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暗躍編

犬神遣い鵯透子の邪悪なる奉仕 エピローグ

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《俺が言えた義理じゃないだろうけどよ》

《学校、行かねぇの?》

 

 メッセンジャーアプリの連投を見て、涌井は返信に困っていた。

 相手は、諸見沢だ。

 皮肉なことだ。

 横恋慕をする美堂がいなくなったというのに、涌井はある事情で登校拒否となっていた。

 

《前にも言ったけど》

《学校に行くと、具合が悪くなる》

 

 嘘ではないが、核心を話すことはできないでいた。

 諸見沢だけではない、誰にも言っていない。

 きっかけが、美堂を呪ったことだと思えてならないからだ。

 美堂への呪殺儀式を行って以来、涌井はあるものが視えてしまうようになった。

 日本の年間行方不明者数は、約八万人。

 その中の一人が、鮫島であり、美堂である。

 奇しくもその直接の原因となった翌日から、涌井は学校で鮫島を視るようになった。

 歩いているのを、ではない。

 授業中、休み時間と時間を問わず、教室、グラウンド、トイレと場所も選ばない。

 ふとしたときに、壁や黒板、屋外なら木の幹や外壁に鮫島の顔が浮かび上がるのだ。

 それだけなら、努めて無視をすればやり過ごせたかもしれない。

 ちょうど初めて鮫島を視た日は、涌井は突然の休校を知らず、すぐ家に帰された。

 おまけに休校は三日ほど続いた。原因不明の校舎破損が理由、と後から聞かされた。

 しかし、安全点検が終わって登校が再開された後も、鮫島の顔は出現し続けた。

 一度、壁に浮かんだ鮫島と目が合ってしまったのがまずかった、と涌井は思っている。

 涌井には鮫島が視えている。

 この事実を鮫島に悟られてしまったせいだろう、今度は鮫島が机に浮かび上がってきたのだ。

 激して耳に水こそ入れたが、美堂と違って涌井が呪いをかけて消したわけではない。

 元々は仲が良かった、というわけでもない。

 それなのにいやに親しげにされるのが、余計に気味が悪かった。

 決定打になったのは、登校したときに見た巨大な鮫島だ。

 南校舎の全面に浮かび上がった鮫島が「お、は、よ、う」と唇を動かしたのを視て、駐輪場へ舞い戻った。

 以来、涌井はもう二か月も学校に行けていない。

 セミはとうに姿を消し、夏の名残どころか地域によっては雪の知らせすら聞く季節。

 二学期の修了式が、目前に控えている。

 立て続けに行方不明事件が発生し、不安がった両親がついにスマホを買ってくれた。

 なのに、その直後に登校拒否となったので、涌井は両親の不興を買ってしまった。

 鮫島に認識される前に運良くIDを交換していた諸見沢とメッセージのやり取りこそできるが、それだけだ。

 学校に行けない以上、ただでさえ稀少な諸見沢と会う機会は全滅。

 休みの日の外出も、引きこもっている手前、両親はなかなか許してくれない。

 諸見沢が家に来てくれれば、などとも涌井は考えた。

 しかし、一歩を踏み出す勇気の出ない涌井と、硬派に憧れる諸見沢だ。

 実現はかなり難しいだろう。

 

《でも、前まで普通に行ってたろ》

 

 前とはすっかり状況が違うのだ。

 せっかく、泥棒猫の美堂を呪いで抹殺しても、これでは本末転倒だった。

「誰だっけなぁ、なんか呪いを教えてくれた人がいた気がするんだけど」

 その人を頼れば、鮫島の件もどうにかしてくれるかもしれない。

 幾度となく、その可能性は考えたのだが、涌井にはどうしてもその人のことが思い出せない。

 顔や名前、何年何組なのかはもちろん、男なのか女なのか、あるいは学外の人なのか。

 覚えているのは、その人の教えに従って“一人で”特別教室棟の中庭で美堂に呪いをかけたことだけ。

 それ以外の呪いに関する記憶を探ろうとしても、まるでダメだった。

 頭に靄がかかったようになり、たちまち眠ってしまうのだ。

 どう考えてもおかしい、何か秘密がある。

 涌井はそのことがあるせいで、変な話、美堂を殺したという実感や罪悪感は希薄だった。

 呪いに協力してくれた何者かが、美堂を行方不明にしただけで、自分はただのピエロだったのではないか?

 現実逃避とわかりながらも、近頃では涌井はそんな風に思うようになっていた。

 無論そうだとすれば余計に、鮫島が視えることの因果関係はわからなくなるのだが。

 

《もう前とも、普通とも違うんだって》

 

 

              ◆

 

 夕刻、黄色い帽子を被った集団が南校舎の前に整列していた。

 同じ地域にある佐次神小学校の六年生たちだ。

 毎年恒例の中学校体験入学で訪れていたのが、今から小学校に引き上げるのだ。

 ベランダには、弟や妹がいるいないに拘わらず彼ら彼女らを見送らんと、在校生が身を乗り出している。

 その中に、鵯の姿もあった。

「来年の新入生にも、涌井さんみたいにメグちゃんのご飯になってくれる子、いないかなぁ」

 引率の教師に人数確認されている小学生を見下ろし、鵯は化け猫の笑みを浮かべた。

 体験入学でやってきた小学校も、鵯の属するこの中学校もどちらとも公立だ。

 多くの者は来春、鵯の後輩になるだろうが一部は中学受験に臨んで、別の学校へ行ってしまう。

「いなかったとしても、来年は私たちが受験。ぴりぴりして、涌井さんみたいな子が増えたりして、ね」

 捕らぬ狸の皮算用をする自分がおかしくなって、同時に小学生への興味を失った。

「来年の話をするなんて、鬼を笑わせてしまったかもしれないな」

 踵を返し、鵯は教室に戻る。

 帰りのHRの開始まで、読書でもしようかと通学鞄を開けたときだった。

「鵯さん、ちょっと」

 廊下から自分を呼ぶ声がしたのを聞き、鵯はそちらに顔を向ける。

 目が大きく、整った顔立ちをした長身の女子生徒が手招きしていた。

 D組でも「学年で一番可愛いのはC組の宿見茉奈(やどみ‐まな)」と男子が盛り上がっていたのを、鵯は聞いたことがあった。

 逡巡の後、鵯は読書を諦めて宿見の待つ廊下へ向かった。

「私に何か用?」

 ささやかな対抗心からアンダーの位置で腕を組んでみるが、宿見はそれどころではないようだった。

「今日の放課後、空いてる? ちょっと人には言えない相談をしたいんだけど」

「私は構わないけど、宿見さんは部活入ってなかったっけ」

「空いてるのね、良かった。どこに行ったらいい?」

「……放課後だとパソコン部に見つかるかもだし、北校舎四階東通路でどう?」

「わかった。じゃあ、お願い。絶対来てね、マジで困ってるから」

 本題はそのとき、と宿見はC組に戻っていった。

「さてさて。二年のうちに、あと何人の依頼があるのかねぇ」

 何もないはずの天井を見上げ、鵯は化け猫の笑みを浮かべた。
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みんなの感想(1件)

Painchan
2022.04.19 Painchan

幼稚園のパンダ、鵯の三つ編み、寄生された美堂、凡庸消滅呪殺式溶解犬噛み、そしてお掃除して消えていく怒髪衝天――メグちゃん関連の描写が、私の心の中に美しく広がっていった。特に鵯のおさげの描写には、現実的でありながら独特な奇妙さを感じて、三つ編みが生えるたびに毎回嬉しくなった。
子供の視点から語られる物語として、正当な子供らしさを感じた。その論理の幼さや絶望の浅さ、怒りの容易さは、なかなか描かれることのない子供の性質だと思う。これと教師たちの無能ぶりが相まって、この作品は、現代日本(ないし平成の日本)に生きる子供の苦悶を、劇的なスタイルに落とし込んだものだと感じる。人生が長いためにさまざまな側面を持つ大人よりも、少ししか人生を知らない、一途で短絡的な子供達のほうが、生々しい絶望と世界への怨嗟を、華々しく着こなすのだと感じた。
また、学童たちによる差別的なグループ分けの概念は、私個人にとって親しみがなかった。だからかもしれないが、登場人物たちの最低さが私には異文化的で新鮮であり、憤るか恨むかしかないその心は、不可思議で魅力的だった。強く最低へとのみ向かっていく人物たち....鵯や諸見沢は違うのかと思いきや、かれらこそが最低の中に息づく者たちであり、他キャラクターのほうが、快楽や憧憬にかまけて最低を脱出しようとしているのだと思った。
幸せを求めるのか破滅を望むのか、自分自身でも分からずにくるくると魂を回転させつづける人物たちが、印象に残る。彼らは結果的には薄弱であり可愛らしいけれど、常にその実態は死にものぐるいの暴走である(だから可愛いとか言っている場合ではない)。そこにリアルな人間性を感じた。

お目汚しの感想をご容赦いただき、ありがとうございました。

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