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第一章 五里霧中の異世界転移
第二十八話 飯田亜希子
しおりを挟む皓輝は、外に出ると、他の事には目もくれず、一目散に走っている。行く手を阻む少年達を、皓輝は蹴散らしているらしい。香澄を腕に抱いたままの攻撃は、青年の姿になっても苦戦を強いられているようだ。
香澄は、ぎゅっと目を閉じている。少年達は、禍々しい雰囲気と無表情な顔をしていた。異界の悪魔族などという、謎生物 …… 生物なのかもよくわからない存在だ。しかも、基本的には少年皓輝とそっくりなのだから、始末が悪い。見た目は、青年皓輝が少年皓輝軍団と争いっているのは、香澄の精神に極めて悪い光景だった。
突然、皓輝が立ち止まって、チリチリとした殺気を放ちはじめた。
「香澄ちゃん …… 」
「藍白? 無事なの?」
香澄は、はっとして、声がした方に視線を向けた。すると、藍白が両方の手や腰に、黒い少年達を貼り付けてぼんやりと立っていた。
「えっ? どうして、仲良くしてるの?」
香澄は、我ながらバカな質問だと思った。しかし、藍白は香澄の質問に、答えてはくれなかった。
「香澄ちゃんを離せ、皓輝! 香澄ちゃんは、僕の番になる女性だ。触るな、離れろ!」
いつもキラキラと輝きながら香澄を捉える藍白の金色の瞳は、ドロリと濁ってさえ見える。多分、正気ではないのだろう。さっきまでの、蘇芳と黄檗が変だったように、藍白も何かされているのだろう。
藍白の姿が、ゆらりと揺れて白い竜の姿が現れた。黒い霧で薄暗い空の下で、淡く輝く白い巨体が、翼を広げて街へと続く道を完全に塞いだ。
ほぼ同時に、背後の藍白の家が、轟音と共に崩れた。瓦礫の中から二体の竜が現れる。赤い竜が蘇芳で、明るい黄土色の竜が黄蘗なのだろう。竜の姿になった蘇芳達の周りを、黒い少年達が、まるで虫の様な動きで取り付いていき、ドロリと溶けて黒い物質に変わった。黒く粘度の高い物資がは、二つの竜体の動きを邪魔して絡みついていた。
上空の黒い霧の塊が、地上に降りてきて渦巻くと、新たな黒い少年達が現れて、どんどん増殖していくのだった。
『藍白! 正気に戻れ!』
『香澄様、街の中心へお逃げ下さい!』
「あら、まだ捕まらないの?」
蘇芳と黄檗に続いて聞こえたのは、甘く艶めいた女性の声だった。
香澄は、皓輝の肩越しに振り返った。黒い霧の闇の中でも、袴の緋色が鮮やかな巫女装束の美女がいた。長い黒髪を前髪から後ろにキリリと一つに結び、切れ長の眼元が印象的な美しい日本女性だ。
「初めまして。川端香澄さん。わたしは、『死者の王』、飯田亜希子です。せっかく、穏便にご招待しようとしたのに、紅茶はお気に召さなかったかしら?」
巫女装束の美女は、にっこり微笑み自己紹介をした。香澄は、『亜希子』と言う名前に聞き覚えがあった。
『亜希子 …… 君は何を言っているんだ? まさか、君が異界の悪魔族の影響を受けるなんて …… 』
蘇芳の声は、動揺もあらわに掠れて震えていた。
『蘇芳様、我々も奴等の精神侵食を受けましたが、簡単なきっかけで戻れました。亜希子様と藍白も、きっと戻せます!』
『黄蘗の言う通りですね。黄蘗、藍白から香澄様を守りなさい。亜希子は私が相手をします!』
どうやら、彼女も正気ではないらしい。香澄と皓輝は、白竜の巨体に行く手を阻まれている。後ろの蘇芳達と合流するにも、『亜希子』と黒い少年達が大量動員されていて逃げ道は少なかった。
「皓輝、逃げよう! 森の中へ!」
『はい。香澄様、しばらく我慢して下さい』
「えっ? ハグッ!!」
皓輝は、香澄をしっかり抱え直した。次の瞬間、香澄は風圧と重圧感で息が詰まった。目も開いていられなくなり、ただ必死に皓輝にしがみついていた。
藍白の叫びとか、風の音に混じり、何かが壊れたり打ち付けられる音や地響きがしている。
皓輝の下半身が、黒い霧状になったかと思うと、香澄の視界は真っ暗になった。皓輝は、黒い霧の塊になって一直線に魔霧の森に向かっていき、森の木立の間に飛び込んでいった。その後ろを、黒い霧の少年達がぞろぞろと追って来る。少年達は、足を全く動かさず、宙に浮いた状態で身体が移動していく様は不気味で、香澄は悲鳴を上げそうになるが、必死に口元を押さえて息をころした。
実は、香澄と皓輝は、まだ魔霧の森には入っていない。森の手間の低い茂みの中に身を潜めている。皓輝は、香澄を抱き締めて気配を消していた。
『(香澄様、魔霧の森の中は、安全とは言えません。私の魔力を分離して森の中へ送り込みました。しばらくは、奴等も囮を追ってくれるでしょう)』
「(皓輝、ありがとう)」
香澄も、魔霧の森の中は入るのは、心配だった。どうやったら出られるか方法は聞いているが、時間の流れが変わってしまい、出てきたら百年後とかになっては困ると思った。とっさに、皓輝が判断してくれて助かった。ウチの子最高だ! わたしの皓輝、賢い、偉い、いい子。
香澄は、口に出して伝えようとした訳ではなかった。しかし、皓輝に伝わったらしく、こんな時なのに嬉しそうに、頬を染めて笑顔を見せた。
香澄は、鼻血を吹くんじゃないかと思った。破壊力抜群な美形青年の笑顔を間近に見て、赤くなったであろう自分を残念に思った。そんな場合じゃないのだ。これから、どうすればいいのか、次の手が思い浮かばない。香澄は、茂みから顔を出すわけにいかないので、藍白や竜族達の様子を確認する事も出来なかった。
『(香澄様、魔霧の森の中に一ヵ所だけ安全な場合があります)』
「(魔霧の森の中なのに?)」
『(ただ、一度その場所に入ると迎えが来なければ出られません)』
「(迎え? 魔霧の森の中に? 誰が迎えに来てくれるの? もしかしたら、一生そこから出られなくならない?)」
『(はい。可能性はあります)』
「( …… 最後の手段にして下さい)」
『(申し訳ありません。今すぐ、決断して下さい。香澄様)』
『(ええっ?!)』
「かくれんぼ? なら、みい~つけた!」
飯田亜希子の声が、香澄の頭上から愉しげに響いた。皓輝は、香澄を抱き込み後ずさる。
香澄が子どもだった頃、よく仲間と遊んだかくれんぼは、見つかっても鬼に捕まらなければ、逃げていいルールだった。
「追いかけっこも楽しいけど、疲れたから帰りたいの。香澄さん、私達と一緒に行きましょう …… 」
飯田亜希子は、艶やかに微笑みながら両手を広げ、手のひらに魔方陣を展開した。彼女は光り輝く二つの陣を、香澄に向けようとした。瞬間、巨大な赤い鱗の尾がすり抜けて、彼女の身体をなぎ払った。黒い少年達も巻き添いになり、黒い霧になって霧散する者もいた。
『目を覚ませ! 亜希子!』
蘇芳の怒声と共に光の柱が立った。
香澄が稲光と轟音に身を竦ませると、皓輝がしっかりと抱きしめた。
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