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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国
第十二話 恋愛スイッチ ②
しおりを挟むアレクシリスは、笑顔を仮面のように張り付けて、ゆっくりと香澄との距離を縮めてくる。
香澄は、目が全く笑っていない美形の笑顔が、こんなに恐ろしいのかと顔がひきつった。ジリジリと後ずさりながら、アレクシリスと距離をとろうとしたが、皓輝が引っ付いていて身動きが取れない。皓輝は、相変わらず香澄とアレクシリスの会話に興味が無いらしい。香澄の腰に縋りついたまま、まるで眠っているようだ。
アレクシリスは香澄の肩を捕まえようとしている。香澄は、アレクシリスの行動の意味がわからなかった。
「アレクシリスさん?」
「どうかしましたか?」
『どうかしましたか?』は、こちらの台詞だと香澄は思った。
香澄はソファーの背もたれとアレクシリスの両腕に、すっかり囲まれてしまった。香澄は心臓が早鐘を打つのを他人事のように感じながら、怖いし追い詰められていると思った。それと同時に、甘やかな香りを感じ取っている自分がいた。
「我々は、異世界人と接触する事は稀ですし、記録も最低限しかありません。文化の違いを知りたくて、遊帆殿に色々と教えていただいたのです。なるほど、そんな単純な罠を見抜けなかったとは …… 」
アレクシリスのセリフは、自嘲気味な内容だったが、行動は別だった。
アレクシリスは、片手でサラリと金色の前髪をかき上げながら、香澄に顔を寄せてきた。青い瞳の奥に揺らめく熱が、香澄をしっかりと捕らえている。香澄は、自分の予測が正しければ、アレクシリスが自分にキスをしようとしている可能性があると思った。可能性があるなんて考え方をしてしまうのは、あまりに急展開の連続だったからだ。
「アレクシリスさん! ちょっと、待って下さい! 」
「待てとは? どれくらいですか? 香澄に口づけするのに、まばたきの時間くらいしか待ちたくない …… 」
口づけする気なのかっ! 男の壮絶な色気とは、コレか! コレなのか! コレが、フェロモン?! 頭がクラクラする! 逆上せているの? 血圧が高くなってる?! 顔に血が溜まっている?! 彼の吐息が、顔にかかってる! 逆に、わたしの鼻息かけちゃいそう! 顔っ、近い!
元の世界で結婚していて、若い頃はそれなりに夫婦仲も良かった香澄だったが、そんな人生でもイケメンに迫られるだなんて、未だ嘗てないモテ経験をしている最中だ。
「待って …… !アレクシリスさん」
「どうか、二人きりの時は『シシィ』と呼んでください …… 」
煌めく海の色の瞳に見つめられ、香澄の視界がぼやけ始めた直後に、アレクシリスは身を引いた。
「ああ、皓輝がいましたね。二人きりではありませんでした。残念です …… 」
「は?」
そうだ。皓輝がいたのだ。香澄の腰に引っ付いて無言で居ると、皓輝を自分の一部のように気配を感じなくなる。皓輝は、香澄に命の別状がない限り動かないし、香澄に意見をすることもなかった。
アレクシリスは、香澄のうなじまで真っ赤に染まった様子に満足気に、ちょっと悪い笑顔を浮かべていた。
「『さん』は、必要ありません。香澄を勝手に呼び捨てにしていましたし、この世界では、公式の場以外で姓を呼ぶのは無粋なので、どうかアレクシリスと呼んでください」
「あ、アレクシリス?」
「はい。香澄」
香澄は、ドキドキと心臓の鼓動が激しくなり、体温が上がり、背中にあせが一筋伝うのを感じていた。
「ぴゃっ!」
アレクシリスは、素早く香澄の鼻先に軽く唇を押し当てて離れていった。
「今は、藍白の話が先ですね。続きは、また今度二人きりで …… 」
「遠慮します! 今度は、無しで!」
「フッ。香澄は私と二人きりでは話してくださらないのですか?」
「 …… 遊帆さんの罠です! まんまと嵌る事はありませんよ!」
「ええ、そうですね」
アレクシリスは、目を細めて香澄を見つめながら、どこか楽しげだった。
あ、焦った! 何が?! 何に?! うわあああああっ! イケメンなんか、イケメンなんかあ~!! 香澄は、大混乱だ。
「香澄、大丈夫ですか? 話を聞いていただけますか?」
「は、はい」
アレクシリスは、香澄の冬眠中の恋愛スイッチを、オンに切り替える努力を、どうやら仕掛け始めたようだっだ。
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