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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国
第二話 束の間の休憩時間
しおりを挟む香澄とランスグレイルは、魔霧の森の『隠れ家』で三日間を過ごす間に、すっかり仲良くなった。
ランスグレイルとのすったもんだの後、香澄は、お腹がすいたので食事を作る事にしたのだ。
皓輝の案内で、たわわに実る畑の野菜や魔道具の保冷庫の中に、大量の食材があるのを見て驚いた。香澄は、早速調理を開始した。
それならばと、ランスグレイルが手伝ってくれたのがきっかけだった。
小型のナイフを使って、スルスルと大量のジャガイモの皮を剥くランスグレイルに感心した。異世界でも、野菜の種類や大きさも、ほとんど変わらない。こちらの方が、味が濃くて美味しいくらいだ。
「ランスは、王子様なのに、とても手際も良くて、ナイフの扱いも上手ですね」
香澄が感心して褒めると、ランスグレイルは、竜騎士見習いの数ヶ月の間に仕込まれたと照ながら話した。
もしも、異世界人が、全く違うを食物を食べていたら、例え人類でも、違う進化をしているかもしれない。食物の影響で、毒に強い身体とか、硬いものでも噛み砕けるアゴとか、消化器官が違う可能性だってあるだろう。だから、内臓や骨格が発達のしかたが変われば、容姿も変わるのではないだろうか?
香澄は、異世界転移してから、ほぼ美形にしか出会っていない気がした。美形だらけの世界になるためには、どんな要素が影響したのだろうか?
香澄はくだらない事を考えながらも、十八歳の男の子は、どれくらい食べるのだろうと悩んでいた。
「第一王子様なのに、騎士でもあるのね」
「私は、確かに第一王子ですが、姉上が王太子なので、将来の国王には姉上がなります。今の私の立場は、王子ですが、いずれ臣籍降下して、竜騎士として生きるつもりでした。…… しかし、今は国を勝手に抜け出した逃亡者、竜騎士団を脱走した犯罪者です。帰国すれば、香澄殿を殺そうとした罪も加わるでしょうから、とんだ罪人です。これが王子だなんて、前代未聞ですね …… 」
ランスグレイルは話しながら。顔色がみるみる悪くなり、すっかり落ち込んでしまった。
「でも、ランスの意思ではないでしょう? 『異界の悪魔族』に操られてした事だし、情状酌量の余地ありって事にならないの?」
「難しいです。『異界の悪魔族』の事は、竜族との盟約で公表出来ません。だから、帰国後は、今回の件で、陛下や家族に多大な迷惑をかける事になります」
「色々と難しいのね …… 」
『異界の悪魔族』に操られるきっかけは、従者が運んできた、贈答品の珍しいお酒だった。従者が、お酒の栓を開けた途端に、意識が遠のいたという。
その後、意識はあるのに、身体の自由がきかなくなったそうだ。しかも、訳もわからぬうちに、色々な行動をして、突然の憎しみに駆り立てられてしまった。次に、気がついた時は、香澄の首を締め上げていたそうだ。
それからの行動も、夢うつつで、意識はあるのに、行動は自由にならず、ぼんやりとしか記憶にないという。
時々、『歯車の精霊』が何か叫んでいるのが聴こえたのと、リングネイリアの夢を見たような気がすると、悲しそうにランスグレイルは話した。
ただ、皓輝のオリジナルに、『隠れ家』にたどり着いた時、手酷い仕打ちを受けて、身の内の何かが抜け出したのは、はっきりと覚えているそうだ。
「ランスは、わたしを憎んでないの? その、リングネイリアの死の原因かもしれないし、わたしは彼女の魔力を使って、治癒されたのだから、嫌じゃないの?」
「リングネイリアが、望んで召還した貴女に、何の罪咎がありましょうか? それに、先ほどもいいましたが、香澄殿に、僕は酷い事をしました。香澄殿の為に、僕の出来る事なら、何でもいたします」
「アレクシリスさんは、『ランスグレイルは、逆恨みなどする様な男ではありません』って、言ってましたが、その通りね」
「兄上が? そうですか …… 」
「兄上?」
「アレクシリス兄上は、本当は母上の異母弟異母弟です。叔父上と呼ぶのが正しいのですが、八歳しか年が離れていないので、幼い頃から兄上と呼んで僕たちは育ったのです」
「僕たち?」
「あ、私たちです!」
「別に、僕でもいいけど? かしこまられると、わたしも疲れちゃうから。違うのよ、他にも兄弟がいるの?」
「双子の弟がいます」
「双子なの?」
「顔はそっくりですが、弟のレンドグレイルは、父上ゆずりの鳶色の髪と瞳をしていて、魔術師見習いなんです。姉上のマリシリスティアは、七つ違いで面白い女性なんです」
「女性に面白いはないと思うけど?」
「えっと、姉上はまるでびっくり箱みたいに、次から次へと、色々騒動を起こすのです。しかも、それが王国の為に必ずなるという、面白いと表現するのがぴったりとあてはまる人なのです」
香澄たちが、雑談をしながら料理をしていると、青年皓輝が困った顔をしてやってきた。
「香澄様、精霊たちが、香澄の料理を食べたがって、広間から出ようと画策しています。いくら数千年間安定した空間魔法でも、これだけの精霊達の力業で『隠れ家』の結界を壊されたら、大変なことになるります。交渉したのですが、香澄様の手料理を、少しだけ精霊たちにも振舞っていただけませんか?」
香澄は、作るのはかまわなかった。何故、精霊たちは香澄の料理を食べたいのだろう? いや、料理を食べる事が滅多にできないイベントなのかもしれない。
「だけと、何日間ここに居ないといけないか分からないのに、食料を使い切ってしまわないかしら?」
「大量の食料を一度に消費しても、明日の朝には全て元どおりになります。これも、『隠れ家』の魔法の一つです」
…… それは、あまりにご都合主義すぎないかな?
香澄は、大量のトマト、ナス、タマネギ、ジャガイモ、セロリなどの野菜を小さめの角切りにする。一番大きな鍋に、ベーコンを炒めて脂を出し、肉を加えて炒め、水と刻んだ野菜を加えて、香味野菜やスパイスで、ブーケガルニを作り煮込んでいった。ラタトゥイユもどきのスープだ。本格的な物は、ワインで煮込むらしいが、あいにく葡萄酒は無かった。
まあ、香澄はあってももったいなくて使わなかっただろう。
大きな塊の肉を、天板に置いて数種類のスパイスで味付けする。周りにザク切りにした野菜を並べて、オーブンでじっくり蒸し焼きにして、ローストビーフを作った。ローストビーフはステーキを一枚一枚焼くよりも効率よく、意外と簡単に作れる料理だ。
ランスグレイルは、見知らぬスパイスに戸惑う香澄の代わりに、味付けをしてくれた。香澄のリクエスト通りの味を、見事に再現してくれるのだ。
香澄は、ランスグレイルを、息子がいたらお嫁さんに欲しいくらいのレベルで気に入った。
出来上がったローストビーフを、ランスグレイルに適当にスライスしてもらった。香澄は、他にもホットケーキを作り、フルーツをカットしてデザートを仕上げた。食料庫にパンが大量にあったので、それも出来上がった料理と一緒に運んでもらった。
結果は、大好評! 香澄は精霊の胃袋を掴んだ …… !
精霊は、食事をしなくても生きていけるので、嗜好品として食べるのだという。一日一食だけでいいと言われて、香澄はホッとした。いくら他にやる事がなくても、大量の食事を一日三食作るのは大変だ。毎回、精霊の口に合うのかどうかも心配だったからだ。
…… なんてスローライフを満喫して、香澄は、やっと人心地がついたのだった。
香澄は、ランスグレイルは、良い子だと思った。あれから、ランスグレイルを見ても、特に何も感情に変化はなかった。リングネイリアの影響は、あの時以外に感じなくなった。
香澄と話をしていてランスグレイルは、まだ少年の幼さが残った、素直な優しい性格なのだとわかった。
香澄は、ランスグレイルと暖炉の前にラグを敷いてホットココアに似た甘い飲み物を口にしながら沢山の話をした。
香澄の膝に黒猫の皓輝かいる。子猫から成長して、育っているが、安定のモフモフ癒しだ。
香澄は、ブラッシングしたいと思った。黒猫皓輝は、ブラッシングしなくても、もつれたりしない素敵な長毛だ。しかし、今度ブラシを手に入れて、この艶やかなモフモフをブラシをかけながら堪能したい。
ブラッシングは、少年皓輝の茶髪でもいいかもしれない。青年皓輝は、…… 慎んで辞退しておこう。
ランスグレイルは、かわいい。男の子にかわいいは失礼だけど、弟みたいにかわいい。皓輝のように危うくないし、アレクシリスのように、感情を隠している感じもない。
まあ、アレクシリスは騎士団長という役職の立場上、あの完璧な王子様の仮面を被っているのだろう。ただ、香澄はその仮面の下のアレクシリスの顔を何度も見ているのかもしれない。
そういえば、いつからアレクシリスは『香澄』と呼ぶようになったのだろうか?
香澄は、自分の頬が熱くなったのを誤魔化すように、カップの中身を飲み干した。
ランスグレイルが、アレクシリスの事をとても尊敬していて、頬を染めながら『兄上』の自慢話をする姿が、香澄の胸の奥を『きゅん、きゅん』させた事は秘密にしておこう …… 。
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