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第一章 初恋
第二十七話 精霊王の憂鬱 ②
しおりを挟む『精霊の種』は、何だか照れている様だ。ほんのりと淡い光が、いつもよりあたたかい。
『わたしなら、大丈夫。マリシリスティア姫は、類稀なる魔力と幸運を持っているのよ。わたしは、彼女と共に導かれて、世界の為に新たな精霊として生まれる事が出来るはずだわ …… !』
「私、もしかして責任重大?!」
私は、『精霊の姫君』って魔力を提供して『精霊の種』を育てる役目だけだと思っていた。でも、私の精神や環境次第で、『精霊の種』がどんな精霊に生まれるのかに影響すると、だんだんわかってきた。
私だって、彼女を悪い精霊に育てるつもりは無いけど、どちらかと言えば、影響されているのは私の方だと思う。
『しかし、心配だ。こんなに、過激で好戦的な性格で、将来どんな精霊に生まれるのか、不安しかなかろう。やはり、監視役を兼ねた者をを他に …… 』
『精、霊、王、?』
『あ、いや、ははは …… 』
精霊王は、不穏な空気を感じて言葉を濁した。
「精霊王、今代の『精霊の種』に関しては、竜族に任せてくれない? 僕が、『守役』になって二人を見守るから安心して?」
『わかった! 白竜殿ならば安心だ。任せよう!』
精霊王は、それだけ告げると逃げる様に消えてしまった。精霊王が立っていた場所に、わずかな光の粒子がふわふわ浮かんで残っていた。やがて、その粒子も消えてしまう。
私は、藍白に訊ねた。
「藍白様は、何か特別なのですか? 他の竜族の方とどこか違うのですか? 身分とか、役割とか?」
「 …… 僕は、唯一の白竜だからね」
「 唯一の白竜?」
藍白は、聞き返した私に答えることなく、寂しげな笑みを浮かべているだけだった。
私は、藍白がこんな表情をするなんて驚いた。私は、藍白を大胆で、図々しいくらいマイペースな人物だと思っていたからだ。 …… ごめんなさい。
「よろしく『精霊の種』。僕は、藍白=バルシャだよ。これから、楽しくなりそうだ」
『 …… よろしく、藍白』
私は、『精霊の種』にしては、素っ気ない答えだなと思いながら、気になった事を訊ねた。
「精霊王は、『精霊の種』の父上なのですか?」
『精霊王は、全ての精霊の父親みたいな存在で、人間の様な血縁関係は無いの』
「そうですか …… 」
『あ! わたしも、さすがに疲れたから眠るね。おやすみなさい!』
「お、おやすみなさい」
重なりあった景色の、片方だけがフワリと薄れていった。あっさりと、元の現実に戻っていった。
「マリー姫も、よろしく。一緒にいる事が増えそうで嬉しいよ」
「 …… はい」
苦手な藍白が、四六時中一緒なのは勘弁して欲しい。父上と母上に、要相談だ。
奥の扉が開き、父上達が出てきた。
「父上、シィ様!」
「マリー!」
父上は、私の無事を確認すると、私を抱きしめて頬擦りした。アレクシリスは、私と目が合うと、頬を染めて視線を逸らした。
あ、ごめんなさい。色々聞いてしまったのだった。お互い、気不味いよね。だから、それには触れないようにしよう。
「シィ様、竜族に認めていただけて、良かったですね」
「ありがとう、マリー」
「一日も早く、正式に竜騎士と認められるように、応援してます」
「 …… あの、聞いていたよね?」
「 …… はい」
「 …… マ、マリー、僕は …… 」
「初恋を拗らせた弟よ! 執念深い粘着質な男は、醜悪なだけだぞ!」
王太子殿下は、アレクシリスを撃沈させる捨てゼリフを吐いて、さっさとご自分の護衛騎士達と帰っていった。
アレクシリスは、声をかけられないくらい、真っ赤な顔で俯いてしまった。
一番最後に、蘇芳が疲れ果てた顔をして出てきた。蘇芳のヨレヨレの背中から、哀愁が滲み出ている。
藍白が、そんな蘇芳に歩み寄っていったのだが、アレクシリスが素早く進路を塞いだ。そして、藍白の膝下を蹴り上げた! 藍白は、油断していたので避けられず、痛みに座り込んだ。
「痛っ!! アレクシリス! いきなり何をするの?!」
「藍白! 藍白は、どっちの味方なの?! マリーを、どうするつもりだったの?!」
「え~、面白いほうの味方かな? あ、アレクシリスは、やっぱり泣き真似だったの? 目も腫れてないし、涙のあともないしね。 わ、待って、つま先は痛いから! 痛いっ!」
「藍白のバカ! バカ! バカ!」
アレクシリスが、藍白の足の甲をゲシゲシ踏みつけていた。私は、その様子を見てびっくりした。
「アレクシリス、甘い。俺が、その馬鹿の足を踏み潰してやろう!」
「 …… 杜若、加減って言葉知ってる?」
「さあ? 忘れたな。それは、どこの国の言葉だ?」
「ええっ!? 本気? やめて! 謝るから、やめて! ごめんなさい!」
アレクシリスは、まだ藍白の足を踏みつていたし、杜若は脅しではなく、本気で魔力を溜めている。
でも、なんだか三人は、ケンカをしていても、じゃれているようで、とても仲良く見えた。
「では、会談により、アレクシリスの『竜騎士の契約』は認められるが、正式な契約成立は『誓約』を果たした後となる。マリシリスティア姫は、今まで通り、王宮で両親に育てられる。しかし、今度また何かあれば、精霊王の名において、マリー姫を竜族が保護する。それで、宜しいか?」
蘇芳は、会談の内容をまとめて発表していたが、契約竜達はどうでもいい感じだった。
「今更、何の話? しらけるよなぁ」
「藍白が『守役』になって姫君を守るって、決まりだよね」
「クッション …… 」
「なあ、リングネイリア。俺の部屋が雨漏りしているのだが、見てくれるか?」
「了解した」
「そうだ、蘇芳、おめでとう、親子の和解が出来て良かったね」
「最悪な会談内容だったが、面白かった」
「蘇芳、会談の内容は、みんなも聴いていたから、今さら発表しなくていいよ。効率悪いじゃないか。常識ないよなぁ」
「なあ~」
「 …… 」
いや、蘇芳の方が、常識的な考えだよ。蘇芳は、間違ってないよ。
蘇芳は、あんなドロドロな駆け引きを一人で行うのは、大変な心労だっただろう。竜王リングネイリアの登場や、アレクシリスの泣き真似とか、契約竜たちに追い討ちをかけられて、蘇芳は、反論する気力も無いようだった。
蘇芳、ごめんなさい。身内の男どもは、揃ってお腹が真っ黒で間違いない。
「マリー姫、今度は遊びに来てね!」
「僕らは、乱暴者の『精霊の種』より、マリー姫が大好きだよ」
「クッション、捨てないでくれて、ありがとう!」
「またね!」
契約竜たちが、見送ってくれていた。別れの挨拶に、若干『精霊の種』の悪口が混ざっていた。
こら、こら、後で必ずシメル! とか言わないの! 『精霊の種』が凶暴化している気がする …… 。
契約竜の寮は、結構な修羅場だったというのに、嵐の過ぎ去った外では、平和過ぎる光景が広がっていた。
赤竜の広げた翼の下で、エルシアと護衛騎士達が、雨宿りをしていた。ファンタジーだなぁ。
正確には、竜の周りに張られた結界の傘の下で、強風と豪雨を避けていたようだ。
次第に雨も、小降りになったし、風もそよぐ程度におさまっていた。空を流れる厚い雲も千切れて、明るい日射しが眩しく辺りを照らしている。
赤竜は、姿を人型に変えた。入口の扉の前にいた、契約竜の騎士だとわかった。エルシアが、彼に優雅なお辞儀をして、お礼を言っているようだ。
おや、遠目にもエルシアに対して契約竜の青年が好意的に見えた。
「エルシア!」
「マリー様! そのご様子なら会談は上手くいったのですね?」
「あ、うん、そうですね? 父上」
「まずは、帰ってからにして、後で話しましょう …… 」
エルシアは、脱力した私と父上を、不思議そうに見ていた。彼女にも、大変な会談だった事を、後で説明するつもりだ。
エルシアは、私を父上から受け取り抱き上げて、夕やけ空を見上げて指さした。
「マリー様、虹です。毎年、激しい雷雨の後に虹が出ると、季節が夏に変わった証と言われているのですよ!」
私は、これからの事を思うと、つくづく大変だと思う。
でも今は、夕焼けの反対側に出た、大きな虹を見上げていたかった。雨上がりの、新緑の香りがする温い風は、夏の訪れを告げていた。
「あ~あ。マリー姫と一緒にキプトで暮らしたかったなぁ」
「藍白、お前は黙っていなさい」
「はぁい♪」
藍白のふざけた口調に、蘇芳の額に青筋がピキリと浮いていた。
後に、この交渉劇は、竜族の長の蘇芳にとって、トラウマになったらしい。
この会談の後、どんなに小さな話し合いの席でも、決して一人ではなく、黄檗という藍白と同年代の若者を連れて行くようになったそうだ。黄檗は、竜族にしては珍しく交渉術スキルの高いタイプらしい。つまり、脳筋じゃないのね。
蘇芳は、竜族で一番常識的な人格者なのに、非常識扱いされてしまい、かなり気の毒だった。しかも、誰も蘇芳を労わなかったと、藍白が後で教えてくれた。
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