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「扉のない祠」
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「神は決して目にしてはならない」
そんな教えを守る村があると聞いた。
その村では、神の姿を誰も見たことがない。
しかし、それこそが信仰の証だという。
「神は、認識された瞬間に消える」
神を見ることができないということは、神がそこにいる証明になる――という理屈らしい。
馬鹿げているようにも思えるが、この村では何百年もその教えが続いている。
そして、最も奇妙なのは、この村で神の存在を疑った者は、決して村を出ることができなくなる という言い伝えだ。
もしそれが本当なら、神とは何なのか?
ただの概念なのか、それとも――。
僕は、その村を訪れることにした。
◇
村は、山奥にひっそりと存在していた。
舗装もされていない山道を抜けると、古い日本家屋が並んでいるのが見える。
入り口には鳥居が立っているが、神社ではなく、村全体の門のようなものだった。
門をくぐると、数人の村人がこちらを見ていた。
「お客さんかい?」
そう声をかけてきたのは、白髪の老人だった。
他の村人たちは無言のまま、じっとこちらを観察している。
「この村の信仰について調べているライターです」
そう言うと、老人は微笑んだ。
「ようこそ。ここでは、神の御加護を受けられるだろう」
◇
村の中心には、大きな祠があった。
しかし、奇妙なことに、祠には扉がなかった。
普通、神を祀る場所には祭壇があり、その奥に本尊や御神体が置かれている。
だが、この祠は違った。
入り口がぽっかりと開いていて、中を覗くと――何もない。
ただの空間だった。
「神は、ここにいるのですか?」
僕の問いに、老人は頷く。
「神はそこにいる。だが、見ることはできない」
「見えないのではなく、いないのでは?」
そう返すと、老人は微笑みながら首を振った。
「神を見ようとすること自体が、無意味なのだ」
「なぜです?」
「神は、人が認識した瞬間に消える」
◇
僕は村の中にある古い書物を見せてもらった。
中には、神に関する記録が書かれていた。
しかし、違和感があった。
神の姿についての記述が、一切ないのだ。
普通、信仰の対象には何かしらの形がある。
それが動物でも、人の姿でも、抽象的な象徴でもいい。
だが、この村の記録には「神」の概念はあっても、その姿に関する情報は欠落していた。
……もともと「なかった」のか?
それとも、「意図的に消された」のか?
◇
夜になり、僕は村の長老の家に泊まることになった。
床に就いたあとも、祠のことが気になっていた。
あれは、本当にただの空の空間なのか?
何か証拠を掴めるかもしれない――。
僕は写真に映された祠をじっと見つめ、意識を集中させた。
次の瞬間、視界が暗転した。
◇
――僕は、写真の中にいた。
いや、正確には「精神だけ」が写真の中に入り込んでいた。
そこは、過去の村 だった。
周囲を見ると、村人たちがいる。
しかし――異変に気づく。
村人たちの顔が、塗りつぶされている。
いや、塗りつぶされているのではない。
最初から存在しなかったように、空白になっている。
さらに、神の祠を見た瞬間、息を飲んだ。
今の時代にはないはずの扉が、そこにあった。
つまり、過去には「扉があった」のだ。
では、なぜ今はないのか?
僕は祠の扉を開けようとした。
その瞬間――村人たちが、こちらを向いた。
◇
「見てはならない」
どこからともなく、声が聞こえた。
いや、声ではない。
村そのものが僕に訴えかけているような感覚だった。
――これは、まずい。
僕はとっさに集中を解き、写真の世界から抜け出した。
◇
翌朝、僕は村を出ようとした。
しかし、ある違和感を覚えた。
村人たちが、不自然なほど親しげに話しかけてくる。
まるで――僕がずっとここに住んでいたかのように。
「一二三さん、今朝の祭りには来なかったのね」
「今日は一二三が祠に祈る日だろ?」
「どうした? 体の具合でも悪いのか?」
僕は昨日ここに来たばかりのはずだ。
しかし村人たちはまるで、僕が最初からここにいたかのように話す。
◇
出口のはずの道が、見つからない。
いや、出口という概念そのものが、頭の中から抜け落ちているような感覚だった。
どこに向かえばいい?
どの道を歩けば、この村から出られる?
考えるほど、頭が混乱する。
◇
再び祠の前に立つ。
あれほど不気味に感じた空間が、今は妙に落ち着いて見えた。
神は、認識された瞬間に消える。
では、この村にいるのは何なのか。
僕の目の前にあるものは、神なのか、それとも――。
――僕は今、どこにいる?
……それすら、考えることが許されていない気がした。
完
そんな教えを守る村があると聞いた。
その村では、神の姿を誰も見たことがない。
しかし、それこそが信仰の証だという。
「神は、認識された瞬間に消える」
神を見ることができないということは、神がそこにいる証明になる――という理屈らしい。
馬鹿げているようにも思えるが、この村では何百年もその教えが続いている。
そして、最も奇妙なのは、この村で神の存在を疑った者は、決して村を出ることができなくなる という言い伝えだ。
もしそれが本当なら、神とは何なのか?
ただの概念なのか、それとも――。
僕は、その村を訪れることにした。
◇
村は、山奥にひっそりと存在していた。
舗装もされていない山道を抜けると、古い日本家屋が並んでいるのが見える。
入り口には鳥居が立っているが、神社ではなく、村全体の門のようなものだった。
門をくぐると、数人の村人がこちらを見ていた。
「お客さんかい?」
そう声をかけてきたのは、白髪の老人だった。
他の村人たちは無言のまま、じっとこちらを観察している。
「この村の信仰について調べているライターです」
そう言うと、老人は微笑んだ。
「ようこそ。ここでは、神の御加護を受けられるだろう」
◇
村の中心には、大きな祠があった。
しかし、奇妙なことに、祠には扉がなかった。
普通、神を祀る場所には祭壇があり、その奥に本尊や御神体が置かれている。
だが、この祠は違った。
入り口がぽっかりと開いていて、中を覗くと――何もない。
ただの空間だった。
「神は、ここにいるのですか?」
僕の問いに、老人は頷く。
「神はそこにいる。だが、見ることはできない」
「見えないのではなく、いないのでは?」
そう返すと、老人は微笑みながら首を振った。
「神を見ようとすること自体が、無意味なのだ」
「なぜです?」
「神は、人が認識した瞬間に消える」
◇
僕は村の中にある古い書物を見せてもらった。
中には、神に関する記録が書かれていた。
しかし、違和感があった。
神の姿についての記述が、一切ないのだ。
普通、信仰の対象には何かしらの形がある。
それが動物でも、人の姿でも、抽象的な象徴でもいい。
だが、この村の記録には「神」の概念はあっても、その姿に関する情報は欠落していた。
……もともと「なかった」のか?
それとも、「意図的に消された」のか?
◇
夜になり、僕は村の長老の家に泊まることになった。
床に就いたあとも、祠のことが気になっていた。
あれは、本当にただの空の空間なのか?
何か証拠を掴めるかもしれない――。
僕は写真に映された祠をじっと見つめ、意識を集中させた。
次の瞬間、視界が暗転した。
◇
――僕は、写真の中にいた。
いや、正確には「精神だけ」が写真の中に入り込んでいた。
そこは、過去の村 だった。
周囲を見ると、村人たちがいる。
しかし――異変に気づく。
村人たちの顔が、塗りつぶされている。
いや、塗りつぶされているのではない。
最初から存在しなかったように、空白になっている。
さらに、神の祠を見た瞬間、息を飲んだ。
今の時代にはないはずの扉が、そこにあった。
つまり、過去には「扉があった」のだ。
では、なぜ今はないのか?
僕は祠の扉を開けようとした。
その瞬間――村人たちが、こちらを向いた。
◇
「見てはならない」
どこからともなく、声が聞こえた。
いや、声ではない。
村そのものが僕に訴えかけているような感覚だった。
――これは、まずい。
僕はとっさに集中を解き、写真の世界から抜け出した。
◇
翌朝、僕は村を出ようとした。
しかし、ある違和感を覚えた。
村人たちが、不自然なほど親しげに話しかけてくる。
まるで――僕がずっとここに住んでいたかのように。
「一二三さん、今朝の祭りには来なかったのね」
「今日は一二三が祠に祈る日だろ?」
「どうした? 体の具合でも悪いのか?」
僕は昨日ここに来たばかりのはずだ。
しかし村人たちはまるで、僕が最初からここにいたかのように話す。
◇
出口のはずの道が、見つからない。
いや、出口という概念そのものが、頭の中から抜け落ちているような感覚だった。
どこに向かえばいい?
どの道を歩けば、この村から出られる?
考えるほど、頭が混乱する。
◇
再び祠の前に立つ。
あれほど不気味に感じた空間が、今は妙に落ち着いて見えた。
神は、認識された瞬間に消える。
では、この村にいるのは何なのか。
僕の目の前にあるものは、神なのか、それとも――。
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……それすら、考えることが許されていない気がした。
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