怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第22話 地獄への手招き

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「綿上くんと百重くんを連れて来た。これで全員だ」

 三階へ到着した胴丸が端的にそう告げた。「これで全員」という言葉で、他二名は合流しないのだと兜たちも悟る。

「だったら長居は無用だな」

 兜は首を切り落とした直後のゾンビの身体を蹴り飛ばし、後続のゾンビへとぶつける。この一撃で四体ほど階下に落とせた。

「俺はここでもう少し時間を稼ぐ。綿上たちは先に行け」
「分かりました。玲於奈、援護は任せるぞ」
「お任せください」

 黎一を先頭に玲於奈、胴丸、蜜花の順で外階段へと向かう。外階段にも階下から上って来るゾンビが密集している可能性はあるが、屋内程の数はいないはず。突破力のある黎一がいれば脱出は容易だろう。

「稲城。お前も行け」
「一人だけ良い恰好はさせられねえ。俺もお前の時間稼ぎとやらに付き合ってやるよ」
「仲間を気づかうような高尚な人間だったか?」
「仮にも元同僚だ。お前に負けていられないというプライドの問題があるんだよ」
「そこまで言うなら好きにしろ。俺ならプライドに命までは懸けないがな」

 真意の程はともかく、稲城という男が大きな戦力であることは事実だ。兜と稲城。プロの傭兵二人が後方を固めていれば、ゾンビの追撃が先行している黎一たちに及ぶことはありえない。

「せっかくなら、どっちが多くのゾンビを片付けるか勝負しないか?」
「一人で勝手に数えてろ」
「相変わらずつまらない男だな」

 憎まれ口を叩き合っている間にも、二人は十を超えるゾンビを蹴散らしていた。

 ※※※

「流石に、すんなりとは通してくれないか」

 想定通りではあるが、外階段にも複数体のゾンビが待ち構えていた。待ち伏せていたというよりも、群れからあぶれた個体がたまたま外階段に辿り着いたといった様子で、数はそれ程多くはない。
 しかし、数が少ないからといって油断は出来ない。階段の幅はすれ違うことも出来ない程に狭く、とてもじゃないが回避行動を取ることは困難だ。反撃される前に先手必勝でゾンビを仕留めるのが最善だろう。

「厄介なフィールドだ」

 言葉とは裏腹に黎一の表情には余裕がある。殺し屋である黎一にとって、戦いにくい場所での仕事など日常茶飯事だ。

「危ないので階段では走らないように」

 黎一は駆け上がってきた一体のゾンビの側頭部を鉈の腹で殴り飛ばし、ゾンビは地上へと落下した。落とすという選択肢がある分、攻撃はしやすい。

「黎一さん。無茶はしないでください。私もフォローしますから」
「分かってるよ」

 ラインは黎一もしっかりと弁えている。先行し過ぎず、玲於奈の援護が届く範囲に戦闘を留めていた。この島に連れてこられてから一番長く一緒に行動しているのだ。戦闘時の連携はこの中の誰よりも取れている。
 
「あいつは任せる」
「お任せあれ」

 玲於奈の一射によって眼窩を打ち抜かれたゾンビを、黎一が駄目押しで空中へと蹴り飛ばし進路を確保。危なげなく建物の二階に相当する位置まで下りてこれた。
 
「何なのよ。あの子達……」

 後方から二人の奮戦ぶりを見ていた蜜花は、やはりここでも言葉を失っていた。傭兵の兜や稲城だけではない、今この場にいるの人間は、例外なく怪物揃いだ。色気と悪知恵だけで生きてきた蜜花は、自分が場違いの人間だと再認識していた。そんな風に考え事をしていたせいだろう。彼女は左側にある、二階から続く扉の存在を失念していた。突如として扉がこじ開けられ、中から大量のゾンビの腕が伸ばす。

「えっ?」
「鯉口、危ない!」

 いち早く異変に気付いた胴丸が叫ぶも、突然の出来事に驚いた蜜花は回避行動を取ることが出来なかった。彼女は成す術もなく、一体のゾンビに片腕を掴まれ、猛烈な勢いでドアの中へと引きずり込まれた。武器である剣先スコップも、引きずり込まれた衝撃で手放してしまう。

「いやあああああ! 離して、離して!」
「待ってろ!」

 一番近くにいた胴丸が蜜花の手を取り、こちら側へと引き戻そうとするが、その間にも蜜花の身体を掴むゾンビの腕は数を増している。怪力のゾンビ数体を相手に力比べをしても、勝てる見込みはない。

「くそっ、こいつら!」

 黎一も駆けつけるが、蜜花の身体はすでにドアの内側にまで引き込まれていた。黎一が手前のゾンビを二体潰し、玲於奈が後方のゾンビを一体打ち抜いたが焼け石に水。蜜花をこちら側へと引き戻すことは叶わなかった。

「ああああああ! 痛い! やめ――」

 とうとう一体のゾンビが蜜花へと噛みつき、それを機に無数のゾンビが蜜花の身体を四方から喰らいつき始める。蜜花は噛みつかれる度に絶叫を上げるが、次第に悲鳴の回数は減り、声も弱々しくなっていく。蜜花が惨たらしい肉片と化すのは、もはや時間の問題だった。

「……」

 見るに堪えなかったか、玲於奈は無言で目を背ける。善良な人間ではなかった。自業自得なのかもしれないが、あまりにも惨い最期だ。

「行こう」

 玲於奈の肩に触れ、黎一がそう促す。蜜花はもう助からない。だったらゾンビが彼女を貪ることに集中している間にこの場を離れた方がいい。

「少し借りるぞ」

 胴丸は蜜花の落とした剣先スコップを手に取り、扉から飛び出してきた一体のゾンビの頭を押し込むようにして突き飛ばした。他の個体はまだ蜜花に群がっているようで、それ以上の追撃は起こらなかった。
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