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第十四話 理想の家庭
しおりを挟む拓海魔王が急に弱って、ガッカクリと畳の上に崩れ落ちた。
「ま、まさか、そういう事か……」
失敗した。拓海さんは、全てを察してしまったらしい。寿美さんの名前は最終兵器だったのに、もう少し後で出せばよかった……。
拓海さんは、『寿美お母様』をとても大切にしている。
寿美さんは、若い愛人が産んだ子供たち……篤志さんと拓海さんの双子の兄弟を、赤ん坊の頃から実子の様に愛情を注いで育てたのだ。拓海さんは、『お母様』に返しきれない恩義を感じているらしい。
だから、実の父親のじっちゃんに反発してるのかも……。
寿美さんは、ニコニコしながら困ったものねーなんて言っていた。千紘さんはマザコンの上にファザコンよ! って、言っていた。
そうか、愛情の裏返しでじっちゃんを嫌うのか……。寿美さん、素敵な理想のお母様だもんね。やっぱり、拓海さんは、マザコンなのか……⁈
「寿美ママさんは、拓海さんに会いに来て欲しいって、愚痴ってましたよ。何か誤解して一人で拗らせてないか、千紘さんも心配してました。私に、機会があれば拓海さんの溜め込んでるガス抜きしてやってなんて無茶振りしてくるんですよ! もう、本当に無茶振り‼︎」
そこまで喋ってノドが乾いたから、冷めたお茶をグッと飲み干した。
拓海さんは、まだ突っ伏している。真栄田兄弟は、呆気にとられているようだ。おーい?
「何それ⁈ お祖母様とお母様は、榊原さんにそんな話をしていたの⁈」
「先輩、私だって他人の家の事情に踏み込むつもりは、さらさらありません。だけど、拓海さんも親戚になったし、寿美ママさんと千紘さんには、日頃からお世話になってますから……。そのお二人から、拓海さんに会ったらよろしくねって言われたら無視できませんよ! 会ってみたら、本当に何か様子がおかしいですし、拓海さんったら悪い顔で、幼気な中学生にまで毒吐いてるんで驚きましたよ!」
「……彩奈さん。幼気な中学生って僕のこと?」
晃くんが少し不満気に聞いてきた。思春期に突入したての少年に、失礼ないい方だったかな?
「あ、ごめんね。晃くんは、幼いんじゃなくて、とっても素直な男の子です」
「……男の子。やっぱり子ども扱い……」
「……くだらない事にこだわるのは、子どもだろう」
すかさず先輩がフォロー? してくれたけど、中学生はまだ子どもだと思う。晃くんは、ちょっと傷付いた顔で見つめてくるけど、事実は変わらないからね。
「拓海さんが何を考えているか知りませんし、滝沢家が、どんな歴史を歩んできて、拓海さんが家族をどう思っているのかなんて、私にはわかりません。だけど、『雲雀』の寿美ママさんと千紘さんは、とても楽しそうです。すぐ近所で働いているんだし、寿美ママさんに会いに行って下さい。寿美ママさん、本当に心配してるんだと思います。私を身内に受け入れて、一緒に食事やバイトまで面倒見るなんて、並大抵の事じゃないと思います。私は、お二人にとても感謝してます」
拓海さんは、顔を片手で覆っているけど、畳から顔を上げた。
「…………全部、お父さんが勝手に決めたから、仕方がなかったんだろう」
「あー。家族だから話せる事もあるし、家族だから話せない事だってあるのはわかります。だけど、じっちゃんがパワフルで強引でも本当に嫌なら、寿美ママさんならビシッと突っぱねますよ! 困った常連さんを叱る寿美ママさんは…………」
思い出すと震えがくる。本当にあれは、トラウマものだった……!
「え、何?」
「私、ビビりました。寿美ママさんって本気で怒る時って…………」
「えっ? えっ、ええっ?」
何て表現すればいいのだろう…………本当に怒らせてはいけない存在。その恐怖の豹変っぷりを……!
「…………さては、拓海さん。良い子でいすぎて、寿美ママさんにマジに叱られた事がないのでは……?」
「…………そんな事は……ない……のか? どうだろう……?」
「あ! でも、叱られませんでした? 海外に家出……ふおっ!」
拓海さんは、グワシッ! って、私の頭を片手で捕まえた。アイアンクロー⁈
痛く……ない? びっくりしてるうちに、ガシガシ髪を撫でられた。真っ直ぐ下ろしていた髪がぐちゃぐちゃになってるけど、力加減が絶妙だから痛くはない。
「…………寿美ママさんが、言ってました。拓海さんは良い子だったから、今頃になって思春期の反抗期が……」
「彩奈ちゃん! わかったから! それ以上はもう…………!」
拓海さんは不機嫌そうだけど、私に怒っているわけじゃないようで、どうやらナデナデは、私の怒りを鎮めるための儀式らしい。
……うわぁ。ナデナデは、絶妙なタッチで気持ちいい。ゴッドハンド……ペットだけじゃなく人間にも効くのか!
「拓海さんは嫌でしょうけど、私はじっちゃんに、強引に引っ張ってもらえて、しっかり掴んでもらえたから安心出来たんです。私はじっちゃんに感謝してます。拓海さんは、じっちゃん……お父さんを嫌いになりきれないのに、言いたい事を言わないで大人ぶってても、カッコ悪いです!」
気がついたら、あと先考えずに勢いだけで一気にしゃべってた。
拓海さんに悪いけど、後悔はしていない。
「私はじっちゃんに無条件で味方します!」
ナデナデは攻撃だった! ずっとされてると、もういいよ、もう嫌だよってなる! これって、けっこう苦痛かもしれない。…………一種の拷問?
「…………そうだな、俺は確かに拗ねたガキみたいだな。彩奈ちゃんに言われると、確かにその通りかもしれない。ただ、父さんに振り回されて、周りが傷ついたのは許せない。その反面、引っ張られて滝沢家は保たれてるんだな。そこは、確かに認めるよ。そうか、彩奈ちゃんは、父さんの味方か……」
ランチョンが、長時間のナデナデを嫌がる気持ちが分かってきた。ごめんね、ランチョン。もう逃げ出すまで撫でるのはやめます‼︎
「博之、ごめんな。お前の気持ちまで、俺が否定する権利はなかったな……」
「いいんです。拓海さんの気持ちを考えず……」
「いいよ。甥っ子に気を遣わせて、こっちが恥ずかしいから……。晃もごめん」
拓海さんは、明後日の方を見ながら言ってる。自分以外は未成年者しかいない席で、ただ一人の大人が大人気ない態度をした事実は恥ずかしかろう。
拓海さんは、この場を納めにかかってる。
だから、ナデナデはもういいよ! …………気持ちいいけど、逆に怖いからもうやめて欲しい。心の叫びが顔に出てたらしく、凶悪なゴッドハンドからやっと解放された。
「彩奈ちゃんも、言いたい事を言ったんだし、これでもう許してね」
「…………はい」
でも……その笑顔はなんか違うでしょう⁈ 上から目線の何様、俺様、……魔王様だった‼︎
「彩奈さんって、カッコイイ!」
「ふへっ⁈ 晃くん?」
手櫛でクシャクシャになった髪をせっせと直していたら、晃くんがキラキラした目で私を見つめてくる。今の殺伐とした会話の中で、晃くんの琴線に触れるような事が、どこにあったのかな?
「僕、お祖父様とお祖母様と叔父様たちの事、あまり良くわかんなかったけど、彩奈さんの話で、少しはわかった気がする……!」
「お前、……本当はまだ、何も分かってないだろう?」
「兄さん! そんな事ないよ!」
「あ、晃、最後の大トロ食べたな!」
「ふんっ! 早い者勝ちだよ!」
その後は、あまりさっきの話題に触れないで、とにかくみんなでお寿司を食べた。
晃くんは、マグロばかり食べたがって先輩に叱られてた。
拓海さんは、私に猫の爪切り技を伝授しようと言い出した。私の背後から手を取って指導しようとしたので、セクハラだと先輩に叱られてた。
先輩は、全然食べた気がしないと言って、最後に海鮮丼を食べていた。高校生男子の胃袋はブラックホールだ。
カオスな食事会が終わって帰ろうとしたら、新垣さんが、私を迎えに来てくれていた。
拓海さんは、真栄田兄弟と一緒に私も車で送るつもりだったとむくれていた。
さて、そんな事はどうでもいいのだ。
「じっちゃん、最高!」
じっちゃんが注文しておいてくれた玉子焼たっぷりのお土産の折詰弁当を捧げ持ったら、みんなに爆笑された。美味しいモノに罪はない!
家に帰ったら、たっぷりランチョンの肉球の匂いをクンクン嗅いで、癒されるぞ!
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