私のかわいそうな王子様

七瀬美織

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第一章 番外編 僕のかわいいお姫様( side アレクシリス )

第五話 『次期竜王』と『死者の王』

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 竜族は、うす暗い場所で光るのだろうか?

「へえ~、君が杜若かきつばたが言ってた子ども?」

  今夜は、月が雲にかくれてしまい、図書館は静かな暗闇につつまれていた。

 そんな中、浮かび上がるように光りをまとった二人の人物が、僕の顔をのぞき込んでいた。

「え? 誰?」
「僕は、藍白あいじろ=バルシャ。こっちは、いい=田亜希子だあきこ。元『迷い人』で、今代の『死者の王』だよ」
「藍白! 妙な区切りを付けて呼ばないで! 私の名前は亜希子あきこよ。初めまして。そして、こっちの白いのが『次期竜王』よ」
「……初めまして」
「杜若から聞いてたけど、なにこの子、超かわいい!」

 僕は、亜希子と名乗った女の人が、『かわいい』と言ったのが、毎晩やって来る女の人達と同じなので、ビクッと震えてしてしまった。

「今夜は、春といっても冷えるから、色々持ってきたのよ!」

 女の人は、どこからか木製の格子状の板を出した。その上に、長方形の大きな薄めのクッションを置いて、毛布と羽毛布団を出した。
 どこにそんな大きな荷物を、かくして持っていたのか驚いてるうちに、身体が持ち上がった。
 僕は、藍白に抱き上げられてクッションの上に座らされた。二人に靴を脱がされて横になったら、毛布と羽布団を掛けられた。

「杜若は、遠くに出かけてて図書館に来れないの。代わりに私たちが、あなたの事を頼まれたのよ」
「竜族は、人族に無闇に関わっちゃいけないのに、杜若があんまり心配するからさあ♪」

 杜若が……? 杜若は僕にかかわらないって言っていたのに、僕のことを心配していた……?

 亜希子と名乗った女の人は、低い音程で不思議な響きの呪文みたいな言葉の歌を歌いながら、僕の胸元をポンポンと優しくたたく。

 僕は混乱したまま、いつの間にか眠っていた。



 夜明け前に、藍白が僕を起こしてくれた。僕が、こっそり部屋に戻らないといけないからだ。昨夜は、薄い夜着一枚で膝を抱えて眠っていた時と違って、温かい寝具に包まれて深く眠ってしまっていたのだ。

 藍白は、僕が寝ていた寝具を片付けて、禁書書庫にしまい込んだ。禁書書庫の鍵は、セルガセラータ伯爵が許可した限られた人物しか持っていない。僕は、伯爵に合鍵をもらって持っている。

 藍白は、鍵を開けたり閉めたりした様子がないのが不思議だったので聞いてみた。

「えっ?! 僕は鍵なんて使った事ないよ。精霊にお願いすれば、大抵の扉は開くからね」
「鍵を閉める時も、お願いするの?」
「開けた鍵は、閉まるのが当たり前だから、お願いする必要はないでしょう?」

 藍白は、不思議そうに首をかしげると、肩より長めの白髪がサラサラ流れた。
 真っ白ではなく、ほんのり青味のかかった髪は、めずらしい色だ。明るい日の光の中で見ると、藍白の髪は光をはじいてまぶしい。金色の瞳も、とてもキラキラしている。

 藍白は、杜若よりも若い感じがするから、まだ成人前なのだろう。子供の僕が言うことじゃないけど、成人にふさわしい常識を持っていないようだし、言葉づかいも子供っぽい気がする。

「藍白は、『精霊の祝福』を持っているの?」
「祝福? うん。たくさん持ってるよ。だから、僕は『次期竜王』なんだ」
「?」

 そういえば、昨夜の女の人、亜希子がそう言っていた。

「竜族の竜王はね、沢山の『精霊の祝福』と『精霊王の祝福』を持っていないとなれないんだ」
「藍白は、いつ竜王になるの?」
「今の竜王が死んだらさ」
「今の竜王は誰なの? 藍白の父上なの?」
「竜騎士団の『囁きの森』の寮長だよ」
「???? 竜王が、寮長?」
「ふふん。僕が、アレクシリス王子に色々話した事は、誰にも内緒だよ」
「うん。あの、僕は名乗ってないはずだけど……」
「王宮に部屋を持っている、金髪碧眼のをした子どもは、アレクシリス=ヒンデル=ファルザルク王子しかいないだろう? 面倒だから、アレクシリスって呼んでいい?」
「いいよ。僕も藍白って、もう呼んでるけどいい?」
「いいよ。アレクシリス、早く行かないと、ダメじゃない?」

 あ、忘れていた! すっかり夜が明けていのだった。僕は急いで部屋に帰った。



 だけど、遅かった。僕を起こしに来たフレデリクが、僕の帰りを待っていた。

「……おはようございます。殿下は、五歳になられたばかりで、朝帰りを覚えてしまわれたようですね」
「フレデリク……」

 フレデリクは、いつもと同じ嘘くさい笑顔で僕に挨拶した。

「毎晩、殿下は寝室を抜け出して、何処へ行かれているのですか?」
「……」

 僕は、答えたくなかった。僕がなぜそんな行動をしているのか、フレデリクだって理由を知っているはずだからだ。

「ガルフーザには、まだバレていません。女性たちにも、私が口止めしています。しかし、何処へ行かれるのか、話していただけないのなら、ガルフーザに報告しなければならなく……」
「フレデリク! ガルフーザに言うな……。王宮図書館だよ」

 フレデリクは、だまって考え込んでいた。僕は、今夜から他の場所を探すか、女の人といっしょにいなければならないのかと、暗い気持ちになっていた。

「王宮図書館なら、ここよりも安全かもしれませんね……。私がここを離れては、ガルフーザの目を誤魔化せませんし……。殿下は、セガセラータ伯爵にお会いできたのですか?」
「……伯爵は、ずっと留守なんだ。それより、アレクサンドリア姉上にお会いしたい」

 フレデリクは、とても困った顔をした。こんな顔もできるんだ。

「ガルフーザの許可なく、先触れは出せません。私も出来る限りのことをしようと、近衛騎士の詰所にグレイルード様を訪ねてみました。ですが、いきなり訪ねて会えるような方々ではありませんでした。殿下を王女殿下の執務室へお連れしたくても、ガルフーザの監視下にある限り不可能かと。マリシリスティア姫が、高熱で倒れてから、警備が異常に強化されています。私でさえ、御二方に会えない状態が続いています……。本当に、申し訳ございません」
「フレデリク? 僕のことを姉上達に知らせようとしてくれてたの?」
「私だって、殿下の味方のつもりですよ。殿下に仕える事が、将来的に有利に働く間は、精一杯お護りします!」

 つまり、フレデリクは僕に利用価値があるなら、味方になってくれるって言っているのだ。なかなかヒドイ従者だ。

 フレデリクは、今のところ心強い味方だ。だけど、僕は杜若と藍白、女の人だからちょっと怖いけど亜希子を頼ってみようと思った。

 今夜も、違う女の人が寝室にいたので、王宮図書館に逃げた。

 夜の図書館で、杜若と藍白と亜希子が待っていた。僕は、少しうれしくなった。
 杜若は、僕の姿を見ると眉間にシワをよせて閲覧用の机の上に僕を座らせた。お行儀は悪いけど、杜若達と目線がいくらか近くなって首が楽だった。
 杜若は、僕に毛布を羽織らせて静かな声で話しだす。

「隣国の新設図書館へ、セガセラータ伯爵に会いに行ってきた。伯爵は、アレクシリスにはアレクサンドリア王女とグレイルード近衛騎士副団長が後見人としてついているのだから任せればいいと言っていた」
「杜若、僕のために隣国まで行ってくれたの?」
「伯爵がいないと、本が探しにくいからな……。ついでに、アレクシリスの話をしただけだ!」

 照れくさそうに、横を向いて答える杜若を、藍白と亜希子は、ニヤニヤして見ていた。

 ケンフォルティス=サクス=ゼルガセラータ伯爵家当主。『図書館の精霊』の祝福持ち。別名『図書館のぬし
 こげ茶色のボサボサの頭で、眼鏡をかけているから、顔がよく分からない。いつも、書物に囲まれて、ものすごい速さで本を読んでいる。

 伯爵の『精霊の祝福』は、とてもめずらしい。『図書館の精霊』という存在がとてもおもしろいからだと思う。伯爵は『図書館の主』の他にも『索引さくいんの魔術師』と呼ばれている。
 『精霊の祝福』の能力で『図書目録』と『索引』の二つを利用して、世界中の本を『閲覧えつらん』出来るそうだ。『索引』は、本の内容の特定の項目を素早く見つけられる、本を調べるための本のことなのらしい。

 前に、図書館にいつもいて、伯爵家の領地経営はどうしているのか聞いてみた。爵位は継いだけど、実務は妹の夫がしていると言っていた。
 妹の夫は、商家出身の平民だけど、優秀な人物で、領地で栽培している果実から、お酒を作って販売して利益をあげている。妹夫婦は、四人の子供がいて、後継者についても問題ないそうだ。

 母上の数少ない友人だった、ゼルガセラータ伯爵は、僕の貴重な相談役だ。なのに、頼りにしたい時にいない。

「実は、従者頭の妨害で、後見人の姉上達と連絡がつかないのです」
「何だと……?」

 杜若が、ますます眉間のシワを深くした。杜若は、怒っているらしく、ちょっと怖い。

「マリシリスティア姫が、高熱を出してから、なぜか警備体制が厳しくなって先ぶれなしに訪ねることが出来ないのです……」
「マリシリスティア姫って? まさか、『精霊の姫君』? 姫は、無事なの? 元気になったの?」

 藍白が、僕と杜若の間に割って入ってきた。杜若は、素早く反応して、藍白の首にガッシリ腕を回して固定してしまった。藍白は、ジタバタ暴れながら杜若の腕を叩いてる。

「もちろん無事だろう。でなければ、精霊達が大騒ぎしているはずだ」
「そうか、あー、苦しかった。まあ、姫君に何かあったら、隠し通せる話じゃないしね」
「そんな事より、アレクシリスの後見人は役目を果たしていないのか?」
「うん。そうなんじゃないの?」
「アレクシリスが、ここにいる事自体知らないとしたら、育児放棄? 侍従頭が何をしているのか把握してないなんて、ダメダメよね!」
「保護者失格だ! 幼児期に受ける心の傷を甘く見るな! まったく、竜族が王族に直接関わってはいけないだなんて、言ってる場合じゃないだろう? それとも、竜族の常識と人族の常識が違うとでもいうのか? アレクシリスがかわいそうだろう!」
「杜若は、まるでお父さんね!」
「ぷぷっ! お父さん! 杜若お父さん!」

 杜若は、真っ赤な顔をしているけど、お父さん呼びを否定しなかった。

「でも、勝手に王宮図書館に出入りしてるのが、蘇芳すおうにバレたら、アレクシリスのお父さん役だって、出来なくなるんじゃないの?」
「俺は、きちんと国王に許可を得て、図書館に本を読みに来ているだけだ」
「わざわざ、結界をこっそり破って、夜に侵入してるくせに……」
「昼間は、無遠慮な女や文官が声をかけてくるから、集中して本が読めないからだ」
「杜若は、女の子にモテるから仕方ないじゃない? もしかして、文官もそっち系の?!」
「亜希子! 子供の前で何を言ってるんだ?」
「あははは。ごめんなさい。杜若は、顔がきれい系だからねー」

 杜若は、男だけど、きれいな顔だと僕も思った。

「杜若は、精霊のお姉さん達にもモテるよ。そろそろ『精霊の祝福』も規定数に達してるんじゃない?」
「ああ、もう十分だ」
「ふーん。杜若もとうとう成人するんだ。なるほど、そっかあ」
「だったら、何だ?」
「ふふふん。何でもないよ~」

 よく分からないけど、三人はとても楽しそうに会話している。僕は、だんだん眠くなってきていた。

 三人は、僕が図書館で安心して眠れるようにしてくれた。そして、杜若は僕が嫌な目にあっていないか、いつも心配してくれた。

 僕が最初の頃、『カキツバタ』と呼んでいたら、『杜若』と書いて、『かきつばた』と発音するのだと、丁寧に説明してくれた。杜若は、生真面目な性格なのだと思った。

 杜若は異世界の花の名前で、『渋い青色』だという。『』の意味が、わからない。

 藍白は、異世界の藍という染料で、染色の最初の過程で染まる、ほとんど白に近い青色のことだそうだ。しかも、別名『白殺し』。二人に名前をつけた『迷い人』は、何を考えていたのだろう?

 そう思っていたら、すぐに亜希子なのだとわかった。藍白が教えてくれたからだ。

「亜希子が僕らが幼竜の頃に、異世界の言葉で名前をつけてくれたんだ。異世界の色見本帳を見ながら適当につけたんだよ」
「失礼ね! ちゃんと一生懸命に悩んでつけたのよ!」

 亜希子は、杜若と藍白の他に、『蘇芳すおう』『黄檗きはだ』『常盤ときわ』『珊瑚さんご』などと、異世界の色の名前を幼竜の鱗の色に合わせて名付けたそうだ。

 でも、亜希子は二十代にしか見えない。杜若よりも年上のわけないのだ。
 亜希子は『死者の王』だと言っていた。『死者の王』が、なに者か知らないけど、若い姿のまま長生きするのだろうか?

 あれ? ……亜希子は、どんな顔なのか思い出せない。髪の色は? 長さは? 『迷い人』は、異世界人なのだから、変わった姿をしていると聞いている。僕は、亜希子の姿をどうしても思い出せなかった。

 亜希子といっしょにいて、話をしている時、僕はちゃんと『飯田亜希子』の姿を見ているし、覚えている。
 でも、側をはなれて時間がたつと忘れてしまう。亜希子にその事を聞こうとすると、聞く前にその事を忘れてしまった。

 これは、何かの魔法なのかもしれない。

「『蘇芳』だけは幼竜ではなくて、恋人にプレゼントした名前なのよねぇ……」
「亜希子は、竜族の恋人がいるの?」
「とっくに、別れちゃったけどね」



 異世界の不思議な言葉。どんな色なのか、僕は知らない……。


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みんなの感想(2件)

ぽるくす
2017.10.17 ぽるくす
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七瀬美織
2017.10.17 七瀬美織

 いつも、貴重なご意見とご感想をありがとうございます。
 (((o(*゚▽゚*)o)))

 誰しもかわいい子供時代があったということで……。

 いいですね。アレクトレスに言わせたいです。あっ! すみません、トレスです。変な名前ばかりでごめんなさい。彼にも衝撃的な(当作品比)設定があります。sideアレクシリスの最終話にて準備中です。

 お読みいただき、ありがとうございます。

解除
ぽるくす
2017.06.08 ぽるくす
ネタバレ含む
七瀬美織
2017.06.08 七瀬美織

本編だけでなく、こちらもお読みいただいて、ありがとうございます。
 (((o(*゚▽゚*)o)))

 藍白ったら、すっかり嫌われちゃいましたね~(笑)マリー姫にも嫌われてしまいましたし、彼の好感度が上がる要素は行方不明です!

 実は、本編で藍白改造計画が裏で進行中です。改造後の藍白も、ますます嫌われそうで心配です(笑)

遅い返信で、ごめんなさいm(_ _)m

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