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きのこの呪い! いじめてはいけない相手をいじめた報いを受けよ!編
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叩かれた机がばんっ、と音を立てる。
沢田君は手のひらの皮脂をなすりつけるようにしてから、机から手を離した。
「はい、山崎の机に鵯(ひよどり)菌、感染(うつ)った~!」
手を振り、足を上げおどける沢田君。
教室の後ろ側の扉を見ると、俯いた鵯さんが入ってくるところだった。鵯さんは、黙って自分の席へ歩いていった。
朝から元気なヤツだな、沢田君。そして鵯さんは朝から、なんかこう、気が滅入る。
五年三組、朝のいじめルーチンだ。珍しくもなんともない。
溜め息をついて、前に向き直ると机の表面が泡立っていた。
いや、違う。
うっすらと残る手形に沿って、机からなにかが生えていた。
「おい、山崎の机からキノコ生えてるぞ!」
誰かが叫んだが、その通りのことが僕の机で起きていた。
傘を開いた無数の微細なキノコが、目に見える速さで成長していく。
白、黒、青と色とりどりだが、残念ながらカビにしか見えない。
「沢田、早く石鹸で手、洗って来いよ」
「そうだよ。ほっとくと、おまえの手からも鵯ダケが生えてくるぞ!」
男子が囃し、女子が笑う。
いや、沢田君も鵯さんもどうでもいいから、誰か僕の机のキノコをどうにかしろよ。
せめて気にかけろよ。
「そうするわ! マタンゴ~!」
キノコを生やす鵯菌をなすりつけようと、沢田君が誰かに手を突き出すと教室が湧いた。
僕はやむなく、一人でキノコ退治を試みる。
ランドセルから下敷きを取り出し、長い辺をキノコの根本にあてがった。
ノコを引くように左右に動かすと、エノキサイズにまで大きく伸長したそれらは、案外簡単に伐採できた。
机がカビ同然の粉だらけになったが、駆除することができた。
僕が胸をなでおろした、そのときだった。
「うわぁっ!」
廊下の手洗い場の方から、沢田君の悲鳴が聞こえた。
どうせ、ふざけて水を出しすぎて服を濡らしてしまっただけだろう。
いちいち大袈裟なんだよ、と舌打ちしたのだが、どうも様子がおかしかった。
沢田君を取り囲むように集まったヤツらも、素っ頓狂な声を上げているのだ。
まさか、蛇口を壊したのか?
それはないだろうとは思いつつ、無視できずに僕も様子を見に行った。
「そりゃ、叫ぶわ」
蛇口や手洗い場に、僕の机に生えたのと同じキノコが生えていた。
「どうした、騒がしいぞ」
手洗い場にキノコが生えたことにみんなが騒いでいると、中村先生が首を突っ込んできた。
みんなが先生に道を開けるさまは、海を割ったという大昔の聖者の伝説を見るかのようだった。
中村先生は、背こそ高くないけど体が筋肉質でキリリとつり上がった眉が特徴的な男の先生だ。
見た目が怖い上に頻繁に怒鳴るのだが、一部の女子には人気がある。中村先生も怖いけど、彼女たちの将来も怖い。
「沢田、おまえがやったのか!」
輪の中心にいたからと、中村先生は沢田君の胸倉を掴んだ。
どう弁解すればいいか、わからないよなぁ。パニックに陥った沢田君は顔を真っ赤にして目に涙を浮かべる。
「首を振ってるだけじゃ、わからんだろうがっ!」
怒鳴る中村先生に、これは体罰まで十秒切ったな、という緊迫感をみんなと共有した。
だけど、そうはならなかった。
「い、痛い! なんだ、なんだこれはっ! 沢田、おい沢田!」
沢田君の胸倉を掴んでいた中村先生の両拳から、真っ黒いキノコが無数に生えた。
それらは黒い胞子をぶわっ、と傘から放散する。
僕たちは、めいめい悲鳴をあげて中村先生と更に距離を空ける。
キノコに体を侵略されたせいか、中村先生は苦しそうにしながら、沢田君から手を離した。
そのままうずくまると、息ができないのか口をパクパクさせだした。
怖い上にいつも偉そうだから、はっきり言って嫌いな先生だったけれど、脂汗を浮かべて苦しむ様はさすがにかわいそうだった。
やがて、何か太くて硬いものが折れる音がした。
中村先生の首から、黒くて大きなサルノコシカケが飛び出た音だった。
瞬間、中村先生が目を剥いたかと思うと、その首が床に転がった。
サルノコシカケを片方だけの車輪みたいにして、生首はその場で円を描いた。
死んだ。
中村先生が、死んだ。
「キャーッ、人殺し!!」
一人の女子の金切り声を皮切りに、廊下は地獄と化した。
「違う、俺じゃない! 俺は何もしていない!」
泣きながら、興奮して同じことをまくしたてる沢田君から、みんな一目散に逃げていく。
「山崎!」
ひとりぼっちになった沢田君が、僕に縋ってきた。
後ずさりくらいはしていたものの、目の前の光景に心を奪われていた僕は逃げ遅れてしまっていた。
「信じてくれよ。おまえ、見てたよな? 俺は何も、何もしてない! キノコ、キノコが勝手に生えてきて、それで、キノコがやったんだ! 俺は、殺してない! キノコが先生を殺したんだ!」
沢田君がゾンビのように両腕を突き出してきたので、僕はバックステップでそれをかわした。
「なんでだよ。なぁ、見てただろ? 俺は、先生に怒鳴られてただけじゃないか! どうして、そんな目で俺を見るんだよ!」
そのまま、沢田君は泣き崩れてしまった。
「あっはははは、あは、あはははははっ」
僕と沢田君以外、誰もいなくなった廊下に哄笑が響いた。
いや、いたのだ。
僕もすっかり忘れていたけれど、その人はずっと、教室でこの騒ぎを見ていたのだ。
「どう? 少しは私の気持ち、わかった?」
白い鬼の面──般若面をつけた女子が、僕の少し後ろに立っていた。
真っ黒い炎が燃えるように、その髪は逆立ち、うねっている。
「鵯……? おまえが、俺に……?」
顔を上げ、嗚咽交じりに沢田君が鵯さんに問いを投げかける。
「私には、汚い、汚い、とびきり汚い菌がついてるんでしょ? じゃあ、キノコくらい生えるでしょ。ねぇ、沢田。そう信じたのは、あんたじゃない。あはははっ!」
ゆっくりと歩く鵯さんは、僕の横を素通りし、中村先生の生首を拾い上げた。
「噓から出た実、自業自得。なんでもいいけど、自分で蒔いた種は、自分で刈り取ることになるのよ」
ドッジボールでもするように、鵯さんは生首を沢田君の頭めがけて投げつけた。
命中し、沢田君は痛みと恐れから再びうずくまる。
「かわいそうにね、沢田。あんた、死ぬまで鉄の檻の中よ」
そう吐き捨てると、鵯さんは人間とは思えない高笑いを上げて、階段を下りて行った。
間を置かずやってきた先生たちは、警察官の後ろで怯えた顔をしていた。
僕はただ、あぁ、鵯さんの言う通りなんだろうな、と思った。
沢田君は手のひらの皮脂をなすりつけるようにしてから、机から手を離した。
「はい、山崎の机に鵯(ひよどり)菌、感染(うつ)った~!」
手を振り、足を上げおどける沢田君。
教室の後ろ側の扉を見ると、俯いた鵯さんが入ってくるところだった。鵯さんは、黙って自分の席へ歩いていった。
朝から元気なヤツだな、沢田君。そして鵯さんは朝から、なんかこう、気が滅入る。
五年三組、朝のいじめルーチンだ。珍しくもなんともない。
溜め息をついて、前に向き直ると机の表面が泡立っていた。
いや、違う。
うっすらと残る手形に沿って、机からなにかが生えていた。
「おい、山崎の机からキノコ生えてるぞ!」
誰かが叫んだが、その通りのことが僕の机で起きていた。
傘を開いた無数の微細なキノコが、目に見える速さで成長していく。
白、黒、青と色とりどりだが、残念ながらカビにしか見えない。
「沢田、早く石鹸で手、洗って来いよ」
「そうだよ。ほっとくと、おまえの手からも鵯ダケが生えてくるぞ!」
男子が囃し、女子が笑う。
いや、沢田君も鵯さんもどうでもいいから、誰か僕の机のキノコをどうにかしろよ。
せめて気にかけろよ。
「そうするわ! マタンゴ~!」
キノコを生やす鵯菌をなすりつけようと、沢田君が誰かに手を突き出すと教室が湧いた。
僕はやむなく、一人でキノコ退治を試みる。
ランドセルから下敷きを取り出し、長い辺をキノコの根本にあてがった。
ノコを引くように左右に動かすと、エノキサイズにまで大きく伸長したそれらは、案外簡単に伐採できた。
机がカビ同然の粉だらけになったが、駆除することができた。
僕が胸をなでおろした、そのときだった。
「うわぁっ!」
廊下の手洗い場の方から、沢田君の悲鳴が聞こえた。
どうせ、ふざけて水を出しすぎて服を濡らしてしまっただけだろう。
いちいち大袈裟なんだよ、と舌打ちしたのだが、どうも様子がおかしかった。
沢田君を取り囲むように集まったヤツらも、素っ頓狂な声を上げているのだ。
まさか、蛇口を壊したのか?
それはないだろうとは思いつつ、無視できずに僕も様子を見に行った。
「そりゃ、叫ぶわ」
蛇口や手洗い場に、僕の机に生えたのと同じキノコが生えていた。
「どうした、騒がしいぞ」
手洗い場にキノコが生えたことにみんなが騒いでいると、中村先生が首を突っ込んできた。
みんなが先生に道を開けるさまは、海を割ったという大昔の聖者の伝説を見るかのようだった。
中村先生は、背こそ高くないけど体が筋肉質でキリリとつり上がった眉が特徴的な男の先生だ。
見た目が怖い上に頻繁に怒鳴るのだが、一部の女子には人気がある。中村先生も怖いけど、彼女たちの将来も怖い。
「沢田、おまえがやったのか!」
輪の中心にいたからと、中村先生は沢田君の胸倉を掴んだ。
どう弁解すればいいか、わからないよなぁ。パニックに陥った沢田君は顔を真っ赤にして目に涙を浮かべる。
「首を振ってるだけじゃ、わからんだろうがっ!」
怒鳴る中村先生に、これは体罰まで十秒切ったな、という緊迫感をみんなと共有した。
だけど、そうはならなかった。
「い、痛い! なんだ、なんだこれはっ! 沢田、おい沢田!」
沢田君の胸倉を掴んでいた中村先生の両拳から、真っ黒いキノコが無数に生えた。
それらは黒い胞子をぶわっ、と傘から放散する。
僕たちは、めいめい悲鳴をあげて中村先生と更に距離を空ける。
キノコに体を侵略されたせいか、中村先生は苦しそうにしながら、沢田君から手を離した。
そのままうずくまると、息ができないのか口をパクパクさせだした。
怖い上にいつも偉そうだから、はっきり言って嫌いな先生だったけれど、脂汗を浮かべて苦しむ様はさすがにかわいそうだった。
やがて、何か太くて硬いものが折れる音がした。
中村先生の首から、黒くて大きなサルノコシカケが飛び出た音だった。
瞬間、中村先生が目を剥いたかと思うと、その首が床に転がった。
サルノコシカケを片方だけの車輪みたいにして、生首はその場で円を描いた。
死んだ。
中村先生が、死んだ。
「キャーッ、人殺し!!」
一人の女子の金切り声を皮切りに、廊下は地獄と化した。
「違う、俺じゃない! 俺は何もしていない!」
泣きながら、興奮して同じことをまくしたてる沢田君から、みんな一目散に逃げていく。
「山崎!」
ひとりぼっちになった沢田君が、僕に縋ってきた。
後ずさりくらいはしていたものの、目の前の光景に心を奪われていた僕は逃げ遅れてしまっていた。
「信じてくれよ。おまえ、見てたよな? 俺は何も、何もしてない! キノコ、キノコが勝手に生えてきて、それで、キノコがやったんだ! 俺は、殺してない! キノコが先生を殺したんだ!」
沢田君がゾンビのように両腕を突き出してきたので、僕はバックステップでそれをかわした。
「なんでだよ。なぁ、見てただろ? 俺は、先生に怒鳴られてただけじゃないか! どうして、そんな目で俺を見るんだよ!」
そのまま、沢田君は泣き崩れてしまった。
「あっはははは、あは、あはははははっ」
僕と沢田君以外、誰もいなくなった廊下に哄笑が響いた。
いや、いたのだ。
僕もすっかり忘れていたけれど、その人はずっと、教室でこの騒ぎを見ていたのだ。
「どう? 少しは私の気持ち、わかった?」
白い鬼の面──般若面をつけた女子が、僕の少し後ろに立っていた。
真っ黒い炎が燃えるように、その髪は逆立ち、うねっている。
「鵯……? おまえが、俺に……?」
顔を上げ、嗚咽交じりに沢田君が鵯さんに問いを投げかける。
「私には、汚い、汚い、とびきり汚い菌がついてるんでしょ? じゃあ、キノコくらい生えるでしょ。ねぇ、沢田。そう信じたのは、あんたじゃない。あはははっ!」
ゆっくりと歩く鵯さんは、僕の横を素通りし、中村先生の生首を拾い上げた。
「噓から出た実、自業自得。なんでもいいけど、自分で蒔いた種は、自分で刈り取ることになるのよ」
ドッジボールでもするように、鵯さんは生首を沢田君の頭めがけて投げつけた。
命中し、沢田君は痛みと恐れから再びうずくまる。
「かわいそうにね、沢田。あんた、死ぬまで鉄の檻の中よ」
そう吐き捨てると、鵯さんは人間とは思えない高笑いを上げて、階段を下りて行った。
間を置かずやってきた先生たちは、警察官の後ろで怯えた顔をしていた。
僕はただ、あぁ、鵯さんの言う通りなんだろうな、と思った。
応援ありがとうございます!
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