魔霧の森の魔女~オバサンに純愛や世界の救済も無理です!~

七瀬美織

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第二章 疑雲猜霧のファルザルク王国

第二十一話 『精霊を使役する者』

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「殴られた……香澄ちゃんに、殴られた……非力な女の子に殴られた。それって、つまり、俺は『聖なる茨の精霊』の祝福を無くしちゃった?」

 遊帆は香澄に殴られた事より、香澄が遊帆を事実に衝撃を受けて、女子寮の談話室の片隅でうなだれていた。

 ちなみに、女子寮談話室は寮の手前にあり、男性でも立入れる場所だ。大きな引き戸の窓が廊下側にもあって公共性の高い作りの部屋だ。

「遊帆殿、だとしても自業自得です」
「香澄様は『落ち人』という立場ではなく、『ハイルランデル公爵の婚約者』として、『茨の塔』でお預かりしているのです」
「お止めしたのに! 普段から、徹夜明けの暴走を止める対策が必要ですね」
「睡眠を強制的に取らせる為に、研究室を一歩出ると昏倒するとか?」
「甘いな、再起不能一歩手前まで叩きのめす攻撃魔法を……」
「いや、それでも精霊の祝福に阻まれる」
「あれ? それが無いなら……?」
「「「「「りたい放題?!」」」」」

 魔術師達は、ドッと笑った。何とも緊張感のカケラも無いのは、彼らも遊帆に付き合わされて徹夜明けの妙なテンションだからだ。

「お前ら! 俺を何だと思ってやがる!」
「「「「「魔導師!」」」」」
「…………ああっ、否定できねー!」

 談話室は扉が付いていない。入り口の柱をコンコンと叩いて入室してきたのは、灰色のローブのレンドグレイルだ。

「一応は、反省しているのですね。師匠……」
「レンド?! あっ! アレクシリスには……」
「兄上から伝言です。覚悟して聞いて下さい。『遊帆殿、二度は無い……!』、以上です」
「そ、それだけ?」

 その場にいた全員の脳裏に、ブリザードを背景に凍えそうな魔力を放つ美麗なアレクシリスの姿が浮かんだ。絶対零度の瞳に睨まれれば、きっと生きたまま氷柱にされてしまうだろう。レンドグレイルは、あきれ顔で遊帆に話を続けた。

「兄上は、竜族の対応と対策で忙しいのですよ。それを、何のために香澄さんを『茨の塔』に預けているのか、もう少し考えて下さい。もし、兄上の精神にこれ以上負担になるような真似をなさるなら、来年の予算を三割削減するとの御達しです。陛下も大層ご立腹でしたから……」
「伝達早っ! もう陛下にまでさっきの出来事が伝わっているのか……!」
「研究予算が三割も減ったら!」
「む、無理だ! 研究を続けられてない!」
「ぎゃあああっ! 持ち出し?! 自己負担?」
「稼ぐしかない……。ギルドの依頼を消化して、月いくらだ? ああ、足りないのは金より実験時間だな……」
「……二十年貯めた、結婚資金を崩すしかないな」
「お前、いつから貯めて……結婚、まだ諦めてないのか……」
「先輩方、次に師匠が香澄さんの評価を少しでも傷つけるようなことをすれば……」
「「「「「絶対させません!」」」」」

 灰色ローブ姿の香澄が、黒猫皓輝と早朝からにぎやかな談話室に入ってきた。

「おはようございます。香澄さん、朝食には少し早い時間なので、まずは『魔導師の謝罪』からにしましょう」
「おはようございます。レンドグレイル、『魔導師の謝罪』もですが、『魔導師に教育的指導』をしたいです」
「それは、素晴らしい提案だと思います」

 笑顔だが、全く目の笑っていない二人の会話に、談話室の空気が凍った。

「そうだ、あと一発遊帆さんを殴ってもいいと言われましたが、『茨の塔』では精霊さんの許可が必要なのですか?」
『香澄限定で、いつでも殴れるようにすれば、遊帆も少しは反省するかもね』
「だといいですね」

 香澄は『聖なる茨の精霊』とクスクスと笑い合った。

「香澄ちゃん? 誰と話しをしているんだい?」
「えっ?! 誰って……」

 香澄が何のことか分からない顔をしていると、『聖なる茨の精霊』は、女神のように香澄ににっこりと微笑みかけた。

『私の事を、言ってしまった方がいいですよ』
「あ、あの、『聖なる茨の精霊』さんですが? もしかして、遊帆さん達に姿は見えていませんか?」

 香澄は、周囲の視線が急にギラギラとしたものに変わってきているのに狼狽うろたえた。特に、遊帆は香澄の周囲をぐるぐる見まわして、香澄に食いついてきた。

「香澄ちゃん! 精霊、どこにいるの!? どんなやつ? 女? 美女?」
「アラビアンナイトに出てきそうな美女の様な……美青年です」
「ええっ! まさかの野郎?!」

 遊帆は、膝から崩れ落ち、両手を床についてガックリとうなだれた。その横で、『聖なる茨の精霊』が、ニコニコしながら遊帆を突いている。

『遊帆って、バカで面白いねぇ』
「そこが、遊帆さんを気に入ってる理由ですか?」
『そこだよ……♡』
「……遊帆さん、よかったですね。精霊さんに、めちゃくちゃ好かれてますよ」
「香澄ちゃん! やっぱ見えるだけじゃなく、会話も出来るのか!?」
「えっ? 一応、普通に……」
「「「「「おお~!」」」」」
「香澄ちゃん、精霊の姿も精霊の声もましてや会話が成立するなんて、物凄く珍しい能力チートなんだよ!」
「ええっ?!」

 香澄は、周りが精霊を見られないなんて思ってもみなかった。ごく自然に、存在を受け入れてしまっていたので、香澄に見えている時は、周囲にも見えていると思い込んでいたのだ。普段、精霊の姿が見えないのは、精霊にも色々事情があるのだろう程度にしか考えていなかった。

「世界に知られているだけで、今代で二人だけだ。香澄ちゃんは、三人目になる。ファルザルク王国に三人ともいるんだがな」
「世界に三人? ファルザルク王国にだけ? 他の国は、秘密にされているだけではないのですか?」
「こんな稀有けうの能力を、隠す意味はないよ。大々的に公表してしまう。どんな大国でも、『精霊を使役する者』を持つ国と、争いを起こそうなんて思わないからな」
「僕が見せてもらった、ランスの報告書で、香澄さんは『魔霧の森の隠れ家』で精霊を見たり、会話まで出来たとあって半信半疑だったけど、本当でしたね。祝福を持つランスでさえ、祝福を授けてくれた精霊の姿を陽炎みたいに見るのが精一杯だというのに! 『精霊を視る』だけでなく、『精霊の声を聴く』から会話も成立する。しかも、『魔霧の森の精霊の胃袋を、完全掌握する』何度読んでも、理解の域を超えてます」

 レンドグレイルは、香澄をキラキラした目で見ながら、褒めているのか貶めているのかよく分からない事を言った。

「あの、『精霊の祝福』って何ですか?『精霊を使役する者』って……? 精霊の姿が見えて、会話ができるだけですよ?」
「精霊は、気に入った者と契約して、ささやかな幸運を授けてくれます。それを『精霊の祝福』と呼んでいます。師匠の遊帆殿は、『聖なる茨の精霊』の祝福で、魔法と物理の攻撃が、ほとんど通じません」
「なるほど、精霊さんが許したから、遊帆さんを殴れたんだ。もしかして、この能力って超チートなのかな?」
「香澄さん、僕は人並み外れた魔力はあっても精霊は見えません。祝福をくれた精霊の姿すら見えない者がほとんどです。精霊と会話が出来るのは、精霊の好意の現れです。『稀有の力であり、精霊が友として認めた者。精霊の姿を見る。精霊の声を聞く。自分の声を精霊に届けて会話をする』つまり、精霊にお願いすれば、相応に叶えてもらえるって事です。だから、『精霊を使役する者』と呼ばれます。祝福は親子で受け継がれることは滅多にありませんが、『精霊を使役する者』の能力、精霊を見る力と精霊の声を聞く力のどちらかは、高確率で子供に受け継がれます」
「そうなんだ。こいつは、遺伝しやすい能力で、ファルザルク王家と他国の王家に存在するし、王族ならその血を取り込みたいと動くだろう。具体的に言ったら、王族と結婚して子供に同じ能力が現れれば万々歳だって……あたっ!」

 遊帆の言葉の途中で、『聖なる茨の精霊』が、バシッと遊帆の後頭部をはたいた。遊帆は、何が起きたのか分からない様子でまわりを見たが、魔術師の女性陣から冷たく睨みつけられた。

 香澄は、そこまで聞いて一つの可能性を思い付いてしまった。

「つまり、アレクシリスとの婚約は、わたしが『精霊を使役する者』だからまとめられた話だという事でしょか?」

 香澄は、急に心臓が冷たくなったような気がした。アレクシリスの好意は、政治的な打算が……とか考えはじめていると、レンドグレイルが叫んだ。

「違うよ! ランスからの報告以前に兄上は香澄さんと結婚する根回しをしていたんだから! 香澄さんが落ちてきて、重体で意識不明だった時、陛下に直談判して香澄さんの『管理者』になって、強引に手続きして速攻で『管理小屋』に戻って行ったんだ。皆んな、ビックリしていたんだよ!」
「「「「「おお~!」」」」」

 黒いローブの五人の男女が、香澄をキラキラした目で見ながら、驚嘆の声をあげた。レンドグレイルは、遊帆並みに残念な上位魔術師達を視線だけで黙らせた。

「婚約は、純粋に兄上の香澄さんへの好意を陛下母上が汲んだからだよ!」
「俺も、ランスの報告を読みたいな。魔術チート以上だよ。伝説の精霊使い!」
「使えません!」
「試したことある? 例えば、何かお願いしてやってもらうとか?」
「試す? ……もしかして、『誓約の精霊』さんに、お茶を入れてもらったり、髪を整えてもらうのも、じゃない事なのかしら?」

 香澄がおずおずと自己申告すると、周囲がざわついた。遊帆は、ポカンとした顔をした。

「香澄ちゃん、それこそ常識はずれだよ! 『誓約の精霊』は、誓約を監視をするだけで、『契約者』に罰則を与える以外に直接関わったりしない!」
「…………『誓約の女神』さんが、開業八百周年記念月間の特別アフターサービスだって言ってましたよ?」

 香澄は遊帆を筆頭に魔術師達の喰いつきの激しさに腰が引けていた。正直に話すべきでは無かったのかもしれない。

「香澄ちゃんは、『誓約の女神』に会ったの?! 彼女、レアキャラなんだよ! 人族が会った記録は一件も無いよ! いや、記憶に残らないのかもしれないんだ! 分かってるだけでも、『誓約の精霊』のリーフ三姉妹に会うのだってレアケースなんだよ?!」
「…………」

 香澄は、『誓約の女神』の名前が『在沢真帆』という女子高生の姿のままの元転移者だとか、『誓約の精霊』のリーフ三姉妹とやらの一人だと思われるリーフレッドが、自分の世話を焼いてくれているとは、ますます話せなくなった。色々と、面倒くさい予感しかしないからだ。


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