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第一章 五里霧中の異世界転移

第三十一話 家族会議

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 ランスグレイルは、キプトの町で川端かわばた香澄かすみを殺害しようとした ーーーーーー アレクシリスは、事実の概要を定期連絡のおり、最重要機密事項として、女王陛下個人に報告していた。

 二日前の夕暮れ刻、キプトの町にランスグレイルが現れるには色々と無理があった。何故なら、キプトの町も魔霧の森の聖域の一つで、上空を飛ばない限り辿り着けない場所だったからだ。

 この世界で大空を自由に飛べる生き物で、人間を安全に運べるのは竜族だけだ。大型の鳥類を使う場合も無くはないが、普通の生物は魔霧の森を怖れて近づかない。
 他の可能性としては、高位の魔術師の中に飛行の魔術を使える者もいるが、他者を抱えて長時間飛行する能力を持つ者は限られた。
 それこそ、魔霧の森を越えて聖域まで飛べるのは、海野遊帆くらいだろう。転移魔術は、生物の転移に成功していないので論外だった。

 実は、他国にも竜騎士は存在する。騎士団を編成出来るほどの人数が所属しているのは、ファルザルク王国ぐらいだが、竜族の結束は固く、盟約に従い基本的に国政に干渉せず、不可侵を貫いている。
 それに、他国の竜騎士が、ファルザルク王国の第一王子を王城から連れ出して、キプトの町に送り込むなど可能性としてあり得ない。

 自国の竜騎士の動きは、アレクシリスが把握している。藍白が、『管理小屋』から香澄をキプトの町に連れ出した段階で、自国の竜騎士の竜族達に騎士団寮での謹慎を命じていた。竜族の本意が計れない段階での緊急措置だった。命令は、解除されていないし、命令違反者もいなかった。

 つまり、ランスグレイルがどうやってキプトの町にいたのか謎のままだった。

 グレイルードは、父親として、近衛騎士団長としても、ランスグレイルの失踪にショックを受けていた。王族の警備、ましてや傷心の息子を誰より気遣い対応したつもりだった。
 しかし、ランスグレイルは、自室に篭城している様に偽装して失踪していた。更に、キプトの町に現れて、怪我を負って再び失踪している。
 しかも、手がかりを求めようとしても、部屋の結界魔法は、素人には解術するのが難しい高度なものだった。



 女王陛下を通して、ランスグレイルの件は、王族一家に伝えられていた。

 しかし、女王陛下が任せると言っていたが、マリシリスティアは、正式な発表がある迄は、秘密にすべき『ランスグレイルの失踪』を、声高に叫ぶような真似をしてどうする気だったのだのだろう? アレクシリスの疑問は、すぐに解決した。

「父上、私が騒いでる間、おかしな動きをした者はいた?」

 マリシリスティアは、やっとグレイルードの手から解放された頭の痛みを、揉みほぐしながら尋ねた。

「マリーの言った通り、各所で監視をさせていましたが、不審な動きをする者はいません。ランスグレイルの周辺を洗ってみましたが、不審な人物はいませんでした。ただ、ランスグレイルの従者が、一昨日から行方不明になっています」
「陰謀の可能性も無しと考えていいのかな? ランスの従者って、リンドエイド?」
「そうです。レンドは、ランスが部屋に篭ってから、リンドエイドに会いましたか?」

 レンドグレイルは、自分で入れたお茶を、ふうふうと息を吹きかけながら飲んでいた。この王族専用の居間は、頼まれない限り、自分で自分の事をするのが決まりだった。
 レンドグレイルは、何かに気がついたような顔をした。

「 …… 会ってないです。だから、ランスと一緒にリンドエイドも篭っていると思ってました。でも …… 」
「第一王子の居室は、近衛騎士が常時警護しています。部屋の出入りに関しても記録がありますから、後で調べて報告しましょう。三日以上篭城しても、王族の居室には、非常用の食糧も備蓄してありますし、契約竜を亡くしたばかりの傷心を思えば、仕方ないかと考えていました。父親として、近衛騎士団長として、私の不明です。しかし、ランスが不在となると、リンドエイドは、拘束されている可能性を考慮しないといけないでしょう」
「父上、やはり結界の解除を急ぎましょう! レンド、『茨の塔』の魔術師は?」
「魔術師団長が不在ですから …… 」

 四人は、一斉にげんなりとした顔になった。

「アレクシリス、遊帆ゆうほは、キプトの町にいるの?」
「いや。『管理小屋』だ。本来なら、香澄の経過観察をしながら『茨の塔』と『管理小屋』を行き来する予定だった。それに …… 」
「ああ、竜族の町だなんて、遊帆は鬼門・・だったね」
「キモン? って何ですか? 姉上様」
「う~ん。つまり、遊帆が行っちゃダメな場所って事よ」
「わかります。海野魔術師団長は、竜族に『接触禁止』竜族の町は『出入り禁止』なのですよね。禁を破れば殺されても文句なし、とか?」
「弟よ、何故その点をうれしそうに語るの? まあ、例え殺されそうになっても、遊帆なら絶対反撃して、魔術でガンガン攻撃して、逆に竜族を負かしちゃいそうだわ。ああ、ヤダヤダ、簡単に想像がついちゃう! 父上、奴が『管理小屋』にいるのが分かっているなら、通信で連絡くらい、つきませんか?」
「それが、近衛騎士団から通信で、何度呼び出しても、魔術師殿は出たくないって言ってね …… 『香澄ちゃんが戻らないなら、『茨の塔』にも戻らない!』って、ゴネているらしいよ」
「「「子どもかっ!!」」」

 三人の発言が一致した。


「アレクシリス、 …… どうにかして?」
「マリーは、遊帆の弱みくらい掴んでいませんか?」
「口惜しいけど、弱みを握られても、握るなんてムリね …… 」
「意外ですね」
「違うの。アレクシリス、奴は、恥を知らない! バラされて、恥ずかしいと思う心が欠けているのよ!」
「「「 …… 納得です」」」

 またまた、違う三人の意見が一致した。

「そもそも、どういう事でしょう? ランスが部屋に不在なら、結界は必要ないでしょう? 不在を知られない為なら、リンドエイドを説得すればいいだけで、彼なら三日と言わず、一週間や十日でも、ランスが部屋にいるように偽装したでしょう?」

 グレイルードは、ランスグレイルの従者のリンドエイドの能力を高く評価している。仕える主人あるじの望みを叶える為に、それくらいやってのけるだろう。

「理由が、『川端香澄』を殺す為なら協力して、もらえないよ。でも、私はあのランスが、そんな考えを持つとは思えない。レンドなら、アリだけど」
「姉上様の中で、僕がどう思われているのかわかりました …… 」
「まあ、レンドったら、姉上の愛を分かってないわね。ランスは、素直で優しくて可愛いいけと、レンドは、捻くれてて、小生意気で可愛いいんじゃないの。二人とも、大好きよ!」

 マリシリスティアは、レンドグレイルをギュッと抱きしめた。七つ違いの双子の弟達を、マリシリスティアは生まれてからずっと溺愛している。









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