魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国

第十一話 恋愛スイッチ ①

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 夕食の時間になったらしく、扉の向こうから珊瑚さんごのノックの合図があった。

 珊瑚は、結界の一部が解かれると入室して、手際良く夕食を用意してくれた。珊瑚は、藍白あいじろの件をまだ知らない。少なくとも、ファルザルク王国にいる竜族は知らないと亜希子あきこは言っていた。

 キプトの町の蘇芳すおうが、常盤ときわ杜若かきつばたを呼び出させたのは、彼が藍白と一番親しく、繊細な魔法を得意としているからだそうだ。常盤は、魔霧の森の異変で行方不明になったアレクシリス達の捜索のために、キプトの町に立ち寄より、いち早く事情を知ったのだった。

 香澄かすみは、食欲がなかった。気遣う珊瑚に少し疲れているだけだと言い訳をした。はっきりするまで、藍白の件は秘密にしているそうなので、香澄は珊瑚に何も言えなかった。
 香澄は、亜希子から色々聞いて疲れたのと、藍白の事が心配で、何を食べても味がしなかった。食べたばかりの夕食の内容すら憶えていない始末だった。

 珊瑚は明るく笑いながら、給仕の合間に色々と香澄達に話していた。

「竜族は、子供が生まれにくいのですが、周期的に生まれやすい時期が巡ってくるのです。えっと、藍白と杜若、黄檗きはだに常盤はご存知ですよね。私たちは、ほぼ同時期に生まれたのです。バルシャの町の生まれの子供は、亜希子さんにずいぶんお世話になりました。亜希子さんは、名付け親なだけじゃなくて、お母さん代わりでもあるのです」
「珊瑚、お母さんだなんて大げさよ。託児所の保母さんみたいな感じだっただけだわ」
「バルシャの町? バルシャ …… 確か、藍白は姓をバルシャって名乗ったのですが?」
「バルシャの町は、もう誰も住んでいない町よ。これ以上は、秘密。また珊瑚が喋れなくなると困るからね」
「 …… わかりました。亜希子さん」

 亜希子は、食事をしない。必要無いからだと笑った。

 結局、香澄は亜希子から色々聞いても謎が増えるばかりで、モヤモヤした気分になるだけだった。香澄は、食後のお茶を飲みながら、グルグルと一人藍白の事を考えていた。

 亜希子さんの言ってた『白竜は唯一』それって、藍白はいずれ長になるよう期待されてるってことなのかな? いずれ、自分達の上に立つ白竜だから甘やかして育てていた? うん? 変な理屈だよね?
 藍白は、いつも飄々としているのに、危なっかしくて目が離せない子供みたいなところがある。わたしは、面倒だけど可愛い弟のように、いつの間にか思っていたんだ。その藍白が『成人の儀』で、大変な事になったらしいのに、状況がはっきりしないし、始祖の白竜王とはいったい何者だろう?
 ああ、竜王と神々の『禁断の秘術』で召喚されたというなら、神様に事前説明して欲しかった! 神様に会っていれば、アレクシリスさんに恥ずかしい質問をしなくて済んだのだし、自分の役目とやらもはっきりしたのだろう。

 …………はっ!そうだ! 自分は女神真幌に会えているじゃないの?!

「亜希子さん、この世界の神様に会えませんか?! なるべく偉い神様に!」
「ん? ……会えなくはなかったんだけど、この世界の主神は魔霧の森を安定させて消えたし、他の神々も『魔術の杭』になって『聖域』の下に埋まっているからなぁ …… 。ちょっと面倒だけど、異界に渡った神の一人を呼び出してみましょうか? 時間はかかるかもしれないけどね」
「えっ?!」

 亜希子は、さりげなくとんでも無い事を言った。香澄は、亜希子の言葉に驚き過ぎて、二の句が継げないでいる。

「ヴァンクロスフォーレ神と言って、一番年若い神だったけど、神格の高い、優しい神様だった。諸事情により、この世界にいられなくなった神だけど、彼なら色々知っているわ。ダメ元で、呼んでみましょう。私は、もう駄目だから …… 」
「ダメ? 何がでしょうか? …… 亜希子さん?」
「私は、もう限界なの。『死者の王』として存在するには、魔力も精神力も弱すぎたの。もう、記憶も正確に思い出せない事も多いのよ。でも、病気じゃないの。ただの老化、寿命なのよ」
「だって、え?」

 亜希子は、どう見ても二十代後半にしか見えない。老化しているのと言われても困惑するだけだ。

「『死者の王』は、死なないのではなくて、死んだ直後の状態を維持しているの。死に続ける体と魂を永遠に保ち続ける呪いのような魔術よ。ゆっくりと魂も身体も磨耗して、老いていくの……それに、私は本体じゃないのよ」
「え?」
「私は、『飯田亜希子』の記憶の劣化版複製品。根底は本人と繋がっているけど、基本的に独立行動をする …… 分身みたいなモノだから、ちょとぐらい変な事を言っても許してね。アレクシリスは、事情を知っているから、すぐ笑うのよ。失礼よね!」
「すみません。本体の亜希子に、複製の貴女が暴走したら、止めるように言われていたのです。その時の予想と、全く同じことを言っていたので……クッ!」

 アレクシリスは、思い出したのか小さく笑い出した。香澄もアレクシリスの笑いのツボが、やや謎だった。

「香澄さん、アレクシリスの笑いのツボは、変なのよ」
「普通です。香澄に妙な事を言わないで下さい。亜希子が面白すぎるんです」
「本当に失礼ね! やだやだ、大人になるとみんな可愛げがなくなってくるのよ! アレクシリスは初めて会った頃、あんなに可愛かったのに!」
「いつの話です? 五歳の子供がかわいくなかったら、逆におかしいでしょう?」
「ええ、その通りよ! 初めて会った時と変わらず、性格は小憎らしいわね!」

 食事を終えて、これ以上の情報は必要ないとアレクシリスは判断したらしい。香澄は、亜希子に藍白の事が何かわかったらすぐに教えてもらう約束をして別れた。 



 会議室を出ようとした香澄は、アレクシリスに呼び止められた。皓輝は、まだ少年の姿のまま香澄にくっ付いていた。

「実は、亜希子の話は正確ではありません。私は藍白に真実をいくらか聞いています。藍白は、子竜の『封印の儀』で抵抗して、聖印が中途半端な状態なので、何でも話せたのです。子供の頃から少しずつ、藍白は竜族の秘密を私に教えてくれました。杜若でさえ知らない事も …… もう少し、私にお時間をいただけますか?」
「はい。私も情報を整理したいです」

 香澄は、皓輝と一緒だったので、三人がけのソファーに座った。しかし、アレクシリスも同じソファーに座ったのだった。香澄は、いつもより近い距離感に慌てた。アレクシリスは、ジッと香澄を見つめながら口を開いた。

「まず最初に、藍白が香澄に何を言って貴女に口づけたのか知りませんが、私は香澄の好意に応えたいと思っています」
「えっと、はい?」
、貴女が好きです」
「 ………… は?」

 香澄は、何を言われたのかわからず固まった。アレクシリスは、冗談を言ったのだろうか? ここは、笑うところなのか? 冗談にしては、アレクシリスのまなざしは真剣だった。香澄は、翻訳魔法が誤認したのかもしれないと思い至った。

「アレクシリスさん、もう一度いっていただけますか?」
「 …… 私も、香澄が好きです」

 アレクシリスは、真っ直ぐ香澄を見つめながら、もう一度、同じ告白をした。頬を染めた美青年の破壊力は凄まじいが、香澄はすっかり混乱した。

「あ、あ、アレクシリスさん?! いつ、どこで、私は貴方に告白した事になっているのでしょうか?!」
「 ………… ? 先ほどから、ずっと …… 」

 香澄は、頭が沸騰して爆発しそうだった。

 アレクシリスの事は、ちょっと油断ならない相手だと、お互いの立場を考え思っていた。その相手に、いきなり貴方の好意に応えたいとは何事なの?! す、好きだなんて告白をされたのは、何十年振り?! 違う! 今の問題はそこじゃない!

「こ、心当たりが全くありません!」
「では、香澄は私をなぜアレクシリスと呼ぶのですか?」
「はい? えっと、一般的な敬称ですから?」
「……は?」

 アレクシリスは、香澄の答えに目を見はった。香澄は、自分の言った事の何がアレクシリスを驚かせたのかわからない。香澄がコテンとくびを傾げると、アレクシリスは今度は赤い顔をして狼狽えだした。

「『さん』は、…… 異世界の女性が、特別な好意を持つ相手に対する敬称だと、遊帆殿に教えられたのですが? 相手を恋愛対象として考えられる場合、『さん』呼びをすることが、実は好意の告白と同等の意味があると …… 」
「そんな意味のある敬称なんて、ありません!ありえません!『さん』は、ただ単に、さんです」
「 ………… 特別な意味が無いのですか?」
「はあ、遊帆さんの悪戯ですね …… 。『さん』なるほど、翻訳されてるのを意識すれば違いがわかります」
「まさか、遊帆殿が翻訳魔法に細工を …… 」

 つまり、遊帆さんは『さん』に嘘の意味を含ませて、アレクシリスさんを揶揄からかったのでしょう。なるほど …… 。アレクシリスさんがメイラビアさんと違い、『』呼びを否定も肯定もしなかったのは、こういう訳だったの?
 わたしは、アレクシリスさんに特別な好意があると、常にアピールしているような、変態おばさんという事ではないですか? 何か痴女的なもの? 年甲斐もなく恥知らずな? いくら外形美少女でも、品格を疑われかねないアプローチの仕方でしょう? やはり、遊帆さんの顔を、一発殴っておけばよかった! 問答無用で次は殴ろう!

「メイラビアさんにも、私を『ちゃん』は、淑女に対する敬称だと揶揄っていたようでしたから、遊帆さんは確信犯です。後で、遊帆さんに会ったら絶対殴っておきます!」

 アレクシリスは、呆気にとられた顔をしていたが、すぐに無表情になった。何かを考え込んでいるようだ。逆に、香澄は黒い笑顔を浮かべた。

「そうですね、遊帆さんに私が異世界から持ち込んだ荷物で、スマホはダメでしたが、モバイルパソコンはある程度復元出来そうだと聞いてます。あれには、偶然に遊帆さんが読んでいた小説の続きのデータが入っていたんです。遊帆さんは、続きを読むためにも、高度な魔法で復元するつもりだそうです。精々苦労して、復元していただきましょう。でも、遊帆さんが苦心の末にモバイルパソコンを直しても、データのアクセスパスワードを絶対に教えません! どこまで仕返しになるのかわかりませんが、二人で飲んだ夜に話していて、かなり喜んでましたから、ささやかな復讐くらいになるはずです!」
「遊帆殿と二人で飲んだ? いつですか? どこで?」
「ああ、二人きりじゃないですよ。皓輝も一緒にいました。ファルザルク王国に出発する前夜に、大使館の食堂で二人で果実酒をいただきましたが?」
「 …… そうですか。私は『管理者』としても、香澄を一人にしてはいけませんでした …… 」
「あ、アレクシリスさん?」

 アレクシリスは、香澄ににっこりと微笑み、ぐっと距離を詰めた。









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