怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第21話 勝敗を分けた一本の凶器

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「まだ粘るのかい。往生際の悪さは減点対象だよ」
「死んだらそこで終わり。減点もへったくれもあるか。お前を殺すまで俺は死ねない」

 月彦の振り下ろしたナイフを、手首を受け止めることで黎一は辛うじて持ち堪えていた。しかし、姿勢の差で月彦がナイフを下ろす力の方が強い。黎一の腕は徐々に押し戻され、首元に凶刃が近づいていく。

「そろそろ口を閉じてもらうとするよ」
「お前の方こそな。スピーカー!」

 月彦がナイフを振り下ろすことに集中し、痛めた右手にかける力が緩んだ今こそが最大のチャンスだった。黎一は渾身の力で左腕の拘束を振り解く。

「小癪な!」
「遅い」

 黎一は自由になった左手で素早くシャツの胸ポケットから一本の凶器を掴みとり、容赦なく月彦の右目へと突き立てた。

「がああああ! なんてことを……」

 流石の月彦も右目に突き刺さったボールペンの痛みには耐え切れず、悶絶して床へと伏した。目から滴る血液が、淡泊な白い床面に彩りを与えていく。

「武器を選ばないのが俺の信条でな。ボールペンだって立派な凶器だ」

 黎一は悠然と立ち上がり、ボールペンが右目に刺さったまま膝をつく月彦を見下す。

「綿上黎一……」
「お前は俺を侮った」

 月彦が残された左目で黎一を睨み付けるが、右目と右手を潰された状態ではそれはただの虚勢にしか映らない。黎一に慈悲が無い以上。月彦の運命はすでに決している。
 黎一はバールを両腕で構え、月彦の右側頭部へと狙いを定める。黎一には相手をいたぶる趣味などない。殺す時は手間のかからないように、一撃で確実に決める。

「趣味で殺してるような狂人が、仕事で殺してる人間に勝てるわけねえだろ」
「言うね! 地獄で待って――」
「それっぽいこと言って満足してるんじゃねえぞ」

 黎一がフルスイングしたバールが月彦の頭部を直撃し、その首はあらぬ方向へと向いた。
 月彦の身体は数秒間痙攣した後ピクリとも動かなくなり、見開いたままの左目は、自身の名前に含まれる月を見上げ続けている。殺人鬼は殺し屋に始末されるという形で、その悪行に終止符を打った。

「最後までありがとうな。お前のおかげで仕事を果たせた」

 今の一撃でくの字に折れ曲がり、武器としての役目を終えたバールに黎一が労いの言葉をかける。島に到着して以来共に戦ってきた相棒ともこれでお別れのようだ。

「こいつは貰っていくぜ」

 バールを手放した鋭司は、月彦の亡骸に握られたナイフと床に落ちていた鉈を手に取り、拘束されている玲於奈の元へとかけよった。

「悪い。待たせたな、辛かっただろう」
「黎一さん……」

 黎一の実力の一端を垣間見た玲於奈はちょっとした放心状態に陥っていた。対人での黎一の戦闘能力はゾンビを相手にする時よりも明らかに上で、彼が殺し屋であることを再確認させた。黎一の本分は壊すことではなく殺すことなのだ。

「肩は大丈夫なんですか?」
「傷は浅い。君の方こそ頬は大丈夫か」
「それこそ傷は浅いです」
「傷跡が残らなきゃいいな」
「心配してくれてありがとうございます」

 女性扱いしてくる黎一の言動が意外で、玲於奈は思わず笑みを零す。短時間に二度も危険な目にあったが、黎一のおかげでようやく安心することが出来た。

「チェーンを外さないとな」

 黎一は入手したばかりの鉈を手錠のチェーン部分へと振り下ろし破壊した。これで玲於奈も自由に動ける。

「ようやく拘束から抜け出せました」
「手錠も邪魔だろう。鍵があればいいんだが」
「恐らく蛭巻が持っているのでしょうが」

 下方へと向けられた玲於奈の視線を黎一も追う。そこにあるのは転落死した蛭巻の無残な遺体だった。

「回収出来そうなら、蛭巻のポケットを漁ってみよう」
「そうですね。最悪このままでも戦えますし」

 両腕の戒めに違和感を感じながらも、玲於奈はボウガンを手に取る。
 戦闘に集中していたが、先程から階下が騒がしいことは感じていた。この建物では今、何か良くないことが起きている。

「玲於奈。これは君が持っておけ。敵の接近を許した時の護身用だ」
「鞍橋のナイフですか」

 月彦の死体から拝借した狩猟用ナイフを玲於奈へと手渡す。自身の頬を傷つけたナイフを手にした玲於奈は少し複雑そうだったが、生きるためには嫌悪感など気にしていられない。素直に装備に加えた。

「俺の新しい相棒はこいつだ」

 同じく月彦から拝借した鉈を右手に、ネイルハンマーを左手に持ち、次の戦闘に備える。
 新たな武器を手にした黎一の姿が雄々しく見える一方で、玲於奈はやはり鋭司の肩の傷が気になっていた。自分を助けてくれる過程で負った傷であればなおさらだ。

「傷口にこれを当てておいてください」

 玲於奈の荷物からナプキンを受け取り、肩の傷に当てる。幸い傷は浅く出血量も少ないので、止血にはこれで十分だ。

「助かるよ」
 
 黎一が礼を言うのとほぼ同時に、階下の混乱の知らせる使者が屋上へと姿を現す。

「百重くん。綿上くんもここにいたか」
「胴丸さん。騒がしいようですが、何が起こってるんですか?」
「地下から突然大量のゾンビが湧いて出て、施設内は満員御礼だ。過激なお客様ばかりで、入場制限も意味を成さくてね。今は兜たちが食い止めているが長くは持たない。早く三階の外階段から脱出しよう」

 黎一と玲於奈が頷くと、辺りを見渡していた胴丸の視線が月彦の亡骸で止まった。

「あれは、鞍骨月彦か?」
「はい。俺が殺しました」
「そうか」

 追求することも驚くこともせず。胴丸はただ事実だけを受け入れた。黎一が月彦の所在を訪ねて来た時から、こうなりそうな予感はしていた。戦力を失ったことは痛手だが、月彦の凶暴性を考えれば今後のリスクの方が遥かに大きい。これが最善の状況だと、胴丸も素直に受け入れた。

「ちなみに、蛭巻も死にました」
「それも綿上くんが?」
「いえ、それは鞍橋月彦が。蛭巻殺害に関しては俺は無実ですよ」
「そうか。ある意味、階下以上に混沌としていたようだね」

 目まぐるしい変化に唖然とするばかりだが、リアクションを苦笑で済ませる胴丸も、そうとう肝が据わっていた。

「階下はゾンビだらけだ。覚悟はいいね」
「上等です。鞍橋月彦に比べたら可愛いものですよ」
「私も。少々鬱憤を晴らしたい気分なので丁度よかったです」
「よろしい。今回は私も暴れさせてもらうとしよう」

 胴丸を先頭に、三人は階下へと駆けおりた。
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