猫のランチョンマット

七瀬美織

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第十一話 回らない寿司屋

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 タクシー以外で高級車って乗ったことなかったけど、滝沢のじっちゃんの高級車は、エンブレムが付いた黒塗り外車で、グレードが違う気がする。

 秘書の新垣さんの運転で、後部座席に座って、じっちゃんとドライブ中だ。

「彩奈ちゃんは、学校で友達は出来たのか?」
「ふふん。出来たよ。親友になるかもしれない友達!」

 今日の私は、じっちゃんの謎エネルギーに引っ張られて、いつもよりテンション高めになってる。

「そりゃ良かった。家に遊びに来たり、泊まったりしないのかい?」
「うーん。そこまでは、まだかな……。一人暮らしって言ってないし、他の人に知られると厄介だし……」

 中学の頃、お母さんが留守がちなのを周囲に知られた。行儀の良くない先輩達が、家に押しかけてきた事がある。要は、強制的にオトモダチの家を、溜まり場にしようとしたのだ。

「まあ、そうだなぁ。あの家は、セキュリティは万全にしてるが、あまり他人を出入りさせない様にしなさい。家の中まで、監査カメラは無いからな」
「ご心配、ありがとうございます」
「お、素直だね。彩奈ちゃんは……。奴に爪の垢でも飲ませたいよ」

 ん、何だろう。ゾワッってした。じっちゃんの言ってる『奴』って、誰の事だろう?

 大きな道路沿いの雑居ビルの前で車を降りた。新垣さんは、駐車場に車を停めてから合流するらしい。回らないお寿司屋さんは、雑居ビルの二階にある。じっちゃんと二人で、小さなエレベーターに乗って二階に上がると、目の前がのれんの掛かった店先だった。

「大将! 邪魔するよ!」
「いらっしゃい! 滝沢会長は、相変わらずでかい声だね。鼓膜が破れるかと思ったよ」
「ガハハ! やわな耳してんじゃねえよ!」
「お連れ様は、先にお部屋にお通ししてますよ」 
「そうかい。じゃあ、適当に頼むよ。あ、そうだ。彩奈ちゃんがここの玉子焼をお気に召したようだから、多めに頼むな!」
「お、彩奈ちゃんみたいな綺麗な女子高生に気に入ってもらえるなんて、料理人冥利につきるね」
「ガハハ!」

 このお寿司屋さんの大将は、じっちゃんの同級生だそうで、お店に来るのも二回目だ。
 ん? お連れ様って言った? 新垣さんが先に来るわけないし、……誰だろう?

 一段上がった個室で待っていたのは、滝沢家の次男と、真栄田家の兄弟だった。

「お祖父様、ご無沙汰しております」
「おう。博之、堅苦しい挨拶はいらない。たまには孫に会っとかないと、忘れられるからな! ガハハ!」
「父さん、相変わらず声がデカイ。もう少し、ボリュームを抑える事を覚えてくれよ」
「お祖父様、こ、こんにち、じゃなくて、こんばんは」
「おう、こんばんは。あきらは何年生になったんだ?」
「中学一年生です」
「もう、そんなになったのか! 俺も歳を取るはずだ! ガハハ!」
「父さん、声!」
「拓海は口うるさいなぁ。早く嫁さん貰え!」
「余計なお世話だよ!」

 あ、店長さんの名前確認! そうなのだ。ペットサロン・メルルの店長さんは、じっちゃんの三人目の子どもで、義理の叔父さんになる。
 そして、真栄田兄弟は、じっちゃんの長女の真栄田千紘さんの子どもで、義理の従兄弟になる。

 そういう訳で、真栄田博之先輩とは高校入学前から知り合いだった。
 真栄田先輩とは、顔合わせの時、同じ高校になる事を知って、『説明が面倒くさいから』という利害の一致で、他人のフリをしている。いや、本当に他人なんだけどね。
 同じ理由で、店長さんとも身内枠に加わった話を外ではしていない。何故か真栄田先輩も店長さんとは他人のフリをしていたな……。やっぱり、説明が面倒だから?

「結婚は悪くないぞ、誰かと心を通わす幸せをちゃんと知っている方がはるかに豊かな人生だからな……!」
「それって、父さんのこと? それとも、兄さん? 兄さんみたいに散々周りを引っ掻き回して、迷惑かけてまで、結婚しなきゃいけない?」 
「お前なぁ……!」

 それ、さりげなく私の立場もディスってるよね? タイミング悪く店長さんと目が合ってしまったら、サッと逸らされてしまった。

 事実、お母さんとじっちゃんの長男の結婚は、周りを引っ掻き回した騒動だった。空気が微妙になった時、救世主がやって来た。

「失礼します。まず、お飲み物とお刺身でございます」
「失礼します。会長、例の件でお電話がありました」
「おっと、ちょっと中座する……」

 じっちゃんは、新垣さんと個室を出て行った。並べられた料理は、まだ少ないし、じっちゃんの奢りだから、待ってなきゃ悪いよね。……じゅるり。

「彩奈ちゃん、ごめん。父さんと話すとき、俺、あんまり冷静じゃいられなくて……」
「店長さん、気にしないでください。私だって、お母さんの再婚は人騒がせだと思ってますから……」
「彩奈ちゃん……。今日ぐらい店長さんじゃなくて、……拓海さんって呼んでよ」

 うわぁ! 強烈なゾワッがきた!

「あ、そうだ。また忘れないうちに覚えなきゃ! 拓海さん、拓海さん、拓海さん。スマホにもメモっておこう」
「え? もしかして、俺の名前を覚えてなかった?」
「一度ざっと紹介されただけだったし、ペットショップの店長さんの印象が強くて忘れてました。それでも数ヶ月の間、別に不自由なく通じてましたから……」
「うわ、彩奈ちゃんの俺の扱いヒドイ」
「榊原さんって……ククッ」
「ねえ、先にジュース飲んでもいい?」
「晃、少しぐらい、待ってろ」

 真栄田先輩、ちゃんとお兄ちゃんだね。私は一人っ子だったから、羨ましいな。あ、私も春からお姉ちゃんになったんだった。

「おう、お待たせ!」

 じっちゃんが戻って来たら、すぐに乾杯の音頭を取って、お刺身を少しつまんだら慌ただしく帰ってしまった。急な仕事が入ったそうだ。忙しいとはいえ、ゆっくり食事も取れないなんて大変だなぁ。

「さあ、うるさいのが居なくなったし、奢りでしっかり食べて帰ろう!」

 隣に座った拓海さんが、楽しそうにノンアルコールのビールを飲みながら言うと、向かいの晃くんが大袈裟なため息を吐いた。

「僕、お祖父様って苦手。彩奈さんはよく平気だよね」
「最初は圧倒されたよ。じっちゃんとは、毎月必ず会ってるから、いくらか慣れてきたのかな?」
「お祖父様は、榊原さんを気に入ってるから……」
「先輩も、じっちゃんが苦手?」

 真栄田先輩は、真剣に考えて込んでから、メガネの位置を直しながら答えた。

「お祖父様は、一代で会社を起業して、大きくした成功者だ。ワンマン社長にありがちな、強引な所もあるけど、間違った選択をする経営者じゃない。家族のように従業員の事を考えて、昼夜問わず精力的に働く姿は凄いよ。そこは、とても尊敬してるよ……」

 先輩がそこまで話すと、拓海さんの鋭利な声が響いた。

「ハハッ……。愛人つくって、子ども産ませて、本妻に育てさせるような男だよ。そんな男を尊敬なんてしない方がいい……!」

  拓海さんは、吐き捨てるみたいに言った。本人も思いのほか大声で強く否定してしまったらしく、バツが悪そうにしている。そんな顔になるなら、言わなきゃいいのに……。

「会社といっても、たかが中小企業じゃないか。引退したっていい歳なのに、会長になってまで経営に携わっている。最近だって、強引なだけで、周りを振り回してばかりだろう? 彩奈ちゃんが一人暮らしをしなきゃいけないのだってそうだ。家族には、間違った選択ばかり強要する暴君だよ。尊敬なんか、俺は出来ないね……!」

 拓海さん、ノンアルコールビールで酔ったのかな? いつもより、イライラしてるし、言葉が刺々しい。何か、相当な鬱憤が溜まっている感じだ。

「拓海さんは、じっちゃんが嫌いなのに、フリでも仲良くしてるの?」
「一応、仲良くしておくに越した事はない。一緒にいれば、色々とうまい汁が吸えるからね。彩奈ちゃんだって、月に一回『じっちゃん、じっちゃん』って呼んで機嫌をとれば、今日みたいに高級寿司がタダで食べられるじゃないか……。利用できるモノは、利用すれば良いのさ」
「そんな露骨な言い方しなくても……」
「僕は、拓海叔父さんの言うように、お祖父様の事を利用しようと思うの、何か嫌だな……」

 まだ少年の幼さが残る、中学一年生の晃くんの素直な意見だった。

「晃も、あの人の本当の狡さを知れば、こういう付き合い方が相応しいって、いつか、分かるようになるさ……」
「…………」

 拓海さん、そこまで言うのか……。真栄田兄弟が黙り込んでしまった。
 気まずい沈黙で、みんなの箸が進まなくなった。

 拓海さんの言ってる愛人とは、拓海さんの実の母親の事で、産ませた子どもは、拓海さんと双子のお兄さんの事だ。お兄さんは、お母さんの再婚相手で私の義父になる。……ややこしい。

 本妻とは、じっちゃんの奥様の事だ。私のアルバイト先、カラオケ喫茶『雲雀』のママさん……滝沢寿美すみさんのことだ。

 滝沢家は、ちょっとだけ複雑な家庭だった。


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