私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 番外編 僕のかわいいお姫様( side アレクシリス )

第四話 杜若との出会い ①

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 ぼくの王継承権は、現在第三位となっている。

 ファルザルク王国は、女性も継承権を持ち、歴代の王の三分の一は女王だった。国王は、父親として公平に子ども達と最低限の接触しかしないのが慣例なのだという。
 僕がもっと幼かった頃、国王陛下は周囲から不満が出るくらい僕を可愛がってくれた。

 ガルフーザに、王の子ども達は母親の実家の庇護の元、己の実力を磨き王位継承権を争うのだと教えられた。

 僕の場合、母上の実家はハイルランデル公爵家だ。上位貴族の筆頭公爵家で、申し分のない後見人だ。
 でも、祖父は高齢で病いを患い、王都の別宅で療養中。それに、僕は祖父に数えるほどしか会ったことがない。
 一人娘が王妃として嫁いだので、公爵家の縁戚から後継者が選らばれた。なのに、不幸な事故や病で、次々と亡くなって、適当な人物がいなくなった。今では、公爵家の存続さえ危ういそうだ。

 だから、僕の異母姉であるアレクサンドリア王女が後見人に付いた。
 それでも、足りない部分があったのだと、グレイルード義兄上は、後に話してくれた。



 春先に、マリーが突然、高熱を出して倒れた。三日三晩続いた高熱に、姉上も義兄上もマリーにつきっきりだった。四日目の朝に熱が下がりマリーが目覚めたと聞いてとってほっとした。すぐに会いに行きたかったのに止められた。うつる病気だといけないし、マリーの体調も良くないと言われて渋々承知した。それから一週間経ってもマリーのお見舞いに行けなかった。

 そんな時、珍しくガルフーザとフレデリクが言い争いをしているのを見かけた。

 ある夜、寝室に大人の女の人がいた。女官でも侍女でも下働きの者でもない。一瞬、暗殺者かと思った。
 でも、こんなに香水のキツイ暗殺者なんていないだろう。女の人は、僕を見て目を丸くした。

「子供? アイツら! 何を考えてんの?!」
「は?」
「いえ、貴方じゃなくて …… 」

 胸の大きさと腰の細さを強調したドレスは、どこか流行遅れの擦れた布地で、新調したばかりの煌びやかな衣装を着て歩く貴族の婦女子とは違い過ぎた。
 女性は、美しい部類に入る容姿をしているのだろうが、母上を見馴れていた僕の審美眼は、どこかズレていたのでよく分からなかった。
 ただ、彼女が誰であれ、ガルフーザが寝室の準備を直前までしていたのだ。それが意味する事を、僕は理解しきれない。すっかり混乱していた。

「前金貰ったし、今さら何もせず帰ったら最悪殺されるか …… うー。上手く行かなくてもいっても口封じかしら? 参ったわねー」
「?」
「かわいそうな王子様。母上様を早くに亡くしておさびしいでしょう? よく眠れるように添い寝いたしましょう? って、貴方をお慰めして欲しいと言われているの」
「ガルフーザ! フレデリク!」
「無駄よ。朝まで誰も寝室には来ないわ。そういう約束なのよ」
「?!」
「こんな子供に、貴族の考えることはわからないけど、これも仕事だから …… 。さあ、仲良くしましょう? ふふふっ。バカみたいね …… ! 私は、貴方に女がどんな存在なのか教えて、仲良くなって、言うことを何でも聞いてもらえるようになれって言われてるだけよ」
「僕は、そんなのお断りだ!」

 クスクス。赤い唇がゆがみ笑みの形を作る。近づいてくると、香水の匂いが鼻を刺激する。僕は、気持ち悪くなって、その腕から逃げた。彼女は、あっさり僕を手放した。

「ねえ、今夜ここで眠ってもいいかしら? 私、朝までちゃんと仕事しないと殺されるの。だから、貴方とずっと一緒だった事にしてね。そうね、仲良くした事にしておいてくれたら助かるわ。ふふふっ」
「僕と一緒にいないと、誰に殺されるのですか?」
「わからないわ。店に来て店主と話してるのを盗み聞きしたけど、名前は言わないし、前金だけでも三ヶ月分の売上げになるかも。こんなお城の奥に入れるのもおかしいし、かなり高位のお貴族様か、その使いだわ」

 彼女は、頭を軽く左右に振って、深くため息を吐いた。

 僕は、母上に教わった『裏庭避難通路』の入り口に向かって駆け出した。僕の背に、女性の声が投げかけられる。

「りこうな王子様。よく考えなさい。どうすれば、一番いいのか? …… ああ、やだ! こんな貴族のドロドロなんか、関係なくなったと思っていたのに …… 。はあ …… 」

 通路の入り口の一つがある壁の、細工を夢中になって押して部屋を出た。キツイ香水が、暗い通路にまで、僕を追いかけてくるみたいで吐き気がして嫌だった。


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