魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国

第一話 王都シリンと不機嫌な男

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 雄大な自然と、美しい街並みをつなぐ街道を、荷馬車が走っていく。長い商人の隊列を、一気に追い抜き山を越えていった。広い畑、牛や羊が放牧された緑の牧場に、農家がまばらに散らばる村と広がる森の上空を、いくつも飛び越えていく。魔霧の森を出発してから二時間ほどで、街道と街の規模が、徐々に大きく立派になってきた。

 はるか先の小高い丘の上に、壮麗な城と城壁に囲まれ、幾重にも街並みの重なる大都市が見えてきた。

 杜若かきつばたの背中から見下ろす、ファルザルク王国は、素晴らしい眺めだった。

 ただし、香澄かすみは無駄に緊張していた。香澄は、狭い鞍の上で密着して、背中越しに感じるアレクシリスの体温と、耳元で囁かれる説明に、何の拷問なのかと死んだ魚の様な目をしていた。

 杜若は、ひたすら無言で飛んでいたのだった。

 というのも、アレクシリスの機嫌が悪いのだ。彼は、騎士として礼儀正しく香澄に接しているし、穏やかな口調で話している。表面上は、完璧な王子様だ。

 しかし、香澄の気のせいではないだろう。

 香澄が、鞍の上でアレクシリスの座る場所を、少しでも広くする為に前方に身を寄せると、すくに引き戻された。香澄が思わず振り返えると、笑顔のアレクシリスがいた。無言の笑顔だけで威圧するなんて、美形はすごいと思う。
 会話も、普通に交わしている。しかし、香澄がランスグレイルから聞いた話を、より詳しく尋ねようと話をきり出すと、背後の気配が重く冷えるのだ。いや、本当に冷凍庫を開けたように凍えそうになる。

 アレクシリスは、まるでスネた子供のように不機嫌だった。

 いや、二十代半ばの青年を、子供だと思うのはさすがにやめておこうと香澄も思う。いくら、自分が半世紀生きてきても、今は見た目だけなら、彼らより年下なのだから …… 。

 見た目の印象は、人間関係において大事な要素の一つだ。香澄は、ランスグレイルのファルザルク王国情報から、色々と予測していた。
 今のうちに容姿に相応しい分別をつけなければ、貴族社会で足をすくわれかねないだろう。

 しかし、アレクシリスがそこはかとなく、不機嫌オーラを放っているのは、再会した香澄が、ランスグレイルを、親しげに『ランス』と呼んでからのような気がする。

 いくらマイペースな香澄でも、空気くらいは多少は読める。黒猫皓輝こうきは、鞍から離れて、杜若の首の根元の窪みで丸くなっている。皓輝も、空気を読んで離れているのだろう。

「香澄、あれが王都シリンとファルザルク城です。シリンという名は、太古の豊穣と月の女神シ・リン・ファ・ラースンの名前が由来です」
「舌を噛みそうな、お名前の女神様ですね」
「だから、一部だけを取ってシリンです」
「なるほど?」

 精神的に限界の近い香澄は、疑問符付きで答えてしまった。香澄の中の何らかの数値が、ゼロになる前に、王都に着いて心から良かったと思った。

「ファルザルク城は、建国前まで、ただの地方豪族の砦跡だったのです。砦跡を基礎に、歴代の国王が増改築を繰り返してきたので、時代毎に建築様式も建材も違う棟が複雑に連なり、まるで迷宮の様になっているのが特徴です。城の背後は、エレンズ川が流れる断崖絶壁になっています」
「あれが、エレンズ川ですか?」
「ええ、渓谷を流れているのがそうです」

 香澄は、下をのぞき込んだ。城の裏手は、より深い渓谷になっていた。正に、この立地は天然の要塞だ。暗い谷底に、キラキラ光りながら川が流れていた。遠くに見える高い山脈が、エレンズ川の水源だろうか?

「王都シリンは、王城を中心に扇型に拡がっていて、街の拡大とともに新たな城壁を建設していきました。つまり、初期に造られた城を囲む城壁の外側に街が建築され、その外側に新たな城壁が造られたのです。その繰返しで外側へ行くほど新しい街になっているのです。王都は、何層もの壁が隔てているせいで、正に巨大な迷路と化していて、観光名所にもなっています」
「観光名所ですか?」

 つまり、観光が出来るくらい、この世界の国々は平和で豊かだということだろう。

「特に、名物はファルザルクの料理と、『竜騎士団』だそうです」
「食事が美味しいって、観光名所では大事な要素ですね。『竜騎士団』が名物って、他国には『竜騎士団』はないのですか?」
「『竜騎士』はいます。しかし、編隊を組めるほど規模が大きいのは、ファルザルク王国だけでしょう」
「あ、ランス・・・に聞きました。『竜騎士王国』と、呼ばれている、とか …… 」

 杜若は、非難する様な目線を香澄に向けた。皓輝は一瞬、しっぽをブワリと逆立てた。

 香澄は、自分の失言を確信した。
 
 アレクシリスが、香澄の『ランス』呼びを気に入らないのは間違いなさそうだ。香澄の立場で、第一王子様を、愛称で呼ぶのは、いけない事なのかもしれない。
 それなら、はっきり注意してくれれば、香澄は従うつもりだ。しかし、何も言われていないのに、いまさら、ランスグレイルを違う呼び方に変えるのもおかしいと思っている。

 だから、香澄はアレクシリスの不機嫌な理由が、わからなかった。




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