20 / 84
第一章 五里霧中の異世界転移
第十九話 リーフレッド
しおりを挟む騒ぎの後、香澄はキプトの街の外れに建つ、一軒家の二階の角部屋にいた。今朝、目覚めた藍白の家だ。
ここは、魔霧の森に程近く、窓から暗い森をゆったりと流れる霧と町の敷地の境目がくっきり見える。
扉の外には見張り役が数人いる気配がする。室内に竜族が誰も居ないのは、藍白が嫌がったからだった。
香澄の腕の中で、くたくたの柔らかい子猫が、スピスピ小さな寝息をたてて眠っている。おそらく、契約時の香澄が、思い浮かべた理想の猫を、再現した結果なのだろう。シックな焦げ茶色の革張りのソファーに座り、香澄はうっとりとふわふわの毛並みを撫で続けていた。
小さな体は、香澄の片腕で十分支えられる。皓輝が、ポータブルサイズで良かったと、香澄はつくづく思った。
そんな事はないと思いたいが、もし逃げなければならない事情になった時、少年サイズより子猫サイズの方が、意識の無い身体を香澄が運ぶのに負担が少ないはずだからだ。
『主従の誓約』で、『誓約の女神』に魔力を捧げた量が違うのか、皓輝は少し弱っている。『異界の悪魔族』として、敵対していた竜族の街で、香澄の腕の中が、皓輝にとっても一番安全で安心出来る場所だろう。
香澄は、子猫の皓輝の規則正しい呼吸と、温かな体温に安堵していた。しかし、少年の姿も猫の姿も、元が黒い霧なのに、どういう仕組みで姿が変わるのか不思議に思った。
さて、香澄は子猫を愛でながら何をしているのか? 答えは、それ以外何もしていない。
キプトの町の中央の屋敷で、香澄の処遇を巡って話し合いが行われている。参加者は、蘇芳をはじめとする竜族と、ファルザルク王国の大使やアレクシリスだった。香澄は、当人不在で行われる話し合いに大いに物申したかった。
しかし、香澄の意見を必要としないからと、藍白の家に押し込められている。香澄は、内心不満たらたらだが、皓輝が回復しないうちは、無理をしないで静観する事に決めた。
香澄は、皓輝の行動に責任を取ると言った。
皓輝の『主』になったのだから、これからの皓輝の行動は、勿論、過去の責任も香澄は負うべきだと考えていた。
しかし、命や怪我の責任まで負えるなど、傲慢な事は考えていない。香澄の負えるものなど、たかが知れている。
キプトの町で、皓輝が暴れた責任を取りたいと、蘇芳に、死者や重症者がいないか尋ねた。
「どうか、お気になさらないで下さい。死者も重傷者はおりませんし、竜族は、多少の怪我はすぐに完治してしまうほど、治癒力が高いので心配いりません。壊われた家の半分は、興奮した竜族が、室内で竜になって暴れたせいですし、家の修理も魔法ですぐに直せてしまいます」
「それは、不幸中の幸いです。ですが …… 」
香澄は、家の修理や怪我をさせたお詫びに、何かすべきではないかと悩んでいた。それには蘇芳が答えを出してくれた。
「『異界の悪魔族』は、長年の竜族の仇敵です。何度滅しても復活する、謎の黒い霧に悩まされてきました。ですが、香澄様の下僕(多分、皓輝のこと)を介して、様々な情報を入手出来る可能性があります。『異界の悪魔族』の解明にご協力いただければ、過分なほどの利になります!」
興奮気味の蘇芳が言うように、『異界の悪魔族』の情報が皓輝から得られれば、賠償になるのかもしれない。他の竜族も同様らしく、香澄と皓輝の『主従の誓約』を歓迎してくれた。大らかな竜族の対応に、『脳筋』?と、思ってしまった事は内緒だ。
ただし、黄檗の興奮ぶりに、香澄はドン引きさせられた。黄檗は、香澄の前に跪くと、ギラギラとした目で見上げながら、頬を染めて褒め称えたはじめた。
「香澄様、歴史に残る快挙でございます。我ら竜族の仇敵を手なづける手腕もさることながら、完全なる『主従の誓約』まで締結なさるとは、こんなに感動いたしました事は初めてです …… 素晴らしい! 実に、素晴らしい! 香澄様を讃えて、キプトの町で感謝の祭りを行うべきでしょう! そして、毎年『香澄様感謝祭』を行うべきです!香澄様、是非とも …… 」
「はい! はい! はい! 黄檗はもう少し冷静になってね。香澄ちゃんは疲れてるんだから!」
藍白が、黄檗を引っ張って連れて行ってくれなかったら、まだまだ続きそうだったので香澄は助かった。何故だろう? 藍白がいきなり大人びた感じがする。香澄は、『覚悟』と口にした藍白の事が気がかりだった。
正直なところ、香澄は、かなり打算的な考えで皓輝と誓約した部分がある。
皓輝は、恐ろしく強かった。キプトの街で、あれだけの竜族に攻撃されても互角以上に戦った。しかも、その後で竜の姿で攻撃する藍白とも互角に戦っていた。
香澄は、異世界で何も知らない女が、強者に利用されず、一人で生きていけるほど甘くはないと考えていた。自分が弱い立場にあると自覚している。ファルザルク王国、もしくは竜族の庇護が必要だろう。
香澄は、相手を信じることは美徳だけど、相手のいいように利用される可能性だってあると思っている。たとえ、主従関係であったとしても、香澄には絶対信頼出来て、自分を守る実力も兼ね備えた存在が必要だったのだ。
ところで、香澄は『主従の誓約』の影響で、『主』として皓輝に関して色々と知ることが出来るそうだ。つまり、知識の共有が可能となる。
だが、皓輝はとても古い時代から存在する精霊のようなものだという。その為、香澄が皓輝の知識を全て共有しようとすれば、香澄の精神が壊れる可能性がある。なので、必要な知識以外を共有しないように、皓輝を眠らせて微調整しているのだ。
香澄に『主従の誓約』の影響を説明して忠告してくれたのは、『誓約の精霊』だった。皓輝の微調整等も、彼女にお任せしている。
『在沢司法書士事務所』で、香澄の髪を楽しげに整えてくれた『誓約の精霊』が、微笑みながら香澄の横に控えている。
彼女の名は、リーフレッド。
本来、誓約の精霊は姿を顕したりしない。しかし、誓約一件につき、精霊が契約が厳守されているのか、常時監視と報告の為に契約者の双方の傍にいるのだ。『誓約の精霊』とか『盟約の精霊』とか、誓約の内容で呼ばれかたが変わるそうだが、基本的に『在沢司法書士事務所』に所属する精霊だという。彼女が香澄にアドバイスをしてくれるのは、開業八百周年記念月間の特別アフターサービスだそうだ。
精霊は香澄の専属で、食事も睡眠も必要なく、給料も要らない。香澄の許可なく、姿を他者に見せないから好きな精霊を連れていけと『誓約の女神』に押し付けられた。だが、香澄が選ぶまでもなく、ニコニコ微笑みながらついてきたのが、リーフレッドだった。
リーフレッドは、ナゼか香澄の世話を甲斐甲斐しくしたがり、紅茶を入れてくれたり、着替えを手伝ってくれたりする。その中で、香澄の髪の手入れに、一番力が入っていた。
香澄は、複雑に結い上げられ、リボンが編み込まれた自分の髪型を見て、リーフレッドの存在が知られるのも時間の問題だと思いながら、当分の間は内緒にしておこうと考えている。
リーフレッドは、ウェーブのかかった赤毛をゆったりと結い、垂らした後れ毛が艶めいた美人さんなのに、後で顔を思い出そうとしても、朧げな印象しか記憶に残らない。『誓約の精霊』は、色々なスキルを持っていそうだ。
ぜひ、少しずつでいいから教えてもらいたいと、香澄はちょっとだけわくわくしているのだった。
1
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる