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第一章 初恋
第二十四話 竜族の長 ②
しおりを挟む【 とにかく、杜若は、成人前で『竜騎士の契約』を結ぶ資格がないのだ。歪んだ契約を竜族の長として、絶対に認めるわけにはいかない! しかも、『誓約』を成立させたのは『誓約の女神』などと、もってのほかだ! どういうつもりだ『在沢真幌』っ! 】
ガサリと、目の前の大木の枝が揺れて、淡い光が枝先から降りてきた。そして、宙に浮いたまま飛び去り、奥の扉に吸い込まれていった。目撃していた契約竜達も騒然としていた。驚きで目を丸くした私に、藍白はぼそりと言った。
「あ、蘇芳が、精霊召喚しちゃった」
「精霊召喚ですか?! それって、凄いのでしょうか? 藍白様!」
「フフン。マリー姫、面白いから聴いててごらん」
【『乱暴な呼び出しね、蘇芳。お久しぶり』】
少し、波長がぶれたような少女の声が聞こえてきた。精霊の声だからなのか、二重に音が重なったような声音は、聞き取りにくかった。
【 『誓約の女神』よ、質問に答えてもらおう? 】
【『私は、価値ある契約だと認めただけよ』】
【 はっ! 子供同士の戯れな約束を、『誓約』になどしおって!】
【『蘇芳、子供同士の戯れって …… 杜若、ちゃんと話しておきなさいよ。面倒臭いからって、私に丸投げしないでよね』】
【 蘇芳は、話を聞いてくれない。無駄だ 】
【『はあ。杜若、年長者からの忠告よ。若者が無理、無駄、無謀を言い訳にしないで! 歩み寄る努力を、放棄しないでちょうだい!』】
【 …… すまない。わかった。この場は禁忌に触れると、言葉に制限がかかるから無理だが、後で必ず蘇芳と話し合う 】
【『もう、いいわ。私は、二人の『誓約』を認めた事を撤回するつもりはないわ!』】
しばらく沈黙が続いた。音がしないのに、ピリピリした空気が流れている気がした。
【 俺は、『誓約』の内容に不満はない。蘇芳、俺はすでに成人の条件を満たした。次の祭りで成人の儀式を受ける 】
【 杜若が、成人の儀式を受けるのはかまわん。それでも、まだお前は子供だ。それが、このような前例を作るわけにはいかないのだ。人族達が、成人前の竜や幼い子供を捕まえて、『誓約』で強要すれば、『竜騎士の契約』を交わせるとなれば、他国でも混乱を招くのだぞ! 】
【 『なんて人聞きの悪い言い方なの! 特殊過ぎて、前例になるものですか! 強制でも誘導でもない。純粋な願いだから『誓約』は締結されたのよ。蘇芳の杞憂だわ!』 】
【 決して叶わぬと知りながら、可能性を試さずにいられない。そんな愚かな生き物が、人間だろう! 】
「ほほう~。蘇芳は、そこまで考えて、反対したんだ」
「なるほど、それは困る。基本的に竜族は脳筋で単純型だからな、騙されたり、情に絆されやすいからな」
「特に子供のお願いに、ぼくら弱いよね?」
「人間は、愚かだからな。確かに実例があれば、今後に響くだろう」
【 否定できないな 。事実、すでに他国から何件か問合せがきている。サンドラが、対応しているが、当分の間は外交が混乱するだろう。グレイルードは、どう考えている? 】
王太子殿下の声だ。私は、アレクシリスの竜騎士の契約が、既に他国に事情が漏れている事に驚いた。そして、父上の声が王太子殿下に答えた。
【 他国は、ファルザルク王国を『竜騎士王国』と揶揄しています。今さら、警戒されるのを怖れる必要はないでしょう。それよりも、王族から竜騎士を輩出する益を取ると、陛下のご意向です 】
【 それは、人間側の都合だ。杜若の勝手を認めれば、竜族の意思を無視して契約を迫る者が現れる事態になりかねん。国家間の竜騎士のバランスを崩してもよいと言うのか? ファルザルク王は、それでも王族の竜騎士に拘られるのか? 】
即座に父上が、静かに怒っている時の声で反論する。
【 そもそも、『竜騎士の契約』は竜族側の一方的な『誓約』なのではありませんか? 国が『竜騎士』の増員を望んで、どれほど厚待遇を約束しても、立派な候補者を揃えても、竜族側の『契約者』を選定する基準が謎のままですから探りあいになるのです。自国の竜騎士が、何組存在するのか最重要機密になるほどにです。蘇芳殿、各国の竜騎士の数を正確にご存知なら、竜族こそ、国々のバランスを崩しているのでは、ありませんか? それとも、竜族は竜騎士の数を調整して人族の国々を監視でもしているとでも? 】
【 二人とも、少々、冷静さに欠けていないか? グレイルードも、落ち着け …… !】
王太子殿下の声が、大きく、低く響いた。いつの間にか、会談の様子を聞きながらガヤガヤと討論していた『契約竜』達も、静かになっていた。やがて、蘇芳が先に、落ちつきを取り戻したらしい。
【 杜若、『誓約』には『くーりんぐおふ』という、七日以内なら無条件で誓約を解約出来る特別な条項があるのだ。二人とも、当初の目的であった、アレクシリス王子の婚約の阻止はできたのだ。もう一度、考え直せ、今ならこの契約は、勘違いだったと誤魔化せるだろう? 】
【『蘇芳、そんな約款を良く覚えていたわね。創った本人でさえ、忘れそうになっていたわ』】
【 どうせ、本当に忘れていたのだろう? 】
【『そんなわけないわよ!』】
【 だったら、事前に説明しなかったのは何故だ? 】
【『七日以内で気の変わるような覚悟で『精霊誓約』は成立しないからよ!』】
渋い低音の蘇芳の声と、不思議な『誓約の女神』の少女の様な声を聴いていると、嵐を背景にした、中華風の龍と虎の対決の図が、頭に浮かぶのは何故だろう?
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