魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第一章 五里霧中の異世界転移

第二十一話 治癒魔法

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「おはよ。蘇芳すおう

 魔霧の森の果てに沈む夕陽を、町外れで一人眺めている蘇芳に、わたし・・・は声を掛けた。
 赤竜の蘇芳は、竜族の長を、最長老だからという理由で押し付けられてから、その役割を長くになってきた。

 でも、この男の本心が、一族の未来なんぞどうでもいいと思っているなんて、他に気付いている者はいないだろう。

「もう、夕暮れどきだよ? リングネイリア」
「 …… 知ってる。亜希子あきこさんと一緒にいると、時間の感覚がおかしくなる。そう言ったら、あちら・・・では、おはようは、いつでも通じる挨拶だって教えてくれた」
「そうか、亜希子が …… 何か、収穫はあったのかい?」
「無い」
「そうか …… 」

 この世界は、すでに壊れている。

 一度、きしみを上げた世界の歯車は、長い年月を経て歪みを増し、遂に欠けて砕けてしまった。この空の様に、黄昏はもう世界をおおい尽くしてしまった。

 でも、わたしは最後まであきらめない。

「彼に、未来をあげたい。例えこの命を捧げる事になってもいい …… 」
「リングネイリア!」
「神々の罠にだって、こちらからはまってやる!」

 竜族の竜王にだけゆるされた『禁術』だが、成功させた者は、一人としていない。

「 ………… 君は、愚かだな」
「わたしもそう思う …… 。親父おやじ、止めないの?」
「我々は、もう十分長く生きた。 …… 私に、おまえの望む最期を邪魔する資格はない。ただ、ランスグレイルは違うだろう。彼は、 …… おまえの選択を、許さないだろう」

 わたしは、ファルザルク王国の少年に、初めての恋をした。そして、成長した彼と竜騎士の契約を交わしたばかりだった。

 彼と共に生きる未来を捨てて、彼が生き続ける未来をのこしたい …… !

 竜王にしかせない『禁断の秘術』を、貴方に捧げよう。愚かな選択だって、嫌という程わかっている。自分勝手な自己犠牲の果てに、わたしは貴方の中で永遠と成り果てる。

 わたしを憎んで、どうか、どうか忘れないで …… 。






 濃い霧の森の中、金褐色の髪を三つ編みにした少女が、顔を両手で覆い泣いている …… 。





 ごめんなさい

 ごめんなさい

 ごめんなさい

 ランスグレイル

 ………… あなたを愛してる





香澄かすみ? 意識が戻ったのですか?! 泣いて …… ! どこか、痛みますか?」

 アレクシリスさん、違います。わたしの意思じゃない。この涙は、あの女性の過去の想いです …… 。

 格子に寄せ木細工があしらわれた天井。焦げ茶色の装飾のある柱に漆喰の壁 …… 。香澄は、ここが藍白あいじろの家の二階の角部屋だと気が付いた。香澄が寝かされたベッドの横に、椅子を寄せてアレクシリスが座っていた。アレクシリスは、心配そうに眉間に皺を寄せている。

 異世界で、初めて目覚めた時と同じ状況だと気付いた香澄は、何だか可笑しくなってきて笑いたかったが、息をするのが精一杯だった。まだ、喉がヒュー、ヒューと掠れた音を鳴らしている。

 アレクシリスは、香澄の片手を両手でしっかり握りしめていた。香澄は、その手からアレクシリスの魔力が、優しく身体の痛みを癒しているのを感じとった。

 香澄は皓輝こうきと『主従の誓約』で繋がってから、自分の知覚できる領域が拡がっている気がしていた。 具体的にどうだと説明するには、知識が足りなくて難しいのだ。
 魔素と呼ばれる魔力を、感覚を切り替えるように意識すると、なんとなくわかる様になってきたのだ。

「香澄、まだ痛みますか? 返事が辛いなら、声を出さなくてもいいですから …… 」
「ハア、 …… 少しだけ、痛いです。喉も、身体中があちこち、どうして?」

 アレクシリスは、香澄に話すべきなのか、答えを迷っている様子だった。

「香澄が、この世界に落ちてきた時、遊帆ゆうほが治癒魔法で繋いでいた傷に、藍白が全力の治癒魔法で干渉してしまったのです。やっとふさがった全身の傷を、逆に開いてしまった。簡単に言えば、同じ種類の魔法を、重ねてかける場合、魔力の質の違いで反発してしまう場合があるのです。藍白は、血塗れの貴女をこちらに運び、皓輝が私達に知らせに来たのです」
「わたしの、ハア、怪我は、ハア、完治していたのでは? なのに、傷が、また、開くのでしょうか?」
「厳密に言えば、ほぼ完治していたのです。普通に生活するだけなら、何も問題はありませんでした。治癒魔法で傷を癒した場合、傷付けられた細胞組織を魔力で支えたり、繋いだりした状態にするのです。だから、自身の治癒能力で完全に癒えるまで、見えない魔力の繋ぎ目が存在してしまいます。完全完治するまでは、症状により数日から数ヶ月の期間が必要なのです」
「驚きです。ハア、魔法といったら、一発で、治療完了な感じで、治って、しまうのだと、思っていました …… 」

 なるほど、香澄は魔法といえど万能の奇跡では無いらしいと納得した。
 異世界の法則がどの様なものか、まだ知らない事だらけだが、元いた世界と生物の仕組みに変わりはないのかもしれない。事実、香澄の喉は未だに痛みを訴え続け、掠れた声しか出せないでいた。

「負傷者自身の治癒能力に、働きかける方法もあります。その場合は、すぐに完治します。だが、負傷者の体力を大幅に削り、倦怠感や体調の不調が残ります。香澄の場合は、前者の方法しか選択肢がありませんでした。軽傷ならばまだしも、重傷者に体力を削る方法は向きません。最悪、治癒魔法が原因で命を落としかねませんからね」
「そう、だったのです、か …… 」

 香澄は、目を閉じて自分の身体中に意識を集中した。すると、自分の魔力と異なるが、体の表面に無数の亀裂の様に、ぼんやりと魔力の線らしきものが染みついていると感じた。そこに向けて、アレクシリスの魔力が流れているらしい。では、体内はどうなっているのかと、香澄は意識を向けた。だが、痛みで集中が切れてしまい目を開いた。

「竜族の魔力で治癒魔法を重ね掛けするなど、想定外の事態でした。遊帆なら、もっと早く、細やかな処置が出来るのでしょう。ですが、私の治癒魔法の熟練度では、様子を見ながらゆっくりとしか傷を癒せません。長い時間、痛く辛い思いをさせてしまい、申し訳ございません …… 」

 アレクシリスは、目を伏せ頭を垂れた。香澄の手を握る両手に額を押しつけ、沈痛な面持ちで目を閉じた。香澄は、ぼんやりした頭でアレクシリスのまつ毛が濃く長いのが羨ましいと思った。香澄は、アレクシリスは、優しい男性だと思った。彼は、香澄を救ってくれた、命の恩人だ。だからと言って、香澄の怪我や痛みにまで責任を負う必要などないはずだ。その上、今も香澄の治療に尽力してくれている。十分良くして貰っていて、感謝している。

「いいえ、アレクシリスさん、が、謝る必要はありません。ハア、治療も、ありがとうございます。あの、藍白は? 皓輝も、『主従の誓約』の力で呼んでいるのに …… 」

 アレクシリスは困った顔をして、香澄に教えてくれた。

「藍白は、貴女を癒そうとして治癒魔法をかけたのに、傷を開いて重症にしてしまった事を、気に病んでいるのです。二人は貴女の体調が良くなるまで、会わないと決めたようです」
「ふふっ、何だか悪いけど、反省して会わないなんて、二人とも、子供みたいで可愛いいですね。 そうですか、…… 二人には、とても心配を、かけたのですね」
「 …… 私も、とても心配しました」
「えっ?今、何て?」

 香澄は、聞き返した。小さな呟きは、繰り返されることはなかった。アレクシリスは、俯いて黙っている。

 ただ、サラサラの金髪からのぞいた両耳が真っ赤になっていたので、香澄はどうかしたのだろうかと心配したのだった。







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