私のかわいそうな王子様

七瀬美織

文字の大きさ
5 / 55
第一章 初恋

第三話 妖精の庭 ①

しおりを挟む

 このひと月、大人の知識を持った子供って何だろう? って、色々と悩んだりした。頑張って子供らしく、幼い口調で演技してみたけれど、両親とエルシアには、わざとらしいと不評だった。
 ベイルクス先生に、無理して体調を崩すより自然体で過ごした方が良いとも言われている。
 まあ、私の事情を何も知らない人は、高熱を出した病み上がりだからと、少しくらい不自然でも変に思われずにすんでいる。

 私は、乳母が亡くなってから、母上の執務室や父上の近衛騎士団の詰所を遊び場に過ごしていた。両親は、私を目の届く場所に置いておきたかったようだった。
 私は、母上の侍従や文官達も近衛騎士団の騎士達も大好きだ。近衛騎士団エリートの護衛騎士達は、特にカッコいいし、私に優しくしてくれた。
 そんな護衛騎士の中には、派閥の違いからか私を遠巻きに見ている者もいたけれど、敵意を持っているわけではないようだった。その証拠に、こっそりと侍女経由でリボンや絵本をくれたりしたのだ。お菓子とか、口にする物でないのは、毒殺の疑いを避けるための気遣いだろう。

 こんな風に、私は常に大人に囲まれて育っていた。だから、おしゃまさんで、よく大人の口まねをしたりしていた。少し口調が変わってしまったかもしれないけど、違和感はないらしい。

 でも、そんな状況に甘えていられない。とことん、用心しなくちゃいけない。

 もしも、私が異世界転生者だと知られたら、ファルザルク王家は最悪、王権を奪われ追放されるかもしれない。普通ならありえない事態だが、今の王族の立場はとても危ういのだそうだ。今や直系の王族に数えられているのは、たったの五人しかいないのだから …… 。


 去年、流行病で夭折したシリスティアリス王妃殿下。私は、『あにうえ』が葬儀で泣かなかった事を覚えている。
 まだ若かった妃殿下は、妖精の女王様の様に儚く美しい女性だった。
 星のように流れる銀髪と、濃いすみれ色の瞳をしていた。代々、ハイルランデル公爵家に現れやすい色だったという。
 私の名前は、義理の祖母にあたる、シリスティアリス妃殿下からいただいた。数文字違いのマリシリスティア。
 王族は、親世代から名前の一部をいただいて名付けられる。厳密に親世代からと、決まっていないらしいから、シリスティアリス様と血は繋がってないけど、アリなんだろう。記憶の中で、『母上が決めた名前だから諦めてね』と、父上とお祖父様が言っていた。どういう意味なのだろう??
  
 王妃殿下が亡くなってから、アレクシリスの後見人は、母方の祖父のハイルランデル公爵が就いた。でも、公爵はご高齢で病気がちなので、母上が異母弟の後見を願い出たそうだ。
 その関係で、アレクシリスと私は、同じ部屋で同じ家庭教師についてお勉強をする事になった。
 先々の予定では、アレクシリスが剣術や乗馬を学ぶ間、私は刺繍や楽器を学び、ダンスは一緒にパートナーを組んで練習をする。
 私達は、始めは一年の年の差があるから、それぞれ別々の内容を学んでいた。でも、最近は、というか前世の知識を思い出してから、私の座学が、アレクシリスに追いついてきてしまった。そのせいで、一緒に机を並べて同じ内容を学ぶようになってきている。
 私は、両親の職場で難しい用語にも馴染みがあり、難なく理解出来たのも大きかった。
 そんな私と比べられて、アレクシリスに悪い事をしたのかもしれない。私は、いわゆる『知識チート』なのだから。
 でも、アレクシリスは努力する天才だった。

「あにうえ、お顔の色が悪いのではありませんか?」
「そんな事ないよ、マリー」
「姫様、殿下は最近、お昼寝もなさらず、お止めしても、夜遅くまでお勉強されているのです」

 そう答えたアレクシリスに、フレデリクが呆れたように言った。

「まあ、あにうえはすごいですね。でも、無理しないで下さいね」
「ありがとう。 …… フレデリク、余計な事を言うなよ」
「殿下は、マリー様にお勉強で負けたくないのでしょう?」
「そんなんじゃないよ …… 」

 アレクシリスは、少しねた顔をして、七つ年上の彼の従者に言った。
 フレデリク=アゼル=ウインズワースは、侯爵家の次男で、秋から学園に入学予定の十二歳。ファルザルク王国の学園は、王都にあり、王城からも通える距離だ。フレデリクは、将来アレクシリスの側近になるべく従者として仕えている。
 上位貴族は、とにかく顔面偏差値が高いと思う。フレデリクは、まだ成長期前だけど、明るい茶色の髪と瞳の顔立ちも凛々しく、手足も長く騎士のようにカッコいい。
 ただし、アレクシリスは別格だ。お祖父様と同じ金髪碧眼だけど、シリスティアリス様の繊細な美貌を受け継いで、子供ながら既に素敵な王子様だ。
 アレクシリスには、もう一人、大人の従者がいるが、私はまだ会ったことがなかった。


 つくづく、王族は大変だ。まず、一人になる事がないもの。私の場合は、必ず侍女のエルシアが一緒に行動する。それに、専属の護衛騎士が必ず一人は、交代でついている。王宮の居住区の自室で、それなりの人数が、私の専属で働いているけど、全員の顔と名前を知っているわけじゃない。つまり、何が言いたいかというと、たまには息抜きしたいのよね。

 お昼寝の時間にベッドをこっそり抜け出す。そんな、遊びを始めてみました。

 幼児の成長には、お昼寝が必要なのは知っている。お勉強の時間のあと、昼食を食べてお昼寝をするのが私の生活パターンだ。お昼寝の時間は、二時間前後かな? 
 でも、眠ってから、早い時間にパッチリ目が覚めると、もうこれ以上は眠れなくなってしまう。寝室のベッドで一人、退屈な時間を過ごさないといけない。その時間は、結構苦痛なのだ。
 いっそ、起きちゃえば良いって思ったりもした。まだ早い時間に起きると、エルシアに叱られるかもしれないから、そっと寝室の扉の隙間から、居間をのぞいてみた。
 すると、エルシアが、他の侍女や下女達に指示を出して忙しく働いていた。護衛騎士達は、引き継ぎや、今後の予定を打ち合わせていた。
 きっと、私が起きてしまうと、色々邪魔しちゃうのだろうな。最近、何故かまわりに誰かが必ずいる生活を、息苦しく感じてきていた。今までは、当たり前で気にした事などないのに、私はどうしたというのだろう?

 今の私は、ぱっと見た感じ寝間着には見えない、お昼寝用のワンピースを着ている。部屋履きの布靴で、厚いカーテンを引かれた隙間から、テラスの窓を開けて外に出てみた。
 私の部屋の前は、小さな中庭になっている。細い水路と花壇がメインの庭は、春の花でいっぱいだ。きれいな蝶がひらひら飛んでいる。ぼんやり眺めていると、蝶がふと消える場所があった。気のせいかと思って、蝶の飛ぶ行方を目で追うと、確かに消えたと思ったらまた現れる場所がある。

 その場所は、木陰の裏の壁に蔦がびっしり生えた一角だ。不思議に思って、蝶のあとを追いかけてみた。少し蔦をかき分けてみる。
 すると、蔦と壁の間に大人がやっと通れる程度の蔦のトンネルが続いていた。葉っぱのすき間から光が入るので、そんなに暗くない。

「 …… これは、行くしかないよね」

 小さくつぶやいてみると、ちょっとわくわくしてきちゃった。私が歩く分には問題ない広さだし、足下は古い石畳だ。どうやら、これは秘密の通路っぽい。蝶もひらひらと蔦のトンネルの先へ飛んでいった。私も薄暗い通路を進み、どんどん歩いて行くと先が明るくなってきた。いつしか夢中になって走ってしまい、出口を飛び出してしまった。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...