魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国

第十四話 再生する器

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香澄かすみを『囁きの森』で保護するには、状況が悪い方に変わりました。藍白あいじろが『成人の儀』を受けて異変を起こしているのなら、彼から距離を置いて離れるべきです」
「どういう事でしょうか?」
「私は、杜若かきつばたと藍白に五歳の春に出会いました。それから、二十年来の友人です。杜若は、『竜騎士の契約』を交わした関係ですから当然ですが、藍白とも同じくらいの信頼を寄せています」
「五歳 …… 。ずいぶん昔からの関係なんですね …… 」
「藍白が、もし自分が止むに止まれず『成人の儀』を受けた後に、少しでも違和感があれば近づくな …… それは、自分ではないかもしれない。 …… 藍白は、自分が白竜王の器だと知っていたのです」
「藍白がそんな事を? 器? 白竜王とは? いったい何者なのですか?」
「古代竜の生き残りの白竜王。竜族の混血に最後まで抵抗した竜王だったという伝承が残っているそうです。子竜が受ける『封印の儀』と成竜が受ける『成人の儀』に使われる魔道具に使われる竜核が、白竜王の物だと言われているそうです」
「竜核?」
「まず、竜族は人間の肉体と竜の姿のを持つ精霊だと考えて下さい」
「人間の肉体? 竜の体も肉体ですよね? 私達、杜若さんの背中乗って、飛べましたよね?」
「正確には、竜の姿は魔力の塊です。二つの姿を繋ぐのが竜核です。魔力の源であり、形のある魂です」
「竜核 …… リングネイリアさんの竜核? 私の治療に使われたという?」
「そうです。リングネイリアの竜核は、砕け散っていました。だから、ただの魔力の塊でしかありませんでした。しかし、竜核さえ無傷なら、竜族は死んでいない。復活する可能性があります。しかし、それは精霊としてです。肉体は失われているのですから、本来は精霊として復活するしかありえません。ただし、人の肉体を復活させる秘術があるのです」
「そんな秘術があるのですか?」
「私とランスグレイルはよく似ています。私も父にもそっくりです。そして、祖父にも。些細な違いはありますが、歴代のファルザルク国王の肖像画は、まるで同じ人物を描いているとしか思えない程そっくりです」
「?」

 唐突に、アレクシリスはファルザルク王家の話を始めた。親子が似ているのは遺伝だ。こちらの世界の詳細な人体の構造は知らないが、ある程度同じならば遺伝子の問題で解決する話だろう。香澄は、アレクシリスの話の流れがわからなかった。

「ファルザルク王家に伝わる秘密の伝承に、王家の始祖は古代竜の生き残り、黄金の竜王だと言われています。そして、その血を引いた王族直系男子は、父親と瓜二つの容姿で生まれる事が多いのです。それは、秘術による黄金の竜王の器の再生だからだと伝わっています。黄金の竜の竜核は行方不明なので、私達が精神を乗っ取られる可能性はありません。しかし、竜族がファルザルクの王族と付かず離れずの距離にあるのも、盟約を結んでいるのも、それが大きな理由でしょう。多分、蘇芳すおうは何か知っていると思います」
「それじゃあ、歴代の白竜達は、古代竜の白竜王の器だから、藍白も身体と精神を乗っ取られているというのですか?」

 始祖の白竜王の記憶を受け継ぐだけなら藍白は藍白のままだろう。でも、乗っとられるとアレクシリスは言った。なら、藍白の魂はどうなるのだろう?

「藍白だって、何の手も打たずにいたわけではありません。しかし、十分勝算があったわけでもないのです。だから、藍白の忠告通り竜族から離れましょう。竜族が香澄をどうしたいのかはっきりするまで、ファルザルク王国側で保護した方がいい。やはり、現段階で『囁きの森』は、安全ではありません」
「 …… わかりました」

 亜希子あきこの言っていたように、香澄が世界の救済を目的に召喚されたとしたら、その手段として生贄にされないとは限らない。藍白の事は心配だが、竜族が香澄に求めている事が、どのような型で成就するものなのかわからない。
 ただ、本当にこの世界が滅ぶならば、ファルザルク王国だって、手段として香澄を利用するだろう。
 でも、香澄はアレクシリスを信じてみようと思っていた。海野うんの遊帆ゆうほという飲み友に昇格した、ちょっと胡散臭い魔術師を信じてみようと思うのだった。

「そろそろ出発しましょう。珊瑚が戻って来てからでは厄介です」
「でも、どうやって?」
「私が香澄を連れ出すわけにはいかないので、ランスグレイルに、『裏庭』を、…… 秘密の抜け道を案内させます。その間に、香澄を私が保護する事を、竜族に納得させます」
「ランスは …… ランスグレイル王子は、今回の失踪で罰を受けるのでしょうか?」

 香澄は、アレクシリスの機嫌が悪くなるのを、危うく回避した。竜体の杜若の背でアレクシリスが不機嫌だった理由が、やっと香澄にも分かった。
 信じ難いが、魔霧の森の『隠れ家』でランスグレイルと香澄が親しくなったのを、アレクシリスは嫉妬しているらしい。
 香澄にすれば、子供相手に何をという思いだ。香澄にすれば、妹の娘よりも若い少年に恋情を抱くなどあり得なかったのだった。

「ランスの処遇は、失踪が露見した時から決まっていました。彼の異常な行動は、ある貴族からの贈り物の果実酒が原因だと判明しています。最初から、『ランスグレイル殿下は、暗殺されかけた為、身を隠していた』ことにする手筈でした。ランスの侍従は、まだ毒の影響から完全に回復していませんし、贈り物の酒瓶から毒物の反応もありました。贈り主の貴族は、『反逆罪』で厳正なる処分を女王陛下から下されました」
「良かった。ですが、侍従の方は心配ですね」
「いくら『異界の悪魔族』絡みとはいえ、ランスグレイルの侍従も、まだまだ未熟です。王宮に仕える者は、主の暗殺の危機を常に警戒していなければなりませんから」

 香澄は、魔霧の森の『隠れ家』でランスグレイルが侍従の青年が無事かどうかとても心配していたのを思い出していた。貴族社会の仕組みも多少聞いていたが、なかなかアレクシリスも手厳しいと思った。

「それにしても、秘密の抜け道だなんて、竜族は知らないのですか?」
「ええ、この寮が建築される以前からあるものです。さきほども話したように、亜希子の話す歴史と事実に、微妙なズレがあります」
「ズレ?」
「ファルザルク城は、小国の国境の砦跡に築城されたのが起源だと伝えられています。基礎石の鑑定の結果それは正しい史実と証明されつつあります。しかし、更に地下があり古代神殿が埋まっていたのです」
「それが?」
「亜希子の教えられた歴史は、竜族によって歪められた歴史です。世界の歴史はもっと長く真実は残酷です」

 歴史は後世の人々によって、真実とは違う物に歪められる事も多々ある。新たな事実が発見されると修正される。実際、香澄の子供の頃に学んだ歴史のいくつかは修正された。歴史上の有名人物の肖像画が他人だったり、受験で覚えた年号が変わったりしている。
 歴史だけでなく、科学も発展していくにつれて、元素が増えたり、惑星に数えられていた星が格下げされて減ったり、宇宙は解明されるほど謎が深まっている。

「地下に広がっているのは、大都市と呼べる規模の遺跡群です。『茨の塔』で研究されています。詳しくは、遊帆殿を交えて話しましょう。 …… 来たようです」

ーーーー カコン。

 ソファーの足元の床から何かが外れる音がした。アレクシリスが2畳ほどの絨毯を素早く捲ると、床石が少しだけ持ち上がっていた。
 床石が横にズレると人が一人通れるくらいの四角い穴が開いていた。仄かに明るい穴から、ひょっこりランスグレイルが顔を出した。

「ランス、遅いぞ。迷ったのか?」
「竜族の結界が思ったより深くて、階層を一段下がって回り道したせいで手間取りました」
「ランス! よかった。処分無しだって? アレクシリスに聞いていたけど心配したよ」
「香澄殿!ご心配をおかけしました」

ーーーー ピキ。

 香澄は、何かがヒビ割れた様な音が聞こえた気がした。ランスグレイルの顔を見た途端に『隠れ家』で過ごしたような気安さで話しかけてしまった。後悔先に立たず。

 ランスグレイルは、足元の素焼きタイルがヒビ割れたのを見て色々と悟った。

 ランスグレイルは、破天荒な姉と難ありな性格の双子の片割れに挟まれて育ったせいか、他人の感情に非常に敏感に育ったのだった。
 香澄が自分を『ランス』と、愛称で呼び、しかも、くだけた口調で話しかけるのをアレクシリスが嫉妬しているのを瞬時に理解した。

 しかし、ランスグレイルはまだ本当の恋を知らない。まだ少年期を抜けたばかりの若者には、恋情の厄介さまでは理解しきれていないのだった。ランスグレイルは、この時点でアレクシリスの本気度を見誤っていた。

「香澄、ランスグレイルを愛称で呼ぶのに、仮でも婚約者の私を愛称で呼んでいただけないのですか?」
「あの、香澄殿、兄上を愛称の『シシィ』と呼んではいただけませんか?」
「『シシィ』? そういえば、そう呼んで欲しいと言われましたね。アレクシリスの愛称ですか?」
「そうです! 身内しかそう呼びません。香澄殿、いかがですか?」

 正確には、アレクシリスの異母妹のアレクサンドラ陛下とその夫のグレイルードだけが呼ぶ愛称だった。今は亡き彼の母親が名付けた愛称だ。ランスグレイルは、少しでもアレクシリスの不機嫌の原因を取り除こうと、必死になって香澄に提案した。

「香澄、『シシィ』と呼んで致きませんか?」

 香澄は、小声で『シシィ』と何度も呟いてから、困惑気味にアレクシリスにたずねた。

「えっと、『シシィ』ではなくて、例えば『アレク』ではいけませんか?」
「 …… なぜでしょうか?」
「うーん。『シシィ』は、女性の名前みたいで、イメージ的に余計に呼びづらい気がします。『アレク』なら、よくある男性の名前ですし、いくらか照れずに呼びやすいかもしれないです」
「そうなのですか?」
「はい。それに、身内の方しか言わない『シシィ』と呼べは、周りの方からも凄く親密に思われて、婚約者のフリだったと言っても、後で色々と誤解されそうじゃないですか?」

 ランスは、『香澄殿! それ絶対逆だから! 貴女だけ特別な呼び方したら、周りから余計に親密に見られますから!』と、叫びそうになった。だが、アレクシリスの『黙っていろ!』と、言わんばかりに視線が突き刺さり、ランスの叫びは瞬殺された。

「……身近に、『アレク』と呼ばれる人物はもういませんから、ぜひ香澄はそう呼んで下さい」
「じゃあ、いいですか? アレクさ、じゃなくて、んと……アレク?」
「はい。香澄」

 アレクシリスは、乙女のように頬を染めながら、上機嫌で返事をした。若干、照れながら見つめ合う二人に、ランスグレイルは遠い目をしていた。

『香澄様、急ぎましょう! 誰かこちらへ来ます!』

 皓輝こうきの声で、三人は我に返った。



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