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第一章 五里霧中の異世界転移
第二十七話 集合体恐怖症
しおりを挟む香澄の渾身の叫びに、竜族の暴走を止める力はなかった。
『香澄様、お望みならば、小煩いトカゲどもを、今すぐ始末いたしましょうか?』
皓輝は、紅い瞳をキラリと光らせて、香澄に物騒な提案をした。
藍白は、そんな皓輝のセリフに無反応で、香澄の顔をじっと見詰めている。しかし、生気の無い金色の瞳は、何処か遠くを見ている様で焦点が合っていなかった。
香澄は、そんな藍白を見て確信した。
「ごめんね、そんな事しなくていいから、皓輝は、しばらく黙っていてね。(皓輝、『はい』って答えてね。周囲に異常はないか調べて? リーフレッドさんの気配が感じられなくなったの)」
『 …… はい』
香澄は、少年の姿の皓輝をチラリと見た。皓輝は、小さくうなずいた。
皓輝は、香澄の意図を正確に理解して、竜族達に気付かれない様に辺りを探りに行ってくれるらしい。
リーフレッドの気配を感じないという事は、またしても『誓約の精霊』でも関われない事態になっているという証拠なのだと考えたからだ。
「香澄様、今は時間がないのです。早く、『死者の王』の元へ行かなければなりません。藍白なら、間違いなく香澄様を送り届けてくれるでしょう」
蘇芳が香澄の手を取り、立ち上がる様に促している。香澄は、それに抵抗して立ち上がらない様に踏ん張った。皓輝が調べ終わるまで、時間を少しでも稼ぎたかったからだ。
「蘇芳さん、少しでも理由を説明して下さい。『死者の王』って、何者ですか? それは、世界の為の『鍵』に関係あるのですか?」
「香澄ちゃん、説明なら僕からするよ! とにかく、急ごう!」
「さっき藍白じゃ、答えられなかったじゃないの?」
「うん。ごめんなさい。知ってる事は全部、後で話すから、今は許して …… 」
藍白は、金色の瞳を潤ませて香澄を熱く見つめた。
今の藍白は、偽りと真実が交差しているようで、気持ちの篭った熱い視線を寄越してくる。恋する瞳とは、向けられる側にとって、こんなにも眩しくて、むず痒いものだったのか …… 。
いや、ただ単に香澄が、恋愛と無縁で日々の生活に追われ続けた結果、純粋な想いに砂を吐きたくなっているだけだろう。アラフィフおばさんは、残念な思考の持主だった。
香澄は、藍白の瞳を直視するのが、精神的に耐えられなくて、ちらりと腰に抱きつく皓輝を見た。皓輝は、香澄様に寄り添い、目を閉じていて眠っている様に見える。香澄は、そんな皓輝の中身の気配が薄くなっていると感じた。
「 …… 皓輝」
「こちらが、香澄様にご用意した荷物です。これは、魔道具のバッグです。見た目と違って、沢山入っているのですよ」
黄檗が、小さな斜め掛けの革のバッグを取り出して、香澄の肩に掛けた。
「香澄様、どうかご無事で …… 必ず、『死者の王』の元にお行き下さい」
黄蘗は、香澄に深々と頭を下げた。その態度は悪意もなくとても誠実だ。香澄は、間違っているのは自分で、彼らのほうが正しい事を言っているのかもしれないと、疑いたくなった。
しかし、何度も『死者の王』の元と、繰り返し会話の中に出てくれば、暗示か何かを疑うべきだと考え直した。
香澄は、強引に連れて行かれてしまいそうだ。なら、一つだけ蘇芳に言っておきたい事があった。
「蘇芳さん。リングネイリアさんは、貴方の娘さんなんですか?」
「 …… はい。香澄様、何故それを?」
「すみません。上手く説明できないんですけど、ただ、その、詳しくはわからないのですが …… わたしは、リングネイリアさんの魔力で瀕死の状態から助かったそうです。そんなわたしが言えた義理ではないでしょうが、その、…… お悔やみ申し上げます …… 」
香澄は、深々と頭を下げた。経緯はともかく、彼女の存在が、香澄の命を繋いだのだ。遺族の蘇芳に、それに一言も触れずに去るのは、許されないと思ったからだ。
「 …… あの子の死を悼んでいただき、ありがとうございます ………… ?! 香澄様、これは、…… 私は、一体どうしたんだ?!」
蘇芳が、まるで夢から覚めたような顔をした。そんな蘇芳を無視して、黄蘗が香澄を連れて行こうと手を引いていた。香澄は、慌てて抵抗したが、力では到底かなわなかった。
立ち上がる香澄の腰から、皓輝がズルリと力なく離れて、ソファーに座ったまま上半身だけコテンと倒れていった。
「香澄様を、『死者の王』の元に …… 」
「待って下さい。黄蘗さん、待って!」
「黄蘗! 待ちなさい! グッ! 」
蘇芳の身体が、黒い影に包まれた様になった。だが、蘇芳の魔力が内からそれらを弾くと、ゆっくりと黒い靄が消えていった。
「黄檗!! 正気に戻れ!!」
蘇芳が怒鳴り声は、雷の様にビリビリと部屋中を震わせて響き渡っていった。比喩ではなく、本当に小さな雷が起きて、黄檗に放電した。バチッと音を立てて、黒い靄が黄檗から染み出して霧散していった。黄檗は、ビクッと、身体を震わせ、呆然とした顔になった。
その間、香澄はずっと黄檗に手を握られていたが、感電しないでホッとしていた。
「香澄様、えっ、あれ?」
「黄蘗さん、て、手を離してもらっていいですか?」
「あ、はい。私は、何を …… ?」
黄蘗は、自分の手と香澄の顔を交互に見て、混乱しているようだ。異常な熱から冷めていくように、黄蘗もどうやら正気に戻ったようだ。
「あれ? 藍白はどこに行ったの?」
いつの間にか、藍白の姿が見えない。香澄は、とりあえず皓輝の様子が心配だった。ソファーに力なく横たわっている姿は、まるで人形のように見えた。
香澄は、皓輝を抱き起こすと、皓輝の紅い目がパチリと開いた。香澄の腕から飛び起きて警戒を顕に、香澄を庇うように立ち上がった。
「皓輝、どうしたの?」
『香澄様、囲まれました。奴等です!』
「奴等?」
突然、部屋の床から黒い霧が沸き上がり、ぼこぼこと人の形になっていく。皓輝と同じ背格好の真っ黒い装束の少年達のすがたになった。ずらりと並んだ全く同じ顔、同じ背丈の少年達は、ざっと二十人はいる。その、少年達が同じタイミングで、クルリと香澄の方に振り向いた。
そして、一斉に香澄に向けてニタリと笑ったのだった。
「き、き、気、気持ち悪っ!!」
『香澄さま、大丈夫ですか?』
「皓輝とは全然違う! 気持ち悪い! コイツら何?!」
『私の、兄的な存在です。竜族が『異界の悪魔族』と呼ぶ存在です!』
「こいつらが、悪魔なの? 皓輝と全然違う! 同じ顔がいっぱいって、多すぎると気持ち悪い! 皓輝の顔は別だよ! すごく可愛い! こいつら目が死んでる! 無表情で目が死んでる! 笑顔じゃないよ、笑った形してるだけじゃないの?!」
香澄は、パニック状態でわめいた。
蘇芳達も、驚きながらも身構えているようだったが、少年達に阻まれて香澄から離されていく。
『香澄様、皓輝を信じて下さいますか? 竜では奴等には敵いません。奴等の狙いは香澄様です。私に全てお任せ下さいますか?』
「皓輝を信じる!」
皓輝の姿が、ブワッと黒い霧に包まれ揺らいだ。そして、少年だった皓輝が、成長した逞しい青年の姿になった。もちろん少年皓輝の面影はあったが、急に現れた長身に逞しい筋肉質の姿に香澄はショックを受けた。
「皓輝なの?!」
『香澄様、失礼します!』
青年皓輝は、香澄を抱き上げ、開いた窓からヒラリと外に飛び出した。
すると、外には、悪魔族の少年達が藍白の家の周りを埋めつくす程の大群でいた。香澄は、使い古しのB級ホラーでも、こんな設定は今どきないと思った。
香澄に向かって、一斉に無数の手が追ってくる。少年達の細い腕に小さな手のひらが、寸分違わず同じタイミングで香澄に向かって伸びてきた。香澄は、声にならない叫びをあげた。
「(ぎいゃああああぁぁぁぁ~~!)」
香澄は、ツブツブ恐怖症だ。
一般的には集合体恐怖症と言うらしい。小さな丸い粒が密集しているのを、じっと見るのが生理的に大嫌いだった。きっちりと揃って、密集して並ぶ、同じ物体を見るだけで、ゾワゾワと皮膚の下を、何かが這いずるような感覚を起こしてしまう。
当たり前だが、黒い少年達は粒ではない。丸くもなく人の姿だ。それなのに、感覚的に香澄は、彼らを密集した集合体だと認識している。
「(ホラーも、そっくりさんのお揃いも、いやだぁ~!!)」
ガリガリ削られて、追い詰められる精神的な苦痛から逃れたくて、青年の皓輝の逞しい首にすがり付いてしまう。それに、走りながらのお姫様抱っこは、意外と体がガクガク揺れて不安定だった。
空には黒い霧が、渦を巻きながら流れていて、日の光を遮り辺りを暗くしていった。
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