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第一章 五里霧中の異世界転移
第四十三話 魔霧の森の隠れ家 ④
しおりを挟む香澄は、意を決してノックしてから入ろうとしたが、その前に皓輝が扉を開け放った。
ランスグレイルは、床に頭をつけて土下座した状態で待っていた。
「な、何故、土下座?!」
香澄は、いきなりの金髪碧眼の王子様の土下座姿に狼狽えた。ランスグレイルは、そのままの姿勢で香澄に答える。
「以前、遊帆殿に異世界の『土下座』は、古式ゆかしい謝罪の仕方だと教えていただきました。最新式では、ジャンプの後、滑りながらこの姿勢に移るそうですが、狭い室内では危険なのでこちらにしました!」
遊帆は、ファルザルク王国の第一王子様に何を教えているのだ。香澄は、メイラビアの遊帆に対する悪態の理由がわかってきた。
「僕は、『歯車の精霊』の祝福をもっています。全ては、『歯車の精霊』が教えてくれました。貴女に非道な行いをしました。心から謝罪いたします!」
香澄は、無表情の心の中で、喜びに打ち震えていた。ランスグレイルは無事だった! 不器用なくらい、真っ直ぐな行動は変わっていない! そんな、リングネイリアの想いとしか考えられない感情を抑えながら、香澄はランスグレイルに冷静に告げる。
「貴方は卑怯よ!」
「 ………… は?」
「わたしに何の説明もなく、貴方が謝罪から入ったら、わたしが許すと言わない限り、この先の話に進めないじゃない!」
「あ、申し訳、ない。その、」
「とりあえず、土下座して相手に許すと言ってもらって済まそうとするなんて、さすが王族は傲慢でいらっしゃるわね? ああ、不敬罪だなんて言わないでね! ここには、私達しかいないのだから、証人がいないのはお互い様でしょう?」
ランスグレイルは、顔を上げて弁解しようとしていたが、香澄にたたみかける様に詰られて真っ青になった。
「も、申し訳ござい …… 」
「嘘よ …… ! 許すから立って下さい」
「はい?」
香澄は、ランスグレイルの手を取り立ち上がるように促した。自分の襟を締め上げた手と思えば怖いが、仔犬のような目で見上げるランスグレイルを、可愛いらしいと思ってしまう。
香澄は、自分でも感情の振り幅が大きすぎて、思わず苦笑してしまった。
「貴方は、『異界の悪魔族』に操られていて、わたしを殺そうとしただけで、本意では無かったのでしょう? でも、わたしは死にそうな体験をしたの。だから、少しぐらい仕返ししても、いいでしょう?」
「仕返しですか? この程度の事で …… ?」
「だから、もういいわよ。ランスグレイル王子様」
「 …… 王子様呼びは、どうかご容赦下さい。ランスとお呼びください」
香澄は、これ以上の謝罪を必要だと思わなかったし、意地の悪い事を言って、ランスグレイルに意趣返しをしたので、十分満足していた。それに、本人不在の場で散々呼び捨てにしていたし、公式な場で、うっかり敬称無しで呼んで、不敬罪になりたくなかった。
「では、ランス王子様」
「ランスです! 香澄殿、どうかお願いします!」
「 …… ランス?」
「はい!」
思いの外、王子様は押しが強かった …… 。香澄は、押しに弱すぎだった。
ソファーに向か合わせに座る二人に、皓輝がお茶を用意してくれた。
皓輝が執事のように洗練された動きでテーブルにカップを置くと、ランスグレイルはビクビクと怯えた様な態度を取っていた。香澄は、皓輝にランスグレイルに何かした? と、声に出さずに尋ねた。皓輝は、本体が少し …… と、だけ答えた。
香澄のお世話係のリーフレッドは、あの精霊達の集まる広間以外に出入り出来ないそうだ。ランスグレイルの『歯車の精霊』も同じだった。
「改めまして、ランスグレイル=ダリウス=ファルザルクです。香澄殿、お許しいただき、ありがとうございます」
「川端香澄です。こちらは、従者の皓輝です」
『 …… 』
「あの、皓輝殿は …… いいです。何でもありません」
ランスグレイルの瞳は、アレクシリスと同じ青だが、何処までも澄んだ青空の色だと香澄は思った。
それにしても、アレクシリスによく似ている。少し幼くなった瓜二つの容姿に、香澄は思わず少年時代のアレクシリスを想像して、眼福だと口許がにやけそうになってしまった。香澄は、残念な思考が皓輝に知られてしまうのは、嫌だと思考を振り払った。
「わたしは、この世界の事を何も知らないから情報が欲しいの。わたしが異世界転移してきた経緯を出来れば詳しく知りたいのです」
「私が知る限りお話します」
ランスグレイルは、真っ直ぐ香澄の目を見ながら、今までの経緯を話し始めた。
「私が、リングネイリアと『竜騎士の契約』を交わして、正式な竜騎士として初めての任務が、魔霧の森の『管理小屋』に資材を運ぶ事でした。リングネイリアは、竜族の竜王ですが戦闘を好まなかったので、竜騎士団に依頼された配送を担当する事になっていたのです」
香澄は、竜騎士のバーミラスが任務を断わっていたことを思い出し、ランスグレイルに尋ねた。
「竜騎士団は、上の命令に従わなかったり、任務を選んだり出来るの?」
「竜騎士の『契約竜』は、選べます。『契約者』は、団規を厳守しますから、上の命令に従います。『竜騎士の契約』は、結果として国防の為の軍事力を、竜族から提供されている形になれので、国に対する立場が微妙に違うのです」
「なるほど …… 」
「ですから、竜騎士団を束ねる団長は政治的、実務的にも大変な仕事です。ですから、アレクシリス兄上は、いえ、団長は尊敬できる素晴らしい竜騎士です」
ランスグレイルは、アレクシリスの話をする間、瞳を輝かせていた。香澄は、少年の純真な憧れの想いを微笑ましく思った。
「私は、初めての任務に緊張していました。同じくらい浮かれていたのです。余裕がなくて、リングネイリアの不調に気が付いていませんでした」
香澄は、ランスグレイルに辛い話を強要しているとわかっていたが、聞かずにはいられなかった。
「初任務には、アレクシリス団長と杜若殿、『管理小屋』の改築の責任者の遊帆殿が同行していました。魔霧の森の境界に差し掛かった時、突然、上空に巨大な魔法陣が顕れたのです」
「魔法陣 …… !」
「魔法陣は凄まじい魔力と、緻密で複雑なスペルで構成されていました。遊帆殿でさえ、何の魔法陣か読み解けなかったようです。魔法陣の発動が終わると、中央部から何かが光輝きながら堕ちていきました。その瞬間、リングネイリアの竜体が解けて、私は空中に投げ出されました。私は、その弾みで資材にぶつかり気を失ってしまいました。 …… 次に、気がついたのは、王城の自室のベッドでした」
ランスグレイルは、俯くことなく淡々と語っていた。しかし、姿勢良く座った膝に揃えられた手は、ずっと握り締められて白くなっている。
「ここからは、私が『歯車の精霊』と、団長から通信を通じて聞いた話になります」
香澄は、ランスグレイルの目を見て、黙って頷いた。
「落下した私を、杜若殿が救い上げてくれました。遊帆殿が私を治療したので、怪我は大事に至りませんでした。団長と遊帆殿は、同行していた他の竜騎士に私を預けて、リングネイリアと魔法陣から堕ちた光を追ったそうです」
「リングネイリアは、竜体になっていたの?」
「 …… はい。飛ぶのが精一杯という感じでしたが、堕ちていく光を中空で受け止めて …… 杜若殿が言うには、その時点でリングネイリアの竜核の鼓動が消えたと …… 」
ランスグレイルは、そこまで言って黙り込んでしまった。香澄は、この十八歳の少年に竜騎士のパートナーの死を語らせている事に、やっと気が付いた。
「ランス、ごめんなさい。これ以上は、もういいです」
「いいのです。これは、私が香澄殿に話さなければいけない事です」
香澄は、ランスグレイルにもっと考えてから、聞くべきだったと後悔した。
「団長と遊帆殿が、駆けつけた時、リングネイリアの竜核はすでに砕けて、魔力が一帯に溢れていたそうです。高濃度の魔力の中心地に、石化が始まっている竜体のリングネイリアと重傷を負って危篤状態だった香澄殿を発見したそうです。それから、遊帆殿が竜核の魔力を香澄殿の治療に使用して、一命を取り留めたと聞いています」
「ごめんなさい」
「いいえ、元はと言えばリングネイリアが貴女を『禁断の秘術』で召喚したのが原因です。何故、そんな術を行う必要があるのか、それ以上教えてもらえませんでしたが、香澄殿が無事なら、きっとリングネイリアも良かったと言うはずです」
「ランスは『禁断の秘術』が何か知ってるの? 」
「リングネイリアは、私に『鍵』を召喚する為の秘術だとしか …… 」
「ランスは、『鍵』について何か聞いてますか?」
「リアから『鍵』は、文字通り鍵の意味だとしか聞いていません。ただし、特別な扉の鍵だとしか …… 」
「特別な扉って、何だろう?」
「 …… わかりません」
それから三日後の朝、魔霧の森の魔素の嵐が収まったからと、精霊達が『隠れ家』から去ってしまった。
翌日、アレクシリス達が迎えに来た。
皓輝が、一番最初に迎えに気づいて、庭の入り口の木戸で説明をした。香澄達は、無事『隠れ家』から脱出する事ができた。
アレクシリスは、黒い笑顔をランスグレイルに向けて、処分は帰還してからだと告げていた。
アレクシリス達は、相当疲れているはずだ。香澄は、『隠れ家』の回復の魔法を利用できないか皓輝に尋ねたが、『滞在者』と『迎え』は、一度魔霧の森の外に出なければ、その関係はリセットされないそうだ。下手をすると、全員が『滞在者』になってしまう。
魔霧の森の異変は収まったが、何が起きるか油断ならない。一刻も早く、ファルザルク王国に向かう事になった。
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