31 / 84
第一章 五里霧中の異世界転移
第三十話 マリシリスティア
しおりを挟む王宮内の王族専用居住区は、執務棟から直線距離ならばさほど離れていない。
しかし、そこに至るまでは、近衛騎士団が護る扉を、数ヵ所くぐり抜けなければならなかった。その間、長い廊下と階段を幾つも上下して行かなければ辿り着けない構造になっている。因みに、現在のファルザルク王国に後宮は存在しない。
普段は静かな昼下がりの王族専用居住区は、今日に限って騒がしかった。
「この! 開け! なんで! こんなに! 頑丈な! 結界! はっ、てる、のよ! ランス!」
マリシリスティア王女は、第一王子の居室の扉をドンドンと叩きながら、可憐な姿に不似合いな、怒鳴り声をあげていた。王女が扉を殴りつけるたびに、内側から張られた結界がビリビリ音をたてている。
「マリー殿下、いけませんよ~。そのように、怒鳴っては、婚期が更に遠のきますから、あ、いえ、馬鹿力で、いや、力づくで結界を破れば、国宝級の細工の扉が砕けますよ~。ここは、優しく、優しく、丁寧に解術いたしましょうね~」
王女の背後から、気弱そうな若い侍女が声をかけた。マリシリスティアは、ゆるくウェーブのかかった鳶色の長い髪を、バサリと背中に流しながら振り返った。黙ってさえいれば、母親似の凛々しい美女なのだが、鳶色の瞳は怒りで鋭くギラギラと輝いていた。
「優しく? してたでしょう? それなのに、ランスは部屋に結界張ったまま閉じ籠り、周囲に心配かけて、更には家出するなんて大迷惑でしょう?!」
「いや~、マリー殿下も大概、迷惑ですよ~!」
一応は正論を語るマリシリスティアだが、自身の過激な発言と行動だって、まわりに心配や迷惑をかけているだろう。家臣一同、成り行きを見守もりながら、侍女に賛同していた。
「 …… もう! だから、壁に穴開けてでも引きずり出そうって、言ったのに! 今だって、部屋に手がかりが残っているはずでしょう? だから、壁をぶち壊しましょうって言ってるんじゃない!」
「いけません!ランス殿下のお部屋はシリン王朝時代の貴重な彫刻が壁に埋め込まれております。マリー殿下、どうかお止めください!」
今度は、初老の執事が興奮したマリシリスティアを諌めた。第一王子の居室を護る近衛騎士も、ハラハラしながら遠巻きに見ている事しか出来なかった。
「ランスグレイルの命と、彫刻のどっちが大事なの?! どうせ、そんな貴重な芸術品には、保護やら復元魔法がかかってるんでしょう!」
ダンッ!と、マリシリスティアの魔力入りの拳が、改心の一撃を扉に打ち込んだ。
ビシッ!!
結界は破れなかったが、扉にひびが入った。
「あ、ヤバ …… ?!」
「「あっ! 貴重なトラク王朝時代の彫刻扉があああぁ~!!」」
執事と侍女は、同時に悲鳴をあげた。マリシリスティアは、自分の拳を見つめながら首を傾げた。
「あれ? 物理攻撃無効化が、どうして?!」
マリシリスティアの疑問符で一杯になった頭を、背後から白い手袋をはめた大きな手が、片手だけでガッシリと掴かんだのだった。
それから数分後、アレクシリスとレンドグレイルは、最短コースで駆けつけたが、事態は収束した後だった。
「あれ? 姉上様達は、何処に行ったの?」
レンドグレイルは、ランスグレイルの居室の前に、レンドグレイルの従者のバルッセラと、警備の近衛騎士数人しかいないのを見て、不思議そうに尋ねた。
「マリシリスティア王女殿下は、グレイルード閣下がお連れになられました」
「父上様が! ええ~、姉上様、近衛騎士団の詰所の牢屋に入れられちゃった?!」
「いえ、いえ、王族専用の居間に行かれました」
「なんだ、つまんないな …… 」
レンドグレイルは、十八歳にしては、柔和な表情と口調で幼い印象が残るが、額面通りの人物ではない。バルッセラは、双子の王子と幼い頃からの付き合いなので、その事をよく知っていた。今のは、『いっそ、牢屋に入れられちゃえばいいのに …… 』という、冗談を交えた解りにくいイヤミなのだ。
アレクシリスは、レンドグレイルとバルッセラのやり取りを聞きながら、ひび割れた扉を見て違和感を覚えた。
アレクシリスよりも一つ年下の姪は、近衛騎士団から『破壊の王女』などと呼ばれている。マリシリスティアは、子供時代のある時を境に、豊富な魔力を暴走させて、様々な物を壊してきた経緯がある。
幼い頃から、アレクシリスは、愛らしい王女に、散々、翻弄されてきた。特に、王立学園での数年間は、マリシリスティアが様々な事件を巻き起こした。
その当時、暫定的に王太子だったアレクシリスにも、一応は婚約者がいた。
しかし、学園の卒業間近に婚約解消をするはめになったのだ。青春時代のトラウマになった婚約解消騒動の発端は、マリシリスティアだった。
この騒動は、アレクシリスとマリシリスティアの婚期が遅れる原因にもなっている。
別に、マリシリスティア本人は、悪気や破壊衝動があるわけではない。外見は凛とした美女なのに、大雑把な性格で規格外の行動力があるだけだ。ただ、マリシリスティアは精霊に愛されし者であり、神懸り的な幸運と凶運の持ち主だった。
もしも、成功すれば大変な事態になる陰謀を、まだ準備段階で露見させ、未然に防ぐなど序の口だった。
たまたま、偶然が重なって、政敵の悪事の証拠を発見したり、開戦直前にまでなった帝国と、和平条約を結んだり、挙句に海賊討伐まで …… 。
本人は、望んで行動していないのに関わらず、トラブルに巻き込まれては、想像以上の結果を出して、遂に女性の王太子の地位に就いたのだった。
「レンドグレイル、私達も行きましょう。気になる事があります」
「はい。アレクシリス兄上!」
レンドグレイルは、巨大な猫を被り直して返事をした。
王族専用の居間で、マリシリスティア王太子殿下は、グレイルード近衛騎士団長に説教をされていた。
アレクサンドリアが女王になってから、王族専用居住区内は、王族の仮面を外して、家族として過ごそうと決められていた。ここでは、ただの父親と娘だ。
「いっ!痛い!ち、父上っ!」
「私のマリーは、いつになったら、女性としての最低限の恥じらいを身に付けてくれるのかな?」
平時は近衛騎士団長を務める、グレイルード王配陛下は、近衛騎士の華麗な制服を、品良く普段着の様に着こなした美丈夫で、髪と揃いの鳶色の瞳は、片手で王女の頭を締め付けながら、悶絶する娘を冷たく見下ろしていた。
「だって、ランスグレイルが……!」
ギリッと、力が強まった。
「うぎゅっ!だって、無理やりでも、部屋に入って、ランスを探さなきゃ、体を壊したらどうするの!」
「……弟を、心配しているのはわかりますが、王族専用居住区で騒ぎを起こすのは止めなさい。君の侍女と、ランスの従者が真っ青な顔で、近衛騎士団の詰所まで駆けてきたんだよ。城が破壊されると言ってね」
「おのれ …… 覚えてなさ、痛い、いたたたたた! ち、父上! 痛い!」
「マリーの場合は、自業自得です。彼らの、君に対する物理的な破壊効果に対する信頼度は最低以下だからね」
グレイルードは、愛娘の幼い頃からこれまで破壊してきた物を思い返すと、父親として情けなくなるのだった。それ以外は、大変優秀で、数々の改革を成し遂げている立派な『王太子殿下』でもある。
しかし、これ以上愛娘の婚期が、遅れるのは阻止したい。もちろん、父親として、結婚相手は絶対に一発殴るつもりだった。
「父上様!」
「失礼します。義兄上」
レンドグレイルが、アレクシリスといきなり入室してきた。この場所は、王族が居る間は使用人は誰も入らない規則になっている。だからと言って、ノックぐらいはした方が良いはずだった。
「レンドグレイル、ノックをしなさい。アレクシリスにまで心配かけるね」
「いえ、嫌な予感がします。ランスグレイルが部屋に結界魔法を掛けて失踪した理由を、知る必要があるかもしれません」
アレクシリスは、事態を把握するまでは、キプトの町の香澄のもとへ戻れない覚悟をしていた。
1
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた
たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。
女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。
そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。
夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。
だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……?
※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません……
※他サイト様にも掲載始めました!
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる