魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第一章 五里霧中の異世界転移

第三十話 マリシリスティア

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 王宮内の王族専用居住区は、執務棟から直線距離ならばさほど離れていない。

 しかし、そこに至るまでは、近衛騎士団が護る扉を、数ヵ所くぐり抜けなければならなかった。その間、長い廊下と階段を幾つも上下して行かなければ辿たどり着けない構造になっている。ちなみに、現在のファルザルク王国に後宮は存在しない。

 普段は静かな昼下がりの王族専用居住区は、今日に限って騒がしかった。

「この! 開け! なんで! こんなに! 頑丈な! 結界! はっ、てる、のよ! ランス!」

 マリシリスティア王女は、第一王子の居室の扉をドンドンと叩きながら、可憐な姿に不似合いな、怒鳴り声をあげていた。王女が扉を殴りつけるたびに、内側から張られた結界がビリビリ音をたてている。

「マリー殿下、いけませんよ~。そのように、怒鳴っては、婚期が更に遠のきますから、あ、いえ、馬鹿力で、いや、力づくで結界を破れば、国宝級の細工の扉が砕けますよ~。ここは、優しく、優しく、丁寧に解術いたしましょうね~」

 王女の背後から、気弱そうな若い侍女が声をかけた。マリシリスティアは、ゆるくウェーブのかかった鳶色の長い髪を、バサリと背中に流しながら振り返った。黙ってさえいれば、母親似の凛々しい美女なのだが、鳶色の瞳は怒りで鋭くギラギラと輝いていた。

「優しく? してたでしょう? それなのに、ランスは部屋に結界張ったまま閉じ籠り、周囲に心配かけて、更には家出するなんて大迷惑でしょう?!」
「いや~、マリー殿下も大概、迷惑ですよ~!」

 一応は正論を語るマリシリスティアだが、自身の過激な発言と行動だって、まわりに心配や迷惑をかけているだろう。家臣一同、成り行きを見守もりながら、侍女に賛同していた。

「 …… もう! だから、壁に穴開けてでも引きずり出そうって、言ったのに! 今だって、部屋に手がかりが残っているはずでしょう? だから、壁をぶち壊しましょうって言ってるんじゃない!」
「いけません!ランス殿下のお部屋はシリン王朝時代の貴重な彫刻が壁に埋め込まれております。マリー殿下、どうかお止めください!」

 今度は、初老の執事が興奮したマリシリスティアをいさめた。第一王子の居室を護る近衛騎士も、ハラハラしながら遠巻きに見ている事しか出来なかった。

「ランスグレイルの命と、彫刻のどっちが大事なの?! どうせ、そんな貴重な芸術品には、保護やら復元魔法がかかってるんでしょう!」

 ダンッ!と、マリシリスティアの魔力入りの拳が、改心の一撃を扉に打ち込んだ。

 ビシッ!!

 結界は破れなかったが、扉にひびが入った。 

「あ、ヤバ …… ?!」
「「あっ! 貴重なトラク王朝時代の彫刻扉があああぁ~!!」」

 執事と侍女は、同時に悲鳴をあげた。マリシリスティアは、自分の拳を見つめながら首を傾げた。

「あれ? 物理攻撃無効化が、どうして?!」

 マリシリスティアの疑問符で一杯になった頭を、背後から白い手袋をはめた大きな手が、片手だけでガッシリと掴かんだのだった。



 それから数分後、アレクシリスとレンドグレイルは、最短コースで駆けつけたが、事態は収束した後だった。

「あれ? 姉上様達は、何処に行ったの?」

 レンドグレイルは、ランスグレイルの居室の前に、レンドグレイルの従者のバルッセラと、警備の近衛騎士数人しかいないのを見て、不思議そうに尋ねた。

「マリシリスティア王女殿下は、グレイルード閣下がお連れになられました」
「父上様が! ええ~、姉上様、近衛騎士団の詰所の牢屋に入れられちゃった?!」
「いえ、いえ、王族専用の居間に行かれました」
「なんだ、つまんないな …… 」

 レンドグレイルは、十八歳にしては、柔和な表情と口調で幼い印象が残るが、額面通りの人物ではない。バルッセラは、双子の王子と幼い頃からの付き合いなので、その事をよく知っていた。今のは、『いっそ、牢屋に入れられちゃえばいいのに …… 』という、冗談を交えた解りにくいイヤミなのだ。

 アレクシリスは、レンドグレイルとバルッセラのやり取りを聞きながら、ひび割れた扉を見て違和感を覚えた。

 アレクシリスよりも一つ年下のは、近衛騎士団から『破壊の王女』などと呼ばれている。マリシリスティアは、子供時代のある時を境に、豊富な魔力を暴走させて、様々な物を壊してきた経緯がある。

 幼い頃から、アレクシリスは、愛らしい王女に、散々、翻弄ほんろうされてきた。特に、王立学園での数年間は、マリシリスティアが様々な事件を巻き起こした。

 その当時、暫定的に王太子だったアレクシリスにも、一応は婚約者がいた。
 しかし、学園の卒業間近に婚約解消をするはめになったのだ。青春時代のトラウマになった婚約解消騒動の発端は、マリシリスティアだった。

 この騒動は、アレクシリスとマリシリスティアの婚期が遅れる原因にもなっている。

 別に、マリシリスティア本人は、悪気や破壊衝動があるわけではない。外見は凛とした美女なのに、大雑把な性格で規格外の行動力があるだけだ。ただ、マリシリスティアは精霊に愛されし者であり、神懸り的な幸運と凶運の持ち主だった。

 もしも、成功すれば大変な事態になる陰謀を、まだ準備段階で露見させ、未然に防ぐなど序の口だった。
 たまたま、偶然が重なって、政敵の悪事の証拠を発見したり、開戦直前にまでなった帝国と、和平条約を結んだり、挙句に海賊討伐まで …… 。
 本人は、望んで行動していないのに関わらず、トラブルに巻き込まれては、想像以上の結果を出して、遂に女性の王太子の地位に就いたのだった。

「レンドグレイル、私達も行きましょう。気になる事があります」
「はい。アレクシリス兄上!」

 レンドグレイルは、巨大な猫を被り直して返事をした。



 王族専用の居間で、マリシリスティア王太子殿下は、グレイルード近衛騎士団長に説教をされていた。

 アレクサンドリアが女王になってから、王族専用居住区内は、王族の仮面を外して、家族として過ごそうと決められていた。ここでは、ただの父親と娘だ。

「いっ!痛い!ち、父上っ!」
「私のマリーは、いつになったら、女性としての最低限の恥じらいを身に付けてくれるのかな?」

 平時は近衛騎士団長を務める、グレイルード王配陛下は、近衛騎士の華麗な制服を、品良く普段着の様に着こなした美丈夫で、髪と揃いの鳶色の瞳は、片手で王女の頭を締め付けながら、悶絶する娘を冷たく見下ろしていた。

「だって、ランスグレイルが……!」

 ギリッと、力が強まった。

「うぎゅっ!だって、無理やりでも、部屋に入って、ランスを探さなきゃ、体を壊したらどうするの!」
「……弟を、心配しているのはわかりますが、王族専用居住区で騒ぎを起こすのは止めなさい。君の侍女と、ランスの従者が真っ青な顔で、近衛騎士団の詰所まで駆けてきたんだよ。城が破壊されると言ってね」

「おのれ …… 覚えてなさ、痛い、いたたたたた! ち、父上! 痛い!」
「マリーの場合は、自業自得です。彼らの、君に対する物理的な破壊効果に対する信頼度は最低以下だからね」

 グレイルードは、愛娘の幼い頃からこれまで破壊してきた物を思い返すと、父親として情けなくなるのだった。それ以外は、大変優秀で、数々の改革を成し遂げている立派な『王太子殿下』でもある。
 しかし、これ以上愛娘の婚期が、遅れるのは阻止したい。もちろん、父親として、結婚相手は絶対に一発殴るつもりだった。

「父上様!」
「失礼します。義兄上あにうえ

 レンドグレイルが、アレクシリスといきなり入室してきた。この場所は、王族が居る間は使用人は誰も入らない規則になっている。だからと言って、ノックぐらいはした方が良いはずだった。

「レンドグレイル、ノックをしなさい。アレクシリスにまで心配かけるね」
「いえ、嫌な予感がします。ランスグレイルが部屋に結界魔法を掛けて失踪した理由を、知る必要があるかもしれません」

 アレクシリスは、事態を把握するまでは、キプトの町の香澄のもとへ戻れない覚悟をしていた。









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