魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第一章 五里霧中の異世界転移

第十九話 リーフレッド

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 騒ぎの後、香澄かすみはキプトの街の外れに建つ、一軒家の二階の角部屋にいた。今朝、目覚めた藍白あいじろの家だ。

 ここは、魔霧の森に程近く、窓から暗い森をゆったりと流れる霧と町の敷地の境目がくっきり見える。
 扉の外には見張り役が数人いる気配がする。室内に竜族が誰も居ないのは、藍白が嫌がったからだった。

 香澄の腕の中で、くたくたの柔らかい子猫が、スピスピ小さな寝息をたてて眠っている。おそらく、契約時の香澄が、思い浮かべた理想の猫を、再現した結果なのだろう。シックな焦げ茶色の革張りのソファーに座り、香澄はうっとりとふわふわの毛並みを撫で続けていた。
 小さな体は、香澄の片腕で十分支えられる。皓輝こうきが、ポータブルサイズで良かったと、香澄はつくづく思った。
 そんな事はないと思いたいが、もし逃げなければならない事情になった時、少年サイズより子猫サイズの方が、意識の無い身体を香澄が運ぶのに負担が少ないはずだからだ。

 『主従の誓約』で、『誓約の女神』に魔力を捧げた量が違うのか、皓輝は少し弱っている。『異界の悪魔族』として、敵対していた竜族の街で、香澄の腕の中が、皓輝にとっても一番安全で安心出来る場所だろう。
 香澄は、子猫の皓輝の規則正しい呼吸と、温かな体温に安堵していた。しかし、少年の姿も猫の姿も、元が黒い霧なのに、どういう仕組みで姿が変わるのか不思議に思った。

 さて、香澄は子猫を愛でながら何をしているのか? 答えは、それ以外何もしていない。

 キプトの町の中央の屋敷で、香澄の処遇を巡って話し合いが行われている。参加者は、蘇芳すおうをはじめとする竜族と、ファルザルク王国の大使やアレクシリスだった。香澄は、当人不在で行われる話し合いに大いに物申したかった。
 しかし、香澄の意見を必要としないからと、藍白の家に押し込められている。香澄は、内心不満たらたらだが、皓輝が回復しないうちは、無理をしないで静観する事に決めた。

 香澄は、皓輝の行動に責任を取ると言った。

 皓輝の『主』になったのだから、これからの皓輝の行動は、勿論、過去の責任も香澄は負うべきだと考えていた。
 しかし、命や怪我の責任まで負えるなど、傲慢ごうまんな事は考えていない。香澄の負えるものなど、たかが知れている。

 キプトの町で、皓輝が暴れた責任を取りたいと、蘇芳に、死者や重症者がいないか尋ねた。

「どうか、お気になさらないで下さい。死者も重傷者はおりませんし、竜族は、多少の怪我はすぐに完治してしまうほど、治癒力が高いので心配いりません。壊われた家の半分は、興奮した竜族が、室内で竜になって暴れたせいですし、家の修理も魔法ですぐに直せてしまいます」
「それは、不幸中の幸いです。ですが …… 」

 香澄は、家の修理や怪我をさせたお詫びに、何かすべきではないかと悩んでいた。それには蘇芳が答えを出してくれた。

「『異界の悪魔族』は、長年の竜族の仇敵です。何度滅しても復活する、謎の黒い霧に悩まされてきました。ですが、香澄様の下僕(多分、皓輝のこと)を介して、様々な情報を入手出来る可能性があります。『異界の悪魔族』の解明にご協力いただければ、過分なほどの利になります!」

 興奮気味の蘇芳が言うように、『異界の悪魔族』の情報が皓輝から得られれば、賠償になるのかもしれない。他の竜族も同様らしく、香澄と皓輝の『主従の誓約』を歓迎してくれた。大らかな竜族の対応に、『脳筋』?と、思ってしまった事は内緒だ。
 ただし、黄檗きはだの興奮ぶりに、香澄はドン引きさせられた。黄檗は、香澄の前に跪くと、ギラギラとした目で見上げながら、頬を染めて褒め称えたはじめた。

「香澄様、歴史に残る快挙でございます。我ら竜族の仇敵を手なづける手腕もさることながら、完全なる『主従の誓約』まで締結なさるとは、こんなに感動いたしました事は初めてです …… 素晴らしい! 実に、素晴らしい! 香澄様を讃えて、キプトの町で感謝の祭りを行うべきでしょう! そして、毎年『香澄様感謝祭』を行うべきです!香澄様、是非とも …… 」
「はい! はい! はい! 黄檗はもう少し冷静になってね。香澄ちゃんは疲れてるんだから!」

 藍白が、黄檗を引っ張って連れて行ってくれなかったら、まだまだ続きそうだったので香澄は助かった。何故だろう? 藍白がいきなり大人びた感じがする。香澄は、『覚悟』と口にした藍白の事が気がかりだった。
  
 正直なところ、香澄は、かなり打算的な考えで皓輝と誓約した部分がある。

 皓輝は、恐ろしく強かった。キプトの街で、あれだけの竜族に攻撃されても互角以上に戦った。しかも、その後で竜の姿で攻撃する藍白とも互角に戦っていた。

 香澄は、異世界で何も知らない女が、強者に利用されず、一人で生きていけるほど甘くはないと考えていた。自分が弱い立場にあると自覚している。ファルザルク王国、もしくは竜族の庇護が必要だろう。
 香澄は、相手を信じることは美徳だけど、相手のいいように利用される可能性だってあると思っている。たとえ、主従関係であったとしても、香澄には絶対信頼出来て、自分を守る実力も兼ね備えた存在が必要だったのだ。

 ところで、香澄は『主従の誓約』の影響で、『主』として皓輝に関して色々と知ることが出来るそうだ。つまり、知識の共有が可能となる。
 だが、皓輝はとても古い時代から存在する精霊のようなものだという。その為、香澄が皓輝の知識を全て共有しようとすれば、香澄の精神が壊れる可能性がある。なので、必要な知識以外を共有しないように、皓輝を眠らせて微調整しているのだ。
 香澄に『主従の誓約』の影響を説明して忠告してくれたのは、『誓約の精霊』だった。皓輝の微調整等も、彼女にお任せしている。

 『在沢司法書士事務所』で、香澄の髪を楽しげに整えてくれた『誓約の精霊』が、微笑みながら香澄の横に控えている。

 彼女の名は、リーフレッド。

 本来、誓約の精霊は姿を顕したりしない。しかし、誓約一件につき、精霊が契約が厳守されているのか、常時監視と報告の為に契約者の双方の傍にいるのだ。『誓約の精霊』とか『盟約の精霊』とか、誓約の内容で呼ばれかたが変わるそうだが、基本的に『在沢司法書士事務所』に所属する精霊だという。彼女が香澄にアドバイスをしてくれるのは、開業八百周年記念月間の特別アフターサービスだそうだ。

 精霊は香澄の専属で、食事も睡眠も必要なく、給料も要らない。香澄の許可なく、姿を他者に見せないから好きな精霊を連れていけと『誓約の女神』に押し付けられた。だが、香澄が選ぶまでもなく、ニコニコ微笑みながらついてきたのが、リーフレッドだった。

 リーフレッドは、ナゼか香澄の世話を甲斐甲斐かいがいしくしたがり、紅茶を入れてくれたり、着替えを手伝ってくれたりする。その中で、香澄の髪の手入れに、一番力が入っていた。
 香澄は、複雑に結い上げられ、リボンが編み込まれた自分の髪型を見て、リーフレッドの存在が知られるのも時間の問題だと思いながら、当分の間は内緒にしておこうと考えている。

 リーフレッドは、ウェーブのかかった赤毛をゆったりと結い、垂らした後れ毛が艶めいた美人さんなのに、後で顔を思い出そうとしても、おぼろげな印象しか記憶に残らない。『誓約の精霊』は、色々なスキルを持っていそうだ。

 ぜひ、少しずつでいいから教えてもらいたいと、香澄はちょっとだけわくわくしているのだった。







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