお嬢さん方にすり寄られている。混乱した香澄は、キャバクラってこんな感じなのかな? と、やや間違った感想を抱いていた。
これで、水割りでも出てきたら、本当に高級キャバクラの様だが、社会通念的にママがセーラー服の女子高生なのはあり得ないと思った。
「ここは、キャバクラじゃないですよ。ちょっとだけ …… かなり、それっぽいけど違います」
「ごめんなさい! 心の声が漏れてましたかっ?!」
「いいえ、そういう空間なんです。外界と時間と空間を切り離し、『誓約の女神』が契約者の本心を暴き、嘘偽りなく話し合うのが目的の場なのです。それで、彼女達はギャバ嬢ではなく『誓約の精霊』です」
「精霊さん?」
香澄が彼女達に視線を向けると、両サイドのお嬢さんはにっこりと微笑み、鏡越しに背後で髪をいじるお嬢さんは、嬉しそうに髪をアレンジしている。
そんな、真ん中で呆けている美少女がいる。香澄は、それが自分だと遅れて気がついた。自分でも、まだ見慣れていない顔が、歪みのない鏡にはっきり映っている。
香澄は、今の自分が本来の自分とは別人の容姿なのだと、ついつい、鏡の中の美少女に見いってしまう。
「あ、名刺、名刺、ねえ、誰か名刺持って来てよ!」
黒いボーイ服の美女が、銀のトレイに一枚の名刺を乗せて現れて跪き、香澄に差し出した。キャバクラじゃないと言いながら、従業員も内装もどう見たって夜のお店だ。香澄は、怖々その名刺を受け取り読み上げた。
「カジェード大陸限定、契約仲介業、『在沢司法書士事務所』、『誓約の女神』、在沢、真幌、開業八百周年記念、特別契約月間中 …… ふざけないで下さい」
セーラー服の少女は、居住まいを正して真剣な顔をした。
「ふざけてないし、真面目にそうです。在沢真幌です。冗談抜きの永遠の十七歳。諸事情で、八百年前から『誓約の女神』やってます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「なっ! ええっ?」
「自己紹介が、済んだところで本題に入りましょう。ただ今、特別契約月間中ですので、川端さんには、詳しい説明とアドバイスをご提供致します」
異世界転移して、まだほんの数日 …… 。香澄は、自分のスルースキルがどんどんレベルアップしている気がしている。色々と尋ねたかったが、まずは相手の出方をみてから行動的しようと考えた。そうしなければ、状況を把握する事すらできない現実がつらい。
「はい。よろしくお願いいたします?」
「まあ、川端さんには納得いかない事だらけでしょうね。この場は、『異界の悪魔』の要請により開かれた、誓約専門の亜空間『在沢司法書士事務所』です。私達は、捧げられた魔力を報酬に、公平で厳正な誓約を仲介致します。川端香澄さん、貴女は『異界の悪魔』との『主従の誓約』を望みますか?」
彼女が、『誓約の女神』かどうか、香澄には確かめるすべはない。自分で判断するしかない。非常識な亜空間に、彼女に従う精霊達の様子から信じるしかないのだろう。ただ、あまりに香澄の知る常識と違い過ぎる。せめて、相手のペースで話が進むのは避けたかった。
香澄は、しばらく黙って考え込んでいた。まず、契約を交わすには、どれだけ面倒くさくても契約内容を精査しなければならない。それが、詐欺や犯罪から己を守る最低限の行動だと香澄は知っている。
「では、『誓約』について教えてください」
「この場での『誓約』とは、『誓約の精霊』が仲介し、公平と認められた場合に魔力を仲介料に契約する、魔法契約の事です」
「公平の基準は何ですか? 法律ですか?」
「『誓約の女神』である私の独断です」
「は?」
香澄は、『国の法律』とか、『世界の意思』とか、『理』という様なものがあるからと、言われるだろうと予想していただけに拍子抜けした。
「私が異世界転移した時代の国々の法は、支配者や権力者の言葉そのものでした。約束に効力は皆無、力が全て、弱い立場にある者は、蹂躙されるしかない世界でした。そんな世界を変えるため、ただの『迷い人』だった私は『誓約の女神』になりました。もちろん、思っただけで簡単に成れるものではありませんよ」
真幌は、真剣な表情を崩す事なく、流れるように話し続ける。
「私は、元の世界で成績も中くらいの普通の女子高生でした。法律や契約書の知識などありません。ただ、当たり前の約束事が、無惨に破り捨てられ、騙されたり、借金まみれや、税の代わりに奴隷にされたり、この世の生き地獄に落とされる人々が存在することを、絶対に許せませんでした」
つまり、八百年前のこの世界は、国も法律も未熟な封建的な酷い時代だったのだろう。そんな世界に、まだ学生の時分に転移してきたなんて、どれ程の苦難を乗り越えて今の彼女があるのだろうか?
「成り行きで、私は『誓約の女神』になりましたが、この思いは変わっていません。私は、契約の守護神にして、約束を破る者を断罪する裁定者です。私が、契約者双方の公平を計る天秤の役目を負います。契約者には、それを承知の上で契約していただいております」
真幌の説明は、簡潔であっさりしたものだった。それだけに、香澄は彼女の言葉は偽りなく重い真実だと感じた。彼女の見た目は平凡な女子高生だが、態度や明確な言葉を選びながら説明する誠実さに好感が持てた。
香澄は、知りたい事を続けざまに質問した。真幌は、答えられる限り一つ一つ丁寧に説明してくれた。香澄と『誓約の女神』の話しの合間に『誓約の精霊』達がお茶や軽食を用意してくれた。それくらい長い間、香澄達は話していたのだ。
「あのう、『在沢司法書士事務所』って、やっぱりキャバクラっぽいですよね」
「実は、契約者の関係が拗れて合意にいたらず、契約締結まで数日間かかる時もあるのです。いくら亜空間から出れば時間は経過していないといえ、不毛な時間に付き合うのは大変なんですよ。契約者もおっさん率が高いので、接待スタイルで進めると、早く上手くまとまる確率が高いのです。改善していくうちに、いつしか『在沢司法書士事務所』は、キャバクラ擬きになってしまいました。以前は、厳格な神殿風だったんですよ …… 。しかも、誓約の精霊達が、このキャバ嬢スタイルを気に入ってしまって、修正が効かなくなりました …… !」
がっくりと、真幌はうなだれた。香澄は、色々突っ込みたかったが、生真面目そうな『誓約の女神』に、それ以上何も言えなかった。
「では、川端香澄さん。契約にご納得いただけましたか?」
「 …… わかりました。あの少年と『主従の誓約』を交わします」
「承りました」
最後に満面の微笑みで締めくくった『誓約の女神』を見て、香澄は嫌な気持ちになった。いつだったか、営業マンが、自身に有利な内容で契約出来た時の顔と、重なって見えたからだ。
もし、この契約が竜族やアレクシリスさんに責められたとしても、『誓約の女神』の薦めがあった事を、大義名分にしてもいいだろうか?
「構いませんよ。川端さん、その考え方でいいのです。貴女は、この世界で自分を守りながら生きる方法を、貪欲に得ていくべきです」
「ああ~、そうでした。考え、筒抜けでしたね」
香澄は、力なく笑った。隣の誓約の精霊が、香澄の頭を撫でて慰めてくれた。
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