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第四章 もう一度、流行りますか?
第六話 政略結婚は流行りますか?
しおりを挟む私は、皇妃の生んだ皇女として大切に育てられた。
本物の箱入り皇女で、過保護に育てられたから、外部との接触がほとんど無かった。
五歳の誕生日に初めて沢山人を見たのだ。私にとって、奴隷の存在をそれまで知らなかったし、魔法の無い世界だという事も知らなかった。
しかし、困ったことに箱入り過ぎて、世界情勢まで知らないし、帝国周辺の国々の名前すら知識はない。隣国の強国アキツムラクモ王国はもちろん、国王についても知らない。
昨日、兄上様のお茶会で政略結婚を持ちかけられた。お茶会の後、乳母のルビスが母上様に兄上様の提案を報告したらしい。でも、翌朝になっても母上様からの反応がないところをみると、政略結婚実現の可能性はかなり高いのだろう。
噂でもいいから、何かわからないかなと思って、じっと侍女の顔を見つめてみた。
すると、お茶をお持ち致しましょうか? とか、今日のお召し物は、気に入りませんか? とか聞かれてしまった。
目線だけで使用人を動かすのは、高貴な者には、必要なスキルらしいけど、そんなつもりじゃなかっのに、気をつかわせてごめんね。結論としては、五歳の皇女の耳に入るような噂はないようだ。
自力で解決できそうもないので、乳母のルビスに、簡単に周辺の国々について教わった。
まず、バジェリアード帝国周辺の国は東西南北に一国づつ国境を接している。東にこの十年で勢いを増した強国アキツムラクモ王国、西に宗教国家の神聖ドミニオン国、南に海洋連合国のナンゼルダ連合国、遥か北に謎に包まれたジェイズブル王国がある。
前々世のバジェリアード帝国は、この四国全てを属国にしていた。魔法特化の最強の魔術士部隊を持ち、大量の魔法契約に縛られた奴隷軍で他国に勝利し続けたからだ。
魔法の無い世界だから、当然魔術士部隊も魔法契約で死にものぐるいで戦う奴隷軍もいない。『奴隷解放』で、奴隷に下支えされていた帝国は、国力を落としている。
国力を増した周辺国は、衰退する帝国を狙って暗躍しているそうだ。特に、東のアキツムラクモ王国の動きが不穏らしい。
皇帝陛下は、毎日深夜まで執務室に缶詰めになりながら、帝国の改革を模索しているそうだ。前々世より老けた姿なのは、この為なのかもしれない。父上様、この世界では不憫な皇帝陛下になってる。母上様も父上様の補佐をしてるし、兄上様も成人前からそれなりに執務をしているそうだ。
「東のアキツムラクモ王国が『奴隷解放』を唱えなければ帝国が、この様に窮地に追い込まれる事にならなかったでしょう。そんな敵国とも言える国に、皇女様を嫁がせようなどと、いくら兄皇子様といえどあんまりな……」
ルビスは、口惜しげに言ったが、前々世のようなバジェリアード帝国もどうかと思うので、曖昧に頷いておいた。
『奴隷解放』が、進んだといっても、犯罪奴隷は、刑期を終えれば平民に、借金奴隷は、借金分を働いて完済すれば、平民に戻れるので、そのまま存在する。
両親のどちらかが、奴隷の身分だった者で、生涯奴隷として生きていた者が、平民となった。
犯罪や借金で奴隷の身分に落とされた者以外の奴隷は存在しなくなる。
日常生活で、皇室で身の回りの世話をしている者の約半数は、奴隷だったのだそうだ。皇室務めの生涯奴隷は、主人を裏切らない。基本的に下級貴族や平民の使用人と扱いは、変わらない。市井の奴隷と比べて高待遇だし、賃金も出たので貯金して、平民の身分を買う奴隷もいるくらいだった。
しかし、無条件で奴隷から解放された他国を羨み、逃げ出す者が一時期増えたので、帝国の貴族社会では深刻な労働力不足だという。
それから、獣人の国は存在しない。獣人自体がこの世界に存在しないのだ。いつの日か、獣人のケモ耳をモフモフしてみたかったのに残念。だけど、戦争してなくて良かった。
でも、このままだと帝国周辺の国々がどう出てくるのかわからない。確かに、状況はきな臭い。同盟の為の政略結婚が、平和的な解決策かといえば、そうではないだろう。わずか五歳の皇女相手に、政治的な価値はほとんどない。子どもを産める年齢ならば、まだ良かったろう……はあ、ため息しか出ない。
天蓋のカーテンを閉じて、ベッドで横になった。ルビスの講義を聞いて、すっかり気落ちしてしまったから、早めに寝かせてもらった。
だけど、グルグル考えてしまい、なかなか寝つけない。何度も寝返りをうっていると、ルビスがやって来た。
「カノン様、冷たいお水と軽食をお持ちしました。夕食を食べずに眠ると、お腹がすいて深夜に目が覚めてしまいますよ」
「ルビス、せっかくだけど、食べたくない」
「では、お水だけでもいかがですか?」
ルビスは、私を抱き起こして、ベッドテーブルを準備して、冷たいお水と軽食を並べてくれた。お水は、冷たくてのどごしが、スッと涼しくミントの香りがした。いくらか、食欲も出てきたので、食事を食べる事にした。食べ終わると、気分が落ち着きほっとした。
「ルビス、ありがとう。もう、だいぶ良くなりました」
「良うございました」
ルビスは、よく出来ましたとでも言うように、私の頭を撫でて、にっこりと笑っていた。私は、くすぐったくて身をよじり笑った。
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